イクスポーズカルテット

グラフ

第1話 霧が立ち込める村


 黄昏時。真っ赤な紅に染まる空。太陽は半分沈み、一日の終わりを告げようとしている。

 四人の子供の影が草原に伸びる。

 あるものは楽しそうに飛び跳ね、あるものはケガをしたのか泣いている。

 

 彼らはまだ知らない。これから待ちわびている運命を。

 彼らはまだ知らない。黄昏時が招く、本当の恐怖を。





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 霧が立ち込める村、その名は却射村。

 普段も気象の影響による霧はあるが、今発生している霧は異常だ。

 この村はとある県の山奥にある小さな村。人口は五百人にも満たない。昔はもう少し人口が多く、却射村以外にも複数の村が存在していた。

 しかし、最近は人口の過疎化が進み、周囲の村はこの却射村に合併された。それでもこの村の高齢化が進み、維持は難しくなってきている。

 

 

 そんな却射村村に突如異常な霧が立ち込めたのは昨晩のこと。

 

「だからこの私は、この村の村長である私は!伝承なぞに構わず、あれを焼却すればいいと言っていたんだ!」

 

 声を高らかに上げる男性は、豊満な体にスーツを纏わせ、広くなった額に血管を浮き上がらせている。

 

「いいえ。近藤さん。あれは例え溶岩へ入れようとも消えて完全に消滅させることは不可能です。そしてとっくに我々の手に余るものだとずっと進言させて頂いておりました。」


 村長を近藤さんと呼ぶ男性は袈裟けさを身にまとっている寺の僧侶だ。

 彼らにはこの霧の原因に検討がついている。

 そして村長が僧侶に責任を押し付けようとしている構図である。


 彼らが話している所は、村の集会場の一つ。

 三階建ての建物であるが、窓には木の板で補強をされていた。

 この却射村では冬の時期になると、「雪囲い」といって、積もった雪で窓ガラスが割れないように、窓ガラスの外側に木の板を取り付ける。

 しかし今は九月。雪囲いの時期ではないが、木の板を取り付けていた。

 さらに異様な光景として、床や壁、天井に貼り付けられた数多くの札が挙げられる。

 札に書かれた黒や赤い文字の内容を知るものはほとんどいないが、その札のおかげで屋内に霧が発生していないとのこと。

 

 外から壁やドアを叩く音が響き続ける。

 集会場の中には、村の半数弱の四十人程が集まっていた。残りの人からはわからない。既に村は停電状態となっており、外部と連絡をとるためには、直接会いに行くしかない。

 だが、この集会場から出ようとするものはいない。それどころか、玄関は鍵を閉めており、内側から大きなタンスを置いて厳重にしている。


「ふん、田所よ。お前ら僧侶が管理できないからと言って、よくわからん組織へ押し付けたら、私の株が落ちるだろうが」


 近藤は眉間にしわを寄せ、不快さを露わにしながら、当然のごとく言い放つ。

 田所と呼ばれた僧侶は声を出そうとするが、そんな二人の間に他の人物が割って入る。


「そそそ、そんなことより、これから私たちはどうするのですか!?」


 パニック状態に陥りながらも、現実的な話をしてきたのは、秘書の樋口である。

 樋口の質問に村長の近藤は、田所の方を見る。

 田所はため息をつきながら口を開く。

 

「樋口さんが呼んでくださった警察の方々が来るまでここに立てこもるしかないでしょう」


そして小さな声で


「この非現実的な現象を前に、警察が動くとは思えませんが」



 正直なところ、田所には絶望しかなかった。










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「やっと着いたな!」


 黒い皮のジャンパーを羽織り、髪はワックスで立てている青年、とどろきユウキは大きく伸びをする。

 ユウキの後ろには、三人が立っていた。彼らは幼少時代から仲良しで、成人した今も同じ事務所に所属しているチームだ。

 

「おいらも筋肉が鈍ってしまうな」

 黄色一色の服の上からでも存在感を隠せないのは筋肉。彼の名前は出門いずかどリキ。格闘術の名家の次代当主だ。出門流格闘術をマスターしている彼に肉弾戦で勝てるものは、このチーム内にはいない。


「ここ、すごく怖い。本当にこんなところに行くの?」

 まだ九月にも関わらずコードを身にまとっている女性は、内外ないがいレイ。

 コートについているフードを深くかぶっており、ロングショートの髪は一部しか見えない。


「この村からには既に多くの犠牲者が出ているに違いない。僕の計算では、この村の人口の人口から割り出される犠牲者の総数の三割近く。ここまでの大規模な被害が起きた事象は過去の案件の中でも。。。。」

