6日目:夜③

「もしもし。」

「…やあ!今日は随分と…遠いね。何かあったのかい?」

「分かってるくせに。」

「流石はルカだ。僕の事をよく分かってるね。」

「はいはい、御託はいいから。」

「つれないなぁ…どう?そこは落ち着くかい?」

「さあね。噂によれば最近裏庭に恐ろしい魔の者が出たらしくておちおち寝てられないよ。」

「そいつは大変だ。でも僕の掴んだ情報によるとついさっき最下層に戻ったそうだけどね?」


全く…皮肉にもこの返しだ。


「…まあ、元気だよ。剣術もまだ始めたところだしなんとも。明日は仕事だし、休養はしっかりとるつもり。」

「それは何よりだ。目の調子は?」

「変わってないよ。…多分。」

「僕のプレゼントした発射器はちゃんと持っておくこと。君が疲れているのは声で分かるよ。ゆっくりね。」

「……どーも。じゃ。」


どうやら魔王も忙しいらしい。ひっきりなしに慌てた声や魔王を呼ぶ声が聞こえていた。久しぶりの帰還に魔物サイドもてんやわんやなのだろう。


「そういえば、発射器の事忘れてたな…」


右腰に挟んだままだった発射器を取り出す。もし湯浴みでもしてたら知らない内に落としてそうなほど小さい。僕の手のひらに収まってしまうぐらいだ。


「えっと…ファイア。……おお。」


僕の右手から出た炎が発射器に吸い込まれた。赤い色が点灯する。3つあるということは…


「サンダー、ウィンド。」


予想通り。黄色と緑色にそれぞれ光った。


「で、これを撃てばいいわけか。ええと、迷惑のかからないような…」


ウィンド一択だろう。精々僕のようなちっぽけな魔力じゃ突風を一瞬吹かせる程度でしかない。とはいえ、不意打ちには使えるのだが。


カチリ。確かに引き金を引いた。しかし、音も出なければ何か起こる様子も無い。緑の光は消えているが…


「…弄ばれた、か。全く、こっちは命懸けだってのに。」


こういうジョークが好きな奴なのも確かだ。人をからかって何が楽しいのか。自分の身内への仕打ちを棚に上げて、1人で完結させる。

この時期はまだ夜は冷たい。さっさと戻ろう…


「……!ルカ、無事ですか?」

「え?いや、何も無いですけど…」


降りようと窓枠に向けて腰を下ろした時、窓からレティシアさんが顔を出した。心配されるほどおっちょこちょいではないのだが。


「今日は無風のはず。ですが、確かに風の音を聞きました。魔法かと思われます。とりあえず、中へ。」


風、魔法…まあ僕の発射器の音だと思うのだが、肝心の音とやらは聞こえなかった。だけど、小さな物音さえ拾えるレティシアさんならあるいは…?


「レティシアさん、これ…知ってます?」

「発射器ですね。魔力そのものを増幅させる魔導書とは異なり、元の魔力を発射器の中で増幅させるものです。使いやすい反面、強い魔法や物理魔法を出すと壊れてしまう耐久性の無さが欠点です。増幅させる範囲も元の魔力依存ですから素質も問われるのですが…何故それを?」


普段の数倍の長さで語るレティシアさん。最初の1文と最後の1文だけでも良かったのだが。


「魔王から貰いました。試しにウィンドを撃ってみたんですけど、何も起こらなくて。」

「ですが、音は聞きました。もし私の聞いた音が発射器のものなら発射されてはいるはずです。一度、見せて貰えますか。」


断る義理もない。もう一度ウィンドを入れてみる。やはり緑色に光る。

適当に森の方向へ向けて…撃つ。

……うーん、やっぱり何も無い。


「ね、何も…」

「これは発射器ではありません。」

「え、でも魔王は発射器って」

「発射器は発射器ですが…これは魔法を圧縮して発射するのです。」


えっと…つまり?


「魔法の名称は単に範囲と威力で区別されているのは知っていますよね?」

「まあ。」


僕とレティシアさんが同じ感覚でファイアを撃った場合の大きさは比較出来ないぐらい雲泥の差があるだろう。

詠唱も全く同じだとしても、やはり個人差がある。大きいファイアと小さいファイアを使い分けられる人もいれば、小さいファイアが最大火力の人もいる訳だ。


だからこそその違いを指標にして分別しているのだ。ファイア、フレイム、ブレイズ、インフェルノと分けられている。僕はもちろんファイアしか撃てない。


「ファイアとフレイムの違いは単なる威力の違い。つまり小さいファイアだとしても、温度や密度が高く能力が強いのならフレイムですし、どれほど大きくても威力が大したことが無いのならファイアなのです。」

「…そうですね。」


知ってますけど。それが一体どう繋がるのだろうか。


「これはファイアをできるだけ小さくして威力を一点に集めて発射しているのだと思われます。さっきのウィンド、ストーム並の威力でした。」

「ストーム…!?」


ストームは風属性で言うところの3番目。熟練した魔法使いが出せるかどうかのようなレベルだ。


「そこの木に穴が空いています。ですが…」


いや、見えないんですけど。数十メートルあるのに見える訳ない。話進めるんですか?


「空いた穴は小指ほど。確かに強いのですが…実践では足止め程度にしかならなさそうです。人間相手なら効果はありそうですが。」


見えないものを語られても呆けるほかないのだが、どうやら実戦向けとはいかなそうだ。けど、こういう手を沢山持っているに越したことはない。ただでさえ弱いのだ、武装は多い方がいい。


「とにかく、安心しました。無事なら良いのです。それでは案内を。」

「あ、はい…」


切り替え早っ。心配してもらっていたのは嬉しいのだが…

まあいいや。使えないおもちゃは使えるおもちゃだった事が分かっただけでも充分収穫だ。先に入れてしまったファイアとサンダーどうしよう。


そんな事を考えながら、家の案内をしてもらったのだった。


稽古(という名の素振り)を終え、結局自信が持てずに打てないまま入浴させてもらう事になった。これじゃただのお客様なのだが。


「とはいえ傷付けたらなぁ…レティシアさん許してくれてもルクに殺されるだろうなぁ…」


そもそもその場でレティシアさんに斬り捨てられても何も言えないんだけどね。だからといっていつまでも素振りして居候するのも居心地が悪いのは確かだ。どうしたものか…


「小細工しようがないしな…あの粉の上に鉄粉を撒いたらあるいは…」

「ルカ、入りますよ。」

「いやそれはおかしいですっ!」


考え事をしてようと頭はしっかり働いてくれた。


「何故でしょうか。」

「年頃だからとでも言っておきましょうか!」

「ふむ…この家の所有権は私にあるので、お風呂に入る時間は私が決めるものだと思います。」

「急な正論!なら僕、上がりますから!ちょっと待っててください!」

「何故でしょうか。」

「年頃だからとでも言っておきましょうか!」


なんだこの人!?何故かなんて考える必要もないと思うのだが!


「なんであれどうせ」

「関係ないですね!上がりますから!」


脱衣場の扉を開ける。やはりキョトンとしたレティシアさんが立っていた。


「ごゆっくり…!」

「……?ええ。」


やはり不思議そうな顔。そんなにおかしいものだろうか。子供とはいえ働ける歳。誰かと一緒にお風呂に入るなんて言語道断だ。


その日はすぐにベッドに入った。気づけば稽古も発射器の事も忘れてしまっていた。

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異世界転生の多いこの街で 梦麦 @3469-64694

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