1日目:夜

2

「それじゃ、よろしく。」

「任せて。」


夜。交代制のため、夜の担当をしているカナに引き継ぎを行って管理室を出る。地上に上がるとニアが支度をして待ってくれていた。


「あ、お疲れ様。帰ろっか。」

「うん。あー、昼の件ありがとね。どうなったの、あの二人。」

「まあ、ダンジョンは立ち入り禁止だけど身の拠り所が無いままにもいかないから別の場所で身寄りが見つかるまで支援するんだって。」

「そうなるよね。はあ…どうしてそこまで考えられないんだろ。いかに勇者と言ったって、死んだ勇者なんてそれこそ星の数ほどいるのに。もっと冷静に…さ?」

「言いたいことは分かるよ?でも、それは私達だから言えるのかも。私達だって、いきなり力を持ったらどうなるのか分からないし…」


困ったように微笑むニア。考えたってしょうがないか。僕と彼らでは、まるで生きる世界が違う。


「それもそうだ。さ、ご飯買いに行こう。今日は何がいいかなぁ…」

「冷たいのは勘弁だね…」

「同意見。揚げ物なんてどう?」


ニアと食卓の内容を考えながら街に向かう。僕の数少ない楽しみの一つだ。


――――


晩御飯を買って、食べて交代で湯浴みをする。


「2人で10分なんてケチくさいねぇ…」

「あら?嫌なら入らなくてもいいのよ?1分ごとに銀貨1枚。これが相場かしら。」

「…はいはい、銀貨10枚分のお恵みありがとうございますっと。」


扉を開ける。そこには仏頂面で不機嫌そうな顔を全面的に押し出すまだまだ若い女性が。


「あのねぇ…あくまでもアンタらには無理を言われて部屋を貸してやってるんだからね?もう少し態度を…」

「僕が湯浴みしてる間のニアの店番、助かってるでしょ?ニアがいると客入りいいし。僕らは相互協力関係にあると思うんだ。」


僕らはこの女性…セリナさんに部屋を無理やり借りてる。まあ一悶着の末、といったところだ。部屋ひとつにしてはまあまあ高いし、この通り湯浴みもじっくりさせてくれないが、僕らを迎え入れたのはここだけだ。感謝はしてる。不満はあるけど。


「それってあの子の力じゃない。アンタ、いらないね?」

「そう?それじゃ僕を追い出したらいいよ。ニアがどんな反応をするか外で見てる事にする。」

「本当に性格悪いねアンタ。もう少しニアの事見習ったらどう?」


呆れてじとーっとした目でこっちを見ているが、明らかにからかいやすそうな人がいるのにからかわずにいられるわけもない。ニアの真似をして満面の笑みで返す。


「そんな顔じゃ客入り減っちまうよ。ほらもう終わったら上がって!」

「はいはい、それじゃ洗濯お願いしますね。」

「……」


あらら、拗ねちゃった。けどなんやかんやで洗濯はしてくれる辺り本当に面倒見のいいお姉さんみたいな人だ。


「ニア、僕上がってるからまた後で。」

「あ、うん!分かった!ちゃんと髪乾かしてね!」

「はーい」


……いいや、別に。自然に乾くでしょ。階段を上がって右に借りている部屋がある。僕は右に曲がらずそのまま直進。大きな窓がある。その窓に足をかけて、屋根へと上がる。……人影、無しっと。


……ふう。いい夜だ。街の中にあるセリナさんの開く居酒屋は今日も大盛況。ニアが来るまでは意外と席がチラホラ空いてたもんだ。本当にセリナさんは僕とニアに感謝するべきだ。主にニアだけど。


適当に赤めの空を見上げていると、通信が入る。ポケットから出してみるといやーな通信先が。


「……もしもし。」

「やあ。今日はいい天気かい?」

「ま、悪くないね。そっちは?」

「相変わらずさ。

……相変わらずの地獄絵図、だね。」


よく耳を澄ませば微かに悲鳴や叫び声が聞こえる。


「そりゃいつも通りだ。それで、何の用?……魔王さん。」

「友人の声が聞きたくなった……なんて言ったら笑うかい?」


魔王と友人になったつもりは無い。けど、ひょんな出来事で出会う事ないはずだった僕ら二人が出会うきっかけはあった。それに今、僕がここで生きているのも魔王の気まぐれのおかげ、とも言える。


