異世界転生の多いこの街で
梦麦
桜の月
1日目:昼
「おい!?どうなってる!?魔剣の光が消えてる!早く魔力回復をよこせ!」
「今やってる!どうして…!?」
「私の
「何言ってやがる!俺は、勇者だぞ!?逃げられるか…!」
騒がしい3人組の声。その勇者ご一行様は大きな角を持った大きな怪物に追い詰められていた。後ろは崖。上は分厚い岩の壁。頼みの攻撃手段も使えず。後はじんわりと死を受け入れるだけ。
ああ、勇者の死体処理しないとな。でも死体処理は面倒だ。一々引っ張りださなきゃいけないし。仕方ない、僕の出番か…
「なーんか、怪しいと思ってたんだよね。なんというか…」
背中にかけていた弓を取りだし、大きな怪物の頭に目掛けて矢を放つ。正確に飛んでいく矢は怪物の頭に当たり…突き刺さることも無く落ちていった。
「確かに戦力は十分なんだけど。」
人で言うところの爪楊枝を頭に当てられたような感覚だろうか。地味に痛かったのか、こちらにターゲットが向く。
「明らかな実力不足、だね。…はーい!そこどいて!」
何が何だか分かってない3人組だが、本能的にか覚束無い足取りで端へと寄っていく。それに合わせて僕は崖へと走る。怪物の怒りの眼光が僕を貫く。
後ろは崖、上には分厚い壁。さっきの3人組の位置と交代しただけだ。
怪物は猛ダッシュで僕を握り潰そうと、走る。
僕は…
ギリギリまで引き付けて崖へと身を投げた。そのまま崖を掴む。
獲物が消え、止まろうとするもののバランスを崩す怪物。その重い体は急な負荷に耐えられず、そのまま崖の下まで落ちていく。僕もそれを確認すると、腕の力でなんとか崖を上がる。
「…よっこらせっと。はい、君達集合ね。」
「アンタ…助かったけど、下手したら押し潰されて死んでるぞ…?」
「死が隣り合わせなのがダンジョン。常に死ぬ気持ちで行動を決めていないと本当に死ぬよ。それで、本題だけど。…君らにここは早い。第2層からやり直し。はい、許可証出して。」
「ちょちょ、待ってくれ!お前は…」
「第三層管理人だよ。分かったら早く。」
「た、確かに負けそうではあったが本当はあっから挽回するつもりだったんだよ!お前が勝手に介入しただけで!」
「そっか。じゃあ問題。あの怪物の名前は?能力は?理解してる上で魔力を放出してた訳?」
「え、いや…」
数秒待ってみるが、答えは無い。
「時間切れ。答えはマナルビ、能力は魔力強奪と重力場の展開。君の魔剣も君の魔法も魔力を全部吸われてたわけ。そんなの強過ぎて全く歯が立たないよ、僕も。知識が無いのに勝てるわけないと僕は見た。もう一度付けてからここにおいで。」
「あ、あれはたまたま相性が悪いだけだからな!俺のグラムさえ働いたら一瞬で塵に…」
ああ出た。やっぱり。異世界転生者だ。どうせチート武器でも願って無双しようって算段だったんだろう。
「転生者なら尚更、知識をつけてからの方がいい。ここは君が思ってるほど無双できるような生易しい場所じゃない。分かったらここにサインを。」
「んな訳無い…!俺は、俺は強くてここの勇者として…!」
「分かったよ、いずれなれるよ。だから今は」
「勇者が一々勉強なんかするか!おい!てめえ…管理人なんだよな?デュエルだ!早く用意しろ!」
あーあ、また勘違い馬鹿か…ぽんぽん異世界転生させるのはいいが、こういうやつもいっぱい生まれるんだから責任とって欲しいもんだ。
「いい?デュエルは最悪死ぬよ?僕も死にたくないからね。」
「魔剣のある状況でお前みたいなチビに負ける訳無いだろ!一々説教垂れやがって!死ね!」
さっき助けてやったのに。これなら見殺しにして始末書で良かったかも。
「…こちら三階層。デュエルの申し込み。許可を。」
「許可します。」
あっそ。死ねってか。管理人を任せられている僕だが、残念ながらチートステータスも武器もない。ただの一般人だ。
「全く…ついてないよ…」
この国の地下には魔王がいる。そんな噂がたってすぐの事だった。国中のあちらこちらに大きな穴が空いた。
「死ぬ用意は出来たよ。…ああちょっと待って。同居人に連絡しなきゃ。」
