第9話 ボイスチャット
「声聞いてみたいな……」
好きな女の子のタイプを聞いて舞い上がったからなのか、普段なら出てこないような言葉が無意識に口から出てきた。
声を聞いたら、ショウくんなのかショウちゃんなのか知れる。私は女だって知られて距離を取られたら嫌だから、今のところボイスチャットをするつもりはない。
ネッ友の声を一方的に聞きたいっていうのは、変に思われちゃうかもしれないけど……。
「も、ものは試しって言うし」
私はついさっきのこともあって、当たって砕けれろの精神でチャットした。
ドリーム:ショウってマイクつきのイヤホンかヘッドホン、ある?
ショウ:ありはするけど……。何その質問
流石のショウも唐突で意味不明な質問をされ、疑心暗鬼になってる。
ドリーム:このチャットってさ、ボイスチャットできるの知ってるでしょ
ショウ:え
ドリーム:実はショウしかマイクつきのもの持ってないんだよねぇ〜
ショウ:まじで言ってる?
ドリーム:まじ
ショウ:ドリームは俺にボイスチャットさせたいのか
ドリーム:ダメ?
ショウ:いや、うーん……
ドリーム:お願い。今度なんかお礼するから
そこでチャットが止まった。
はっきり嫌だって拒否してないから、前向きに考えてくれてるんだよね?
「お願いお願い」
パソコンの音量を少し上げ、神様に祈るように両手を握りしめる。
私が見てるのはショウくんのアイコンの隣りにあるミュートマーク1点。このマークが消えたらショウくんの声が聞ける。
「お願いお願い」
図々しいお願いをして、ショウくんにどう思われてるとかもう今はどうでもいい。
ただ声が聞きたい。聞いてみたい。
その一心で耳を澄まし始め、数分が経った。
まだミュートマークは消えない。あれからチャットも来てない。
オフラインになってないから、準備してくれてるんだよね……?
チャットをスクロールし、さっきまでのやり取りを冷静に確認しようとした、そのときだった。
「っ!」
ショウくんのアイコンの隣にあるミュートのマークが消えた。
心臓の鼓動が更に速くなる。
下の階から聞こえる爆音のテレビの音や、外から聞こえてくるパトカーのサイレン。不思議と今必要ない雑音が全て遮断され、ぽつんと世界に一人だけいるような感じになった。
『あーあー……』
ロボットのような機械音だったが、たしかに声が聞こえてきた。
女の私の声より数段低く、男の子っぽい。
『これ聞こえてるのか?』
妄想じゃないショウくんの声がイヤホンを通して、直接耳に入ってくる。
「へへっへへっへへっ」
もうニヤニヤが止まらない。喋ってるショウくんには、申し訳ないけどチャットできる気がしない。
とりあえず、秘密で録音しとかないと。
ずっとチャットを通してコミュニケーションしてたショウくんの声を聞けた記念として、ね。
『あのードリーム? これ聞こえてないんじゃねぇか……。ったく。ポンコツマイクだなこれ』
このまま聞こえてないふりしてたら、聞いちゃいけないようなことまで聞けたりして……?
私のずっと抑えてた欲望が、急に爆発しそう。
しっかり抑えないと。ショウくんにはグイグイいっちゃダメ。大人っぽく、リードしたらそういう気になってくれるはず!
「す〜はぁ〜」
気持ちを切り替えるため深呼吸し、指を走らせる。
ドリーム:聞こえてる
『お。そうかそうか。それはよかっ、たのか?』
なんで疑問形?
『やばい。よくない……よくないかも』
イヤホンから聞こえてくるショウくんの声が、急に慌て始めた。
ボイスチャットしちゃいけないとか、そういう家族のルールでもあったのかな。
『じゃあドリーム。今日もいつも通りチャットで』
ドリーム:おけ
私が返事すると、すぐショウくんのアイコンの隣にミュートマークがついた。
欲を言うともうちょっと声を聞いていたかった。
けど、リアルなことを言うと私の心が耐えられなくなっておかしくなりそうだったから逆によかったかもしれない。
ショウ:なぁさっきボイスチャットしたこと忘れてくれね?
いくらショウくんからのお願いでも、それは無理。
ドリーム:いつでも再生できるよ
ショウ:は? おい、それって
ドリーム:この前煽ってきた仕返し
ショウ:本当にごめんなさい。神様、ドリーム様。許してください
ドリーム:誰にも聞かせるつもり無いから安心して
ショウ:全然安心できねぇ
可愛い可愛い。やっぱり私が好きになった人はめちゃくちゃ可愛い。
『あのードリーム?』
指が勝手にさっき録音した音声を流してた。
『あのードリーム?』
「へへっ」
やばい。手が止まらない!
『あのードリーム?』
『あのードリーム?』
「んへっ。んへへっ」
ショウ:おい
ショウ:おい
ショウ:おい
焦ってるショウくんも可愛い。
ドリーム:なに?
ショウ:録音した音声再生してたりしてないよな?
ドリーム:ご想像にお任せします
ショウ:絶対聞いてるやつじゃん
「可愛いっ」
その後、私はまるで空中を浮いているかのような浮遊感に溺れながら、人生で一番幸せな時間を楽しんだ。
【あとがき】
いつもありがとうございます
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