3日目:昼
「ふぁ……あ…」
「どうしたのルカ、寝不足?珍しいじゃん、いつも寝過ぎたーとか言ってる癖に。」
「まあ、ちょっとね。それよりもどうしたのその顔。随分荒んでるみたいだけど。」
「…さっき…というかカナと交代して直後ぐらいに管理室に殴り込んできた人がいたんだよ。ポーションが腐ってたかお腹が悪くなったか知らないけど怒鳴り込んできちゃってさ。お仲間さんが抑えてくれたけど、なんで怒られなくちゃいけないんだか…」
「あ、はは…そりゃご苦労さま。」
…僕の代わりに怒られたんだね、ごめんよ。
「今日はそのぐらい。あ、サボっちゃダメだぞ。カナが言ってた。」
「分かってるよ…今日で最後だし、気合い入れて頑張るよ。」
「あ、それ今から帰る人間に言うー?明日もあるんだけど。」
「ごめんごめん、じゃ、ゆっくり休んでね。」
「はいはい、お疲れ様ー」
今日は最終日。今日が終われば3日間のダンジョン閉鎖日だ。その間は仕事もないから休み。ダンジョンで働く誰もがワクワクしてるに違いない。
僕もその1人だ。溜まっている買い物にニアとのゆっくりした時間も待ってる。
「気分もいいし今日は道の整備もやってあげよっと!」
珍しく自主的に仕事を増やすぐらいには、ウキウキなのだ。
――――
「ふう……終わりっと。」
ちょうどお昼の時間を知らせる鐘の音が通信機器越しに聞こえる。この時間は僕ら管理人も休みだ。必然的にダンジョン内の機能も停止する為転生者にとっても戦いの中での憩いの時間とも言える。油断は出来ないだろうが。
「アルカと一緒に食べるか。時間以内に帰ればいいんだし。」
思い立ったが吉日。管理室に戻り、弁当を持って2層へと上がる。
土と岩で出来たいかにもダンジョンな三層とは違って、草や根っこの張り巡らされた自然感溢れる二層。少し前までは僕もここを担当していたが、アルカが繰り上がってきた事によってボクは三層担当になったのだ。
だから管理室の位置もバッチリだ。魔物を警戒しつつ、最短距離で向かう。
「ガルル…!」
「ああもう…ファイア。」
火を手の上に出す。その予想出来ない動きと微かな熱に警戒して寄ってこなくなる。篝火を常設したい所だが、二層は燃え移る可能性もあるためそうもいかない。
「アルカ、いる?ご飯食べ」
「ひいいい…!し、仕事はちゃんとやってるよー!ってあれー…?」
「何やってんのさ…」
「る、ルカー。どうしたのー?」
「弁当一緒にどうかなって。アルカは何にそんな怯えてるの?」
お弁当で顔を隠すアルカ。その端から見える目は確実に怯えた目だ。
「昨日の残り、ずっと主任が後ろで見てたんだよー…居ないと思ったらすぐ後ろで立ってるんだー」
「そりゃ怖いね…お互い大変だったか。」
「おやつのひとつも食べられなかったよー…」
「そもそも食べなくていいんだよ…」
「えー?ルカは食べないのー?」
やっぱりどこかアルカと話してると気が抜ける。けど、息抜きという意味ではアルカほど適任はいない。
「食べないよ…遠足じゃないんだから。借りるよ。」
後ろの方にある椅子を持ってくる。さて、今日は何が入ってるかな…っと。
「おお、おいしそうー」
「ニアは料理も上手いからね。アルカは今日は何に…」
「おやつー、昨日食べられなかったからいっぱい食べるんだー」
「お弁当じゃなくておやつ箱だったの!?」
これでもかと言わんばかりに敷き詰められた菓子に空いた口が塞がらない。
「食べるー?」
「あ、いや…ご飯は?」
「おやつー」
「じゃなくて…!」
アルカのニコニコした笑顔からして嘘を言ってるようには思えない。本当に昼飯おやつなのか…
「昼飯は自由だからもう何も言わないよ…」
「んー!甘いー…」
「ったく…」
やっばり気が抜ける。けど昼を過ごすならこのぐらいの方が心地いい。
「アルカ、明日から休みだけど何か予定あるの?」
「んー、いつも家で寝たら終わっちゃうんだよねー」
「3日寝てるの…?」
「そうなんじゃないかなー。あ、でも休みなら限定のおやつ買いに行きたいなー。あと魔導書もそろそろ交換かなぁ…?」
「魔導書は早く交換しなよ。アルカ魔導書無くなったら危ないよ?」
「そうだねー。」
本当に分かってるのやら…アルカは僕に比べると結構な魔力を持ってる。だから魔導書を通して魔力を増大させてやるだけで充分な戦力が確保出来る。
僕?魔力が少な過ぎて魔導書に魔力行き渡らなくて使えないんだよね…
「そういうルカはー?どう過ごすのー?」
「んー、一日はセリナさんに手伝いを命じられてるからなー…僕も買い物して少し出かけたら終わりかもね。」
「一緒だねー。」
「もっと大掛かりに使いたいものだけどね。仕方ないさ。」
3日間の休みなんてそんなものだ。けど、楽しみなのは違いない。
その後もアルカと雑談しながらお昼の時間を過ごした。仕事に追われてない休み時間というのはいいものだ。
――――
「よっし!終わり。それじゃおつか」
「昨日手伝うって言ってたよね?」
「…どうだったかなー?」
定時。なんとかして抜けたい関門、カナ。正直昨日はもう絞られたしチクられても痛みは無い。
「しっかり言ってた。報告するよ?」
「昨日の事を今更、しかも本当に言ってたかどうかも」
"したよ?したけど…まあちょっと寝ちゃった…かも。ほら、明日はカナの仕事も手伝うからお願い!"
