6日目:夜②
「取引…?」
「ええ。どちらからしてもメリットしかない取引が。」
メリット…?こちら側のメリットとすればお金を払わなくて済むことだろうが…レティシアさん側のメリットなんか、あるのか…?
「先程も申し上げた通りすぐにお返しする事が出来ません。ですので…」
「…これ、住み込みで働かせてやってくれませんか?」
「え?」
……え?
「私は金銭問題は気にしていません。ですから、別に」
「金銭的な問題だけでなく、他の点で。というのも、剣術を教えてもらうことになったと聞いてます。」
「ええ、まあ。」
「ただでさえお忙しい身分ですし、仕事中は手を離せない事でしょう。その上休日を稽古に使ってしまうとお休みがなくなってしまう。」
「…はあ。」
「ですが、住み込みなら仕事終わりでも少しは時間も作れますでしょうし、サボり癖のあるやつなので監視下に入れておく方が鍛錬も早くなる。その上私達はお金を支払う代わりに労働力を提供する事で申し訳ない気持ちが取れる。1人分飯代も浮く。」
「それが目的か…!?」
「ですが、ルカにも休息は必要であると思います。」
「その裁量はお任せします。ゼロから教え込むのは至難の業ですし、なによりいつまでも弱っちいままじゃいられない。ダンジョンで働いているなら、尚更…ね。」
「…それも、そうですね。ルカを生かすため、です。」
雲行きが怪しくなってきたぞ。つまりは僕
「売られそうになってる…!?」
「人聞きが悪いね。アンタが稼ぐ為の用意をしてあげてるんでしょうが。」
「…分かりました。ルカを受け入れます。」
「な!?」
「ですが…使用人はもう空きがありません。私の弟子として少し仕事を手伝ってもらう事で手を打ちましょう。」
「まあ!そりゃ助か…ありがたい申し出です。是非、よろしくお願いします。」
「助かるって言おうとしたな!セリナさんの薄情者!」
だけどセリナさんはまるで僕が見えていないかのように話を進める。
「荷物は後で…」
「待った!本当に、待った!」
「…なんだい?」
「ニアはどうなるんですか!僕が離れたら…ニアは」
「そんな顔しないでくれよ。大丈夫だ、あたしが居るんだ。万が一なんて起こさせない。だからアンタはさっさと基礎学んで来るといい。」
「でも…」
「早く戻りたいなら早く習得すればいい。それだけだろ?それじゃ、失礼します。」
話を切り上げて応接間から出るセリナさん。後を追いかけたかったが、きっと追い出されるだけだろう。僕が強くなりたいのは僕自身を守る事、それよりもニアを守りたいからなのに。肝心のニアから離れるなら、本末転倒じゃないか。
「ルカ、その…ダンジョン内で会えるのではないでしょうか。」
「あ、確かに。じゃあそこまで深く考える必要も無いか。」
灯台もと暗しってやつだ。別に今生の別れどころか夜だけ寝る場所が違うぐらいの感覚だ。うん。毎日報告すればいいだけだし。
そう思えばこっちの方がいい気がしてきた。確実に寝室はグレードが違うだろうし。
「役に立ったようで何よりです。とりあえず夕飯の時間までに寝室を用意しましょう。」
「はーい。」
なんか楽しくなってきたぞ!
――――
「え、一室丸々!?」
「部屋は余っていますから。好きに使って構いません。」
「自分の、部屋…!」
この世に生を受けてからというもの、寝床は誰かと共有だった。ニアとの2人部屋も嫌いじゃなかったが、1人になりたい時もある。ああ、叶うのか。念願の夢が。
「定期的に使用人の清掃が入りますのであまり散らかすと怒られますよ。」
他人事のように言ってるがレティシアさん家なのだが。まあそれはいい。なんであれ、1人だ。わーい!
「それでは一度私も戻ります。夕飯頃に声をかけるように言っておきますので、それまでに準備を。」
「はい、ありがとうございます。」
バタン。いよいよ1人になる。用意と言われても持っているのは短剣一つだけ。鞘を机に置くくらいしか無いのだが。
改めて見ると本当に勿体ない部屋だ。貧乏人がこんな所にくるとソワソワして仕方ない。
「まあ、練習…しておこうかな。」
すん…音もなく鞘から抜かれる刀身。カナの水の矢と同じ強い力を感じる。それを構えて…縦に振る。縦に、縦に、縦に…
――――
「ルカ様、ご夕飯のご用意が…」
「…え?あ、はい。」
「…熱心ですね。感心します。」
鞘に短剣を直す。振り替えると応接間へと案内してくれた使用人が。
「その為に来たので…」
「詳しい話は後でお聞きいたします。こちらへ。」
ジッとこちらを見て話す使用人。言葉の一つ一つが固く、少し冷たい印象を持たせる。とはいえ、印象だけの話で、何となく悪い人じゃないのも分かる…
結構歩く。あれ、こっちは確か玄関…
「外に、出るんですか?」
「ええ。ここはお嬢様のご邸宅ですので。食堂はあちらです。」
前を指さす。そういや複数建物があったな。スケールが違い過ぎて頭に入ってこないぞ…
「中でお待ちください。」
「えっと…貴女は…?」
「使用人は別の時間に食事を取りますので、お気になさらず。」
行っちゃった…なんだろう、すごい申し訳ない気持ちになってきた。ただ剣を教えて貰っているだけなのに。
「…お邪魔しまーす。」
「……」
「…うお!っとと…」
中に入ると広い空間。それと1人の人が立っていた。というか、門番だ。
「どうも。」
「座ってお待ちください。」
それ以上話す事はないと言わんばかりに前を見て動かない門番。やりにくいな…
でも、管理人という仕事柄疎まれるのは慣れている。こちらも平然とした体を装っておく。
「遅くなってしまいました。」
「あ、いえ。大丈夫です。」
「お待ちしておりました。食事の方を用意させて頂きます。」
一礼すると奥へと消える門番。
「…毎日これやってるんですか?」
「これ、とは?」
「いや、なんでもないです。」
レティシアさんからすれば当たり前というところか。仰々しいというかなんというか…
レティシアさんと食事を囲む事になるとは想像した事も無かったが、なんだろう。このよく分からない距離感は。家でも鉄の仮面は剥がれないらしい。
「ルカは本当に良かったのですか?」
「え?」
「確かに、理詰めで考えるならば正解だとは思っています。ですが、ルカは本当に離れていいと、思っているのでしょうか。」
「……まあ、正直場違いだとは思ってます。僕に格式高いものは似合わない。だから門番さんも僕の事をジロジロ見てるんだと思いますし。」
ちらりと後ろを見る。少し身動ぎをして、また裏手へと消える。
「ですけど、ありがたい申し出であり、ありがたい条件下なのも間違いない…とは思ってます。ダンジョン、近いですし。」
「そうですか。」
その一言に何を含んでいるのか分からない。が、僕も後悔はないようにしたい。
「…お待たせ致しました。こちら前菜の…」
前言撤回っ!もうギブアップかもしれない!
