第24話 狂喜乱舞する銃弾の雨

「FUBAR! 全っ然、効いとらんのう!」

「マジで図体デカすぎだろ! 1ミリもダメージ入ってねぇぞ!」


 マックス・ジェットモードによって上空からの爆撃を繰り返すアリアと、川面に浮かぶボートの上から射撃を行うオズヴァルド。

 そんな2人は攻撃の手応えの無さに憤慨ふんがいしていた。


「こんなの象に豆鉄砲ばら撒いとるのと一緒じゃ!」


 柄にもなく弱音を吐き捨てるアリア。

 それ程までに巨獣は何の反応も示さなかったのだ。

 程なくして、上着のポケットに入れていた携帯端末が振動した。画面を確認するとモノフォニーからの着信である。


「どうした、モノ? 我らの手でも借りたくなったか?」

『いや、それは気持ちだけで十分だよ。それより私はこれから監視役の元へ向かう。けれどその前に、2人の首尾がどうなっているか確認しようと思ってね』


 モノフォニーからの連絡により、彼女が『禍喰』を鎮圧したことを悟る。


「ふん、余裕過ぎて欠伸あくびが出そうじゃ……と、言いたいところじゃが正直手こずっておるのう」


 悔しいが、現状正攻法では微塵もダメージを与えられていない。

 あれだけの巨躯を有する獣。どこかに攻略の鍵はあるはずなのだが。


「わざわざ連絡をよこしたということは、何か攻略のヒントでも知っておるのか?」


 アリアの問いにモノフォニーは『鋭いね』と、飄々と笑う。


『シエラ本人から直接聞いた話によるとね、あれは『禍喰』が有する【過食気味な血液オーバーイーツ】と【飽食せずの胃袋エンプティ・ダンプティ】という2つの権能を移譲された怪物だ。簡単に言ってしまえば飢餓を振りまき、全てを吸収する災厄。基本的に攻撃は無効化されると考えて良い』