「どう弁明するつもり?」
「ろ、録音してるなんて酷いじゃないか!」
「これが初めてじゃないから。既に申請は出してある。」
「…はぁ。ニアに遅れる事だけ伝えてくるよ。」
「駄目。通話。」
「抜け目ないなぁ…」
日に日にカナが強敵になっていく。まあ約束したのもサボったのも僕だから全面的に僕が悪いんだけど。
「ニア?うん、仕事がちょっと溜まってて…」
「仕事をサボろうとした挙句約束をすっぽ抜かそうとしたので少し残業させます。気にせず帰って下さい。」
「ちょっ!」
「ルカ…」
「そんな呆れたような声で呼ばないで!分かってるよちゃんとやって帰るからさ!」
「あんまり皆さんに迷惑かけないでよね?…分かった。」
「あ…カナ、どうするんだよー、僕の晩御飯危うくなっちゃったじゃないか!」
「そうされたくないなら初めから逃げなかったらいい。ほら、行くよ。」
カナまで冷たい目をしてる…ちょっとサボりたいだけなのに。
ちょっと不貞腐れ気味に後ろを付いていく。カナは僕より2つほど大きく、そして寡黙だ。クールとも言える。いや冷酷とも言えるかも知れない。容赦ない。というのも…
「あ、カナ。」
「……なに?」
「あ、いや…大丈夫。」
「……?」
怪訝そうな顔をしながら手に持った棒状のものを落とすカナ。落ちた瞬間に棒はまるで元よりその形である事がおかしかったと言わんばかりにばしゃりと液体が飛び散る。そんな不思議な現象の後ろでは、断面すら滑らかに切断された魔物の死体が転がっていた。
「……相変わらずいい天命だね。」
「全然。物理法則を越えて圧縮出来ないから使えるものは限られている。」
…どれどれ。天命名、圧縮。ありとあらゆるものを手から発せられる重力で圧縮させられる…か。つまりさっきのは水を無理やり重力で圧縮させて高圧力をかけたわけだ。高すぎる水圧は魔物をも容易く切断する事が出来る。充分チートに聞こえるけど。
「僕の心眼じゃ歯が立たないよ。あんな魔物を瞬殺する力は僕には無い。」
「よく言う。敵の情報を事前に入手出来るのは充分有利。それに私は水以外は上手く扱えない。まだ…感覚が分からない。」
「つまり慣れたら物理法則の許す限り何でも使える訳だね。カナのお母さんはあれだけ上手なんだからきっと心配する必要ないよ。」
カナの家系はこういう圧縮や分子レベルの操作に長けている。いいなぁ…僕の家系はみんな観察系の微妙な天命ばかりだった。
「そう…かな。分からない。」
「大丈夫だって。僕も負けないように努力しなきゃな…」
「…あ?」
「え、そんなに僕と同レベルにされるの嫌なの?ちょっと傷付くな…」
「違う。あれ…」
「ん?あれ……?」
カナの指さす方向を見る。土の壁、岩の床。あっちは土の床に上半身だけの男。……なんで腰から下地面に埋まってんの?
