第5話 微笑み
気まずくなってチャットできなかったのを誤魔化せた翌日。
俺は普段通っている通学路から少し遠回りして、学校へ向かっている。
桜井さんとどう接すればいいのか、それを考えるためだ。
見覚えのない路地。
周りに同じ高校の制服を着てる人がいないのに、少し喜びを感じながら歩いていた……のだが。
俺の足はピタリと急停止した。
正面にいるのは同じ高校の制服を着てる美少女、そう桜井さんだ。
「にゃ〜んにゃ〜ん」
壁上にいるネコにネコ語で話しかけてる。結果は、完全に無視されててちょっとかわいそう。
話しかけたほうがいいのか?
絶対桜井さんは、ネコ語を喋っているところを誰にも見られたくないはず。
でも、俺は別に桜井さんのことを……ネットを通じて片思いされてたとしても避けたいわけじゃない。
急停止したところから一歩も動かず考えていて、桜井さんに見つかるわけがなく。
「っ!」
ネコに向けていた優しい目から一変して、怒りと恥ずかしさを感じる鋭い目を向けてきた。
「ど、どうも。おはようございます」
「……どこから見てたんですか」
桜井さんから異様なほどに圧を感じた。
見られたくないところを見たってわざわざ言う必要はないか。
「今さっきです」
「そう。じゃあ、何もしてないのに私のことをジッと見られるのは不愉快なのでやめてください」
「あっすんません」
ドリームと桜井さん。
その2面性で接し方がわからない。こういうときは、俺から一歩踏み出さないと。
「……あの、よかったら学校まで一緒に行きません?」
数秒間があき。
「い、いけど」
桜井さんは目を合わせず、渋々頷いてくれた。
▲▼▲▼
二人で歩き始めたが、特に話題ができることはなかった。無言のまま数分が過ぎ……。
人気のない路地を出て、同じ学校へ向かう高校生が多い通学路へ出た。
人の喋り声や車の音で、朝だというのにすごい賑やか。
喋らず歩いている俺たちとは正反対だ。
「あっ! 桜井夢さん!」
一人の声のせいで、一気に注目を浴びた。
仕方ないことだけど、S級美少女の桜井さんはどんなところにいても目立つ。
本人はもう慣れたことなのか、微笑んで黄色い声に答えている。まるで人気インフルエンサーみたいな立ち振舞だ。
そろそろ周りの人たちに俺の存在が目に入りそうだし、離れないと……。
「隣りにいるやつ誰だよ」
あーもう遅かった。
桜井さんのガチ恋勢らしき人が、俺のことを獣の目つきで睨んできてる。絶対、桜井さんと俺のこと勘違いしてるでしょ。
こういうときは桜井さんから説明してくれたら、すぐ収まるはずだ。本人もわかってるはず。
「では、皆さん。今日も一日頑張りましょう」
桜井さんはガチ恋勢のことを無視して、学校へ足を進めてしまった。
周りにいた人たちは呆然と立ちすくんでいる。
俺もその一人。……だったが、ガチ恋勢からの獣の眼差しを前に足が勝手に動いた。
早足で人集りから去った桜井さんに、慌てて駆け寄る。
「さ、桜井さん!? 俺、あの人たちに勘違いされたままなんですけど」
「ふふっ。面白いですね」
「えー……」
女神のような微笑んだ顔を向けられ、言葉に詰まった。
絶対後で変な噂が流れるだろうけど、思いの外楽しそうだ。この感じ、学校でのS級美少女というよりネットでのドリームみたい。
距離感が難しいな……。
その後、何度も雑談するタイミングはあったが喋ることはなく、人の視線を浴びながら学校に到着した。
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