 彼女は滔々と怪物の詳細を語った。


「オーバースペックどころの騒ぎじゃないのう……」


 もしゲームでこんな敵が出てきたら、史上最悪のクソボスとして名を馳せられるだろう。

 そんなことを考えていると――。

 モノフォニーが声を一段階低くして再び話を続ける。


『まぁ、聞いて欲しい。確かに攻撃は全て吸収されてしまうけれど、その権能は胃がモチーフになっている。時にアリア審問官、胃袋の主な機能と言えば何か分かるかい?』

「そりゃあ決まっとる。消化じゃ」


 さして悩むことも無くアリアは答える。

 勉強が得意な方ではないけれど、それ位なら流石に知っている。

 まさか馬鹿にされているのか。

 そんな見当違いな被害妄想の末、あることに気付く。


「消化の時間があるのか」

『そう、あの巨獣は攻撃を吸収した後に消化を行う。その間は動きが止まり、攻撃の吸収が不可能になるんだ』

「なるほど。クソボスが高難度ボス程度には収まったか」

『2人だけでどうにか出来そうかい?』


 挑戦的な声音でモノフォニーが尋ねてくる。

 それに対してアリアは不敵な笑みを浮かべて答えた。


「当たり前じゃ。機関の先輩を舐めて貰っちゃ困るのう」

『ふふ、頼もしくて何よりだ。健闘を祈るよ』


 その言葉を最後に電話は切れた。

 アリアは再び眼下の【屍肉の巨獣】を見据える。

 遅々としてではあるが、怪物は着実に橋へと向かって歩を進めていた。


「オズ! ジュビリー庭園で準備を!」

「は? 何の!?」

「ぶっ放す準備じゃ!」


 彼女はボート上のオズヴァルドへ指示を出した後、すぐさま対面する巨獣の右側面へと回り込む。

 そしてその下腹部へ向けて照準を合わせた。


「【AGM】、ファイア!」


 マックスへと戦闘指令を発する。

 次の瞬間、マックスに搭載されていた空対地ミサイルが全て掃射された。

 一度放てば、辺り一帯を更地と化すことが可能な爆撃。

 しかしながら巨獣に対しては何の効果も無いようで、爆風によってただよろめくだけ。

 だが、今はそれで十分だ。

 先程の爆風でバランスを崩したのか、【屍肉の巨獣】はその山の如き体を揺らしてロンドン・アイ方面へと倒れ込む。


「うおおぉぉ!?」


 ロンドン・アイのすぐ近くにあるジュビリー庭園からオズヴァルドの叫び声が聞こえた。それだけでは準備が完了しているのか不明だったけれど、そこは相棒を信じるしかない。

 アリアは高速飛行で庭園へと向かった。


「オズ、準備は!?」


 マックスがジェットモードから再び流れるようにしてバイクモードへと変形、オズヴァルドとの合流を果たす。


「出来てるぜ。でも、良いのか? 俺の『再誕リ・バース』を使ったら射線上は全部壊しちまうけど……」

「こっちの攻撃が通るのは消化している間だけじゃ。故にこのタイミングで最大火力を撃ち込まなければならん。それに、ロンドン全域を踏み潰されるよりマシじゃ」


 巨獣はその右足を折って静止している。

 モノフォニーからの情報を鑑みるに、これが消化を行っている状態なのだろう。

 次いつ動き出すか分からない以上、早急に討伐しなけれならない。


「マックス、キャノン」


 アリアからの指示に従い、マックスは第三形態へと移行する。

 節々にバイクの要素を残した厳めしい砲台へと変形したマックス。

 その巨大な砲口は未だ動きを見せぬ獣へと向けられていた。


「ま、それもそうか。なら、景気よくぶっ放しちまおう」


 オズヴァルドもまた、両手に握った二丁のハンドガンを構えていた。

 ――『No.19:太陽』。

 エネルギーの吸収と放出が主な権能で、その再誕は周囲にある全てのエネルギーを吸収する弾丸を放出するという物。

 黒色のアルシエル、白色のヘリオス。

 両者の銃口をオズヴァルドは巨獣へと向ける。


「行くぞ、アリア!」


 オズヴァルドの短い声を合図にそれらは放たれる。



「――【堕胎告知アバドン】!」

「――【MTHEL】、ファイア!」



 禍々しい黒色の球体とそれに追随するように一筋の熱線が閃く。

 数拍の間を置いて、ロンドン中に響き渡る爆発が起こった。

 【堕胎告知】は吸収と放出、2つの属性を有した球体を放つ技。

 これを巨獣の体内に打ち込み、そこへアリアの高エネルギーレーザーを照射する。

 その結果、【堕胎告知】は【MTHEL】の全てを吸収。そして吸収したエネルギーを元に巨獣を消滅させる程の大規模爆発を引き起こす――はずだった。


「何故じゃ……!?」


 アリアは眼前の光景に狼狽する。

 何故、巨獣の半身が残っているのか。

 ――まさか爆発の威力を吸収した? だが、消化の時間は?


