第2話 異端者、襲来。
翌日、薄く雪が降り積もる朝。
ノクトはリベリオンの本部であるビルへと赴いていた。
シティオブロンドンに
「寒い……」と、両肩を
鋭利な冷気から逃れるように建物の中へ入ると、全体をモノトーンで統一されたエントランスが出迎えた。そして迷うことなくエレベーターホールに足を運び、その中でも扉の色が異なる一基へと乗り込む。
扉が音も無く滑らかに閉まり、機械音声によるアナウンスが流れる。
『カードを
無機質な音声の指示に従って、階数ボタンの代わりに設置された認証装置へ自身の『
『情報を照合中――。No.11:正義 適合者:ノクト・カーライル 承認しました。上へ参ります』
再び音声が流れたかと思うと、エレベーターは低く重い音を鳴らして上昇を開始した。
エレベーター内特有の沈黙を経て、到着を告げるベルが鳴る。
扉が開くと、眩しい程に磨き上げられた大理石の床が姿を現した。
その通路の先に会議室が待ち受けている。
部屋の前で少しだけ呼吸を整えてから、ノクトは会議室の中へと足を踏み入れた。
ガラス張りの会議室。
光が溢れる室内にはノクトのよく知る2名の少年少女が待ち受けていた。
皆が一様にノクトへと視線を向けている。
「おはよう、ノクト審問官。昨日はよく眠れたか?」
記憶に新しい声が聞こえた。
会議室特有の長机――その上座に壮年の男性が座っている。
精悍な顔つきで白髪のオールバックが特徴の男。
彼こそが異端審問機関総監ロードリック・ペンバートンその人である。
「お陰様でしっかりと睡眠不足ですよ」
冗談交じりに愛想笑いを浮かべるノクト。
『R.I.O.T』を懐に仕舞いつつ、ロードリックの元へと歩を進める。
「おいノック、後輩が最後とはどういう了見じゃ!?」
腕を組んで椅子に座り、机の上へ足を放り出した姿勢でこちらを
赤みがかったピンク色の髪をツインテールに結い、特徴的な喋り方をする彼女の名はアリア・ディア・ゴッドスピード。
年齢は同じ18歳だが、機関への加入順で言うとノクトの先輩にあたる人物で、『R.I.O.T』システム『No.7:戦車』の適合者だ。
その性格は気丈で傲慢。しかしそれに値する異端審問官としての実力を持ち合わせている。
「お前もさっき来たばっかじゃん」
長机を挟んだアリアの対面に座る青年が鋭い一言を放つ。
――オズヴァルド・バーンズ。『No.19:太陽』の適合者で彼もノクトと同じ18歳。灰色髪をベースに赤と黒のメッシュ、そして猫のような大きい目が人懐っこい印象を与えている。
「ちょ、オズ! ばらすな……じゃなくて、お主も後輩じゃろうが! 我に敬語を使わんか!」
アリアはオズヴァルドへと突っかかり、彼は舌を出して彼女を煽っていた。
いがみ合う2人はさておき、ノクトは室内を見渡す。
この会議室にいるのは自分を含めても4人だけ。昨日の話では新設部隊に選ばれたメンバーが集まっているはずなのだが、まだ全員集まってはいないのだろうか。
「……で、総監。アンビバレントはこれで全員なのか?」
ひとしきりオズヴァルドといがみ合った後でアリアが問う。するとロードリックは静かに首を横に振った。
「いや、あと1人いる。つい先日リベリオンにスカウトしたばかりの人物でな。丁度いいと思ってアンビバレントへ加入させた」
軽い口ぶりで彼は言うけれど、何を以てその人物を丁度いいと判断したのかは不明だ。ただまぁ、どうやらまだ1人いるらしい。
「へぇ、そりゃ楽しみだ。面白い奴だといいなぁ」
頭の後ろで手を組むオズヴァルド。
快活な笑顔を浮かべる彼の口からは鋭い犬歯が覗く。
「予定ではそろそろだな……」
ロードリックのその言葉が合図だった。
――刹那、天井のガラスが降り注ぐ。
何かが落下してきた。
そんな漠然とした情報だけがノクトの脳内を支配して。
激しい騒音の後――、静寂の満ちた部屋に
「初めまして審問官の皆様方、私はモノフォニー・クロム・ヘルキャット。本日付でこの機関に籍を置くことになった。以降、お見知りおきを」
煌めく硝子の破片と共に現れたのは1人の少女。
光沢のある銀髪にワインレッドの瞳。その肌は透き通るように白く、いっその事病的にも見える。
悠然とした動作で一礼する彼女の口元には、妖艶な微笑みが湛えられていた。
ノクトたち3名はこの緊急事態でも即座に反応を見せる。
各々が自身の『R.I.O.T』を取り出し、システムを起動。未知なる来訪者に向けて警戒態勢を取っている。
「……おや? 思っていた反応と違うな。インパクトのある登場をすれば、盛大に歓迎してくれると思っていたんだが……?」
つい先程までの優雅さは失われ、途端におろおろと困惑し始めたモノフォニーと名乗る少女。
――一体、何が起きている?
