僕らの一節
奥山いろは
第1話
「私は小説家である以上、媒体であるべきなんだ」
本を読み始めた矢先話しかけられ、訳の分からないことを言われた。正直鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていると思う。
「つまり私は一つの小説の、物語、登場人物、その出来事の一切を、文字という方法で残しているに過ぎない、そうだろう?」
気味の悪い熱量で話す彼を、微妙な顔でしか見られなかったが、言いたいことは分かるような分からないような、といった具合だ。
「今君が読んでいるその……いやこの物語もそうだ。ある人物の人生の一端を文字で見ている。想像を膨らませながらね。小説家は自分を経由して誰かの人生を、小説という形で表して、いや現わして。むしろこの場では、著わして、と言うべきだろうか?いずれにしろ文字という形にして残しているわけだ」
思わず首を傾げた。とたんふと疑問に思った。もし本当にこの一瞬を誰かに掬い取られていて、すなわち誰かに______
「見られているのでは……と思ったんだね。それは心配しなくていい。というより、気にしなくていい。君という人生の主人公は紛れもない君だ」
どう答えたらいいか分からず、口をつぐんだ。そのおかげか、意味を飲み下せた気がする。
「これも私という小さな文字書きの、小さな一説、それも一節に過ぎないのだが」
他人事のつもりだった僕は、この僕の一節を、僕の内に見た。
僕らの一節 奥山いろは @iroha023
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