5日目:昼

「用意できましたか?」

「あ、はい。」


次の日の朝。約束通りレティシアさんは迎えに来ていて、そのまま広い土手へと向かった。


「…剣はどこに?」

「そもそも持ってた事すらないです。」

「そうでしたか。ふむ…」


よく考えたら武器無しで何を教えて貰うつもりだったんだ、僕。昨日アルカを無理にでも引き連れて買っておくべきだったか…


「それではまずは武具屋で得物を選びましょう。」

「よろしくお願いします…それじゃ一旦家に戻りますね、お金無いので。」

「はい。」


一言だけ言うと僕の後ろを歩いて付いてくるレティシアさん。これ怒ってる?全く喋らないのが怖いんだけど。ちらっと後ろを見ると、いつもと変わらない無表情で歩いている。…判断材料が無くて困る。


――――

「あれ、随分早いね。天才的なまでに才能が無かったのかい?」

「いや、よく考えたら僕短剣持ってなかったので。今から買いに行く流れになりました。」

「ほう…剣の達人に見てもらえるなら有難い話だね。財布の中身は足りそうかい?」

「んー、まあ無駄遣いはする方じゃ無いので大丈夫だと思いますけど…」

「そう?まあよく稼いでいる事だしきっと大丈夫だね。」

「まあ、はい。」


流石に銀貨の価値じゃないとは思う。金貨1枚ぐらいは覚悟しておこう…

財布を取ると、律儀に待ってくれているレティシアさんの元に戻る。あれ、1mmも動いているようには思えないんだけど。1人だけ空間でも止まってたんだろうか。


「すみません、財布取ってきました。」

「はい。武具屋はあちらです。」


ほぼ回れ右で方向転換して歩き出すレティシアさん。怖い怖い…

ビクビクしながらついていく。自信があるというか、周りを見てないというか、背の伸び切った体勢で道の真ん中を歩いていく。思わず通行人が端に避けるほどの品位を発している。

これじゃ僕はいいとこ召使いにしか見えないだろうな…


「ここです。」

「ここって…」

「行きつけです。」


初めて街で見かけた時にいた武具屋だった。ここ、行きつけだったのか。


「すみません。」

「はい。どうされましたか?」

「…んんっ。短剣が見たいのですが。」

「ああ、かしこまりました。どうぞこちらに。」


…ん、なんか行きつけの割には他人行儀っぽいけど…?


「冒険者の方ですか?それだけの長身なら片手剣の方が取り回しも良いかと思うのですが…」

「…私ではなく、こちらの…弟子の剣です。」

「ああなるほど。そういう事でしたら納得もいきます。」


ぷるぷると震え始めるレティシアさん。実は行きつけじゃなかったとか、行きつけだと思ってたのに忘れられてたとか、弟子というのが恥ずかしいほどみすぼらしい弟子とかだろうか。理由はなんにせよ恥ずかしそうなんだが。


「…あの、気づいているのでしょうか。」

「はい?……」


まじまじとレティシアさんを見て、思案に耽る店主さん。すると分かったと言わんばかりに目を見開いて手をポンと叩く。


「ああ忘れていました!申し訳ない!私とした事が…」

「いえ、思い出して頂けたならいいのです。それでは改めて…」

「すぐにお持ちいたしますね!」


慌てて後ろに引っ込む店主さん。あ、レティシアさん少しだけ胸を張ってる…気がする。


「…店主さんは何しに戻ったんですか。」

「きっと得意先限定で販売している希少な売り物を取りに行ったのだと思います。いつもそうですから。」

「へえ…それはレティシアさん様々ですね。」

「…」


お、嬉しそう……な気がする。クスリとでも笑ってくれれば分かりやすいんだけどな。


「お待たせ致しました…!」


持ってきたのは多種多様な武器…ではなく、湯気の立ちこめる器2つ。…湯気!?


