机上のアリス

奥山いろは

第1話

 私は小説家だ。雨の日も風の日も…といっても、基本は室内での執筆がメインなのだが、日夜創作に励んでいる。いや日夜というのも関係ないか…まぁいい。それにしても小説家といえば、陰気臭いイメージがあるのではないだろうか。確かに華やかな仕事とは言えないが、それでも私はこの仕事が好きだ。華やかさとは別の内側に秘めた輝きを、文字という媒体で表現し…失礼。つい口走ってしまった。職業柄なのかつい饒舌に、それも抽象的な言い方をしてしまう。小説のことになると尚更だ。

 さて、話を戻そう。私がこの仕事を選んだのには理由があるのだ。それは…何だったか。いや、なかったか?ただなりたくてなったと言うわけでもなく、あれ、そもそも私は小説家なのだろうか?それすら曖昧なほど仕事に没頭……していたわけでもあるまい。何かがおかしい。私の中の何かが話しているような気がする。私から出て行け。誰だ。誰なんだ。私は。私だ。


 自分の体が浮いているような気がする。あたりを見回すと景色が上へと流れている。いや私の体が下へと落ちている。それも体が小さくなったり大きくなったりを繰り返しながらだ。これは夢なのだろうか。にしては鮮明だ。だが明晰夢とも違うような気がする。体が自分のものじゃないような感覚。とは言ったものの、中身は私だ。紛れもない私が、この光景を目にしている。では本当の私の体は?私という中身が抜け落ちた入れ物の体には何が入るのだろう。いや何かが残るのか。もしかしたら、誰かが。


 鳥のさえずりが聞こえる。閉じていた目を開けると、陽の光が目に染みてそれを拒んだ。どうやら朝まで眠っていたらしい。それも机に突っ伏して眠っていたようだ。体を起こすと、机の上で顔の下敷きになっていた原稿用紙が目に入る。そうだった、昨日夜中まで執筆作業をしていて、行き詰まって眠ってしまったんだ。となると、もちろん原稿は途中だ。恐る恐る用紙を見ると、私は目を疑った。そこには完成した文章が書き綴られていた。それも私の字、とは少し違うか?眠っている間に書いたわけでもなければ、こうはならない。

 そういえば、不思議な夢を見た気がする。その時の感覚は、手を伸ばしてとれるようなところにある気がする。自分の意識を引き延ばして、それを束ねて本にするような……あれは一体何だったのだろうか。

 ドアをノックする音がする。編集の人が来たのだろうか。急いでドアへ向かう。

眠気とともに、ペンだこの痛みだけが尾を引いていた。

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机上のアリス 奥山いろは @iroha023

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