第二章
第7話 真っ赤な合鍵
――4年前。
14歳だったノクトはアカデミーで1人の少女と出会った。
光り輝く金色の髪、希望に満ちたマンダリンオレンジの瞳。
そのしなやかですらりとした体躯を有した少女は、フィル・アシュリーと名乗った。
「これから宜しくね、ノクト!」
綺羅星の如き笑顔が眩しい。
――気が合いそうにない。
ノクトは初対面であるフィルに対してそんな感想を抱いたのだった。
リベリオンに加入した日のこと。
「ノクトは何の適合者なの? 私はね『力』の適合者だった!」
「うるさい……。朝からなんでそんな元気なんだ」
朝早くから機関に召集を掛けられたノクトは彼女の
今日は定期的に行われている『
アカデミーの卒業生の中からバベルが選んだ見込みのある人物たちが集められ、彼らがどの『R.I.O.T』に適合するかを調べる。いずれかに適合した者は晴れて実行部隊の隊員となり、1つも適性を得られなかった者は一般職員として働くことになる。
これからの人生を決定づける大切な日。
――それは理解しているのだが、何故こんな朝早くから行われるのだろうか。
現在時刻は午前6時2分。人を集めて何か行うにしては早すぎる。
「バベルちゃんが昼夜逆転生活してるかららしいよ。だから深夜か早朝のどっちかしか無理なんだって」
フィルがにこやかに理由を説明してくれた。
「そんな理由だったのかよ……」
ノクトは深いため息を漏らす。
これまでの多大過ぎる功績が無ければ、非難轟々だっただろう。
――いや、別に今も文句は出ているのだけれど。
「で、どれだったの? ねぇねぇ、おーしーえーてーよー」
そう言ってノクトの肩を揺らすフィル。
ぐわんぐわんと脳が揺さぶられる。早朝から何の拷問なんだこれは。
「やめろ鬱陶しい! 『正義』だ『正義』!」
纏わりつくフィルを引き剥がし、ノクトは自身の適合した『R.I.O.T』を答えた。
しかし、途端に気恥ずかしさが彼の身を襲う。
それは適合した理由が原因だった。周囲からは無気力で暗い青年と思われているような自分が、内心では正義のヒーローに憧れていたなど口が裂けても言えない。
いっそ何にも適合せず、一般職員になった方がマシだったかもしれない。
ノクトがそんなことを思っていると――。
「え、凄い! 私たちバディで『力』と『正義』!? そんなの最強のヒーローじゃん!」
底抜けの明るさを持った彼女はそう言った。
その眩しい笑顔が、ノクトの心に根付いていた些末な問題たちを吹き飛ばしていく。
1人では無理でも彼女とならなれるかもしれない。
悪を挫き、正義を貫く。
そんな誰もが憧れるような正義のヒーローに。
――『No.8:力』の適合者、フィル・アシュリー。
彼女こそがノクトの最初にして最後の相棒だった。
翌朝、窓から差し込む日光によって目覚めた。
焼き尽くされそうな煌々とした光から逃れるため、布団の最奥へと潜り込む。
「――おや、我が監視役はお寝坊さんだな」
ここにいるはずのない者、いてはいけない者の声がした。
心拍の速度が一気に跳ね上がる。
「ふむ、まだ起きる気配がないな。……仕方ない、ここはひとつ目覚めのキスでも……」
次の瞬間、ノクトは跳ね起きる。
壁を背にして立ち上がり、その右手には『R.I.O.T』が固く握り締められていた。
そして許されざる愚行を犯している不法侵入者へと視線を向ける。
「おっと、朝から元気だね。おはよう、我が監視役」
鬼気迫る表情を浮かべるノクトとは反対に、呑気な挨拶をしてくるモノフォニー。
「お前、どこから入った?」
「どこからって、それは玄関からに決まってるじゃないか」
何故か堂々とした態度で彼女は答える。
「俺は鍵を掛けていたはずだ。ドアでも破壊したのか?」
「そんな大きな音を立てたら流石の監視役でも起きるだろう」
――それもそうか、と不思議にも納得してしまう。
「そんなことを聞きたいんじゃない。質問に答えろ。一体、どうやって部屋に入った?」
ノクトが問いただすと、モノフォニーは「ふふっ」と微笑んで左手を差し出してみせる。
そこには赤色に染まった鍵があった。
「鍵穴に血を注いで凝固させれば、あっという間に合鍵の完成だよ」
「次やったら問答無用でお前をセイラムに連行するからな」
得意げに語るモノフォニーへと絶対零度の視線を向けるノクト。
こちらは監視者権限として、彼女が怪しい行動を取った場合は即刻鎮圧して良しとされている。この強権を利用する良い機会だった。
「本当に申し訳ないと思ってる……」
即座に手のひらを返して謝罪するモノフォニー。
謝るくらいなら最初からしないで欲しかったが、今回だけは大目に見よう。今は事件の調査に人手が必要なのだ。
「それより、我が監視役。時間は大丈夫そうかい?」
その言葉を聞き、弾かれたように部屋の壁に掛けられた時計を見た。
時刻は午前7時47分。出勤は朝8時までだ。
「おい! 何でそれを最初に言わなかった!?」
モノフォニーが無断で部屋に入ったことなど今となってはもうどうでも良い。
ノクトは大急ぎで身支度に取り掛かった。
「リヴァプールかぁ。何か美味しい物とか知ってるかい、監視役?」
正面の席に座るモノフォニーの声が跳ねる。
彼女の目はまるでピクニックにやって来た子供のように輝いていた。
「観光で行くわけじゃないんだ。用事が終わったらすぐに帰る」
ノクトが釘を刺すと、彼女は「えぇー、勿体ない」と口先を尖らせた。
窓の外に映る景色が目まぐるしく変わっていく。
ノクトたちは今、ロンドンからリヴァプールへと向かう直行便に乗っていた。
「食べる?」
乗車する前に売店で買い込んでいたお菓子の袋をこちらへと向けるモノフォニー。
「いや、いらない」と、ノクトは端的に断る。
――完全に観光気分そのものじゃないか。
話し方や仕草は大人びている癖に、こういうふとした時に幼さが垣間見える。
リヴァプールへと向かう目的は、昨日バベルが語っていたストロベリーフィールドについての調査だ。
噂の真偽を確かめ、「
――そういう理由で、今こうして2人は電車に揺られているのだった。
「へぇ、博物館と美術館があるんだ。え、サッカースタジアムもあるの? 1回でいいから生で試合とか見てみたいなぁ」
いつ買ったのか不明なガイドブックを広げて、その風景たちに心を躍らせているモノフォニー。彼女はさっきの忠告を聞いていなかったのだろうか。
「楽しみだね、監視役」
そう言って笑う彼女の顔にふと、かつての相棒の面影が重なる。
ノクトはそれをかき消すように頭を振った。
「……大丈夫かい?」と、モノフォニーが心配そうな目でこちらを覗き込む。
「ああ、大丈夫だ。……悪いが少し休む」
モノフォニーの視線から逃れるように目を閉じて、背もたれに体重を預けた。
――あり得ない、この異端者とフィルが似ているはずがない。
ノクトはそう自分に言い聞かせる。
きっと、疲れているのだろう。
少し休めば正常な思考に戻るはずだ。
ロンドンからリヴァプールまで2時間。電車は何事もなく目的地を目指す。
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