それは突然現れたとは思えないほど緻密で複雑な構造をしていた。その迷路の中に1箇所、必ず下へと続く道があった。それが幾重にも重ねられて出来た魔物だらけの謎の洞窟。それがダンジョン。その1つのうちの第三層を僕は任せられている。
「うん。そう、魔剣持ち。流石に死んだかもねー」
ダンジョンは下層に行けば行くほど魔物の数も強さも比例的に上がっていく。いくら異世界転生されたチート勇者様がぽんぽんと転生してくるとはいえ、チートだけじゃ生きて帰ることも出来ない。知識も情報も無いから。
「まあ、善処するよ。生きてたらまた会おう。」
だから必要な知識と情報を身につけてから次の層に進んでもらう為のルールが出来た。それがダンジョン許可証システム。層ごとに決められた目標をこなす事で次の層へと進むための許可証が発行される。これで知識不足で死ぬ事も減るし、僕らもそれを生業に生きていける。ここで生まれた人間にとって数少ない高給取りだしね。
「…いいよ。やろうか。」
だけどもちろんリスクもある。その一つがこのデュエルシステムだ。ダンジョンの下層に行くには許可証を得る以外にも方法がある。それが
「ルールは大丈夫だよね?ま、僕も殺さないようには気を付けるから。え?殺意高いねぇ…」
現に一層の管理人なんてしょっちゅう殺されてる。短期バイトを疑うほどだ。まあチュートリアルみたいな所もそなえてるからスキップする人間が多いのだろう。おかげで誰もやりたがらない。可哀想な新人が意味も分からず放り込まれて物言わぬ死体になって帰ってきた事など数える気にもならない。
三層ぐらいになるとそんな馬鹿もそうそう居ないけど、僕だけでももう二桁いくかいかないかぐらいは経験済みだ。こうして何とか生き長らえているが。
つまりのとこ、僕含めて管理人は捨て駒って事。代わりなんていくらでもいるからね。
「はいはい。それにしても魔剣持ちってグラム多いよね。別にいいけど、考えること一緒なんだねぇ」
弓を番える。僕は一応三連速射まで出来るが、こんなの魔剣の前じゃ意味も無い。タンタンと勇者様の前に弓を放った。
「この通りただの弓しか使えない僕には君の目を穿つ位しか勝ち目がない。分かる?失明だよ?」
「当たらねぇよ、そんなへなちょこな腕じゃあよ…!」
楽しそうに構え直す勇者様。アンタ勇者より悪役の方が似合ってるよ。
「んだと…!?」
おっと、声に出てたらしい。激昂した勇者様は一直線に僕を斬り伏せようと走ってくる。
「…サンダー」
「あばばばばば」
走ってくると分かった瞬間に僕は基礎中の基礎の雷魔法を唱えた。しっかり失神したはずだ。
「え、ツカサが基礎魔法なんかで…!?」
「知ってた方がいいよ。ダンジョンでは足元をしっかり警戒。基礎だよね?」
僕が足を指さす。勇者様の足には細い糸が絡んでいた。弓のお尻に金属糸を繋ぎ合わせていたのだ。
「僕が弓を二本放ったのはその糸を設置する為。ま、ツカサ君って子はどうやら単純な子みたいだから少し煽ったら予想通り突っ込んできてくれた。一応突進タイプの魔物に効果あるのは実証済みだったし。」
単純な基礎魔法を当てるだけじゃきっと勝てない。そんなの、力量を見ればわかる。けど、金属を使って最大限の力を継続的に与える事が出来たら?
「それじゃデュエル終了。規定通りこのダンジョンへの一切の立ち入りは禁止。」
「「……」」
2人とも放心していた。もしかしたら道中はとてつもなく強い戦闘をしていたのかもしれない。けど、結局の所圧倒的でも無い限りは知識不足は大きな枷となる。
「二人にとっちゃ巻き込みに近いかもしれないけどね。でもまあ、三層で止められてよかった。ツカサ君は君達も連れて冒険している事を理解するべきだ。これを糧にしっかり絞ってやって。」
「えと……助けて頂きありがとう、ございました。」
「どう転んでも僕じゃツカサ君を殺せないよ。それじゃ…ちょっと待ってて。」
少し離れる。あーあ、ドキドキした。もし一瞬でも冷静になられたりでもしたら僕は体が二つに別れていたことだろう。非力な人間はいつだって命懸けだ。
「もしもし、ニア?うん、僕。生きてたよ。」
"ル、ルル、ルカァ!心配したよぉ、良かったぁ…!"