「こちら、粗茶になります。そうでしたそうでした、初めてご来店になった方には商会証をお作りしております。こちら1金貨ごとに印を…」


どんっ!強めに机に何かを叩きつけるレティシアさん。よく見たら似てる。というか同じだ。おお、めちゃくちゃ印ついてる。てかもう裏面真っ赤じゃん。


「え、あれ…!?失礼ですがお名前を」

「ジェルメーヌ・レティツィア・アンダルシアです。」


ほぼ食い気味に答えるレティシアさん。これは僕でも分かる。怒ってる。


「……?ははは、ご冗談を。確かにジェルメーヌ様はうちのお得意様ですが、格好も声も違うではありませんか。頑なに防具を脱ごうとしない変なお方、見た事おありでしょう?この辺りでも有名ですから。どこでお拾いに」

「私がジェルメーヌ・レティツィア・アンダルシアなのですが。」


初対面扱いされた挙句、変人認定されてる事実を知ったレティシアさん、それでも顔の表情が変わってないのが怖すぎる。いや、肩プルップルだし顔が微かに赤くなってるから何も感じてないわけじゃないだろうが。


「見てください、これは貴方の打った剣では無いのですか?」


するりと腰につけた片手剣を抜くレティシアさん。今日は隠すつもりもないのか普通にぶら下げていた。


「それは確かに私の作品…はっ!」

「…思い出したようですね。」

「まさか、追い剥ぎ…っ!」

「いい加減にして下さい!」


流石のレティシアさんでも堪忍袋の緒が切れたようだ。というかやっぱり見たこと無かっただけで防具付けて街歩いてたんだな、この人。


――――


今のレティシアさんは防具を付けていなくて、正真正銘本人である事が伝わるのに十数分。声が違うのは防具でくぐもって聞こえるせいだと理解してもらうまでも十数分。

そして僕が弟子である事を理解するまでにも数十分。気付けば諸々の誤解を解くだけで一刻が過ぎようとしていた。


「すみませんすみません、すぐにお持ちいたします、ジェルメーヌ様…」


結果的にはただでさえ低かった店主さんがさらに縮こまってレティシアさんのいっていたお得意様専用の商品を取りに行くことになった。少しばかり沈黙が流れる。え、コレ僕はどう声をかけたら正解なんだ…?


「あの…」

「すみません。本当はすぐに用意してくれる手筈だったのですが。」

「い、いや。決してレティシアさんのせいじゃ…」


レティシアさんのせいじゃない…よね?元々の言動がちょっと変わってたのが原因な気もしないことも無いが。


「というか、今日は片手剣なんですね。」

「ええ。最も使い慣れていますし、いつも街で付けていましたから。意味はありませんでしたが。」

「はは…は…」


地雷だったか…


「お待たせ致しました、重ね重ねご無礼を…」


絶妙なタイミングで店主さんが帰ってきてくれた。内心ホッとしながら持ってきてもらった品に目を通す。


「…あの、これ……って…」

「コレですか?誘石いざないしですね。55層以降に見られる誘導性のある…」

「誘石自体は知ってます!…めちゃくちゃ希少なんじゃ…」

「はい。三層ほど集めた分になりますね。」


やばい…冷や汗が出てくる。金貨1枚とか言ってられないかもしれない。恐る恐る値札をひっくり返す。


「金貨…55枚…?」

「ええ、大変お安いでしょう?」


そうなのかとレティシアさんに目線を送る。


「…まだ働き始めてそう経ってないのです。価格をもう少し考えられませんか?」

「んー…まあ他ならぬジェルメーヌ様の頼みですし…分かりました、思い切って金貨40枚でいかがでしょう?」


いや、別に値切れとかそんな意味じゃなくてさ。


「ぼ、僕はアレでいいですよ、初心者向け…みたいな。」


銀貨68枚と書かれた鉄製の短剣を指さす。


「ルカ、命を賭ける武器が鉄製では保証出来ませんよ。」

「いやでも、まだ練習ですし!実戦は今まで通り弓で当分頑張りますから!」


金貨40枚とか払ったら破産する…!家賃を納める以外にもいつ必要になるか分からない。そんなギリギリの生活はしたくないし…


「…そうですか。ではせめて柄だけでも手に合わせましょう。」

「一度持っていただけますか?」


カラッ……と音を立てる短剣。やはりナイフよりは大きく太い。これがあれば、僕も護身ぐらいは…


「って重っ!?」


軽々しく持ってたじゃないか!なんとか両手で持ち堪えるもそれ以上腕を上げられない。なんだ、これ……こんなのみんな振り回してるのか!?