「ああ、笑っちゃうかもね。それで?」

「おいおい、ちょっと冷たいじゃないか。聞きたい話があってさ。」

「なに?地下の恋愛事情にはあいにく疎くてね…」

「それなら僕は君の恋愛事情が聞きたいね。ルカ。」

「僕は生きるのにまだ必死だよ。今日も殺されかけた。」

「それは聞き捨てならないな…どいつだ?」


通話越しなのに伝わる殺気。魔王クラスともなると僕も縮み上がりそうだ。


「君の手下じゃないよ。転生者。新参者ニュービーでね。」

「ああ、そういう事か。君の周囲をできるだけ安全にする為に送ったマナルビがやったのかとヒヤヒヤしたよ…」

「あれ魔王が送ったの?」

「そうだよ?3層レベルで、それでいてまあまあ強いからね。」

「あの、それが原因なんだけど。」

「え?」

「や、マナルビに狩られそうになってるパーティがいたから助けたんだよ。それじゃなんか逆ギレしちゃって。」

「それは……雑魚い勇者が悪いね。良かったよ。そういう奴は魔力も肉も不味い。」

「魔王ジョークはブラックじゃ済まないから止めてくれ…」

「ジョークじゃないよ、本当に」

「余計タチが悪い!もう気にしないでよ。結局死んじゃったし。」

「え!君そんなに強くなったの?いやはや凄いな…1層で泣きそうになってたあの頃とは大違いだ。」

「僕じゃないよ、僕が勇者を殺せる訳ない。管理主任さ。」

「あの堅物が。ほーん……殺しはしないものだと思ってたよ。いつも目の前で美味しそうな餌を取り上げられた気分だ。」

「君は食欲しかないのか…?凄かったよ、圧勝だった。」

「そりゃまあ、僕が侵攻を始めてからずっと最下層を守っているからね。本当は僕が直々行けば早いんだけど、色々巻き込んじゃうしなぁ…君は殺したくないし、君の要望通り君の周りも殺したくない。ああ、その管理主任とも話がしてみたいな。出来るだけ平和にいきたいんだよ。本当に。」

「…それじゃ、侵攻やめなよ。僕らも命賭けて止めなくて済むし。」

「それは出来ない。悪いけど、人類含めて全ての調和が僕の目標なんだ。決して隷属させようとは思ってないしね。というかこれはどうだい?君が魔族に入る。そうすれば僕も心置き無く武力行使と出られる。」


そう語る声は真剣で、僕の声は届かないのだろう。


「魅力的だけど遠慮しとくよ。地下暮らしはちょっと僕には辛い。それとニアの隣には僕がいなきゃね。」

「ちぇっ……おっと、そろそろ魔力が切れそうだ。ほら、もうちょい頑張って。ほらほら。」


なんか叫び声が聞こえるが…いや、気のせいだ。これは多分勇者の成れの果てとかじゃない。


「僕が一方的に話しただけじゃないか…何か問題でもあったの?」

「いいや、本当に声が聞きたかっただけ。こっちも暇してるから。それじゃ!」

「ふ…ふふっ、はははっ……」


思わず笑ってしまった。悪の親玉が、僕みたいなちっぽけな存在を友人呼ばわりして声が聞きたい、なんて。


「そう思うならもっと優しくダンジョンの難易度落としてくれないかねぇ…」


とりあえず、こんな無駄話の為に魔力を全て吸い尽くされた勇者(推定)には南無南無だ。


「さてと…そろそろ店も終わりだ。寝床につくとしよう。」


この世界で僕と魔王の関係を知ってる人はいない。言える訳も無い。だけど、正直僕はこの関係…


「嫌いじゃない、かもね。」

「え、何が?」

「うわぁぁ!?え、あ、」


ちょうど部屋に戻ろうと窓に足をかけていた時にニアが目の前を通ったらしい。思わず驚いてバランスを崩してしまった。


「これは…あーあ、また怒られるかもなぁ…」


自分の落ちた場所が食料庫の一角だと理解した瞬間に全てを諦めた。

今日はやっぱり一日通してツイてない。

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