3日目:夜
カナに負けてる所。実力。経験数。判断力。それと優しさ。知識も相当なはずだ。これらを全て2年の差…だけで言い表すには少し差が大きすぎる。同じ三層管理人として、僕は何から手を付けたらいいんだ…?生きるだけなら今のままでもいい。
けど、僕は…いや、僕達はこの世界で上手く生きていきたい。一々命を懸けて仕事をしたくない。その為にも力が必要だ。一体何が足りない?
「僕には…何が…」
「あ、ルカー。今日も寝ちゃってー。…あれー?」
「手始めに手をつけるなら…」
考えながらダンジョンを出る。セリナさんの居酒屋への道はそこまで複雑じゃない。何も考えなくとも体が勝手に動く。
「お、ルカおかえり!…おーい、聞いてるかー?」
お客さんの声も入ることなく考える。
「あ、ルカ。おかえり。…今日のご飯は」
「あーいいよ、うん。」
「え…?」
ニアにそれだけ伝えると上にそのまま上がる。湯浴みの気分にもならない。このモヤモヤをどうにかしなきゃ…そうだ、強くなるなら強い奴に聞けばいい。この時間ならそろそろかかるはず…
そうと決まれば実行だ。屋根上へと登る。数分もしない内にかかってきた。
「もしもし?」
「おお、今日は早いね。」
「毎回屋根上に登るの待ってるの?」
「何となく気配が分かるからね。にしても直行でここなんて珍しい。」
「ずっと見てるのか…ちょっと気持ち悪いな。」
「暇なんだ、仕方ないだろ?それで、どうしたんだい?」
「あのさ…」
今日の顛末とカナの話をした。もちろん天命には触れずに。敵である事は変わらないのだから。
「ふーん。なんというか…意外だ。」
「僕が強くなろうとするのってそんなおかしい?」
「いいや?それは誰もが持ってる気持ちだ。僕が言いたいのは……なんというか、劣等感?を感じてる事についてさ。」
「劣等感…?」
「そのカナって子に追いつきたいんだろ?君がそんな事言った事は1度もない。君ってどこか浮世離れしてるというか…自分さえどうにかなれば良いって考え方じゃないか?」
「…言い方に悪意を感じるけど、まあそうだね。」
「僕もそういう生き方をしてる。自分さえ強くあればいい…なんて思ってる。けどね。僕は僕が1番強いなんて思った事は1度もないよ。」
「魔王が?魔を統べる者なのに?」
「うん。君らの転生者の中には僕の力を超える奴だっていくらでもいると思ってる。けど、それを埋める為にも日々戦力と戦略を練り続けてるんだ。1度でも自分の力を過信して行動すれば、死ぬと思ってる。そのぐらい僕だってギリギリなのさ。」
そういえば、僕もそんな感じで過ごしてきていた。現に三層管理人としては実力不足なのを実感している。けど、今渡り合えているのは知識と小細工によるものだ。これらを駆使して何とかこの場所に収まってるんだ。
「けど、君のものさしと僕のものさしは違う。君の満タンは、僕の小指の先にも満たない。」
「……そうだけど。」
「だからそのカナって子とも比べるだけ無駄なんじゃない?君がどれだけ努力しても追いつけないさ。追いつけないんだから、君は追いつく為にズルしなきゃならない。君の戦法そのものだろ?」
そうか…カナみたいになるには僕には何も足りない。僕はカナになれない。だから僕は僕なりのやり方で追いつくしかない。たとえ汚い手でも。それが力の無い人間のやり方。
「現実は残酷なもんだね…アドバイスどうも。今まで通りやってみるよ。」
「もし僕が負けるとすれば君みたいな能力に任せ切ってない豪運の策略家なんじゃないかと思ってる。期待してるよ。」
「死ぬまでにまた顔拝めたらいいけどね。」
「そうだね。人間老いが早いからなぁ…」
「ダンジョン内で働ける内となれば更に短いし。ま、いいや。魔王の顔を拝むよりも高給取りであり続けられる事が重要なんだから。」
「悲しいなぁ…そうだ、なんならまた地上に行こうか?」
「やめてよ、見たら卒倒してしまうよ。」
「優しく介抱してあげるよ?」
「気付いたら地下にいそうだ。」
…お腹空いてきた。魔王にスッキリさせられるとはなんだか変な気持ちだが。僕が生きてるうちに星を掴むことは無いだろう。けど、どうすれば星を掴めるか考える事は出来る。それが決して無駄では無いということも確かだ。