「毎度ながら泣き過ぎだよ…僕だってこの仕事をしてるからには死ぬ覚悟は出来てるし。」
"私は出来てないの!もう、ヒヤヒヤする…!"
連絡しているのはニア。僕と一緒に住んでいる同居人だ。小さい頃から知っていて、今は訳あって2人で暮らしている。
「まあそれはそれとして、今から送還するよ。用意してて。」
"大丈夫!ルカがデュエル始めた時から用意してたから!勝ってくれるって信じてたし…"
「随分信頼されてるね、僕も。話が早くて助かるよ、すぐ行く。」
通信を切る。ニアが安心してくれたならそれでいい。
「帰りはこっち。ここ、管理人専用なんだから通れる事は中々無いよ。貴重な体験だね。」
「なに、これ…」
そんな驚くほどのものでもない。一々持ち場に戻る為にダンジョンを通る訳にもいかない。だから人工的に階層と地上を繋ぐ階段が造られている。
「…初めから、皆ここを通れば安全に進めるじゃん…」
「確かに安全かもね。けど、勇者様の仕事は安全に地下に潜る事じゃない。魔物を倒してくれるのも仕事のうちだから。それに、それじゃあ知識だけある実力不足の人が出来ちゃうだろうし。」
特段地図なども用意されていないダンジョン内をうろつくよりは階段を上がるだけでいいこの通路の方が楽に決まってる。なんなら、1層位なら解放してもいいんじゃないだろうか。そうすれば無為にデュエルで殺される新人も減る。
なんて考えてるうちにもう地上だ。3層なんてそんなもの。そんなもので止まってる勇者じゃ、ね。
上手く偽装された扉を抜ける。そこにあるのは人、人、人。多くの人で賑わいを見せる地上。ここはダンジョンと地上を繋ぐ受付所だ。見目麗しい美少女に筋肉隆々の大男。翼の生えた女の人に禍々しい色をした大剣を携える男。これら全て転生者だろう。
何故わかるかと言えば、そもそもの人類としての括りが違うから。転生者が美男美女の高身長揃いに対して、僕らは一見パッとせず、低身長ばかりだから。さっきのツカサとやらが僕をチビ呼ばわりしたのもよく分かる。120cmぐらいしかないからね。
だからかなのか、それとも能力によって横柄になってるのか知らないがこの受付所での空気はあまり良くない。完全に舐めきった態度をとってくるから。ここで働く位なら管理人として死んだ方がマシだ。
「…あ!ルカ!おかえりー!」
なんて突っ立ってると聞き覚えのある声が。ニアだ。
「ただいま。引き渡したら戻るけどね。…やっぱり僕はここ、苦手だな…」
「あはは…私はルカみたいに戦えないから…でも、ルカには迷惑かけたくないから頑張るよ。」
「お金の件なら何とかなるって。」
「私の天命じゃここしか居場所、無いから…」
「……そうかも、だけど。…とりあえず、この人達の登録頼むよ。それじゃ、後は彼女の指示に従って」
「まだだ…まだ、負けてない!俺の首はまだ飛んでない…!」
ツカサ君が最悪のタイミングで目を覚ます。やはり工夫したとはいえ基礎魔法。転生者位になるとそれなりの耐性もあるんだろう。
「げっ…ここは地上だよ。3層じゃない。よってデュエルはもう」
「良いじゃねぇか!やれやれ!」
「面白そうじゃない!どんなズルして勝ったのか知らないけど、もう一度奇跡を起こしてみたらどう!?」
「公開処刑か!面白そうだ!」
「ダメだよツカサ!ここは引こうよ!ね!?」
「なんであんなチビの存在如きに引いてやらねぇといけないんだ!ここで殺す…!そして俺は四層に……」
「ゃ…あの!そういうのは困りますので…」
沸き立つ転生者の前に飛び出すニア。転生者と現地の人間との力関係は明らか。この異様な光景にさえ僕らの同郷者は誰も口を挟もうとしない。ニア以外は。
「おいおいなんだぁ?周りの空気読めよ!みんな見たがってんだろ!長ぇんだよお前らの審査とやらがよ!こっちも暇してんだ!」
「なんならお前、デュエルしろよ!ここは0階層だからお前に勝ったら受付突破じゃないか?な!」
「ひっ…!?」
後ずさるニア。後ろからニアを支える。すると脱力するように座り込んでしまった。
