4日目:朝①
「いつつつ……朝か…」
どうやらそのまま机で寝ていたらしい。誰かさんが毛布をかけてくれたみたいで寒気はしない。同じように目の前で突っ伏すニアはまだ寝ている。僕と違って健康的な生活を過ごしているニアだ。昨日の夜更かしは辛かっただろう。そっと席を立つ。
顔を洗いに行くと先客が。
「おはよーございます。」
「おはよ。…あんなとこで寝たら風邪引くよ。よく話せた?」
「おかげさまで。」
「…ん。朝食食べたら支度するのよ。」
「分かってますって…」
休日に労働なんて面倒極まりないが、たまには貢献してもいいだろう。こう見えても皿洗いは得意なのだ。
――――
「ちょっと待った!聞いてないんですけど!ねぇ!ニア!?」
「いいからいいから…早く着て?」
「ニアが今日は休みなのは分かるけど、だからって僕が前に出るのは違うでしょ…!」
「セリナさんがご飯を作る以上キッチンから離れられないでしょ?お皿洗いなら料理しながらでも出来るし。」
「嫌だ!第一昼は1人で切り盛りしてるじゃないか!」
「平日と休日じゃ人の入りが違うんだよ。いいから支度しな。文句は無し。」
「せめて私服で…」
「なんのためのエプロンだと思ってるの?」
「少なくともエプロンドレスである必要性はないと思うんだけど!」
お皿洗いだから引き受けたんだぞ。接客となると話は別だ。ちょっと帰りがてらに客と話すのとは違うじゃんか。
「お願いだよニア、ここは……」
「ダメ。」
「どうして!?」
「私、見たいもの。ルカの働く姿とエプロンドレス。」
――――
「お、ルカ!何やってんだ?」
「あんたら夜も居るけど昼もいるの?飲んだくれって奴だね。仕方なしに手伝いさ。注文は?」
「似合ってる似合ってる!」
「別に似合ってても嬉しくないんだけど。早くしてくんない?」
「随分ぶっきらぼうな店員だなぁ…ニアちゃんを見習って、こう…」
「セリナさん、枝豆3つと活け造りひとつでー」
「活け造り!?なんて高いものを勝手に…!」
「はいどうも。注文を。」
一々相手してられるかっての。次々に淡々と作業をこなす。残念ながらニアみたいな素敵な笑顔は持ち合わせてない。悪いね、今日はハズレの日だ。
「お、噂通りルカが店に出てる!こりゃ希少だぞ…!」
「誰だ情報を流したヤツは!」
「そうカッカするなよー。せっかくの休日だ、どうせなら楽しく」
「この人追加でコーン炒め5人前!」
「微妙に食べ切れるけどそれ以外の飯が食べられない量をチョイスするな!」
「あいよー」
「セリナさんも作らなくていいから!ね!?」
一々僕が出たぐらいで来るなっての!暇人か!
だけど暇人は意外にも多いらしく、ワラワラとよく見る顔がやって来てはからかっていく。すごい腹立つ。勝手に頼んだ分だけでも僕の給料一日分ぐらいはありそうだ。知ったこっちゃ無いが。ただでさえ機嫌悪いのに更に下げないで欲しい……
「…お冷です。」
「おお!ルカが入れてくれたのか!?」
「おっと、手が。」
「んおお!?おま、水をかけたら駄目だろ!」
「手が滑ったんですよ。すぐ替えの用意しますねー」
「水より拭くものをくれぇ!」
一旦厨房に戻る。……深いため息がでる。
「あんたね…一応相手は客なんだから対応はしっかり頼むよ?」
「客は客でも冷やかし客ですから。」
「でもね……」
「見てくださいよ、アレ。」
「でもなんか酔いが覚めた気がするぞ!ありがとうルカー!」
「ほら。喜んでるじゃないですか。」
「…いいや、もう。」
お冷だけ取り直して持っていく。水も滴るいい男、なんて言うが実際酔っ払いはただのおじさんに過ぎない。適当にあしらって次々手を動かす。食器を片して厨房に持っていって……
「ああ疲れる…よくニア毎日手伝ってるな…そういえば、ニアはどうしたんですか?」
「ニアなら仕事仲間でお昼に行くって言ってたよ。……そういやアンタはそういうの無いの?…あ。いいや、気にしないで。」
「気を遣わなくていいです!そりゃ交友関係はあんまりですけど…いるのはいますし。」
「こんな捻くれ者のどこがいいんだか…」
「悪かったですね捻くれてて!」
そういう事大人が言うからどんどん捻くれていくんだぞ!