「…とりあえずニアに謝ってこようかなぁ…」
「おやおや、今回は何をやらかしたんだい?」
きっとこの時間も、無駄では無い。
――――
程々に切り上げ、屋根からそっと下りる。ニアに謝る為にも少し何か買ってくるか…と思ったら襟首を掴まれる。背後を取られた…抵抗せずに相手の出を伺う。
「…なにやってんのよルカ。」
「あ、セリナさんか。びっくりして損した。」
「損って何よ!それよりも、残業だからってニア、ちょっと時間かけて晩御飯作ってくれたのよ!どうせアンタのミスの癖に!」
「そうだよ、僕が全面的に悪い理由だよ。それは悪い事をしたな…やっぱり何か買ってきて」
「謝罪にものは要らないの。真心が大切なの。早く謝ってきな。」
「お、名言だね。後で書き残しておこう。」
「次から次へとどうしてそう無駄事ばかり喋れるのかねぇ…?ニアなら2階に上がったよ。」
「才能だよ、才能。」
冗談も程々にニアのいる2階に上がる。…なんか緊張してきた。ニアが落ち込んでいると聞くと酷く心が締め付けられる。今回は僕の生返事が悪かった。原因もハッキリしてる。
「ニア?その…」
「…なぁに…?」
「うっ」
扉を開けるともうすっごい泣いているニア。なんかもう動悸がする。罪悪感が強すぎる。
「…その、ごめん。ちょっと考え事しててさ。ニア、晩御飯作ってくれたんだよね?有難く頂くよ。」
「……ルカ、食べないって言うから…お客さんに出しちゃった。」
「あー…そりゃ残念だ。うん…ええっと…」
のらりくらりと生きてるせいか、真剣に謝る方法が分からない。申し訳ない気持ちはあるんだけど…
「ぼ、僕が作ろうか?…じゃなくて。ええと、晩御飯抜き…でもなくて。……えとえと…」
「…罰としてルカは明日接客の手伝い。晩は自分で買ってきな。ほら、早く謝りな?」
「うんと…ニア、ごめん。ちゃんと聞いてなくて。」
「…いいよ。嫌ってないみたいで、良かった。」
「僕が嫌う訳ないじゃないか。」
「あーあ、ルカもまだ素直に謝れないなんてお子様ねぇ?」
「ぐっ…!バンゴハンカッテキマス…」
セリナさんにからかわれるという最大級の屈辱を何とか喉元で抑えつつ、晩御飯を探しに街へと繰り出した。
――――
「どこも売れ残りばっかりかぁ…冷えてるのは勘弁だな…」
夜も更けるこの時間。人通りは少し減り、店仕舞いする所もチラホラ。今になってニアの晩御飯を逃したのを後悔する。あの時ちゃんと答えてたらな…
言ってても仕方ない。ここは冷えてても美味しい団子辺りで腹を膨らませるか…そう思って路地を抜ける。すると、人集りが避ける空間があった。少し覗くと、装備を全身に付けたままのいかにもダンジョン帰りの女性が物思いに耽っていた。というか、ぶっちゃけ超知人だ。見ないふりをしておくべきか…
だがなんというか…邪魔だろう。やんわりと着替えるように向けるか…
「こんな所でお会いするなんて奇遇ですね。…管理主任。」
「ああ、ルカ。そうですね。…ちょうどいい所に来てくれました。少し聞いてもいいでしょうか。」
「はあ…」
「私にはどんな服が合うのでしょう。」
「えっと…漠然とした質問というか…それは全身装備を付けたままなことに関係してます?」
「ええ。実は私服というものを持っていません。ですが、次の管理者会合には私服で来なさいと言われてしまいまして…休みを利用して買いに来たのです。」
「1枚も…ですか。こういうのも?」
自分の来ている何の変哲もない麻の服を引っ張る。安物だが使い心地がいい。
「これの事でしょうか。」
「これって…ああそれです。着てるじゃないですか。」
「そうなのですか?世話人が用意してくれているのですが。」
「世話人…僕も欲しいな…じゃなくて、最低限は持ってる…と。じゃあよそ行きの服が必要な訳ですね。」
「ええ。」
「…分かりました。少し見に行きましょうか。」
「ルカ、どこに行くのですか。もう目的地には着いています。」
「そこは防具屋です。売ってても薄めの服のような防具ですよ…」
「服は防具では無いのですね。」
この人、大丈夫だろうか。まさかこの歳まで服の概念を知らなかったとか言わないよね?