「……はぁ、分かりました。0階層、デュエルの申し込み。許可を。」
「ルカ…!?」
「…………仕方ないさ。」
さて、手の内はバレてるし、この狭さじゃそこまで細工できない。どうせ死ぬなら静かに死にたかったな。
「許可しません。直ちに持ち場に戻りなさい。」
「え…貴方って許可します以外話せたんですね。」
「ええ。一応人ですから。」
「!?」
最後のはすぐ後ろで聞こえた。慌てて振り返るとフードで風貌を隠した現地の人間としてはかなり大きな体格の人物が。この人が…
「管理…主任。」
「0階層でのデュエル、及びデュエルの再戦は当ダンジョンでは禁止としています。早急にお立ち退き下さい。」
「なんだお前…」
「管理主任です。このダンジョンの総合管理をしております。早くして下さい。さもなくば実力行使となります。」
そこで明らかに馬鹿にするような笑い声が上がる。そりゃそうだ。僕らと彼らの間の力関係は明らかだからだ。
「てことはお前を殺せばもうこの面倒なしがらみも無いって事か…」
「いいえ。いくらでも代わりはいます。私の役目でさえ。」
どうしてそうなるんだ。人って急に力を持つとこうなってしまうもんなんだろうか。
「とりあえず、憂さ晴らしだ。」
「いよっ!やってやれ!」
「いけいけ!」
「…実力行使で宜しいのですね。仕方ありません。」
沸き立つ群衆。いきり立つツカサ君。そして呆れる管理主任。
ため息を深く、長くついて自分のフードに手をかける。
「その前にルカ。彼の情報を。」
「僕の名前と天命まで覚えてたんですか?」
「当たり前です。管理主任ですから。」
僕は捨て駒だと思っていたんだけどな…少し、ほんの少しだけだが見直した。
天命。それは僕達現地の人間にのみ与えられるほんの少しの奇跡。基本的な天命の種類はその家系で決まっている。戦いの中で進化したり、増えたり分裂したりする可変性のスキルを持つ転生者と違って、顕現する天命は死ぬまで変わらない不変性のものだ。基本1つだけだし。
「中野司、サラリーマン?という職種だったそうです。部下への言動が原因で嫌われ気味だったとか。死因は大きな仕事のミスをしたから自殺…と。」
「おまっ!何故それを……!」
僕の天命は心眼。強そうな名前に反して出来ることは転生者の転生前の情報が覗けるのと、スキルの内容が解読できるというだけ。身体的な強化は無い為、管理人としては不向きだ。
「スキル名、
「な、俺の能力まで……!?バカにするな……!この剣は!俺の怒りを基に!どんどん強くなるんだよ!」
「……だ、そうですけど。あと見て通りの馬鹿者です。多分新参でしょう。」
「ええ。理解してます。残念ですが、ツカサ。神に与えられし再びの生の奇跡。それを捨てる選択をした事を悔いなさい。」
管理主任がフードを脱ぎ捨てる。そこから現れたのは白い髪をした長髪の女性。僕でさえ、初めて見た管理主任の姿。
「なんだ、女か。声から判断出来なかったぜ……ま、いい。さっきの言葉、ちゃんと聞いたからな。」
ツカサが剣を抜く。それまで腰にぶら下がっていた細い柄から物理法則を無視して人の両腕より太い刀身が赤い炎を纏って出現する。熱気のようなものさえ感じるほど圧倒的な力を持っている。そう確信させる程のオーラがあった。
対して管理主任はその一連の動作に全く反応しない。先程と変わらない鉄のような表情で目の前を見つめている。さながら、冷気を纏っているような佇まいだ。
僕もニアを後ろへと下がらせて行方を見守る。まさか、管理主任ともあろう人が丸腰な訳が無い。
「っらあ!」
踏み込むツカサ、避けようともしない管理主任。
「それではニア、後は任せましたよ。処理は困らないようにしておりますので。」
「……っ!?避けられた!?」
「それとルカ。ありがとう。一度諭してくれていたのは見ていました。引き続き3層及びニアと彼の面倒をよろしくお願いします。それでは。」
「え。え……?」
いや、なんも終わってないけど?
