エフメル・エーテリアス
今回も三人称です。
――――――――
――ちゃん! 父ちゃん、起きるデス!」
「ん……?」
激しく体を揺すられ、エフメルが目を覚ます。見れば周囲には自分の作った娘達の姿があり……己の置かれた状況を思い出したエフメルは、すぐに長女に問いかける。
「アルフィア、作戦はどうなった?」
「『完全な人』の魂の浮上を確認。その四.六二秒後には反応が消失しましたが、デーラの『
「そうか……」
その報告に安堵はしたものの、エフメルの胸にかつてのような感情はない。狂信的なまでに娘を想う
(君はもう……逝ってしまったんだね…………)
役目を終えたエフメルの魂は、そのまま娘の魂に引き連れられて母なる海へと還っていった。今頃は二人仲良く溶けてなくなり、もう二度と同じ人物として浮き上がってくることはないだろう。
それにより、作戦を続ける意味もまたなくなった。結果を見届ける存在すらいなくなったのだから、ここで終わりにしても責める者などもういないのだ。
だがそれでも、エフメルはきちんと最後までやり遂げるつもりだった。
「さて、それじゃ第三段階を……」
「それより父ちゃん! 父ちゃんは大丈夫デスか!?」
「え、僕かい? 勿論平気さ。それとも平気じゃなさそうに見えるかい?」
今の自分には、もう魂がない。なのでエフメルは「魂があった頃」の反応をシミュレートし、軽く肩をすくめながら言う。
「それは確かに、全然平気そうなのデス。いつものしょぼくれフェイスなのデス」
「せなや。しかし何でこう、父ちゃんはしょぼくれた顔つきなんやろうな?」
「ちょっとエプシル、言い過ぎだよ! まあ確かに、父さんは濡れた子犬みたいな雰囲気があるけど」
「ジッタも十分に言い過ぎです。そもそもお父様は――」
「ははは……」
あっという間に自分を置き去りにして話し始める娘達に、エフメルの胸中を温かいものが満たしていく。
(今更だけれども、娘達が助かって本当によかった…………っ!?)
が、その強烈な違和感に、エフメルは驚いて思考を止める。するとそんなエフメルに、ゴレミが手を差し伸べてきた。
「さ、父ちゃん。さっさとそんなところから出るデス!」
「あ、ああ。ありがとうイリス……」
手を引かれて魔導具から出る。たったそれだけのことにすら揺れ動く感情に、エフメルは高速で自問自答を繰り返していく。
(どういうことだ? 感情のエミュレート構造に問題が生じてる? 魂がなくなった分を過剰に見積もりすぎているのか? それとも――)
「それにしても、
「いや、だからそれは――」
七人の娘達が、自分を囲んで見つめてくる。その状況にエフメルの感情は再び膨れ上がり、世界最高性能であるはずの思考回路が暴走を始める。
「……おかしい、あり得ない。私にはもう、魂なんてないはずなんだ。なのにどうしてこんな……あ、まさかクルト君! 君達が私に何かしたのかい!?」
考えつくのは、もうそれくらいしかない。しかしそう問われたクルトは、苦笑しながら首を横に振る。
「いやぁ、俺達にできることがあるなら、そりゃ何でもしようと思ってましたけどね。でも必要なかったって言うか……」
「そうなのじゃ。そもそも『魂』がどういうものかは、エフメル殿が妾達に説明してくれたのじゃ」
「…………?」
二人の言葉に、エフメルは思考を深める。ここにいる全員のなかで、エフメルこそが誰より深く『魂』というものを理解している。が、エフメルがクルト達に説明したのはごく表層的なことだけだ。
だがわからない。その話と今の自分の状態が繋がらない。戸惑うエフメルに、クルトが更に説明を続ける。
「エフメルさん、言ってましたよね? そもそもゴーレムに魂なんてない。でも人と出会い、共に過ごし、そこに絆が生まれることで魂もまた生まれるんだって」