…言いそうだな、この具合じゃ。
――――
「このような薄いものでは体を守れません。」
「守る為に作られてませんから…」
「では何故このようなものが?防具の下に着るには少し邪魔そうです。」
「防具を着ない一般人が着るんです。この服とか、女性らしさが引き立つでしょう?」
「戦場に女性らしさは必要ありません。」
「貴女が選んでるのは戦場向けの服じゃなくて会合向けの女性らしい服ですから…」
ダメだこの人、頭までダンジョンで出来てる。何を聞いても戦場が、戦いが…としか言わない。
「逆に考えてくださいよ?例えばこの服の上からコルセットを付けます。一見普通の女性ですが、いざ有事となるとこの隙間から…短剣が出せます。こういうのはどうですか?」
「ふむ…地上とはいえ何があるか分かりませんからね。とてもいいと思います。」
「あ、じゃあこれに…」
「しかし素材が良くありません。最悪合金でないと。」
「合金のコルセットとか体引き千切れますよ!?」
「大丈夫です。鍛えていますから。」
絶対着た事無いぞこの人。何人の人間が締め付け過ぎて死んでると思ってるんだ。
「…うちはそもそも曲がる鉄なんて高価なもんは無いよ。せいぜい固くてこのミノタウルスの革だな。」
だんまりだった店主が口を開く。
「狂牛革ですか。……妥協点です。それでは内側に短剣を収納出来るようにして下さい。」
「はあ…値は張るぞ?」
「構いません。金貨50枚ほどで足りるでしょうか。」
「そんなかかる服はドレスぐらいだ!金銭感覚おかしいのか!?」
「まあまあ…金貨5枚ほどで。すみませんねちょっと仕事熱心な人ですから…」
「この街は変わってるやつも多い。こいつはとびっきりだけどな。でも金貨の価値は変わらねぇ。貰った分は、しっかり作る。…少し時間がかかる。街をぶらつくなり商品を見ていくなりしてくれ。」
この人を連れて外に行けと?服でこれなら他もこんな感じだろう。ダンジョン内での鉄のような佇まいが嘘みたいだ。顔は何一つ変わってないけど。
「ルカ。靴も選ばなければなりません。あと鞄とやらも。それと財布…でしたか?あと…」
「それだけあるなら早く動きませんとね!」
だーもー!今夜は長くなりそうだよ全く!
――――
2刻ほど経っただろうか。どこへ行っても同じような事ばかりで辟易だ。何とか全てのものを買い揃え、初めに立ち寄った服屋で全てを試着する事となった。
「これでいいのでしょうか。」
「…めちゃくちゃ似合ってますよ。」
「世間知らずさえ直れば、な。」
普通の格好をしているだけなのに白い髪と美貌が際立つ。いつもの無骨なヘルメットじゃ分からないこの人の全貌。
「髪留めとか、付けたらいいんじゃないですか?」
「髪留め…?これの事ですか?」
随分使い込まれた平たい髪留め。これ絶対兜の中で付けてるやつだろ。
「髪留め買って、それで完成にしましょう。」
「分かりました。これはいけないのですか?」
「せっかく華やかにしたんだから髪留めもオシャレにしましょうよ…」
不思議そうな顔はするものの、文句は言わない。散々僕が言いまくったからだ。
「それでは。」
「おう。いいもん見れた、とだけ伝えておく。」
「ですって、主任。」
「いい物?この装具ですか?一応最下層でも通用するような…」
もういいや。無視無視。
――――
さっきまでとは全然違う反応。無骨な鎧騎士を連れ歩いていた時は奇異の目線で、自然と離れていく感じだったが、今はみんな2度見だ。現地民としては完成しすぎている。
「ルカ、身体が軽すぎて気持ちが悪いです。装具を付けさせてください。」
「鉄臭い匂いが付くのでダメです。」
「胸当てだけでも。」
「ダメです。…着きましたよ。髪留め…」
「なるべく重いもので。髪が跳ねると邪魔ですから。」
「では切ってみては?」
「自分に刃を向けるなど出来ません。」
この人と話してるとアルカとは違う意味でふわふわする。どんどん主任のイメージが崩れる。いやもう原型無いや。
「でも手入れはしっかりされてるんですね。」
「世話人が勝手に洗うのです。 」
「ああそうですか…髪が跳ねない…という意味ではこれが的確かと。重い…大きさ的にはこれかな…」
まあまあな範囲を覆うヘッドバンドを手渡す。早速付ける主任。まあ似合うこと。何しても似合う。なんか腹立つ。
