第26話 太陽は光り輝く

 この世界には助かる者と助からない者がいる。

 それはきっと世界が始まった瞬間から決まっていて、絶対に覆すことの出来ないもの。

 どれだけ抗っても、その運命には逆らえない。

 人の力ではどうにも出来ないことなのだ。

 この世界の理を知ったのは7歳の頃。

 オズヴァルド・バーンズは黒霧災害によって両親を失った。山羊頭の怪物によって、両親は頭を噛み砕かれて死んだのである。

 唯一家族の中で生き残ったのは、2歳年上の姉だけだった。

 ――あの日、幼い少年は黒い霧に覆われた空を見た。


「……太陽が食べられちゃったみたい」


 暗黒に染まった空を見上げて、姉がぽつりと呟いたのを今でも鮮明に覚えている。

 それは太陽なんかでは留まらず、ロンドンの全てを呑み込んだ。人々の希望や幸せに至るまで全部。





 14歳の時。

 オズヴァルドはノクト・カーライルと出会った。

 進級に伴うクラス替えで同じクラスとなったのである。

 元々、ノクトの噂――悪名については良く知っていた。

 欲病が如何に恐ろしく、その力を悪用する異端者が如何に恐ろしいかを懇々と説くデュミナスで、ノクト・カーライルという男は酷く浮いていた。

 それは彼が異端者もまた被害者であると主張する変人だったからである。

 異端者を擁護する異端者ヘテロドキシー

 そんな皮肉めいた異名がアカデミー内では知れ渡っていた。


「あれが噂に聞くノクト・カーライルか。見たところ至って普通の青年じゃのう」


 教室の後方で、オズヴァルドとアリアはノクトのことを観察していた。


「そりゃ化物の類いじゃねぇんだから、外見は普通だろ。イカれてんのは中身の方だ」


 オズヴァルドは自身のこめかみをとん、と軽く叩く。

 何故、彼は異端者を庇おうとするのだろうか。

 そしてそれを貫こうとするのだろうか。

 オズヴァルドはそれが不思議で仕方なかった。





 オズヴァルドにとってデュミナスの授業は至極つまらないものでしかなく、試験も単なる作業でしかなかった。

 それはオズヴァルドの頭脳が人よりも遥かに優れていたことが理由である。

 退屈な授業をサボり続けたことで出席数が足りず、補習を受ける羽目に遭ったりすることもあった。

 そんな基本退屈な学校生活の中で見つけた新たなる異分子。

 それこそがノクト・カーライル。

 オズヴァルドは暇潰しがてら、ノクトがどのような人物なのかを探るべく、彼の跡をつけることにした。


 尾行を開始してから1週間後。


「はぁ……」

「何じゃ、オズ。溜息なんぞお主らしくもない」


 午前の授業が終わり、待ちに待った昼食の時間。

 食堂の端に位置する席をオズヴァルドとアリアは陣取っていた。


「いや、かの有名なヘテロドキシー君が一体どんな変人なのか探ってやろうとしたんだが、一切収穫が無くてなぁ」

「ここ1週間何やらこそこそと動いておったのはそれか」


 アリアはパンを頬張る。

 そしてリスの如く頬袋をパンパンにしたアリアを見ながら、オズヴァルドは話を続けた。