「転生者かな…」
「……はあ……あ!ちょっと!抜けないんだ!助けてくれ!」
「…少しお待ちを。」
近付いてみるとそれはすっぽりと地面に埋まっている。隙間のひとつも無く、その上土は掘られた形跡もない。そんな不可解な状況となると…
「別の転生者のイタズラ?」
「かも知れない。綺麗に入り過ぎている……」
カナが腰の大きな水筒から手に水を垂らす。徐々に液体は固体へと、そして形あるものと姿を変える。やがて僕の胸ほどもある大きなシャベルが出来上がる。
「…空になった。補給しないと…」
「分かった、僕暇だから汲んで来るよ。」
「お願い。」
「え、ちょっと刃が近い!危ないだろ!?」
「静かに。」
土を掘る音さえしないシャベル。文字通り土を切って掘っているのだろう。
観察も程々に、管理室へと戻る。ここからはまあまあ遠い。それに夕方ともなると魔物も増え始める。警戒しながら行かなくちゃな…
二層と違って三層では火程度じゃ怯えてくれない。その上特段僕が強い訳でも無い。
「…――!!」
「んもうめんどくさいなぁ…!」
ゴーレムか…土で出来た身体に弓矢は効かない。だが僕だって三層の管理人。ゴーレムに出会ったのは初めてじゃない。矢が通らないなら別のものを番えばいい。
「…弾けろ!」
ゴーレムの頭部に当たり、そして爆発を起こす。体制を崩すと同時に頭部の岩が少し剥がれる。
それを逃す訳にはいかない。崩れた剥き出しの頭目掛けて矢を手で射し込む。悲鳴のような鳴き声をあげるゴーレム。すかさずもう片手で2本目を継ぎ刺す。暫く悶える声を上げながら、最後はそっと力を失って崩れていく。
「はあ…爆裂矢様々だな…」
矢尻に小さな爆弾を取り付けた即席の矢。決して軽くない為弾速は遅く、山なりに飛ぶため普段は使えないが局所ではお世話になる。
「でも、いい立ち回りだった。…僕も力はついてる…はず。」
なんだか少し自信が出てきた。遥かに大柄な相手にこれだけ善戦出来るのだ。実力はゼロじゃない。
そう思うと少しは気も上がる。帰ったらカナに自慢してやろっと。
――
水を汲んでカナの元に向かう。道中2匹も魔物に出会った。やはり夜に近付けば近付くほど魔物は多くなっている。夜の担当は大変だろうと思っていたが、まさかここまでとは。
早く戻ってカナと一緒に戻ろう…そう思い足の速さを上げた。さらに一体の魔物と遭遇しつつカナの所まで戻る。……なんだ、この音。
「カナ?カナ…いっ!?」
転生者の男はまだ埋まっていた。でも問題はそこじゃない。その男の先には背中越しのカナ。そしていつしかのマナルビ。
「……!ルカ、水!」
「うん!」
両手で力を込めて投げる。それを片手で受け止めるカナ。同時に手に水を垂らして形成されていく。僕は何をすればいい。男の救助か?引き付け役か?それとも…
「とりあえず、ルカ!これをあいつの頭に!」
「ととっ…!これは…」
矢だ。水で出来た矢。不思議と手が濡れることも、冷たい感覚も感じることはない。だが、引き摺り込まれるような嫌な感覚がある。
弓にかける手が震える。その時実感した。力を持つという強さと怖さを。
放つ。矢は今までの速さとは比べ物にならないほどの速度で真っ直ぐ狙い通りに射抜く。いつもコツンと音を立てるのみの矢が、マナルビの頭を貫通する。遅れて血が吹き出す。
「助かった。後はこれで。」
よろめくマナルビにカナが作った大きな槍が突き刺さる。心臓を一突きされたマナルビは声を出す事もなく呆気なく地面に沈む。僕が逃げるしか無かった相手を、こんなにも呆気なく…
「希少な魔物だ。少し手こずった。」
「……はは、は…」
少し、か。確かにカナの顔に焦りは無かった。どちらかと言えば、僕の安否を心配するような声。歴然とした実力差を感じた。僕の実力は、カナの足元にも及ばない。
「怪我は?」
「無い…が、私はアイツを追いかけてきたんだ。クエストにも書いてる。アイツを倒さなきゃ先に進めないんだよ…」
「理由はなんであれ、一度地上に戻ってください。落とし穴が魔物の仕業の場合、体に何か仕込まれている可能性もあります。」
「いや、何も無い。大丈夫だから。」
「戻ってください。貴方の実力では不足しています。」
「嫌だ。やっと見つけたんだ。居るってことが分かったんならもう大丈夫だ。」
「戻ってください。この程度なら下の層ですら突破出来ない。」
「助けてくれた事は感謝する。これからは足元の警戒も怠らない。それじゃ。」
「……はぁ。」
ごそごそとリュックを漁るカナ。取り出したのはポーション。優しいな…
と思ったら蓋を開けるカナ。そして…
「あっ!?」
「地上より迎えを出すのでそこで待ってて下さい。」
ポーションの中身が一直線に延び、男の肩を貫いた。そのまま男ごと壁に突き刺さるポーション(だった液体)。
「ルカは少しここで見張ってて。すぐ戻るから。」
「いやあれ!痛そうなんだけど!」
「痛みは無い。常にポーションで回復し続けるから。抜いた際も跡が残らない太さにしてある。」
「そういう問題なの!?」
「…どういうものか知らないけど、これは動けそうにないな…」
「そういう事ですので。」
さっさと歩いていくカナ。…やっぱり容赦ないや。
男もさっきとは打って変わって諦めたように壁に突き刺さっていた。え、僕はなんて声をかけたらいいんだ?