「このぐらいなら髪も動きません。これにしましょう。」
「良かったです。これでとりあえずは揃いました…かね。」
「ええ。助かりました。そういえば、ルカは何故街を歩いていたのですか?」
「ああ、ちょっとご飯を買いに。…この時間じゃ何処も閉まってるかなぁ…」
「それは悪い事をしました。直ぐに世話人に料理を持っていかせます。」
「いや、いいですよ!何より世話人さんが可哀想!」
「私の雇い人です。気にしなくても大丈夫。直ぐに行きますので。」
会計を済ませると主任はダンジョンの方へと戻っていく。止めるタイミングを失ったのもあるが、それ以上に世話人さんとやらの料理に興味もあった。
…帰るか。もう遅いし、また連絡しなきゃな…ニア心配性だからなぁ…
「やっぱり理由は作っておくか。なんかお土産でも…」
この時間まで空いてたらいいけど。食品を扱う店は閉まるのが早い。
――――
「…真っ直ぐ帰るべきだったなー」
やっぱり苦労した。数軒なんてもんじゃない。数十軒回った。何処がいつ空いてるかなんて、常連でもない限り分かりゃしない。
まあいいや。明日は休みだ。手伝いこそあるけど…めんどくさいなぁ…
「…っと、失礼。」
「…ん?おいちょっと待てよ。」
「急いでるので。」
肩が当たってしまった。どうやら声音からして普通の人間じゃない。
次の瞬間微かに金属の音が聞こえた。すかさず前に飛び出る。やはりその手には短剣が。
「やっぱり人攫いか…!」
「逃げんな!働いて詫びろ!」
もうすっかり周りの店は閉まっている。すこし躍起になり過ぎた。こんな時間に1人で歩くなんて、攫えと言ってるようなもんだ。どうする…!普通に走るだけじゃ追いつかれる。考えてる時間は無いのに、何も思いつかない。思いつくまではとりあえず路地を曲がって少しでも時間を稼がざるを得ない。なんだか追いかけてくる人間が増えてきている気がする。
「……!」
曲がった先にも人が。思わず横飛びで路地に放置されたゴミの中に突っ込む。
「おい、見てねぇのか!」
「今連絡されて来たとこだ!どんなやつだった!」
「小汚ぇガキ。」
「そんなの売れるのか?」
「いくらでも買い手ならいる。少なくとも足しにはなるだろうさ。おい、隅々まで探せ!」
人攫いの被害は少なくとも仕事をしていると聞くこともある。大体の結末は悲惨なもので、使い物にならなくなるまで使われるのだろう。
……足が震える。隠れてしまった以上、動けない。隣の箱積みが倒された。目の前の袋が裂かれた。僕は…無力だ。
「あ?なんだテメェ…見ての通り忙しいんだよ、邪魔すんな!」
「まあまあ落ち着けって。よく見たらいい女じゃねぇか。いい仕事がある。紹介してやるよ。」
「いいえ。必要ありません。それよりも聞きたい事が。このぐらいの子供を見かけませんでしたか?」
「あー……なんだ、子供を探しに来たのか。母親か?」
「広義的には。」
「そうか!なら親子共々」
「知ってるようですね。全滅する前に話して頂けると助かるのですが。」
「あ、あの女!やりやがった…!」
「てめぇ…!殺す!」
「管轄外ですが少しは貢献しておきましょう。拐かし集団、覚悟を。」
聞き覚えのある声。つんざく悲鳴。その手に光るのは小さな短剣。まるで数など意味が無いと言わんばかりに素早く、そして舞うように走る白髪。
やはり鉄の表情は変わらない。だけど僕にはそれが綺麗に見えた。
――――
一瞬の事だった。すぐに静かになった。体がよろけて上手く動かせない。這う這うの体で飛び出す。
「ルカ。間に合ったようで良かった。」
「しゅ、主任ーー………」
「怖かったでしょう。中々帰らないルカの事を心配されておりましたよ。」
「ああ…うあああ……!」
「困りました。どうすれば良いのでしょう。」
泣きじゃくる僕をやんわりと受け止めて困ったように呟く主任。結局落ち着くまでその場で立ち尽くすこととなった。
「……すみません。」
「謝る事はありません。しかし夜遅くの外出は誰であろうと危険です。」
「はい……」
「その袋が関係していますか?」
「えっと…何かお土産をと思って……」
「そうでしたか。そちらも用意するべきでしたね。ルカの家の方に晩御飯を届けておきました。帰ったら食べてください。」
「はい……」