 眼鏡を押し上げながら謎の計算を行っている男性の名は、大黒だいこくトモ。

 

 四人それぞれの感想を述べながら村へと入る。

 そこに立ち込めるは白い霧。


「ねぇ、やっぱり怖いんだけど」

 レイはユウキの後ろに身をひそめる。


「大丈夫さ!なにかあれば、リキとレイ、そしてこのアタッシュケースが守ってくれる!」

 ユウキは手に持っているアタッシュケースを掲げながら言い張る。

 

「いや、ユウキは何もしないんかい!」


 トモが声を上げると、ユウキは苦虫を嚙み潰したような表情をする。


「単純な肉弾戦であればおいら任せておけ。それ以外の"力"に関するものならレイの出番だな」


 リキは大きな声で笑う。

 

「ま、そういうことだな!俺はなんもできんから!」

 チームリーダとしてどうしようもないほどに頼りない発言をしつつユウキも笑う。


「私はホント戦力になれるほど強くないから」

 

 レイはおびえつつも、いつものことだとユウキは軽く受け流す。

 そしてユウキはチームメンバーの方へ振り替えると、表情を真面目なものへと変える。

 

「では、ここが師匠から依頼があった、却射村」


 そしてユウキの口の端がにやりと笑う。

 いつもの流れだと察した残りのメンバーも笑みを浮かべる。

 

「俺たち三人で暴くぞ!イクスポーズカルテット!!」

 ユウキが右こぶしを空へ突き上げる。

 

「「おー!!」」

 リキとレイも、ユウキに続いて右こぶしを空へと突き上げる。



 そしてトモはただ一人遅れて、

 

 

「いや、僕もいるから!四人だから!」










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 ひんやりと包み込む霧の中、ユウキ達はしばらく歩いていた。

 

「本当に怖い」


 レイは恐怖のせいか、体を小刻みに震わせる。


「たしかに視界が悪いし、流石においらの筋肉も強張っている」


 リキは肩を回しながら左右を見渡す。

 しかしさっきから霧ばかりで何も見えない。

 足元は微かに見えるため、辛うじて転ばずに歩けている状況である。二メートル先はほとんど見えないため、四人で密集しながら歩いている。


「僕の計算だと、この霧は精神にも影響を及ぼすはず。この中で一番精神抵抗力が高いユウキは」

「ちょっと見えにくくて湿気が多いくらいさ!気にしなければへっちゃらさ」


 ユウキは、強がりもなく、本心からそう考え発言する。



 そんな一行の前に突如霧の奥に人影が見える。

 その人影は背丈から成人男性のようだったが、右腕部分の影が無かった。

 霧のせいで正確な距離感がわからないが、十メートル先にいるのかと思われる。

 リキとレイは何かを感じたようだが、ユウキはそのまま声をかける。

「すみません。この辺りにご在住の方ですか?」


 しかし影の方から返ってくる返事はない。

 ユウキはリキと目線を合わせ、無言で頷く。

 

 ユウキとしても、こんなところにある人影が只者であるはずがないことはわかっている。

 それでも、確証が持てるまでは行動できない。

 

 ユウキは腰の後ろに手を回しながら人影に少しずつ近づく。

 

「あの?僕たちこういった事件の専門家でして、救援を駆けつけて来。。。」

「これ以上はダメ!」


 ユウキの話し中にレイがユウキの体を全力で引く。

 ユウキは抵抗せずに、レイに引かれながら後退りをする。

 

 それと同じタイミングで人影が左手をユウキへ向ける。


「。。。モ、。。。テニ。。。ヤル」

 

 

 人影が何かを話し始める。

 

「この言葉を理解してはいけない!耳を塞ぐんだ!」

 トモが咄嗟に叫ぶ。

 ユウキを除いた三人は両手で耳を塞ぐ。

 

 そしてユウキは

「対象を狩りの対象と断定!ハンティングを開始する」

 

 前へと大きく踏み込み、アタッシュケースを右から左へ大きく振り回す。その勢いを利用し、前方へ飛びながら体を横へ回転させる。

 そして目の前の影へとアタッシュケースを殴りつける。

 しかしユウキの手には何の感触もない。着地したユウキは周囲を見渡すが、霧で何も見えない。先ほどまで見えていた影を完全に見失う。

「レイ!視界を!」

 

