第二段階

後半が三人称になっております。ご注意ください。


――――――――




「どうやら上手くいったようだね」


「はい!」


 微笑むエフメルさんに問いかけられ、俺は胸を張ってそう答える。俺に専門的な知識はないが、それでもこの矢が完全な状態であることは確信できる。


 そしてそれはエフメルさんも同意見だったらしく、満足げに頷いてからその視線を『完全な人』……オルガの入った容器に向ける。


「では、それをこの子に打ち込んでやってくれ」


「わかりました。ローズ、いけるか?」


「そりゃいけるのじゃ! というか、妾だけ話に入れなくてちょっと寂しかったのじゃ!」


「お、おぅ。悪い……」


「ふふふ、冗談なのじゃ! それに今の妾にできることなぞ、結局魔力タンクの役割くらいしかないのじゃ」


「それは……」


「おっと、それは違うぞローズ君」


 俺が何かを言うより早く、エフメルさんがその口を開く。


「確かにローズ君の魔力が必要だったのは間違いない。だが我等の大事な『完全な人』の魂を打ち出す魔力だ。何でもいいってわけじゃない。


 あの子を、そしてアルフィア達を心から想ってくれる君の魔力だからこそ、あの矢は『完全な人』の魂の座まで届くんだ。


 派手に活躍するだけが全てじゃない。裏で支えてくれる君がいなければ、この計画は成り立たなかった。だから君は胸を張って誇っていいし、我々は皆君にも感謝しているんだよ」


「そうデスよローズ! そもそもローズがいなかったら、マスターが姉ちゃん達をまさぐっている間『約束の蒼穹アーバロン』を維持することすらできなかったのデス」


「そーそー! ファンデのノリが悪いのにラメ乗せたって変にギラつくだけだしー? 基礎は重要なんだよ!」


「ガルマ姉さん、それこの世界の人に通じるの?」


「えー、通じないのー!? メイクは女の子の基本でしょー!?」


「ぬ、ぬぅ。何だかよくわからぬが、やたらめったら褒められてる気がするのじゃ。恥ずかしいからそのくらいにして欲しいのじゃ」


「ははは、みんなローズの頑張りもちゃんと見てるってことだろ。それじゃそろそろやろうぜ」


「うむ!」


「わかったデス!」


 俺の言葉にゴレミが俺の横へと戻ってきて、ローズも改めて『約束の蒼穹アーバロン』に手を添える。更に俺達の周囲には、アルフィアさん達全員が集まる。


 さあ、一世一代の大勝負だ。ここで外したら顰蹙どころじゃねーが、流石に目の前にいる相手を射抜けないほど俺の腕もショボくない。


 まあおそらく今の『約束の蒼穹アーバロン』なら、地平の果てまで離れていてもオルガに届くと思うけどな。「届けたい」という想いの詰まったこの矢が、対象が見えないくらいで外れるわけがない。


「さあ、いくぜ……」


「届くのじゃ」

「届くデス!」

「届いて!」

「届けや!」

「届くのよ!」

「とどけー!」

「届いてください」

「届きなさい」


「届け、『約束の蒼穹アーバロン』!」


 全員の祈りを乗せて、七つの光を宿す矢が放たれる。それは狙い違わずわずか二メートル先で眠るオルガの胸に吸い込まれ……その瞬間。


ドクンッ!


「っ!? これは…………っ!?」


 オルガの体から、鼓動を感じる。物理的な心臓の鼓動ではなく、もっと強い、根本的な命の波動とでも言うべきものが伝わってくる。


「アルフィア、計測を!」


「了解しました」


 素早く容器に駆け寄ったエフメルさんの言葉に、アルフィアさんが宙を仰いで動きをとめる。そうして待つこと数十秒。全員が拳を握って成り行きを見守るなか、エフメルさんがその口を開く。