「…彼から聞きました。それ以上の筋力が見込めないなら軽いものにするべきだと思います。」

「一旦お預かりします。」

「ふう…いつ出会ったんですか…?」

「昨日の夜です。確かに家の裏庭にいたのですが、姿はありませんでした。」


僕に向いていた興味がレティシアさんにも向いているようだ。僕と違って強いから大丈夫だと思う…けど。


「そうですか…全部バラしてくれるなぁ…」

「でもおかげで訓練の内容も絞れました。敵にしておくには惜しい人材ですが。」

「あのー…それで、どうしましょうか…?」


あ、忘れてた。筋力的に持てないとなると言われた通り魔法剣しかない訳だが、とても高い。買いたくない。


「ちょっと、見回っても?」

「ええ。ですが限定品が1番お買い得ですよ。」


そんな高いの買えるかっての。もう目を皿にして吟味する。とにかく安く、軽く。この際見た目はどうだっていい。


「あ、これとか…」


薄い刀身は確かに魔法剣だが、色がなんというか濁っている。茶色と黒の間ぐらい。属性でいうと土に失敗属性の黒が混ざった半端物…といった所だろうか。どちらにしろ魔法適性のない僕ならこのぐらいで良い。うんうん、軽いし。


「それがいいのですか?」

「あ、はい。ほら…2色混合とかかっこいいし。」

「なるほど。」


口から出任せを言う。どうやら信じてくれたらしい。よしよし、値札は…ふむ、金貨3枚ぐらいなら


「それでは金眼石の一番いいものを。」

「おお、お目の高い選択ですね!」

「え、ちょ…」


再び後ろに戻る店主。あれ、ちょっと!?安いので良いんだけど!


「レティシアさん、僕これがいいんですけど!」

「ええ。分かってます。」

「いや、別に最高のものじゃなくて」

「しかしそれを選ぶとはルカは凄いですね。見本では色が微妙だというのに。」

「見本……?」

「ええ。見本のような最低級でも金貨3枚ですからね。」


血の気が引く。もしかしなくてもヤバい選択をしたかもしれない。


「や、やっぱりやめます!えと、もっと安いの…」

「何故ですか。気に入ったものを買うべきです。今度こそ練習用では無いのですから。」

「はい、お持ちしました。」


いやもう別物じゃん!!


――


宝石のような金と黒の輝き。虎とも蜂とも取れるような獰猛さと美しさを兼ね備えていた。金貨120枚とか意味の分からない値段以外は完璧なんだが!


「い、いやっ!そんなに持ってませんし…!」

「大丈夫です。待ってくれます。」

「こんな大金時間をかけても払えませんよ!」

「明日には払えますよ。」

「一体どんな危ない仕事を出してくるんですか!?」


いまいちピンと来ないような顔でキョトンとしているレティシアさん。本当にこの人お金の感覚無い人だな!


「と、とにかく!無理ですからね!」

「はい、こちらの誓約にお名前を…」

「はい。」

「え、ちょっと!?」


なんか張本人飛ばして話進んでるみたいなんだけど!?


「……はい。契約完了です。それでは明日にはお願いします。」

「分かりました。今から持ってこさせても良いですが。」

「はあ…早い方が助かりますが…」

「分かりました。ルカ。……ルカ?」

「あの…臓器は全部揃えたままがいいんですけど…」

「なぜ臓器の話を?」

「え、だって僕本当に持ってませんし…売れるのは臓器ぐらいなんですけど。」

「……?もう払ったので大丈夫です。後は短剣の鞘と柄の調整ですね。」

「これだけの買い物ですから、全て付けておきますよ。」


やっと理解した。が、やっぱりおかしい気がする…!