 ユウキの掛け声とともにレイは、普段見せる怖がりな表情を消し、声を張る。

 

「<天使よ私に力をgo up to the podium>」

 レイに重力が無くなったかのように、レイの被っていたフードが浮かび上がり、レイの顔が露わになる。

 レイの目は両目が金色に光っていた。そして力の高まりと同時に顔に紋様が浮かび上がる。

 

「<そよ風が奏でる賛美歌hymn of the wind>」


 レイの詠唱と共に、レイやユウキ達の周りに風が発生する。

 たちまち風は広がり、半径百メートルの霧を吹き飛ばす。

 風が過ぎ去ると、周囲に田んぼが広がっていたことがわかる。

 田んぼの穂は小さく、風が過ぎ去った後も稲が倒れることはなく、起き上がる。

 

「僕の計算だと、もう一、二週間後だったら、稲が倒れて駄目になっていたかもな」

 

 トモは眼鏡を押し上げる。

 

 ユウキは明瞭になった景色で見渡すが、さっきの片腕の無い影の正体を見つけることはできなかった。

 代わりに、違う存在を三体分確認する。

 

 それは人であるが、通常の人とは明らかに異なる。

 両手を力なく前へ突き出し、口は大きく開いており、その足取りはおぼつかない。

 その姿は映画で見るゾンビに似ていた。

 ゾンビと断定することはできないが、これこそがユウキ達の専門だった。


「おいらが二体ひきつける。ユウキ、残りは任せた」


 リキはユウキの脇を通り過ぎながら言う。

 リキは歩きながら言っており、その歩みのスピードは決して速くない。しかし、絶対的なる強者の覇気のせいか、ユウキの目が追いつかない。

 三体の敵が同時にユウキの方へ近づいてくる。その距離二十メートル。

 しかしそのうちの二体が突如地に伏す。

 もちろんその原因はリキだ。いつの間にか敵の背後へ回り込み、二体の敵の後頭部をつかみ、地面に打ち付けたのだ。

 リキに倒された二体の敵はその場でもがこうとするが、手はリキに踏みつけられ、抵抗することができない。


 瞬時に二体の敵を制圧したリキはニヤリと笑みを浮かべる。



 そして残り一体の敵がユウキに近づいてくる。

 ユウキは中腰の姿勢にしアタッシュケースを体の前方へ構える。

 

 通常のゾンビでは、力が強いため、肉弾戦では流石のリキでも二体のゾンビを抑え込むことは至難の業だろう。しかし、その光景を見たユウキは違う存在だと考える。

 そして"力"を持たない生き物だと思われる。

 であれば、ユウキにも勝ち目がある。

 

「レイ、すまんがこいつを拘束した後、行動不能にさせることはできるか?」


 ユウキの問いかけに、レイは頷く。

 

「眠らせることが一番早そう。だけど私が直接触る必要があるから、どちらにしても拘束をお願い」


「了解!」


 ユウキはそう言いつつ、相手から目を離さない。

 

 ユウキはリキのように肉弾戦闘力が無ければ、レイみたいな"力"もない。

 ただ一つ、誰にも負けないものがあるとすれば。。。


「来いよバケモン!お前たちのせいで闇に怯え、泣く人たちがいるんだよ!綺麗な夕日を綺麗だと喜べない人がいるんだ」


 霧が晴れ、露わになった空の色は紅。

 その色で決して血を思い出して泣く人が少しでも減るように。

 訪れる夜に怯える人が少しでも減るように。


 敵が歩み寄り、ユウキとの距離は残り二メートル。

 相手は右手を大きく振りかぶる。

 しかしユウキの姿勢は中腰のまま動かない。

 わずかに動いたのはアタッシュケースを支える手。

 

 相手の右手が振り下ろされるその瞬間、相手から見ると、ユウキの持つアタッシュケースが赤く光り輝いたように見えたであろう。

 ユウキはアタッシュケースの角度を調整し、太陽光がアタッシュケースを経由し、その光が相手の顔に当たるように調整したのだ。 一瞬怯んだ相手を見逃すユウキではない。

 足払いをし、相手の体制を崩すと、アタッシュケースを上段に構える。


「おやすみなさい」


 





 相手を睡眠状態へ追いやった三人と、もう一人は再び霧の中へと突き進んでゆく。

 すべては、闇に怯える人たちを救うために。





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