第3話 世界一気まずい空間
「ショウって本名じゃない?」
「えっ? そうかな。あのショウくんは、本名から名前を取るなんていう安直なことしないと思うけど」
「そっかぁ〜」
「えへへっ。ショウくんのことは誰よりも知ってるからね」
その安直なことをするショウくん、実は隣にいるんですけど。
なんてこと言えねぇー!
今言ったら、絶対桜井さんにすり寄るキモい陰キャだって思われる。
と、とりあえず聞き耳を立ててるってバレないようにシャーペンでもイジってよ。
「ずばり出会いは?」
「普通にSNSだよ」
「……正直最初私のことを嵌める嘘を言ってると思ってたけど、まじなんだ」
「なんで嵌めないといけないのさ。あっ、嵌めるというと私もついこの間ショウくんに嵌められた」
桜井さんは不機嫌そうに机を叩いた。
あぁ昨日のスクショのことか。あれは嵌めたというより、自爆だと思うんだけど。
「でも嫌いにはならない、と」
「えっへへ~。当たり前じゃん。そりゃあ嵌められて煽られたときは恥ずかしくて殺したくなったよ? でもさ、私のことを嵌めるなんて可愛くない?」
「うん。確かに可愛い」
「でしょ~」
隣の女子二人は共感してるけど、俺って可愛いのか? さっぱりわからん。
ネッ友のドリームに言われてるって思うとなんとも思わない。でも、隣から聞こえてくる桜井さんの声が現実に引き戻してくる。
やべぇ。めちゃくちゃ言い出してぇよ。
そんな浮かれたことを思っていたせいで気が抜け、ペン回しをしていたシャーペンが地面に落ちた。
落ちた先はというと。
「あ」
桜井さんのが座ってる椅子の下。
「やっぱり夢ちゃん的にはリアルで会ってみたいでしょ? 勇気出してオフ会してみれば?」
「えぇ〜それは流石に早いよぉ〜。まずは画面越しで喋ってみたいなっ」
「周りから恋愛経験豊富そうに見られてるけど、案外初心な夢ちゃん可愛い」
二人とも喋っていてシャーペンに気づいてない。
変な行動をして、もし俺がショウだと明かしたとき嫌われたら嫌だ。何事もなかったようのするべきか?
いーや。お気に入りのシャーペンは見捨てられない。
心苦しいけど喋りかけるしかないか。
「あの……桜井さん」
「…………」
一コマ遅れ、桜井さんは無表情な顔を向けてきた。
……さっきまでの楽しそうな様子はどこに行ったんだ。急変ぶりに鳥肌が止まらない。
いくらネッ友で接点があることを知ってても、こんな人に話しかけるのは勇気がいる。
「告、白!?」
張り詰めていた空気を一閃したのは、桜井さんの友人の戸惑う声だった。
「いや、そんなんじゃなくて……。桜井さんの椅子の下にシャーペンが落ちちゃって、それを拾ってもらえないかな……と」
「なーんだ」
桜井さんの友人はすぐ興味が失せたように俺から視線を外した。……が、桜井さんは違かった。
無表情で、ジッと俺のことを観察するかのように見てくる。
何を考えてるんだろう?
いくら冷たい対応をされてたとしても、桜井さんほどの人に見られ続けてたら恥ずかしい。
「朝比奈翔太、さんでしたよね?」
「え? あ、はい」
「この高校が初対面ですよね?」
「も、もちろんじゃないですか。もし桜井さんほどの女性に会ってたら、絶対忘れてませんよ」
「そうですか。ならいいです」
桜井さんはそう言い、シャーペンを拾ってくれた。もう何を考えてるのかわからない顔は、こっちに向いてない。
俺は質問された理由が全く分からず、呆然と机に置かれたシャーペンを眺めていた。
それから少しして、授業開始のチャイムが鳴る。
授業が始まる。
「君、絶賛片思い中の女子にナンパするなんて中々度胸あるんだね」
桜井さんの友人が俺にウインクしてきたが、ろくに頭に入ってこなかった。
すべて変な質問をしてきた人のせいだ。
あぁ、こんな状態で今日の夜どんなふうにチャットすればいいんだよ……。
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