「えと…その、レティシアさんが払うって事ですよね…?」

「ええ。」

「そんな高いの返せませんし…」

「返す必要はありません。」

「そうもいきません!」


流石に金貨120枚も出してもらうわけにもいかない。だって僕の総資産合わせて足りるかどうか怪しいぐらいの金額なんだから。レティシアさんが大変いい家柄なのは分かってるが、それでも…


「ルカ。私の言った事覚えていますか。剣は生きる為のものと。」

「…ええ。」

「命を乗せるものに半端は有り得ません。私も弟子をとる以上、命を何物にも天秤にかける事は出来ません。大枚をはたいても、常に最善の選択をするべきだと思っています。」

「そ、それはそうかもしれないんですが…」

「柄の調整の準備が整いました。」

「はい。ほら…」

「え、でも…」

「いいから。」


ちょんと腰を押される。僕の足は勝手に動く。五度見ぐらいしたが、レティシアさんの顔は変わらない。思ったより大事になってきたぞ…


――――


初めての体験だった。柄に手を添えて、形をとってもらい、鞘も形を合わせ…その間冷や汗ダラダラだった。これ持って帰ってなんて言い訳するんだよ。


「おお、お似合いですよ。」

「それは無いです。絶対に。」

「…い、いえそんな事は…」

「貧乏くさそうな僕には貧乏臭そうな粗悪品がお似合いなんですよ…」

「…こほん。失礼ですが、私の店では粗悪品、はございません。どの素材であれ、その素材の最高品しかお売りしておりませんので。」

「……そうですか。すみませんでした。」


やっぱり…ここ高級店だ。間違いない。通りで鉄でもあの値段な訳だ…カナが液体以外を圧縮する練習に銀貨3枚で短剣を買ったと言っていたから間違いない。


どう足掻いても最低銀貨68枚だ。……またゆっくりでもお金返そう…

特大借金を背負ったような気持ちだが、仕方あるまい。レティシアさんもいい物をと思ってここに来たのだろうし。


「戻りました。」

「はい。それでは行きましょうか。では後ほど。」

「はい、いつもありがとうございます!」


常連客所以の慣れか。妙にアッサリしてる。…というか、お世辞は要らないけど全くないというのも…

ま、いっか。今の状況なんて虎の威を借る狐みたいな所だ。褒めてもらった所でそれは魔法剣のおかげに過ぎない。


……ところで振ることすらした事ない人間には勿体なさすぎない?本当に。


――――


「それでは抜いてみましょう。」

「あ、はい。」


時間がだいぶ経ってしまったが、元の土手へと戻ってきた。鞘に手を当て、抜く。……感覚がない。軽すぎる。

抜いた感覚は無い。けど、確かにそこにある威圧感はある。冷気すら感じるような美しい刃。本当に僕なんかが持ってていいのかとゲンナリしてきた。


「金眼石とは何か知っていますか?」


なんだ、やぶからぼうに…


「知りませんけど…」

「金眼石は名の通り、金色の眼の石なのです。翼竜種の目が石化した大変貴重なもので、自然ではほとんど発生しないと言われています。」

「目…が?」

「はい。現在では石化師によって入手する方法がありますが、どちらにしろ流通量は少ないのです。」

「…すみません高いの選んで…」

「いえそういうことではなく。…噂によれば、金眼石は目に何かの変化をもたらすと言われているのです。目を使うルカにはぴったりなのでは…と思っています。」


剣の話になったらよく話すなぁ…じゃなくて、眼…か。今の所何も感じないが。


「逆に、悪さをする可能性もあります。だから先に言っておきたかったのです。それでは…」


ごくり。ついに始まる。生まれてこの方練習やら修行とは無縁だった。一体何をするのだろうか…


「まずは素振り1000回です。」

「1000……!?」

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