混乱が場を満たしたその時。
「全員、落ち着け」
ロードリックが混乱を収めるように呼び掛けた。
「総監! 何なんじゃこいつ、殺していいのか!?」
アリアが大砲と見紛う兵器をモノフォニーに突きつけたまま問う。その表情は鬼気迫っており、同様にオズヴァルドの顔も険しかった。
そう。この混沌とした状況の中でも明確に判明していることが1つだけある。
それは今対峙している生物が規格外の化物であるということ。
実際に戦わずとも分かる。
否応なく理解させられる。
彼女が潜在的に秘めている強大な何かを。
まさか彼女はステージ5の異端者なのではないか。そう錯覚してしまう程の得体の知れなさを少女は
一向に思考がまとまらないノクトを他所に、ロードリックが口を開く。
「落ち着けと言っているんだ。3人とも『R.I.O.T』の出力を切れ」
ロードリックの鋭い眼光が3人に向けられた。
有無を言わせないその目に睨まれ、ノクトたちは彼の言葉に従う他なかった。
――異端審問機関リベリオン。
ステージ3以上まで進行した欲病発症者を鎮圧するための組織であり、主に実行部隊、結界運営局、技術開発局、ロンドン警備局の4つの部門で成り立っている。
そして今、実行部隊に属する3名と異端者1名が同じ部屋にて席に着いていた。
空いた天井も、散らばったガラスの破片も、その他多くの問題も、まだ何1つとして片付いていない。
「ロードリック総監、お言葉ですが一体何を企んでいるんですか?」
歯に衣着せぬ物言いで、ノクトはロードリックを問いただす。
機関のトップとして当然彼のことは尊敬している。だが、今回ばかりは苦言を呈さなければならない。
「企むだなんて人聞きが悪いな、ノクト審問官。別に大した理由などないさ。彼女がアンビバレントという部隊に適していたからスカウトしただけの話だ」
「でも、こいつ異端者なんでしょ? 信用できるんすか?」
オズヴァルドがロードリックの言葉に噛みつく。
確かにそれはこの場にいる3人全員が思っていることだろう。
「失礼だな、君。私は至極真っ当な異端者だ。やましい気持ちなど一切ないよ」
「真っ当な異端者だから問題なんじゃろうが」
見当違いなモノフォニーの訂正をアリアが指摘する。
「前以て言っていたはずだ。アンビバレントは実験的な部隊だと。こちらが求めるのは何も審問官同士による協力関係の構築だけではない。友好的な異端者との協力。これもアンビバレントへ求める課題の1つだ」
ロードリックから語られるアンビバレントに対する課題。それは端的に言って無理難題でしかなかった。
審問官同士でさえ協力関係が希薄な現状。それなのに敵対する存在である異端者との協力など夢のまた夢だろう。
「ですが、こんな得体の知れない異端者を機関に招くのは……」
なおも食い下がろうとするノクトをロードリックが手で制する。
「得体なんぞ知ったところで意味はないだろう。重要なのは双方で利害が一致しているかどうかだ。我々リベリオンとモノフォニー特例審問官との利害は一致している。それなら、互いに利用し合っていこうという話だ」
ロードリックの言葉により3人は完全に沈黙する。
実際に異端者の協力者という存在は有用なのかもしれない。けれど異端者が有している危険性を度外視することは不可能だ。
「まぁ、君たちの気持ちも分かるよ。突然謎の美少女と仲良くしなさいと言われても恥ずかしくて困ってしまうよね」
今までで最も重苦しい沈黙が流れた。
「……まぁ冗談はさておき、だ」
何事もなかったかのように、神妙な顔つきで話を続けるモノフォニー。
心なしか耳の先が赤らんでいる気がする。
「異端者である私がこの場にいる意味を理解して欲しいな。これは私なりに誠実さを証明しているつもりなんだよ?」
ワインレッドの瞳がノクトを見据えた。
彼女の言葉ではたと気がつく。
――仮にもし、ロードリックがモノフォニーを騙していたのだとすれば、この状況は彼女にとってあまりにも危険すぎる。
本来敵地とも言えるリベリオンの本部に単身。そして部屋には機関の長と3名の審問官。ロードリックが命じさえすればノクトたちは即座に彼女の拘束へと動くだろう。
――なるほどな。これが彼女なりの誠意というわけか。
「勿論、私個人としてはモノフォニー特例審問官のことは信用したいと思っている。だが機関内部でも反対の声は大きい。だから条件を付けることにした」
再びノクトたちはロードリックへと視線を戻す。
「ノクト審問官、君をモノフォニー特例審問官の監視役に任命する。そしてアリア審問官、オズヴァルド審問官を監視役補佐に任命する。モノフォニー特例審問官が不審な行動を取った場合、もしくは欲病によって暴走した場合、各自の判断での鎮圧を許可する」
たった今、理解した。
ロードリックがモノフォニーをアンビバレントへと加入させた理由を。
有用な異端者を使用するにあたって、機関内部の反対意見を抑え込むのに都合が良かったからだ。1人の異端者を3名の審問官による監視下に置く。そうすれば異端者を不安視する声はある程度減少するだろう。
つまり、色々な意味で丁度良かったのだ。
「3人とも、この決定に異論はないな?」
精悍な顔に厳めしい表情を張り付けたまま、ロードリックはノクトたちに問いかけた。
――大人は身勝手だとつくづく思う。
機関の長たる総監の決定に逆らうことはできない。ならば、それを受け入れるしかない。
「「「……はい」」」
抑揚のない3人の返事が室内に響いた。
「うむ。アンビバレントの活躍を期待しているぞ」
2024年、12月15日。
こうして世界で最も剣呑な特務部隊、アンビバレントが結成された。
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