「……はぁ。」
「あ、いや…なんか、お疲れ様…です?」
「彼女の言う通り1度戻った方がいいのかも知れないなって思えてきた。躍起になり過ぎてたんだ…」
「はあ…躍起に。」
「ああ。ああ、君にも聞いておこう。ここ最近金髪でショートの女性をダンジョンで見かけてないかい?」
「女の人…ですか。」
最近だとツカサ君に付いてきていた2人か。あの二人は桃色に水色だったっけ…金髪…
「やっぱり、思い付かないかい?」
「まあ、色々な人が通りますから…すみません。」
「そうか。彼女もそう答えてたよ。」
「カナが?」
「ああ。実はその女性を探してここに来てるんだ。もう地上にひと月は帰っていない。」
「…」
「まあ、言いたいことは分かるよ。けど、一縷の望みに賭けるとすれば…私自身が行くしかない。」
「その言い方だと、勇者では無いみたいですけど?」
「転生した際に薬師を選んだんだ。」
「あれって勇者以外もあるんだ…」
「選択式だったかな。もっとも、勇者志望が99%以上だけどね。」
「道理で見た事無いわけですね。 ……」
スキル名、奇跡の調薬。あらゆる調薬の作業にバフ効果が発現する。その下にもずらっと並ぶスキルは全て薬に関するものばかり。…薬剤師国家試験てなんだろう?6年制薬学部薬剤師養成課程修了……?
「どうも戦闘は得意じゃないみたいでね。それよりも、私は戦う人の為に薬を作りたい。もっと多くの救われるかも知れない命を増やしたいんだ。」
「それがその…金髪の女性とどう繋がるんですか?」
「そうだね…こちらに来て数年と経つが、薬屋を営み始めた頃からの常連だったんだ。いい事じゃ無いけどね。」
「なるほど…それじゃその常連さんを探しに来た訳ですか。」
「そう。だから急がなきゃならない。そう思ってたんだ。そうしたらこんな大穴にはめられちゃってね。でも、こうでもしなきゃ、そしてこうしてくれていなければ急ぐだけ急いで私が行方不明になっていたかもしれないね。」
「…1人での冒険は危険ですからね。出来るなら誰か募集して下さい。」
「…………ああ。」
深い沈黙が流れる。僕も大切な人を失った時に冷静でいられるのだろうか。ダンジョンでひと月経って、生きている可能性なんて殆ど無い。それを分かってダンジョンに潜るこの人は、それでも失っていない可能性に賭けたくてもがいているのだろう。だからこそ、その足を一度止められてしまえば現実と実態が覆い被さって、諦めてもいいんじゃないかって思えてくる。冷静に考えるなら、もう辞めるように言わなくちゃならない。
「…各層で死亡届が出ていないか確認しておきます。」
「ルカ、もう上がっていいよ。後はやっておくから。」
後ろを振り返るとカナと数人の受付が。大きな担架のようなものに乗せられる薬屋の男性。その目には涙が流れ落ちていた。歩き出す受付の人達。
「あれは、どっちなんだろうね。」
「さあ。少なくとも、私はもう来ない方がいいと思う。」
「僕もそう思ってる。けど…応援したい気持ちもある。」
「ああいう人はいくらでもいる。その結末も、だいたい同じ。」
「…カナは優しいなぁ…それじゃ、お疲れ様。」
「ちょっと。どういう事?」
「さあ?」
足早にその場を離れる僕。不思議そうな顔をしながらも担架の護衛に入るカナ。少し一緒にいられて良かった。僕にも沢山の課題が残ってそうだ。
「負けないようにしなきゃなー…」
今のとこは大敗だけど。
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