「確かにニアほど出来た人間じゃないけどさ…」
「よく分かってるじゃないか。さ、話は終わり。…いらっしゃい!お客さんだ、対応頼むよ。」
本当にセリナさんは僕に冷たいと思う。不貞腐れながら前に出る。
「あ、ルカー。早く起きられたから来たよー。おやつ食べにー……ってあれー?お仕事ー?」
「あ、アルカ…早起き出来たのは良かったけどタイミング悪いや…」
「そっかー…でもせっかく来たからおやつ食べたいー」
「うちは居酒屋だからそういうの無いよ…フルーツの盛り合わせならあるけど。」
「それにするー。」
「了解。ちょっと待ってて。」
なんとも言えないふわっとした顔で椅子に座るアルカ。周りが大人なのもあって浮いている。本人は全く気にしてないだろうが。
「フルーツの盛り合わせ1つ。」
「あ、アンタ…本当に友達がいたんだね…」
「信用されてなかったの!?いるって言ってるじゃないか!」
「悪い悪い、そりゃ良かった。てっきりニアの事を友達呼ばわりなのかと…友達が来たんなら解放してやりたいとこだが、せめて昼の繁盛時だけでも手伝ってもらいたい。」
「いや、いいですよ別に。アルカは別に何時でも会えますし。」
「そういう所が友達いないと思わせるんだよ…いいから終わったら遊んどいで。遊べるのも子供のうち位だから。」
「はあ…まあいいですけど…」
盛り合わせを受け取って厨房を出る。約束してないんだから別にいいんだけどな…
「はい、アルカ。」
「おおー!ルカも食べるー?」
「僕は仕事中だからいいよ…あのさ。」
「んー?」
「し、仕事が終わったらちょっと…遊びに行かない?」
「んー、分かったー。待ってるねー。」
「あ、うん。それじゃ、ごゆっくり…」
なんで緊張してるんだ、僕。変な感じだ。し、仕事に戻ろう…
「皿下げますよっと。」
「あ、追加でルカの笑顔ひとつ!」
「はい、カルビのガパオ和えね。」
「語感しか合ってねぇ!いや語感も怪しいとこだな!」
なんかいなすのも慣れてきた。
「今日は儲かって助かるよ。」
「いいや、よく頼んでくれるおじさん達のおかげですよ。早く頼むだけ頼んで帰らないかな…」
「さあねぇ…休みの日は朝からずっと飲んでるような連中だから帰らないんじゃない?」
「よく見てられますね…」
「なぁに、無視よ無視。ニアなんて冗談が通じないから無敵のバリア持ちよ?」
「天然ですからねぇ…」
「コロッと騙されないか心配だよ。…ん、お客さんだ。それも上客だね。よろしく。」
「上客?あそこの酔っ払いじゃなくて?」
「ある意味上客だけどね。ま、行けば分かるよ。」
「……?」
なんだ、やけに含みのある言い方だな。スパッと言えばいいのに。いつもそうじゃないか。
まあ上客ってならちょっとぐらい身だしなみを整えてっと…
「…いらっしゃいませ。」
「お勤めご苦労様です、ルカ。」
「主任!?」
「はい。ところでルカ。ダンジョン管理人は副業を認めていません。これは副業にあたるのでは?」
「給料出てないので…じゃなくてなんでここに?」
「えっ!主任ー!?……ひぃぃぃ!」
「そうでしたか。アルカもいたのですね。」
たった数時間でどんな仕打ちを受けたらここまで怯えるのだろうか。もう頭が痛いよ…
「私はご馳走に与りに。ここでよろしいのでしょうか。」
「あ、どうぞ…」
「ひぃ…!?コンニチハ…」
アルカの前の席に座る主任。ひきつり笑顔で挨拶するアルカ。間延びしてない声とはとても珍しい。
「アルカは時々ここに?」
「い、いえ!ルカを呼びに来る時以外来ません!決してお酒も飲んでませんっ!」
「そうですか。それはなんですか?」
「フルーツの盛り合わせです、全部食べていいです…!」
ずいーっと顔を上げずに主任に食べていたフルーツを差し出すアルカ。ほんとに何があったんだ。
「いえ、大丈夫です。では私も同じものを。」
「分かりました。他の注文は?」
「構いません。」
「少々お待ちを。」
「フルーツの盛り合わせ1つ。」
「あんたね…もっといい物も用意してるんだから他のものでも良かったのに。」
「いや、主任の事だからあんまり食べ物にこだわりが無いと思いますよ。戦場で保存食食べてるイメージありますもん。」
「命の恩人によくそんな適当な事が言えるね?」
「僕も嫌いじゃないからこんな口の叩き方してるんですよ?いい加減覚えて下さいよ。」
「本当に可愛くない。全く可愛くない。」
「とか言いつつなんやかんやで可愛がってくれるセリナさんであった…」
「勝手に語るな!さっさと持ってけ!」
ちょっと乱暴に盛り合わせを押し付けてくるセリナさん。ああ満足。
「ルカ、私は食にこだわりはありませんが、ある程度は決めています。栄養不足で倒れるなどもってのほかですから。」
「聞こえてたんですね…こちらフルーツの盛り合わせです。」
「戦場では例えひとつの物音でも…」
なんでも戦場に例えたがるな…でも内心では結構驚いていた。これだけの喧騒の中、小声で話す僕らの声を聞き取ったというのだから。転生者じゃないなら、なおのこと凄い。
「ところでアルカ、これはとても硬い食べ物なのですね。」
「あー、そのぉ…皮を剥いて食べるんですけどー」
「皮?」
「このナイフでー。こう…」
「なるほど。」
え、なんで立ち上がるんだ主任。なんで目の前のナイフを持たないんだ主任。なんだか嫌な予感がするぞ主任!