「それがなぁ、至って普通の奴なんだよ。普通に勉強して、普通に飯食って、普通に寮で寝てるんだ。ちっとも変なところが無ぇ」


 この1週間で得られた成果は、ノクトという青年が至って普通であるという事実だけだった。

 強いてあげるとするならば、成績優秀者であるフィル・アシュリーと親しげな関係にあることくらいか。

 しかしそれも特殊な交友関係程度の情報に留まる。

 ノクトの根幹を形成している事項ではなかった。


「ふむ、ならば実際に会話してみるのが手っ取り早いのではないか?」


 頬袋の中にあったものを全てを飲み込み、アリアは告げる。


「まぁ、そうか。うん、それもそうだな」


 オズヴァルドは自分でも驚くほど素直に納得した。

 それはアリアに指摘される以前から分かり切った答えだったからだ。



 放課後、ノクトはよく図書室にいる。

 彼がいつも読んでいるのは欲病研究学に関する書籍だ。

 真剣な様子で本を読むノクト。

 そこにオズヴァルドは声を掛けた。


「よぉ、ノクト・カーライルくん。今、暇か?」


 こちらの言葉に彼は一瞥もくれずに答える。


「見て分からないか? 俺は今本を読んでいる。冷やかしなら後にしてくれ」

「聞いて分からなかったみてぇだから教えてやる。俺は今、お前に時間を作れって言ったんだ」


 開幕、オズヴァルドは言葉によるジャブを放つ。

 するとようやくノクトがこちらを向いた。そのシアン色の双眸は氷のように冷え切っていて。


「オズヴァルド・バーンズ……。お前みたいな有名人が俺に何の用だ?」


 観念したように本を閉じたノクトが問う。


「へぇ、俺を知ってるのか?」

「知ってるも何も、この学校の成績優秀問題児と言えばお前だろ」

「そんな変な異名付けられてたのかよ……」

「別にそのままだろう。学業の成績はトップ層でありながら、学習に対する態度は最下層。教師陣の悩みの種。そんなお前にぴったりな異名じゃないか」


 そう言って、ノクトは嘲りを含んだ笑みを浮かべる。


「自分のことを棚に上げてよくもまぁ……。お前だって、異端者を擁護する異端者ヘテロドキシーなんて異名が知れ渡ってんぞ」

「それは意外と気に入ってるから別に良い」

「はぁ? 激ヤバセンスマンかよ」


 オズヴァルドはノクトの独特の感性に驚いた。

 やはり彼は変人だ。内側は大分狂ってる。


「それで、談笑が目的ってわけでも無いんだろう?」


 彼はこちらの考えを見透かすように話を促した。


「ああ、勿論。今日はお前に聞きたいことがあって来たんだよ」

「聞きたいこと?」

「そう、お前が何で異端者までも助けようとしているかについてだ」


 オズヴァルドはノクトの顔を見る。

 しかし彼の表情に変化は無く、感情を読み取ることは出来ない。


「俺はなぁ、人間ってのは生まれた時から2種類に分類されると考えてる。助かる側と助からない側だ。これは最初から決まってて、覆すことはできねぇ。異端者ってのは、ここでいう助からない側の存在さ。完治はせず、抑制するしかない欲病に罹ればほぼ詰み。すなわちこの現代社会における罪だ」


