4日目:昼②
「おや、もう仕事は終わりですか?」
「まあ…はい。」
「そうですか。私もちょうど帰る所でした。」
「わざわざありがとうございました。フルーツだけで良かったんですか?」
「他にもセリナさんから頂きましたよ。とても美味でした。」
美味しかったならもう少し笑ってほしいものなんだけど。
……まあなんというか、それを口に出せるほどの心境じゃないというか。昨日までの話口調がどんなのだったかすら分からない。気まずいな…
「そういえば、アルカは?」
「ああ、大丈夫でしたよ。これから一緒に出かける予定でして。」
「そうだったのですね。」
「はい。……それじゃあ…」
なんだかちゃんと話せない。また、今度に…
「ルカ。」
「はい?」
「何か言いたいことがあるのでは?」
「…!な、なんで…」
「雰囲気、でしょうか。」
「そう…ですか。ええっと、ここでは話しにくいので少し外に…」
「分かりました。」
すっと立ち上がるとそのまま歩いていく主任。通り過ぎる際に皆振り向く。そんな視線も介さない。
「…セリナさん、ちょっとだけ送ってくる。」
「あいよ。服、用意してるから後で着替えるんだよ。」
慌てて主任の後を追いかける。すぐ隣の路地に入ると、主任は振り返った。
「聞きましょう。」
「なんか話しづらいな…まあ、その昨日はありがとうございました。一日経ってもやっぱり、忘れられないというか…」
「無理もありません。」
「そこで、改めて感じたのは僕、弱いなって。えと…なんといえばいいのか分からないんですけど、全体的に弱い…のは知ってますけど、いざとなった時に戦う術を持ってないんです。弓は常に持っている訳にもいきませんし。魔法も使えないし。だから…」
ゴクリと唾を飲み込む。昨日の主任はかっこよかった。元々どういう戦い方をしているのかは知らないが、きっと短剣は扱い慣れている。凍結なんて強い天命を持っていても、努力を怠っていない証拠だ。
僕はその天命すら無いのだから、人の倍以上努力しなきゃならない。ゼロベースからやっていちゃ寿命が足りない…
「短剣の使い方を、教えて貰えないでしょうか…」
「…では聞きます。何故使えるようになりたいのでしょうか。」
「え…?えと…死ぬ確率を減らしたいから…です。弓で戦うより、短剣で近距離でも戦えた方が死ぬのは先送りに出来るんじゃないかな…って。」
「なりません。」
そういう主任の顔は険しかった。いや、顔は変わってないが。
「そう…ですか。僕みたいな弱いのに教えるだけ時間の無駄、ですよね。」
「違います。強いか弱いかなど気にしてはいません。死ぬ気の人間に教える剣は無いということです。」
「死ぬ気…」
「剣はあらゆる生物を殺し、そして生かしてきました。その剣の在り方は持ち主とその剣の型によって大きく変わる。魔物を屠る剣、悪を切る剣。名誉の為の剣、快楽の為の剣…だれでも型を作ることができ、誰もが剣に思いを乗せられる。私は剣に和平の想いを乗せています。」
僕が認識する前に短剣を取り出す主任。シンプルな柄にシンプルな刃。何の変哲もない短剣。
「私はこの短剣で平等な世界を作りたい。同じ人でありながら同じ生き方が出来ない事も、魔の者中心となった生活も、魔に潜んで蔓延る悪も、全てを平等に切り裂く。」
刃を見つめる主任。その目はいつもと変わらない。
「ですが、私はそれを平等とは呼びません。殉ずる同郷の者を導くのも、道の整備としてツタを切るのも、フルーツの皮を切るのもこの短剣で平等にしたい。全ての者を平等に切る。」
「…ええと、つまり?」
「私は生きる為にこの剣を使いたいと思っているのです。生きる為には何をするにも刃物が必要でしょう?私が剣を振るうのは生きる為。自分を傷つけたり自刃するための剣ではない。ましてや在らぬ悪を切る事もしない。」
「死ぬ気で生きる為に努力しろ…って事ですね。」
「違います。生きる気で生きる為に努力です。」
いや、慣用句として使ったんだけど…?でも真面目そうな話なので、ここは我慢しておく。
「まだ僕は人の事考えられるほど余裕は無い。でも、生きたい…生き抜きたい、です。」
