6日目:夜
考えたところで答えのでなさそうな疑問に頭を悩ませてるうちにセリナさんが帰ってきた。店の経営をしている者としてなのか、金銭に関しては厳しいセリナさんだ。一体どんな言葉が飛び出るやら…
「とりあえず、金を返しに行くよ。」
「え、でも何処にも」
「後でたんと働かせてやるさ。」
「…店3つ分だってさっき……」
ちらりとこちらを見るセリナさん。
「ああ。けど売り上げはそんな比じゃない。それなりには貯えがあるのよ。」
「え?あれ、うちって貧乏なんじゃ…」
「さあね。」
ニコリともせずに言い放つセリナさん。もしかしなくても怒ってそうだ。
「さあて、支度しな。売り込みの時間だ。」
――――
「そういやなんでレ…主任の家を知ってるんですか?」
「さあね。」
「…お金を返しに来ただけですよね?」
「さあね。」
まともに取り合ってくれない…初めて来たレティシアさんの住む家。家かこれ。屋敷の方が合っているような気がする。ダンジョンのある穴より遙か上。言い換えればこの街の上部にある。それなりの道を歩んできた訳だが、セリナさんの足に迷いはなかった。この間の感じからしても初対面ぽかったし…謎は深まるばかりだ。
「失礼、受付を頼みたいんだけど!」
「どうぞこちらへ。」
それはもう重く固く閉ざされた門扉が開く。そもそも門扉が一般的な門ほどあるんだが?
恐る恐るついて行く。入ってすぐのところにちょっとした建物が立っていた。ちょっとしたとは言うものの、その大きさはセリナさんの店と大差ない。全てのサイズが大き過ぎて相対的に小さく見せているだけだ。
「こんな時間にご足労様です。ご要件をお伺い致します。」
「ああ、こんな夜分に申し訳ない。ご息女様にお目通しさせて頂きたい。コレが迷惑かけてしまったみたいでね。」
ガシッと首を抑えられる。あの、ちょっと足浮いてるんですけど?
「はあ。しかしお嬢様は先程お帰りになられたばかりでお疲れのご様子でした。ご要望にお応え出来ない可能性もございますが、お伝えしてまいります。」
「構わないよ、お願いします。…ほら、アンタも。」
深々と礼をするセリナさん。思い切り頭を下げさせに来る。されなくても下げるっての…
そんな僕たちを一瞥して、受付をしていた門番的な人は大きな屋敷の方へと歩いていく。
「感じ、悪いですね。」
「馬鹿、私達みたいな一般人が来る場所じゃないんだから当たり前よ。言っとくけど、74層の管理人なんて地上じゃ勇者扱いされてもおかしくないほどの実力なんだからね?」
「へぇ…」
じゃあやっぱりあの修行は異次元だったわけだ。初めから要求レベルが高すぎる。
「物知りですね。僕74層の管理人て話、した事ない気がするんですけど。」
「全く喋ってくれないアンタと違ってニアがたくさん教えてくれるからね。アンタと違って。」
「2度言わなくてもいいじゃないですか…」
仕事の話は家に持ち込みたくないだけだ。
「それで、剣は持ってるだろうね?」
「ええ、まあ。」
もし無くしたらと思うとゾッとして離せない。
「ほんっっとうに素人には勿体ない代物だよ…?」
「分かってますよ…僕も実力に見合った鉄製が良かったです。」
「あるものは仕方ないだろ?さっさとその剣に見合うぐらい練習するこったね。…さ、お迎えだ。」
前を見ると先程の門番がこちらに帰ってきていた。大柄な体に似合わず足音がほとんどしない。
「お待たせ致しました。お嬢様も心当たりがあるとの事です。」
「どうも。助かりました。」
「道を案内させて頂きます。決してお離れになりませんようご注意下さい。」
やはり一瞥をして振り返る門番。なーんか、好きになれないなこの人…
「…道案内なんて、親切な人ですね。」
「逆だ、逆。疑われてるんだよ。こりゃ監視さ。」
「ああ、なるほど。」
どおりで目線が冷たい訳だ。なんとなく勘づいてはいたが。
家ならもう5往復ぐらい出来る距離を歩くとやっと門番の足が止まる。
「……こちらになります。お待ちしておりますので、何かありましたらお申し付けください。」
「ありがとうごさいます。ほら、行くよ。」
お得意の営業スマイルで一礼するセリナさん。大きな扉を開けるともうそれは豪勢な玄関がお出迎え。