「ああ、これはオレンジだったのですね。見た事のある模様だと思っていました。底の部分は皮でしたか…」
「……ひっ……」
「あ、ちょっと!アルカ!?」
案の定胸元に隠した短剣で綺麗に真っ二つにオレンジを割る主任。あまりの早業に切る瞬間どころか取り出す瞬間すら見えなかった。アルカからしてもいきなり短剣を取り出したとしか見えないだろう。あまりのショックにアルカ目を回しちゃったし…
「脈は正常です。アルコールの様子もありません。一体どうしたのでしょう…」
「大丈夫です、僕が見ますから…ゆっくりしてて下さいね。」
「いえ、管理人主任として」
「大丈夫です今日はお客さんですし!アルカならなんとなく検討がついてますので!」
「……?分かりました。 」
「あ、食べる時はナイフでお願いします!」
不思議そうにしながらも渋々席に着く主任。寝ても醒めても主任ならアルカの心身がもたないだろう。
「な、何があったんだ?」
「ちょっと刺激的な事が…ちょっと僕はアルカを安静にさせておくから主任の管理お願いします。」
「管理…?あ、ちょっと短剣は…!」
厨房から飛び出すセリナさん。ほらやっぱり目を離すと何をするものか分からない。
「とりあえず、上げてっと…言っちゃ悪いけどアルカ重いな…」
ニアと比べたら可哀想かな…別に太ってる訳でも無いんだけど。お菓子の食べ過ぎが原因に違いない。
床の上に軽く毛布をかけておく。怪我でも病気でもないしこのぐらいでいいだろう。
「ま、いいか。おかげでもう恥ずかしい思いもしないで済む…」
お昼のピークはちょうど過ぎた。もう上がっても文句は言われないだろう。
「…ううん……」
「ん、起きたっぽいね。大丈夫?」
「ルカー?……!しゅ、主任は?」
「…ここは母屋、主任ならまだ食事中だよ。」
「そうなんだー…怖かったよ、いきなり短剣取り出してさー?」
「僕もよく分からなくなってきた…主任って声しか分からないような人だったのに。」
「怖い人だよねー…」
「アルカの中では怖いイメージで定着しちゃったんだね…」
「実際怖いもん…ルカは怖くないのー?」
身震いしながら僕に問いかけるアルカ。そうだな、僕は…
「…かっこいいなって。思ってる。なんというか…凄いんだ。僕じゃ到底追い付けないぐらい、凄い… 」
「それは分かってるよー。けどやっぱり、わたしは怖いかなー?」
鉄のような表情に味気のない口調。そして一切の妥協を許さない戦闘。怖いといえば、怖い。
けど、管理人を大切にしてくれていて、多少抜けていてもこうしてわざわざ店に来てくれたりする優しさも持ち合わせている。なんというか…強いひとだ。
僕じゃ到底追い付けない。自分の身すら守る事すら危ぶまれるのだから。自分の身も守れないのに、ニアや周りの人を守れる強い人間になれる訳が無い。
「ルカー?」
「…ん、ああごめん。なんて?」
「何も言ってないよー。ルカ、考え事ー?」
「そうといえばそうだけど…」
「んん、わたしいい方法知ってるよー?」
「え、僕の考えてる事が分かって」
「寝たら大丈夫!きっと良くなるよー」
「それって問題自体を忘れてるだけなんじゃないの?」
「だからほら、寝ていいよー」
「人の話聞いてくれる?ねぇ?」
「いいからいいからー」
アルカの躯体から考えられないほど強い力で強制的膝枕を敢行しようとしてくるアルカ。僕は眠くないし寝て忘れるような事じゃないし…!
「じゃ、おやすみー」
「アルカ!?」
膝枕じゃなかった。これ僕が枕にされてるんだ。理解した時にはもう遅い。しっかり膝と頭でホールドされた状況から抜け出せる気がしない。馬鹿力め!
「は、離せ…っ!」
「すぅ……」
「寝てるのに何でこんなに力が入ってるんだよ…!?」
暴れたり声を出したりくすぐってみたりしたが効果なし。結局
「アンタら…仲がいいのはいいけど、せめて制服ぐらい脱げないのかい?」
セリナさんが戻ってくるまで何も出来なかった。
「こっちだって抜けたいんですけどね…!もう膝入れてもいいかな…!」
「よしな。ったく、起きな?……お、本当に力強いね…」
「でしょ?こんなの」
「ふんっ!」
「…うう、寒い…あ、あれー?」
え、セリナさん片手で持ち上げたんだけど…?
「起きたかい?ちょうど主任さんが戻られるようだから、最後に挨拶しておいた方がいいんじゃないかと思ってね。」
「あーいやぁ…まだ頭がボーッとしててー…また今度でいいかもー?」
「アルカ…」
「そうかい?じゃあルカ、行ってきな。ちゃんと礼も伝えておくんだよ。」
「ええ、分かってます。」
ここは素直に聞いておこう。それに、聞きたい事もあるんだ。
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