「分かりました。道のりは長いですが。」
「え?いいんですか?」
「教えて欲しいと頼んだのはルカでは?」
不思議そうに主任が首を傾げる。
「いや、なんかすんなり…というか。」
「剣を教えるのは人生を教えるのと同じようなもの。その剣で悪事を働くものなら私は責任を取って自刃しなければならないでしょう。それは私の剣に背く行為。ルカならそうならないと思って承諾しているのです。」
「……なんかやけに僕の評価高くありません?」
ずっと思ってたんだけど。たかだか3層管理人にしては良くしてもらいすぎてるというか。
「以前も話しましたが、戦力に頼らず3層まで登りつめた管理人はルカだけですし、冒険者を諭すような優しさを持っているのも知っています。」
「い、いや…仕事ですから。」
「ニアを連れて働きたいと言った日も覚えていますし、一生懸命守ろうとする気概も感じていました。」
「そりゃ唯一の連れですし…」
「この間3層と2層の間の階段を自主的に掃除してるのも見かけました。」
「それは気分が良くて…ってなんでそんな事まで!?」
「主任ですから。」
「その一言でも余りあるほど意味不明なんですが!」
体に録画機器でも取り付けられているのだろうか。耳がいいとか監視してるとかそういうのだけじゃ説明しきれないような気も…
てかそれだけ動いてて姿も見た事なかったのか。
「…僕を高く評価してくれてるのはありがたいですけどね。…それじゃ……お願いします。」
「はい。今日はアルカとの用事があるんでしたね。では明日、迎えに行きますので。」
「え、明日は休み…」
「はい?」
「…何でもないです。」
なんでそんな純真たる疑問みたいな顔が出来るんだ。休みとは何か知らないのか。
とはいえ、仕事終わりじゃ時間も限られる。主任の時間を無作為に奪う訳にもいかないし、それが最適解…かな。
「それとルカ。」
「なんですか、主任。」
「それです。確かに私は主任でルカの管理主任です。ですが、明日からはそれとは別に剣の師と弟子なのです。主任というのは少しおかしい。」
「は、はあ…」
やばい、主任の名前なんか覚えてないぞ…!?
「ジェルメーヌ・レティツィア・アンダルシアです。」
「ジェル…え?」
「レティシアと家内では呼ばれています。」
「え…と。フルネーム…ですよね?」
「ええ。ルカの苗字はなんでしょうか。」
「…無いですけど。ルカ…だけです。」
「そうですか。苗字が無いというのは家を捨てた…という事でしょうか。」
「まあ正確に言うなら捨てられた、ですけどね。」
「…そうでしたか。だからあの時」
「まあいいじゃないですか。苗字が無くても困ってませんし、セリナさんみたいな面倒見のいい人もいる。」
それ以上語る気は無い。そんな僕の姿勢を汲んでか、主任はそれ以上追及しなかった。
「そうですか。それではルカ。私の事はレティシアと呼んでください。」
「はい。ええと…レティシア、さん。」
「長い付き合いになると思います。よろしくお願いします。」
手を胸の前に当てる仕草をする主任…レティシアさん。それなりの地位がある家で行う忠を示す仕草だ。慌てて同じように返す。
「それでは今日の所は失礼します。」
「あ、はい。ありがとうございました。」
「ええ。」
…あれ、師と弟子ってこんな淡白なやり取りだっけ?まあいいや、僕にもレティシアさんにも当たり前や常識は求めちゃいけない。変な2人が集まれば関係も変に決まってる。
「さて、アルカを迎えに行こうかな…」
切り替え切り替え。まだお昼を過ぎたとこ。明日から忙しいなら今日ぐらいゆっくり過ごさなきゃね。
「ただいま戻りましたー。」
「おかえり。随分かかったね?」
「まあちょっと遠くまで送ってたので。」
「主任さんもいい大人なんだから迷ったりしないよ。」
「…どうだか。」
そういえば、ちゃんと帰れたのだろうか。この間は帰っていたみたいだし大丈夫かな…
「ったく。ほら、さっさと着替えて遊んできな。」
「げっ…新品の服は匂いが独特で苦手なんだよな…」
「そんな贅沢言えるのはお前ぐらいだよ。ニアならスキップして着てくれる。」
