第6話 噂

 普段なら、昼休みはあまり教室に人が残らない。

 なので、いつも校則違反だけどこっそりスマホをいじっているのだが……。


 今日は人がたくさんいる。

 チラチラと定期的に視線を向けられているのは、他でもない俺。勘違いなんかじゃない。


 それもこれも例の噂のせいだ。


「おいおい翔太。桜井さんと一緒に学校に来たってのは本当なのか?」


 たむろってた男子の中から、まるで詰め寄るように俺の机の前に来たのは雷也。緊迫した顔で口を半開きにさせたまま、俺の返答を待ってる。


 午前中は何も言ってこなかったから説明しなくても大丈夫だと思ってたけど……。この慌てるような口調、今さっきたむろってた男子たちから噂を耳にしたんだろう。


「本当だけど」


「まじ、か」


 例の噂を真に受けて、俺と桜井さんが仲良く登校したと思ってるな?


「いいか友よ。耳をかっぽじってよく聞いてくれ。俺と桜井さんは確かにたまたま登校するとき出会って、一緒に学校に行った。でも、そこで雑談すると思うか?」


「…………」


 雷也はそっと口を閉じ、同時に少し可哀想な、同情するような目を向けてきた。


 なんとなく俺の言いたいことがわかったみたいだ。けど、なんか勘違いしてる気がする。


「多分、雷也が聞いた噂は誇張されたやつだと思う。さっき一緒に学校に行ったって言った通り、ほんとそのまんまだからな?」


「なんかごめん」


 やっぱり勘違いしてるな。

 

「俺は桜井さんにそういう気はないぞ」

 

「まぁまぁそう言わずにさ。多分、皆にそう言ったほうがまだ軽症で済むと思うぞ?」


 雷也が視線を向けたのは、俺たちのことをチラチラ見ている教室にいる人たちと、廊下から教室を覗き込んでいる人たち。


 隣の席が空席になってなったら、こんな注目されてない。

 そう、噂の当の本人である桜井さんは昼休みになった途端姿を消してしまったのだ。


 皆を納得させないと、この騒ぎは鎮火されないことくらい俺だってわかる。

 ……でも、めちゃくちゃめんどくせぇ。

 もし桜井さんに俺がショウだって気づかれたとき、そんなことを言ってたなんて知られたらたまったもんじゃない。


「はぁ」


 俺はため息と同時にスマホを手に取った。

 体の死角を使ってるから周りにバレはしないはず。


 こういうわからないことが起きたときは、ネットで対処法を探すに限る。


「え」


 通知欄に目が止まった。ドリームからのチャットの通知が来ていた。それも5分前、とついさっき。

 

 学校のどこでチャットしてるんだ?


 俺は疑問を抱きながらも、迷わずチャットの通知をタップした。


 ドリーム:おーい

 ドリーム:おーい

 ドリーム:おーい

 ドリーム:おーい

  

 連投に加え、ネコが扉の奥を覗いているスタンプが数十件。


 桜井さんがスタンプ連打してるところなんて初めて見た。よっぽど暇だったんだろう。今すぐ教室に戻ってきて、噂のせいで注目を浴びている俺のことを助けてもらいたいものだ。

 

 呆れながらチャットを見ていると、ドリームから充血した目のネコのスタンプが送られてきた。


 これ、俺がオンラインになるの待ってたな?


 ドリーム:ねぇ今暇だからチャットしない?


 暇っていうか逃げてるだけでしょ。


 そうチャットしたかったが、流石にこらえる。

 

 ショウ:教室にいるからできないと思う

 ドリーム:じゃあ移動すれば?

 

 正論だなおい。 

 ……あーあ。噂をどうにかしようと思ってたけど、ドリームとチャットしようかな。

 絶対、視線を気にしながらうずくまってるより楽しい。

 噂を耳にした人たちなんて、俺からしたらどうでもいい人たちだ。

 なんて思われようが、最終的には桜井さんがなんとかしてくれるっしょ。


「っておいおい。急にどうした?」


「ちょっとトイレ」


「お、おう?」


 首を傾げてる雷也を無視して小走りで教室を出る。


「おい出てきたぞ!」


 もちろん噂を気にしてた人たちは俺を追いかけてきた。


 全力疾走で角を曲がり、階段を上がり、また角を曲がり……。

 まともに息ができなくなった頃には、もう後ろに追って勝てる人影はなくなっていた。



  ▲▼▲▼


 

「はぁはぁ」


 ここは……屋上へ続く階段。


 一階から随分遠い場所まで来たものだ。

 そのおかげで、周りに人がいない。

 誰にも見られずチャットする穴場スポットだな。


 息を整えチャットをするたにスマホを手に取る。


 何も言わずに走り始めたから心配させてると思ってたが、チャットの通知は来てなかった。

 俺がオフラインになったのを見て、入れ違いで教室に戻ったのか?


 俺はそう思い、教室に戻ろうとしたのだが。


「図々しかったかな」

  

「え」


 屋上へと続く扉の先から、寂し気な桜井さんの声が聞こえてきた。


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