「そうだなぁ……俺たちは消化とやらに掛かる時間を知らねぇ。もしかすると俺らが考えてるよりもずっと、消化の時間が短かったのかもな」


 冷静に状況を分析するオズヴァルド。

 こうした窮地でも彼は慌てていなかった。むしろいつもより落ち着き払っていて。

 そんなオズヴァルドの姿を見て、アリアもまた平常心を取り戻す。


「グオオオオアアァァ!!」


 【屍肉の巨獣】がその大口を開き、吼える。

 そして自身に害を為す存在を捕食せんとこちらに迫っていた。

 半身を失ってもなお、喰らうことに執着している。

 最早、呪いに近しい執念さえ感じた。

 ブラックホールのような奥行きの感じられない暗黒が眼前に広がる。


「オズ、『再誕』を使う。後は任せた」


 アリアは覚悟を決め、一歩前に歩み出た。


「はぁ……、あれ止めんの結構骨が折れんだよなぁ」


 オズヴァルドはそう言って肩を竦める。

 危機が差し迫っているとは思えない、いつも通りの反応。それが今はとても頼もしい。


「信頼しておるぞ、相棒」

「全く……好きに暴れろよ」


 そう告げるオズヴァルドの瞳は穏やかな光を灯していて。

 アリアは確かな頷きを返す。


「マックス、リ・バース」


 新たに言葉コードを入力する。

 マックスがアリアからの指令を受けて変形、車体が彼女の全身を覆う装甲へと変化を遂げた。

 マックス、リ・バースモード。

 それは『R.I.O.T』システム『No.7:戦車』の再誕。アリアとマックスが真に一つとなった形態である。

 今の彼女は万物を轢き壊す戦車。

 あらゆる重火器を搭載した鉄の怪物。


「ははははははっ!」


 からからと壊れたように、辺りを一切はばかることなく、笑う。

 この笑い声に共鳴して、悪魔の叫び声の如きエンジン音が響き渡る。

 『R.I.O.T』の再誕は暴走するリスクを孕んでいる。しかし『No.7:戦車』に限り、再誕を発動した瞬間に暴走する。

 これは『No.7:戦車』の秘める本質が、暴走そのものであることが原因であった。


 天高く飛翔する。

 大口を開いた巨獣を見下ろし、そしてその頭部に向かって何の脈絡もなく突撃した。

 突如頭上から飛来した鉄塊を受け、巨獣は強制的に口を閉められる。そして推進力を完全に失い、その場で停止。


「アーハッハッハァ!!」


 そして巨獣の頭部に向け、零距離で無数のミサイルを放つ。

 自身が爆風と熱に巻き込まれようとも関係ない。

 対象の破壊。それだけがアリアの目的なのだから。

 爛れた皮膚が焼け焦げて異臭を放ち始めた。

 アリアは巨獣を足場にして跳躍、再び上空へと舞い戻る。

 ダメージを与え続ければ、いずれまた巨獣は消化を始めるだろう。ならばそこに至るまで爆撃を打ち込み続ければ良いだけの話。

 どこぞの『吸血姫』と酷似した強引な結論を導き出すアリア。

 左右に備え付けられたトリガーに指を掛ける。

 そしてその白い歯を露わに言葉コードを入力する。


「――【Full.Bur5tフル・バースト】!」


 それは狂喜乱舞する銃弾の雨。

 マックスに搭載された全ての火器を一斉掃射する、掃射し続ける。

 この命尽き果てるまで。


「ハハハハ! アハハハハハッ!」


 タガが外れたように笑い。

 巨獣へと向けて銃弾を注ぎ続ける。

 狂気に満ちた破壊の権化がそこにはあった。


「グオオアァァ……!」


 やがて、風穴だらけとなった巨獣が呻き声を上げ――。

 そして限界を告げるかの如く、残った半身が爆散した。

 飛び散った肉片がテムズ川へと激しい音を立てて着水していく。

 爆風によりアリアの身体は庭園へと墜落。鉄の戦車が激突したことにより、枯れ切った庭園の地面が大きくひび割れた。


「……アア、ウアアァァッ!」


 立ち上がり、絶えず慟哭する鉄の怪物。

 再びトリガーを引く。

 彼女の意思に構わず、身体はただ破壊を求めていた。





「止めるこっちも命懸けだなぁ」


 オズヴァルドはハンドガンを握り、暴走を続ける相棒と対峙する。

 リベリオン内で最速にして最大火力を誇る異端審問官、アリア・ディア・ゴッドスピード。

 彼女を止めるのは他でもない自身の仕事だ。

 爆撃の中、オズヴァルドはアリアに向かって駆ける。

 必要最低限の動きで銃弾を躱す。躱しきれない銃弾はアルシエルとヘリオスで撃ち落とす。

 間合いに侵入し、アリアの顔を視認した。

 ――頬は焦げ、頭からは血が流れている。

 ――もう、いい。

 オズヴァルドはアルシエルの銃口を彼女の額に向け、迷うことなく引き金を引く。

 疲弊しきったアリアから更にエネルギーを吸収する。それは彼女を殺しかねない行為。

 マックスが光の粒子となってカードの形へと戻っていく。

 自身の足で立っていられなくなったアリアを抱え、即座にヘリオスの銃口を彼女の身体へと押し当てた。

 そして再び引き金を引く。

 『太陽』とは活力の源。故に『No.19:太陽』の適合者であるオズヴァルドは、吸収したあらゆるエネルギーを生命エネルギーに変換し、他者に分け与えることが出来る。

 つまり彼はアリアからエネルギーを吸収し、強制的に『R.I.O.T』システムを切断。その後、吸収した以上のエネルギーをアリアへと譲渡したのだ。


「ぐ……あぁ。今回も、何とかなったようじゃな……」


 オズヴァルドの腕の中で、薄く目を開いたアリアが呟く。


「馬鹿言え。毎回命懸けだ」


 そう言って、小さく笑った。





 オズヴァルドの手によってアリアは仰向けに寝かせられる。


「ホプキンス生命を呼ぶ。その状態じゃもう、まともに動けねぇだろ」


 そう告げた後、オズヴァルドは携帯端末で連絡を行い始めた。

 鉛のような疲労感が全身にのしかかる中、アリアはふと空を見上げる。


「何じゃ、あれは……?」


 理解不能な現実が、呟きへと変換された。

 空が赤い。

 時刻は夜。

 暗色の曇天の最中、赤い瘴気が浮かんでいる。

 ――何処からだ?

 アリアが視線を当て所なく這わせると、それは容易に理解できた。

 この瘴気は先程の爆発によって【屍肉の巨獣】の肉体から噴出したものだ。瘴気は目視で確認できる速度で、円状に広がり始めている。


「……マックス、走れ! 全速力であの瘴気から逃げるんじゃ!」


 残ったほんの僅かな体力だけで『R.I.O.T』を発動し、マックスを召喚。

 アリアはそれにしがみつくようにして跨り、状況を呑み込めていないオズヴァルドを無理やりに乗せる。


「あれは不味い……我の直感がそう告げておる。オズ、お主がハンドルを握ってくれ。我はもうマックスを維持するだけで限界じゃ」


 アリアは前に座ったオズヴァルドの背中に全ての体重を預ける。


「そりゃ最悪だ。お前の勘はよく当たる……!」


 オズヴァルドはアクセルを捻り、マックスを急発進させた。

 重く低いエンジン音がロンドン中に響き渡る。


「あの赤い瘴気はきっと、【過食気味な血液】という権能じゃろう。触れた者に激しい飢餓感を与える血。ノクトとの戦闘で使用しているのを記録で見た。それを霧状にして散布する……それが彼奴らの言う【屍肉踊りの交差点カニバリズム・カーニバル】ということじゃろう」


 【屍肉踊りの交差点】――。

 それは人々を飢餓状態へと陥らせ、人々の間で共食いを起こす災害。

 早急に対処しなければ、12年前の黒霧災害と同等の被害規模になりかねない。

 示し合わせたかのようにこの日を選んだのは、そうした意図もあるのだろうか。


「本格的にやばいなそりゃ……」


 2人はロンドンを疾駆する。

 危機がうねりとなって押し寄せる予感が、焦燥となって彼らの精神を責め立てていた。

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