「はいはい、ありがたい事だとは思ってますよっと。」
流石新品というか、通気性も良すぎない。同じ黒の麻でも着続ければ薄くなる。
「代金は貰っているとはいえ、嫌そうに着るなら追加料金が欲しいぐらいだ…子供服は自分じゃ買えないのは分かってるんだろうね?」
この街のよく分からないシステムのひとつ、子供服はオーダー制な事だ。
購入するには親子関係を表わす証明が必要であり、人攫いや捨て子を見分ける為だとも言われてるが、僕らのように家を追い出された人間も肩身の狭い生活をしてるのも事実だ。
セリナさんは顔が広いのであらゆるコネから服を調達してくれているみたいだが…
「分かってますよ…ブカブカの大人服はもうコリゴリですし。紐で縛るのが地味に痛い。」
「だったら素直に感謝したらどうだい?」
なんか感謝を要求されると言い難い。この辺がひねくれてるんだろうけど。けどまあ、服の件といい昨日の件といい大人の力が無いとどうにもならないのも事実だしたまには
「ありがとうございます。それじゃ、アルカ呼んで行ってきます。」
「え?…あ、ああ。」
素直に感謝しておいてもいいかもしれない。
――――
アルカと合流し、僕達は街の中を歩いていた。
「それでアルカは何かプランがある訳?」
「もちろんー。まずはここの限定プリンをー」
そう言ってゴソゴソと背中に背負ったバッグから何かを取り出すアルカ。
「ここー」
「手書き…?」
「うんー、あとこことー、ここは時間的に閉まってるかなー…」
手書きだという地図を見る。思いのほかしっかりとした地図で、パッと見でもある程度の場所が分かる。小さく文字とイラストで場所を表している。なんというか、思いのほか器用だ。
「これ、全部おやつ?」
「うん、食べたいと思ったものは書いてるー」
「びっしりだね…」
「おやつなら全部食べたいー」
じゃあ地図要らないんじゃ…そんなツッコミはさておき、アルカの案内のもと道を進む。
僕らだけじゃなく、街全体が休日なのもあって人の多さは段違いだ。ダンジョンの中にいる時は感じることの無い喧騒感や熱気を感じる。
「んーっとね、ここー?」
「なんで疑問形なの…?」
「えへへ…初めて来たからー」
「地図は必須だったか、やっぱり。」
一見普通の家に見えるが…どうやらアルカがいうにはプリンを売ってるらしい。わざわざ地図に残すぐらいだ、とても美味しいのだろう。そう思うと期待で胸が膨らむ。休日に友達と出かける…中々悪くない。そう思った。
――――
「アルカぁ…もういいよ、休憩…」
「まだタルト食べてないー、それにあれもこれも… 」
ああ確かに美味しかった。僕の食べたプリンの中でも最高に美味しかった。
まあおやつ巡りっていってたし覚悟もしていた。けど5軒を超え始めると流石にキツい。そしてもう10軒目にさしかかろうとしていた。もう入らないんだけど…?
「もう甘いのは勘弁…」
「じゃあお煎餅にしようー!」
「そういう問題じゃない!」
引き留めようにも力の差は歴然。押そうが引っ張ろうがビクともしない。ズルズルと引っ張られるだけだ。というか、日も暮れ始めている。昨日の事を忘れられるわけもない。何とか…
「アルカ、日も暮れてるから帰ろ?」
「まだ一軒ぐらいなら行けるよー」
「アルカ遠いんでしょ、家。また明日でも買いに来たらいいんじゃないの?」
「明日は明日で食べるもの決めてるからー」
「今日のは一日分だったの!?」
「まあまあいいからいいからー」
「良くないって言ってるだろ…!」
ああダメだ、止まりそうにない。こうなったらさっさと食べて満足させた方がいい。セリナさんには幾分か小言を言われるだろうが晩御飯は抜いてもらおう。
「…分かったよ、1軒だけだからね。」
「やったー!」
ぴょんぴょんと跳ねて走り出すアルカ。本当に同年代かと言いたくなるほど子供全開な姿に思わず笑ってしまう。いや、僕が子供じゃなさすぎる可能性もあるけど。
「ま、いっか。」
先も見えない人生、楽しまなきゃ損だ。
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