「逃げんなっ!」
歩いて管理人用通路に向かう管理主任。その後ろを瞬間的に間合いを詰めていくツカサ。だが、その手は届く事が無かった。
無慈悲に閉まる扉。そして、扉の前で不思議な格好で落ちるツカサ。静かな周り。扉に、なにか仕掛けて…?
「……死んでる。」
「え?……ほんとだ。」
ニアが確認したツカサの顔。目を見開いたまま、そして口を開いたまま動かなくなっていた。口から漂う白い冷気…
「凍ってる…んだよね。」
「う、うん。カチカチだよ。……どうやって?」
「こちらは処理しますので、順番待ちの方は列を並び直してください!」
奥の方で受付所長が叫んでいる。その呼びかけに反対する物など一人もいない。なんたってツカサみたいにチート持ちでさえ瞬殺するなにかがここにはあるから。
「ツカサ……!ツカサ!?ねぇ……!」
「ツカ…サ…」
そうだ、ツカサは2人女の子を連れて…心の奥が痛む。けど、ここはダンジョン。規定は、規定なのだ。デュエルで死亡した場合、どちらにも責任は無いものとする。そう決めたのは僕らであり、それに同意したのは彼らだ。そうなんだ…
「ごめん、ニア。任せるよ…なんか…」
「ううん、気にしないで。こういうの、慣れてるから。デュエルで死んだ転生者は初めてじゃないから…」
それでもやっぱり辛いのだろう。影のある表情をするニアに何も言えないまま、僕も地上を後にした。
――――
通路の扉に手をかける。……何も無い。なんだったんだろ。疑問に思うものの、ここはチート転生者の多い街。物理法則も常識も通用しない。考えるだけ無駄だ。
いつも通り階段を降りる途中、第二層部分で壁にもたれかかる人物が。管理主任だ。
「第二層のアルカには説教しておきました。」
「あ、どうも…それで、あれは?」
「私の天命です。液体を凍らせる。」
「ああ、血液ごと凍った訳だ。」
天命名、凍結…か。しかも説明も液体を凍らせるのみ。シンプルな一文のくせにめちゃくちゃ強いな…
「私は転生者ではありませんよ。」
「ああいえ、ちょっと気になっただけなので。疑ってませんし…」
「そうですか。」
そう言うと管理主任は階段を下りる。慌てて一緒に降りる。聞かなきゃならない事があるんだ。
「あ、あの!」
「見事な戦いでした。貴方のように天命に頼らずここまで生き残れる管理人は初めてです。」
「…それは、生き残る事に必死ですから。ニアを残して死ぬなんて、出来ない。したくない。ホントは、デュエルなんて」
「分かってます。ですが、我々の反撃として最後の機会なのです。……魔物に虐げられ、転生者にも舐められる。私達は、弱い。弱い人間が生き残るには知恵を振り絞って、同志の亡骸を積んでふんぞり返らなければならないのです。たとえ、何人もの同志が死んだとしても、私は…」
初めて管理主任に感情らしき揺らぎが顔に出る。悲しみと怒りと、燃える炎がちらついている。
「ですから、どうか…生きて。貴方のような強い管理人が、未来を築くのです。」
「お給料分は頑張りますよ。僕はみんなのことまで考えられるほど余裕は無い。僕とニアが生きられる位には、頑張りますけど。」
「それでいい。出来れば管理人が一人でも死なない事を願ってますから。…それでは」
「ちょっと待って!……どうして彼の事を知ってるんですか?」
「どうして…ですか。私の管理している層は第74層。最下層です。面識ならいくらでもありますから。」
「それなら…僕を殺した方が平和になるとか…思わないんですか?」
「貴方を殺した所で何も変わりません。彼はそういう男でしょう?それに」
話しながら降りていたその足を止めて僕の方に振り向く。
「私の部下には死んで欲しくないものですから。…それでは」
コツコツと一定の速度で降りていく管理主任。なんだあの人。ほんと…この世界に似つかわしくない人だ。
「嫌いじゃ、なくなったかも。…さて。」
色々あったが、仕事再開だ。
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