「それは……確かにそうだけど、でも流石に君達二人と私の間に、それほどの関係性は――」
「妾達ではないのじゃ。というか、妾達など必要ないのじゃ。エフメル殿にはずっと前から、魂を持つ者達が沢山寄り添っていたのじゃ」
「ずっと前からって、ここには私と娘達しか…………っ!?」
言葉の途中で、エフメルがハッと息を飲む。左右に動かした視線の先にいるのは、微笑む娘達の姿がある。
「アルフィアさん達は、みんな魂を持っていた。そして誰もがエフメルさんのことを大事に思ってた。そんな相手とずっと一緒に過ごしていたら、そりゃエフメルさんにだって
「私の……魂? いや、私に入っていたのは、エフメルの…………」
「なら、魂が二つあったということではないのじゃ? 人間なら大変なことになりそうなのじゃが、エフメル殿はゴーレムじゃしな」
「……………………」
魂は一人に一つ。そんな当たり前の原則を、エフメルは疑ったことがなかった。
だがそう指摘されれば、いつの頃からかエフメルは自分の視点、思考が『エフメル』を俯瞰するようなものであったことに気づく。それは自分がエフメルを完全にコピーしたゴーレムであるからだと思っていたのだが……果たしてそれは正しい認識だったのだろうか?
「まったく、さっきは焦ったで! ウチはてっきり、父ちゃんも一緒に連れて行かれるんじゃないかと思ってヒヤヒヤしてたんや」
「アルフィア姉さんとベリル姉さんは、その辺わかってたんだよね? なら先に説明してくれたらよかったのに」
「本来の計画では、この時点で既に私達にはそれを気にする魂が存在していないはずでした。なので説明は不要と判断していました」
「すみません。私は普通に失念していました。ガルマもデーラも自分で気づいていたので、わざわざ説明するという意識がなく……」
「あー……ベル姉、どんまーい」
「え……え? 何が、どうなって…………?」
戸惑うエフメルの前に、ゴレミが近づく。そうしてそっとエフメルの手を取ると、にっこりと優しく微笑んで言う。
「ゴレミ達にとって、父ちゃんはずっと父ちゃんだったのデス。父ちゃんの元になったエフメルではなく、ゴレミ達を作ってくれたエフメル・エーテリアスこそが、ゴレミ達の父ちゃんなのデス!」
「イリス……他のみんなも、そうなのかい…………?」
「当たり前やがな! いやまあ、別にエフメルはんを認めてへんとか、そういうのとは違うけどな!」
「そうだね。エフメルさんは、何て言うか……お爺ちゃんポジ?」
「わかりみが深い! だよねー、パピーのパピーだから、オジーだよねー」
「というか、今の今まで父さんに自覚がなかった事の方が驚きだわ。てっきり知っててこの作戦を立てたんだと思ってたもの」
「創造主様……」
それぞれが思いを口にするなか、アルフィアが一歩前に出る。
「我等姉妹の創造主様は、他の誰でもなく『貴方』なのです。どうかそれを忘れないでください。
エフメル・エーテリアス……敬うべき我等の神よ。尊敬すべき我等の創造主よ。そして……愛すべき我等の父よ。貴方の愛が我等を生み、我等の愛が貴方の魂を生んだのです」
「わた、私は……僕は…………っ!」
感極まったエフメルの目から、止めどなく涙が溢れる。感情を模倣するエミュレーターなどとっくに切ったというのに、後から後から想いが溢れて止まらない。
(ああ、そうかエフメル。これが君か! この感情が、家族を、娘を想う気持ちこそが君の本質だったのか! 今ようやく理解したよ)
集まってきた娘達を、エフメルが両手を広げて抱きしめる。
「ただいま……みんな…………っ!」
「「「おかえりなさい、お父さん」」」
初めての再会に、父と娘達はしばし静かに抱きしめ合うのだった。
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