第7話 扉越しのチャット
「まだオフライン……」
扉に耳をくっつけて、声を聞いてわかった。
この扉の先にいるのは絶対に桜井さんだ。それもすぐそこから聞こえてくるので多分、扉に寄りかかってる。
いま扉を強引に開くのは絶対良くない。
俺はバレないように扉を背中にそっと座った。
普通、扉に寄りかかったら違和感を感じるはず。でも、桜井さんはショウとのチャットに夢中らしい。
とりあえずチャットを開き、微笑むネコのスタンプを送る。
「あっよかった」
肩から力が抜けるような脱力した声が聞こえてきた。
やはり心配させてしまってたみたいだ。
ただでさえ今、いろんな人たちに勘違いされてるからドリームにだけは変な勘違いされたくない。
俺は親指をスマホの画面を滑らせる。
ショウ:さっきドリームが教室にいるからチャットできないって言ってたから、教室から移動してた
「へっへへ〜。そうだったんだ」
こんな甘く蕩けた声、初めて聞いた。
もしかしていつもチャットしてるときも、こんな感じなのか?
この前、ネッ友に片思いをしてるっていうのを盗み聞きしたときみたいに、変な罪悪感が残る。
ドリーム:移動長かったね
ショウ:ちょっと色々あって
ドリーム:へぇー
文字だけ見たら淡白な返事だ。
でも、扉の先にいる桜井さんはというと。
「ふへっ」
俺が知ってる桜井さんはしないような笑い声。
それ以上喋らないってことは、多分無意識に出たものだんだろう。笑い声が、よく2次元で見る堕ちてる人のそれだ。
片思いされてるとは知ってたけど、かなり進んでる感じなのか。
扉越しだと反応がすぐわかるから、知るべきじゃないことも知れるな……。なんか複雑な気分。
ドリーム:どうしたの?
少し長く考えすぎたか。
ショウ:なんでもない。それより、暇だからチャットしないって誘ってきたけど、なんか暇つぶしになることあるの?
ドリーム:ない
即答だった。
ドリーム:ないけどチャットしてたら暇つぶしになるでしょ?
ショウ:たしかに。天才か?
ドリーム:我天才なり
今日はいつにもましてノリがいい。
平日、学校の昼休みにチャットなんてしたとなかったから興奮してるんだろう。後ろから聞こえてくる、明らかに速い息遣いでわかる。
ショウ:そんな天才に聞きたいんだけどなんか話題ない?
ドリーム:ない
またもや即答だった。
ショウ:ないんかーい
ドリーム:なくてもこうやってチャットしてること自体が暇つぶしになるし
たしかにドリームの言うことは間違ってはないけど……。流石に何も話題がなかったら暇つぶしにもならない。
ショウ:よし。じゃあ得意なこと聞いても仕方ないし、苦手なこと教えて
ドリーム:人の弱みを知ってどうするの……?
「ふふっ。もうその手には乗らないよぉ〜だ」
スクショ煽りしたからなのか、妙に疑心暗鬼になってる。
ショウ:話題だよ話題。ちなみに俺が苦手なのはやけにコミュ力高い人
ドリーム:なんで?
ショウ:だってグイグイ来て怖いじゃん
ドリーム:わかる
「ふむふむ。ショウくんにはグイグイいっちゃダメなのか……」
なんか聞こえてくるけど一旦無視。
ショウ:ドリームは?
「うーん」
少し間があき。
ドリーム:人が多いところが苦手かな
ショウ:へぇ
いつも学校じゃ、たくさんの人から注目を浴びているのに意外だ。
一緒に登校したとき見せた、あの慣れた対応は表の顔ってやつなのかな。苦手なのに我慢しててすげぇわ。
ドリーム:だからこうやって一対一でチャットするの好き
最後の二文字を見て、一瞬心臓が止まったような錯覚に陥った。
一対一でチャットをするのが好きって言い方は、色んな捉え方がある。もちろんドリームは、純粋に俺とのチャットが好きだって言ってくれてると思うけど……。
「やばいやばいやばい」
桜井さんは俺と思ったことが同じだったらしく。
ドリーム:【このチャットは削除されました】
焦りの声と共に、すぐ削除された。
ドリーム:誤字
今のを誤字で片付けるのは、流石に無理がある。けど、相手の気持をわかってる以上追求する意味がない。
ショウ:おけ
ドリーム:間違えただけだから
ショウ:おけおけ
「あーもう……」
桜井さんの落ち込んだような声が、やけに心に響く。
正体を明かさず、ネットを通じて片思いされてる関係が自分でも歯がゆいからなのか?
翔太であり、ショウでもある俺への好意を無下にするようなことをしてるんじゃないかと思い始めてるからか?
わからない。仮にら理由がわかったとして、俺はどうすりゃいいんだ。
俺は桜井さんのこと、ドリームのことを恋愛的に見たことないし……。
キーンコーンカーンコーン
この時間の終わりを告げるチャイムが学校中に鳴り響いた。思考が停止する。
ドリーム:ごめん。もう時間だからチャットやめるね
ショウ:おう。また帰ったら
ドリーム:今日いっぱい遊ぶ日なんだからすぐ帰るように
ショウ:そっちこそ
「よし」
桜井さんの気合を入れ直す声を耳にし、俺は慌てて音をたてないよう教室に戻った。
そういえば最後のチャットでも思い出したけど、昨日たくさん遊ぶ約束をしたんだった。
どうしよう?
勝手に桜井さんとドリームのことを悩んでて、なんか気まずいな。
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