――――
「テーブル、マナー…?肘ついて食べない…とかですか?」
「…ふっ」
「違います。まずは左手にフォークを。」
「利き手、右なんですけど…」
「僭越ながら、私めがお教え致しましょうか?基礎の基礎しか教えられませんが。」
コイツ、小さく口角を上げてやがる…!ああ悪かったね、所詮庶民はテーブルマナーなんて知らないよ!
知らないものは知らないし、知ってたところで腹に入れば一緒だ。
「レティシアさん、庶民流の食べ方って知ってます?」
「……?」
「こうすくって…こうです!…うまっ!」
口を大きく開けて思い切りフォークで拾い上げたお肉を豪快に食らいつく。が、あまりの美味しさに本音が漏れた。セリナさんの下で暮らしているから舌は肥えている方だと思うのだが、まさか思わず口に出すほど美味しいとは。
「な……!?お嬢様、かのような下賎な真似はしてはいけません!」
「ふむ…確かに口いっぱいに広がって悪くないですね。」
「お嬢様!?……貴様ぁ!」
くわっ!と目をかっぴらいて睨み付けてくる。あまりの気迫に目を逸らす。
「テーブルマナーもなっていないやつに、出す飯などない!」
「うるさいですよ。食事中は静かに。テーブルマナー以前の問題でしょう?」
「随分偉そうな客人だなぁ!?」
「まあ実際偉いですし。第3層管理人だから無条件で冒険者になれますし。なれます?門番さん。」
「お嬢様!何故こんなやつに第3層を任せておられるのですか!」
「実力の結果ですよ。それに、騒々しいというルカの意見には賛成です。侵入者がいた場合足音が聞き取れません。」
ここでも戦闘の話ですかレティシアさん。
門番さんはイラつきながらもフルコースを堪能させてくれた。なんだ、ベールを剥せば普通の青年だな。
――――
「それでは改めて紹介を。今日から生活を共にする私の弟子、ルカです。」
「どうも。」
「私と同じくダンジョン管理人です。それではこちらも紹介を。」
「……門番兼お嬢様の護衛のルクだ。よく知ってると思いますけどね。」
「いやぁ…仲良くやろうよルク君。」
「お前と1文字しか変わらないなんて、こんなに自分の名前を恨んだ事は無いぜ。」
おお、好感度最悪…と。
「使用人の、ルクレです。よろしくお願いします。」
「ルクレはルクの妹です。」
「兄弟揃って仕事か…」
「なんだよ、悪いか?」
「ううん、良いな…って。思う。」
「…そうかい。」
なんだか変な空気を作ってしまった。ええと…
「わ、私はゼイン!使用人です!」
「あ、さっきはお世話になりました。」
「いえいえ!」
思い切り迷ってた子だ。食い気味に入ってきた所からしても、空気の読める子なのだろう。
「以上です。」
「え、こんなに広いのに使用人2人…?」
「ええ。私の管轄下は、ですが。」
まあ、そりゃそうか。レティシアさんも1人で生まれた訳じゃない。家族がいるはずだ。家族一人一人がこういうコミュニティを持ってるということか…
スケールが違い過ぎて笑えてくる。
「とはいえ今ここに住んでいるのは私だけです。全員の紹介が終わりました。ルカ、後で部屋を案内します。」
「お嬢様、私が引き受けましょうか。 」
「いえ、その後稽古に入りますので。いつも通り湯の用意をお願いします。」
「かしこまりました。」
食べ終わった食器が勝手に洗われていくのは申し訳なさが勝つのだが。スピードからして邪魔にしかならなさそうだし…
「私は剣を取りに行きます。する事があるのなら今のうちに。」
する事なんて…ああ、そういう事か。
「屋根上には何処から行けますか?」
「その螺旋階段を上がった窓からなら。」
「ありがとうございます。」
どうせ、ペラペラと喋ったのだろう。少なくとも彼はそういう奴だ。
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