「正常な生命活動を確認……アルフィア、そっちは?」


「我々に生まれたモノと同種の波動を確認しました。九九パーセントの確立で魂が宿ったと思われます。これにより第一段階を成功と判断します」


「「「やったー!」」」


 飛びつき抱き合い、皆が喜びに声をあげる。勿論俺も例外ではなく、ゴレミとローズと抱き合いながら、クルクルとその場を回る。


「うぉぉ、やったぜ! マジでやり遂げたのか!」


「凄いのじゃ! 歴史に残る快挙なのじゃ!」


「嬉しいのデス! やったのデス! でもまだ第一段階が終わっただけデスから、この喜びはとっておくのデス!」


「おっと、そりゃそうだ。エフメルさん、この後は?」


「ははは、後は僕達の仕事だよ。君達は少し離れて見ているといい……エプシル!」


「任しとき! 座標固定、登録情報確認……創造つくれ、『幻現の鎚ヘパイストレース』!」


 その言葉と共に、エプシルが手の中に現れた巨大なハンマーを近くの床に打ち付ける。するとそこから青い幻影が立ち上り、見る間にオルガが寝ているのとよく似た魔導具一式が出現した。


「じゃ、僕は中に入るから……アルフィア、後のことは頼んだよ」


「……はい。創造主様の『目的』は、必ず成し遂げてみせます」


 棺のような容器の蓋をあけ、その中に入りながらのエフメルさんの言葉に、アルフィアさんがそう告げる。すぐに開いていた蓋が閉まり……作戦の第二段階が開始した。





(ふぅ、遂にか…………)


 来るべき時を迎え、エフメルはふとこれまでの道程を振り返り、感慨に浸る。まだ成功を喜ぶには早すぎるが、彼に残された時は今しかない。


『ジッタ、準備はいいですか?』


『いつでもいけるよ! 注げ、「黒の水底ホーリーグレイブ」!』


 透明な蓋の向こう側で、自らの生みだした娘達が作業に当たっている。その光景を目にするだけで、エフメルの胸に熱いものがこみ上げてくる。


 本来ならば、この段階では既にアルフィア達は機能停止しており、彼女たちの持つ特別な魔導具の機能を模倣した、別の魔導具を用いる予定だった。


 だがこうして本人が活動しているなら、わざわざ手間を掛けて劣化品を使う必要などない。ジッタの『黒の水底ホーリーグレイブ』によって「くらやみのしずく」が集められ、それがエフメルの魂に重くのしかかっていく。


(ぐっ……)


 その重さに、エフメルは思わずうめき声を漏らす。当然だ。今エフメルの魂にのしかかっているのは、これまで溜めに溜めた「くらやみのしずく」のうち、ダンジョン運営に必要な最低限を除いたほぼ全て。その重さは人の魂に換算して、およそ一〇億五〇〇〇万人分。


(ぐ……ぁ…………っ!)


 単純な負荷だけで、魂を壊すことなどできない。故にそれだけの負荷がかかってなお、エフメルの魂は壊れることなく……だかだからこそ、そのあり得ない力のせめぎ合いにエフメルの魂が悲鳴をあげる。


 そこまでの力がなければ、遙か昔に死んでしまったエフメルの娘の魂を引き上げるには足りない。加えてもし一瞬でもエフメルの魂が苦痛に負け、娘の魂との連結を解いてしまったならば、その瞬間繋がりをなくした娘の魂は母なる魂海に溶け、本当にこの世から消えてしまう。


 故にエフメルは耐える。魂が引きちぎられそうになるという、おおよそ人が創造しうる苦しみとは隔絶したナニカを、ただ一身に背負う。


(オ……ル…………ガ…………)


 一瞬一瞬が人としての生を終え、その全てをゴーレムに移植してから今日までの日々の何十倍、何百倍にも長く感じる。それでも……いや、それこそ与えられる苦痛すら利用して、エフメルの魂は娘を求め続ける。


 それは唯一残った最後の意志。もはや変わることのない、父親エフメルの生きた証。他の全てを犠牲にしてでも成し遂げたかった目的。そして「他の全て」には……当然自分も含まれる。


『なあこれ、父ちゃんは大丈夫なんか?』


『理論上、この工程で魂が破損することはあり得ません』


『いや理論上て! 父ちゃんやで!』


『やめなさいエプシル。お父様も覚悟の上です』


『そんな!? 姉さん達は知ってたの!?』


『マスター、どうにかならないデス!?』


『いや、どうにかって言われたって……』


(は、ははは…………)


 薄く目をあけた向こう側……蓋に仕切られた外の世界。そこで自分の娘達が騒いでいる姿に、は最後の笑みをこぼす。


(なあ、エフメル。君の娘と私の娘達は……きっと仲良く幸せに暮らせるよね…………)


 遙かに異なる次元の彼方。そこで何かが水面から跳ね上がったような感覚を確認すると、エフメルはその役目を終えるべく、静かに目を閉じるのだった。

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