こんなにみっともなく泣いたのはいつぶりだろう。いくら知識を付けようと根底にある恐怖への感情は薄れない事を否応なしに知る事になった。この世界は、そういう所だった。
「ルカ。失敗というのは誰にでもあります。私も先程世話人に服を着たまま胸当ての修繕をしていて怒られました。私は怒られるだけで済みましたが、同じようなミスをダンジョン内で行った場合どう転ぶかは分かりません。一瞬の隙が死に繋がりますから。」
「ミスをするのは仕方ないかもしれません。ですが、ミスをすれば死ぬ事もあります。常にミスをしないように心がけてください。」
「はい…」
「…んん……」
言い切ると何故か主任は不満そうに声を漏らす。
「すみません、本人に聞くのはいささか気が引けますが、励ますのはどうすればいいのでしょう。説教しか出来ません。」
「…本当にそれは本人に聞くことじゃ無いですよ…」
全く、この人は……
「その言葉で充分伝わりました。…もう油断しません。」
「はい。」
気付けば居酒屋の前まで帰っていた。よく見ると扉越しにシルエットが見える。僕らの影が視認出来たのか、扉が勢いよく開き、ニアが全力で走ってくる。
「ルカー!ルカァ…!良かった……!」
「ごめん…その、心配させて。」
「怪我は?何もされてない?」
「うん。主任が助けてくれた…」
「この、馬鹿!」
思い切り頭にゲンコツが落ちる。
「手伝うのも自由だけど連絡ぐらい入れな!夕飯だって無いなら私に言えばいいじゃない!そこまで私も鬼じゃない!」
「……ごめんなさい。」
「本当にありがとうございました……食事まで用意して頂いて、そのうえ命まで……なんとお礼すればいいのやら」
「いいえ。服を選んでくれた事を世話人は大変喜んでいました。普段から命を張って働いてくれています。このぐらい安いものです。」
「いえいえ、なにかお礼をさせて下さい!うちは居酒屋なので料理ぐらいしか提供出来ませんが…」
「もう食事は取りました。気にしないでください。」
「そんな訳には……あ、そうだ。……」
「……分かりました。それでは今日の所は失礼します。 」
「本当にありがとうございます…!ほら、ルカも!」
頭を下げさせられる。けど、命を助けてもらったのは確かだ。なんであれ主任には感謝しなくちゃならない。
主任は何も言うことなくそのまま歩いていった。
「……話を聞きたいところだけど、まずはその臭いどうにかしてからね。ほら、明日も仕事してもらうんだからそんな臭いじゃ前に出せないよ。臭いがとれるまで湯浴みしてきな。ニア、お茶を煎れて待っていようか。」
「う、うん。ルカ…ゆっくりね?」
素直に言ってくれたらいいのに。まあそれは、僕も同じか。優しさに甘えてゆっくり入る事にしよう…
――――
「あのね……流石に一刻は長すぎだろ!?」
「いやー、臭いが中々取れなくて。」
「お茶も冷めたよ!」
「……まあ、寝ちゃった…かな。」
「呑気だねお前は本当に…もういい、聞く気も失せた…あ、お土産ありがとね。食べたから。」
「僕の許可は?」
「湯浴みの間に聞いたんだけど返事が帰って来なくてね。寝てたんじゃない?」
「それを言われると痛いなぁ……」
「明日は早いから、さっさと寝な。それじゃおやすみ。」
「本当に寝ちゃったよ。」
「あはは…ねぇ、本当に大丈夫なんだよね?」
「うん。ちょっと擦ったぐらいで怪我は特に…」
「セリナさんもそれを悟ったのかも。お店の経営をしていると人の顔1つで大体わかるんだって言ってたから。」
「そっか。」
「…ルカ、もう危ない事しないでね?私、ルカが居なくなるなんて嫌だから…」
「…そうだね。気を付けるよ。」
「うん。それにしても、今日はなんというか…ルカらしく無いよ?普段はもう少し冷静に判断してるというか……」
「まあニアに隠しても仕方ないから話すよ。」
「うん。聞かせて?」
「…あ、セリナさんそういう事か…ええと、全部話すと長くなるけど…」
「うん。」
主任の持ってきてくれたご飯を食べながら、魔王の事以外は全て話した。普段なら寝ている時間だったが、ニアは最後まで聞いてくれた。
まあ実感した事があるとすれば、僕はまだまだ子供だって事、かな……
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