 淡々とオズヴァルドは自身の考えを述べる。

 助かる側と助からない側。その絶対的なルールに則って、世界は動いている。自身の家族に当て嵌めれば、両親は助からない側で自分と姉は助かる側だった。

 その運命は誰にも変えられない。

 無力な少年では変えようがなかったのだ。


「全く以て賛同できない」


 ノクトは正面を切って言い放った。

 微塵も臆することのない彼を見て、オズヴァルドはその鋭い犬歯を露わにして笑う。

 次はノクトの番だ。

 彼が頭の内側を曝け出すターンだ。


「仮に、世界の人間が助かる側と助からない側に分かれていたとしても、俺にとってそれは大した問題じゃない」

「へぇ、そりゃ何で?」

「――俺が全員助けるからだ」


 ノクト・カーライルは断言した。

 彼の発言に対してオズヴァルドは思わず声を出して笑う。図書室の司書が咎めるような視線を向けていたが、それでも笑いが止まらなかった。


「……はぁ、はぁ。あー、面白れぇ」


 薄っすら浮かんだ涙を拭う。


「何も、面白い発言をしたつもりはないが」

「いやいや、大笑いもんだ。ちゃんと中身がイカレてやがる。自分が全員を助ける? 3歳のガキだってそんな絵空事は吐かねぇよ」


 オズヴァルドの言葉を受けて、ノクトの目つきが僅かに剣呑としたものになる。


「オズヴァルド、お前の言葉を借りるなら人間は助ける側と助けられる側に分類できる。そして俺は助ける側にいて、助けられる側の人間を全員救う。それで終わりだ」


 ノクトはそれで話は終わりと言わんばかりに、読書を再開した。

 ――ようやく理解した。

 変人どころの騒ぎではない。彼は今まで出会った中で最も狂った人間だ。

 病的なまでの英雄思考。

 価値観が真逆。

 自身と対極にいる存在。

 ノクト・カーライル。彼はオズヴァルドの退屈を忘れさせる興味深い存在だった。



 翌日から、オズヴァルドのノクトに対するストーカー行為は加速した。

 彼を正面から打ち負かすべく、その儚く脆い理想を打ち砕くべく、情報を集めようとしていたのである。


「おいオズ、流石の我でも若干引くぞ……」


 ノクトと直接話してから更に数日経ち。

 寮へと向かう帰り道の最中、オズヴァルドとアリアはノクトを尾行していた。


「これは敵情視察だ。何もやましいことはしてねぇ」

「いや、その執着度合いが気持ち悪いという話じゃ」

「仕方ねぇだろ、あんな理想馬鹿は真正面から叩きのめしてやんねぇと気が済まねぇ」

「そう言いつつ、やってることがコソコソと尾行なんじゃが……」


 アリアからの正確な指摘を無視し、オズヴァルドはその猫のように大きな瞳をノクトへと向けた。

 道路を挟んだ向こう側。

 ただ1人でビクトリア・ストリートを歩くノクト。

 そこに特段言及することは無い。

 ごく普通の、学生の帰宅風景だ。


「特に目立ったところは無いのう」

「ああ。外側が普通な分、中身の異常性がより目立つってもんだ」


 そう、内側に正しき狂気を抱える者。

 それがノクト・カーライル。異端者を擁護する異端者ヘテロドキシーと称される者。



 ロンドンの街並み。

 何ら変哲もない風景。

 しかしそれは一度瞬きをした間に、過去のものとなっていて。

 ノクトが進む道の先――、ビルの一階に居を構えていたカフェから爆炎が噴き出したのである。

 異常の発生を知らせるかの如く、ワンテンポ遅れて悲鳴が響き渡った。

 そして猛々しく燃え盛る炎の中からその爆炎を纏ったままの人型が現れた。

 緩慢な足取りで人型は動く。


「異端者……!」


 オズヴァルドは息を呑む。

 こんなに近くで異端者を目撃したのは黒霧災害の時以来だ。

 いつもは現場を見るよりも早く、異端審問官が鎮圧してしまっている。

 だが、これは今この瞬間に発生した異常事態。

 審問官が到着するには時間が掛かる。

 巡視ドローンから発せられる警報の音がやけに煩く感じられて。


「お母さん! お母さん起きて……!」


 子供の泣き叫ぶ声が聞こえた。

 見ると、噴き出した爆炎から子供を守ろうとした母親が、半身を焼かれて地面に倒れている。


「ア? あア……テ……、たァ……ケて……」


 炎に巻かれた異端者が子供の叫びに反応した。

 ゆっくりと、不可解な音を発しながら親子の方に向かって行く。


「オズ! 荷物を頼むぞ!」


 そう言って、飛び出そうとするアリア。

 オズヴァルドはそれを力尽くで阻止する。


「放せ、オズ!」

「馬鹿か!? 俺たちじゃ無理だ!」