「すご…」
「そうかい?思ったより簡素なもんだと思うけどね。」
「これでですか?じゃあうちはいいとこ物置小屋ですけど。」
「勇者級にしてはって意味だよ!もっとこう…宝石とか絵画とかあるもんだ。こういう人ってのは。」
「まあ、言われてみれば…」
床や照明こそ豪華なものだが、それ以外に物がない。絨毯ぐらいなものだろうか…
「お待たせ致しました。…ってあら?」
「ああ、この前は失礼致しました。」
「いえ、仕事ですから。お嬢様のお待ちしてる部屋までお送り致しますね!」
ニコリと笑う世話人。ご飯を持ってきてもらった時に面識があるのだろうか。
「えっと…ご飯ありがとうございました。」
「ええ、お口に合いましたでしょうか?」
「とても美味しかったです。」
「それは良かったです!」
先程の門番と打って変わって終始笑顔でとっつきやすそうな人だ。
レティシアさんの生活事情を聞きながら歩く。にしても時間かかりすぎじゃない?というか…
「……迷ってません?」
「い、いえ!?もうすぐです!」
「ここ、3回目なんですけど…」
腐ってもダンジョン管理人だからか、地形はすぐに覚えてしまう。レティシアさんの位置さえ分かれば僕が案内してもいいぐらいなんだけど。
「同じような道なだけですっ!」
「……だそうですけど。」
「まあ、ここはついて行こうじゃないか。」
更に迷いながらも目的の部屋を見つけたのか小走りで走る使用人。
「こ、ここです!」
「ありがとうございます。」
「……道に迷わないように帰って下さいね。」
「迷ってませんからぁ!」
顔を真っ赤にして走り去っていく。僕と歳はあまり変わらなさそうだ。
さて、ここか…他の部屋と比べても少し装飾が多い扉。そういえばレティシアさんはどういう立場なのだろう。お嬢様と呼ばれていたし…
「…はい、開いていますよ。」
考え事に耽る間にセリナさんがノックをする。ほぼ合間入れずに返事が返ってくる。…なんか緊張する。
「遥々お疲れ様でした。…どうかされましたか?」
「「……」」
どんな部屋が飛び出すか心構えていた。自分に似つかわしくない場所である事も理解していた。
「……どうされました?私の顔になにか?」
理解してたつもりだった。
「…人の部屋だからなんとも言えないけど…」
「ええ、そうですね、ですけど…」
「「なんだこの部屋!?」」
1面溢れる武器の山。真ん中に置かれたのは高級そうな…作業台。元は格式高い雰囲気を持っているであろう壁は道具で埋め尽くされ、床は金属片やら木片やら転がっている。
なにより本人。全身鎧から顔だけを出しこちらを見ている。その手には槌と片手剣。てかなんか暑いと思ったら溶鉱炉あるじゃんか!
「…自室です。」
「…そーですか。」
おい、なんて言えばいいんだよ。素敵なお部屋ですね、とか?これは部屋じゃないよ、作業所だ。
「少し、待っていてください。もうすぐ終わるので。ルクレ、応接間にお通ししてください。」
「…ただいま。」
後ろの扉が開く。先程とは違う小柄な使用人が立っていた。
「応接間にご案内致します。こちらへ。」
すっと歩きはじめる。後ろをちらりと振り返ると頭の兜を外しているところだった。ほんと不思議な人だな。
――――
「…失礼します。」
「ありがとうございます。」
応接間についてしばらく経つと先程の使用人がカップとソーサーを、そして案内してくれた使用人がポッドとお茶菓子を持ってくる。お金返しに来ただけなのに申し訳ないな…
それから少ししてレティシアさんが入ってくる。僕と同じようなシンプルな麻の服だが、妙に似合っている。
「お待たせしました。」
「いえいえ、こちらこそ時間を取らせてしまって申し訳ないです。」
「大丈夫です。それで…」
「まずはうちのバカがご迷惑おかけしました。」
この、馬鹿力…!頭を下げられる。
「あいにくそこまで稼ぎが無いもので、すぐにお返しする事が出来ません。そこで…」
がしっ。肩を掴まれる。
「取引…しませんか?」
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