 オズヴァルドの叱責にアリアが一瞬たじろぐ。


「あれはどっちももう助からない側の人間だ。俺たちじゃ止められねぇ」

「でも……!」


 暴れるアリアを抑えつける。

 あれは助からない。助けられないじゃなく、助からない。

 そう思い込まなければあの時、自分に力さえあれば両親を助けられたことになってしまう。

 無力で非力だった幼い自分が、罪人となってしまう。

 オズヴァルドは悔しさに顔を歪める。

 助けられない。

 自分じゃ助けられない。

 無力で非力な自分では、助けられないのだ。

 誰も。誰一人。


「――うああああああ!」


 突如、声が響く。

 その怒号にオズヴァルドは瞠目した。

 親子へと手を伸ばす異端者に向けて、果敢にも、いや、無謀にも横からタックルをかました人間が目に映った。

 それは癖のあるペールブラウンの髪を有した、無気力で気怠げな雰囲気を纏う青年。


 ノクト・カーライルだった。


「逃げろ!」


 異端者と共に倒れ込んだノクトが叫ぶ。

 相手は炎を纏った異端者だ。

 熱いはずだ。

 怖いはずだ。

 なのに何故、彼はそこまで。

 ふと、ノクトが口にした言葉を思い出す。


『――俺が全員助けるからだ』


 ただの理想じゃない。

 本当に救うつもりなのだ。

 あの男は。


「……狂ってる」


 オズヴァルドの口から乾いた笑いが漏れる。

 ノクトの異常なまでの正義感を前に呆然としていると、現場に1人の異端審問官が駆け付けた。


「【水を掴む者テスカトリポカ】」


 虚空から出現した水を操り、迅速に消火を行う異端審問官。

 彼は同時に異端者を水の檻へと閉じ込めている。

 そして水によって生成された巨大な手でノクトを掴み上げ、こちらへと放った。

 抑え付けていたアリアを放し、空いたその両手でノクトの身体を受け止める。


「友人なんだろう? 早急に病院へ運んでやれ」


 白髪交じりの異端審問官が言った。

 その声は威容に満ち溢れていて。


「別に、友人じゃねぇけど……」


 オズヴァルドは悪態を吐きながらも、ノクトを背負ってその場を離れた。





 未だ遠くでサイレンが鳴り響いている中。

 オズヴァルドはノクトを背負って歩く。その後ろには荷物を抱えたアリアが付いて来ていた。


「お前……何であの時、親子を助けた?」


 背中に乗るノクトへと尋ねる。

 あの時、彼は何故動けたのか。理想を掲げるだけではなく、実行できた理由は何だったのか。


「助けてって言ってたからな……」


 僅かにノクトが笑った雰囲気を感じ取る。


「助けて……?」


 オズヴァルドは先ほどの記憶を探る。

 そしてノクトが発した言葉の意味を理解した時、彼は口の端を吊り上げた。

 獣のような獰猛な笑顔でオズヴァルドは得心する。

 そういうことか。

 ――ノクトには正しく聞こえていたのか、あの炎に巻かれた異端者の言葉が。

 最初からどちらとも救おうとしていたのだ。

 理性を失くした異端者さえも彼は――。


「……なるほどなぁ。暴走した異端者がこれ以上誰も傷つけないように止めること。それがお前の言う助けるってことだったわけか」


 圧倒的なまでの英雄思考。

 救うことに憑りつかれた狂人の考え方だ。


「ああ……。確かに、欲病は不治の病だ。……けど、だからって何もしないで諦めることは……したくない。俺は、正義のヒーローになるつもり、だからな……」


 とん、とオズヴァルドの肩にノクトの頭が落ちる。

 どうやら限界を迎えたらしい。


「何じゃ、あの異端者を擁護する異端者ヘテロドキシー様は案外子供っぽい夢をお持ちのようじゃのう」


 オズヴァルドの横にまで来たアリアが微笑む。

 その穏やかな表情は弟を思う姉のように思えた。


「そうだな……」


 オズヴァルドは考える。

 助かる側と助からない側。

 それは世界の理なんかではなく、覆しようの無い運命などではなく、ただの言い訳だったということを思い知らされた。

 無力だったあの頃の自分を守るために、嘘を吐いていたのだ。

 そう割り切った方が楽だったから。


「けどなぁ、あんなの見せられちまったらよぉ……」


 オズヴァルドは小さく呟く。

 酷く儚く、脆い理想を掲げている癖に、その意志の強さは誰にも負けない。

 そんな英雄じみた姿を見せつけられてしまった。


「――なぁ、アリア。俺も……誰かを助けられるようになると思うか?」


 隣を歩くツインテールの少女へとオズヴァルドは問う。

 すると彼女は不思議そうに首を傾げ、薔薇色の瞳を向けたまま告げた。


「何を馬鹿なことを言っておる?」


 彼女の怪訝そうな声音に胸が締め付けられて。

 そうか、やはり自分なんかでは……。


「無謀にも異端者に挑もうとした我を助け、怪我を負ったノクトを今まさに助けているのはオズ――お主ではないか」


 アリアが笑う。

 それは自身の背中を押してくれる温かさの籠った笑顔だった。

 呆気を取られたように目を見開いた後――。


「ふはっ……はははっ! そうだなぁ!」


 オズヴァルドは勢いよく駆け出す。

 背負っていたノクトが、小さく呻いたけれど気にしない。


「決めたぞ、俺は太陽になってやる! 全てを救い、全てを照らし出してやる!」


 高らかに宣言する。

 それはきっと、プライマリースクールに通うような年齢の子供さえ言わない荒唐無稽な夢。

 けれどそれでいい。

 もう逃げはしない。


 オズヴァルド・バーンズ。

 彼はロンドンの全てを照らし出す者。

 英雄に匹敵する者である。





 目の前の風景が濁流の如く流れ込んでくる。

 音と光を再び認識する。

 ――こんな時に限って、自身の原点を思い出すとは。


「クソっ……!」


 オズヴァルドは固く握り締めた拳で自身の足を殴りつけた。

 激しい葛藤の末に、彼は決心する。


「マックス、アリアとあの親子を頼むぞ」

「オズ? 何を……!?」


 気が付けば身体が動いていた。

 疲弊の最中、オズヴァルドは全力で駆ける。


 ――死ぬぞ? いいさ。


 ――何で? もう二度と逃げないって決めたからだ。


 子供に手を伸ばす男へと自分諸共倒れ込むように体当たりを繰り出す。


「ほら見ろ! そんな小せぇガキよりも俺の方が喰える部分多いぞ、馬鹿ども!」


 地面に倒れたまま、オズヴァルドは叫ぶ。

 これで多少の時間稼ぎにはなるだろう。彼の思惑通り、飢餓に囚われた市民らはオズヴァルドに向けてその腕を伸ばし始めていた。

 物の如くぞんざいに掴み上げられる。

 腕を噛まれ、足を噛まれ、腹を噛まれて。

 獣たちが蟲のように群がり。

 ――ああ。どうせ揉みくちゃにされるなら綺麗なお姉さんが良かったなぁ。

 そんな軽薄な感想を抱いた時――。



「【風を廻す者テスカトリポカ】」



 一瞬にしてオズヴァルドに纏わりついていた市民たちが吹き飛ばされた。

 それは荒々しい風のようでありながら、その1つ1つはひどく繊細で。市民たちの体は風によって宙を舞い、一か所へと集められていく。


「有難う。君のような審問官が機関にいることを私は誇りに思う」


 その威容に満ちた声と背中。

 オズヴァルドの目の前に立っていたのは異端審問機関リベリオンの総監、ロードリック・ペンバートンその人だった。


「ははっ……そりゃ身に余る光栄ってやつっすね……」


 そう口にしたオズヴァルドはもう限界のようだった。

 彼が意識を失ったことを確認し、ロードリックは【風を廻す者】によってオズヴァルドを緊急車両へと乗せる。

 そこにはマックスの維持すら出来なくなったアリアも乗せられていた。





 ――ここからは選手交代だ。

 ロードリックは慈悲に満ちた視線を若い審問官たちに送り、そしてすぐに頭を切り替える。


「バベル審問官、何か解決策は見つかったか?」


 緊急車両の助手席から降り立ったバベルへ問う。

 欲病研究の第一人者である彼女なら、この短時間でも有効な打開策を発案すると信じての質問。

 ロードリックの期待に違わず、彼女は笑みを浮かべて答える。


「少し荒療治とも呼べる解決策にはなりますが……」

「構わない。責任は全て私が負う」

「では、ご説明を。結界運営局からの報告より推測するに、赤い瘴気は中心部から半径600メートル程度の円状に広がっているようです。ですのでロードはこの瘴気を上空で留め、その後然るべき手段に乗っ取って焼却して下さい。その間に私が狂暴化した市民たちを無力化します」


 2人以外の人間が聞いたら、それは荒唐無稽な作戦だと鼻で笑っただろう。

 しかしながら異端審問機関の長たるロードリックと、技術開発局局長であるバベルであれば実現可能となる。


「それでは、私は早速準備に取り掛かります。後は手筈通りに宜しくお願いしますよ、ロード」


 ロードリックとバベルは迅速に作戦へと取り掛かった。

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