魂の譲渡:アルフィア
「えっ、人!? ど、どうして!?」
これまで何人もの精神世界に入ってきたが、そこに俺以外の誰かがいることはなかった。だというのに今、俺の前には黒髪の青年が立っている。
その事実に驚き立ちすくんでいると、謎の青年が苦笑しながら言葉を続けてきた。
「おいおい、そこまで驚くことねーだろ? お前は俺のこと知ってるはずじゃねーか」
「えぇ? 知ってるって……あ、ああ!」
言われてしばし考え混み、すぐにその顔がアルフィアさんとの戦闘中に見えた男の顔だと気づく。ハッとした顔をする俺に、男が改めて名乗りを告げてきた。
「ま、いいや。こうして顔を合わせるのは初めてってのは間違いねーし、自己紹介しとくよ。俺はフィアの相棒で、
「マワル……俺はクルトだ。宜しく……でいいのか?」
「おう、よろしくな!」
マワルは俺の手を取ると、強引に握手してくる。だがすぐに手を離し、俺の顔をしげしげと見つめてくる。
「な、なんだよ?」
「いや、お前も黒髪だなーと思って。実はお前も他の世界から来たりしてねーのか?」
「他の世界? あー、そう言えばエフメルさんがそんなこと言ってたな。確かにマワルの世界と俺のいる世界は違うらしいから、他の世界ってのは間違いじゃねーけど」
「いやいや、そういう意味じゃなくてさ! って、そんな反応する時点で違うか。悪い、忘れてくれ」
「お、おぅ……」
よくわからんが、どうも俺は違うらしい。ひとまず話が途切れたので、俺は改めて周囲を見てみる。すると辺りに広がっていたのは、これといって特徴の無い景色だった。
今いるのは草原で、足下には道がある。すぐ側には森があって、そこに道が続いているようだ。奥は暗くて見えねーが、それでもこれだと精神世界というより、普通に町からちょっと出たところの景色って感じだな。
「何だよ、この景色がどうかしたのか?」
「いや、何か普通だなって思ってさ。ベリルさんとかガルマさん……あー、アルフィアさんの妹の精神世界は大分特徴的だったから、一番長生きのアルフィアさんはもっとスゲーだろうなって勝手に思ってただけだけど」
「そうなのか? 俺は他の奴の心の中なんて知らねーからなぁ。とりあえずこの場所は、俺がいた世界の風景そのものだぜ?」
「ほーん……ってことは、マワルがいるからここの景色はこうってことか?」
「あー、その可能性はあるかもな。そっか、俺のせいか……」
わずかに考えこむ様子を見せるマワルに、俺はおずおずと問いかける。聞いたらヤバいかも知れねーけど、聞かないことには話が進まない。
「……なあ、これ聞いていいのかわかんねーんだけど……マワルって何者なんだ?」
「ん? そりゃ俺の出自のことか? それとも俺がここにいる理由の方か?」
「ここにいる理由の方」
首を傾げて問うマワルに、俺はそう告げる。今まで断片的に見たり聞いたりした情報からすると出自の方にも色々謎があるみてーだが……正直そっちは割とどうでもいい。
だってそうだろ? 自分と違う世界らしい場所に生きていた知りもしない奴の謎とか、聞いても「へー」としか言いようがないじゃん。だがそんな俺の反応に、マワルは驚きの表情を浮かべる。
「おぉぅ、お前スゲーな。俺を前にそこまで興味なさそうな顔する奴なんて初めて見たぜ」
「そうなのか?」
「ああ。俺が普通に生きてた頃にゃ、色んな奴に色々聞かれてスゲー面倒くさかったからな」
「生きてた頃……ってことはやっぱり……?」
「そういうこと。ここにいる俺はただの残留思念だ。フィアが思う俺の姿とかじゃなくて、俺がフィアのなかに残した俺の意識だから、ちゃんと俺そのものだぜ!」
そう言うとニヤリと笑い、マワルが右手の人差し指を立てる。するとその上にクルクル回る輝く歯車が出現し……しかし過ぎに消える。
「はぁ、残りカスじゃこんなもんか。本当は後輩に色々教えてやりたいところだったんだが……でもまあ、いらねーよな? パワー全振りだった俺と違って、クルトは色々とできるみてーだし」
「いやいや、俺にはマワルの方が羨ましいぜ? 何だよ能力強化四〇倍って。馬鹿じゃねーの?」
「ハッハッハ! ちなみに
「馬鹿じゃねーの!? マジで馬鹿じゃねーの!?」
何だ能力一〇〇〇倍って。一歩踏み出すと大地が割れて、クシャミをしたら家が吹き飛ぶとか、そういうレベルなんじゃねーの!? そんなの使い物にならねーだろ! 絶対馬鹿の所業だって!
「おぉぅ、辛辣ぅ! へへ、久しぶりに馬鹿って言われたぜ……でも、それもこれで最後だろうな」
「あっ……」
悟ったような顔で空を見ながら言うマワルに、俺は一瞬言葉を失う。だがすぐにマワルはニカッと笑って言葉を続ける。
「そんな顔すんなって。本物の俺はここまでついて来られなかったけど、俺の気持ちはちゃんと最後までフィアのなかに居続けることができた……その『目的』にまで協力できたって言うなら、万々歳だ。
ってことで、持ってけクルト! これが俺が溜めてたへそくりだ!」
そう言うと、マワルがブワッと両手を上にあげる。それに合わせて周囲に輝く歯車が大量に出現し、辺り一面に降り注ぐ。
「これはフィアじゃなく、俺の記憶! 俺の魂! これならいくら持っていっても、フィアの魂は削れねぇ」
「おいおい、そんなことしたら――」
「いいんだ! どうせ俺は、放っておいてももうすぐ消える。それに……約束したからな。
ああ、今なら言える! フィアを通じて見ていた、お前になら任せられる! 未来を! 結末を! 最後はこうやって締めるんだ! 『ああ、本当に――
急速に世界がかすみ、俺の意識がアルフィアさんの魂から追い出されていく。だが聞こえなかった最後の言葉は、簡単に予想できる。
そりゃそうだろ。あの先輩が最後に言う言葉なんて、ほとんど初対面の俺ですら一つしか思いつかねーからな。
「……………………」
自分の体に意識が戻り、俺はそのまま視線を横に向ける。するとそこではアルフィアさんが、表情を変えないまま涙を流していた。
「ぬおっ!? アルフィア殿が突然泣き出したのじゃ!?」
「アルフィア姉ちゃん、どうしたデス!?」
「わかりません……わからないのです。私の魂には、余白などもうほとんどありませんでした。その全てを切り取ったとしても、これほどの喪失感を覚えるはずがないのに……何故?」
「それは…………っ!?」
何か言葉を掛けようとして、俺は右手の中に違和感を覚える。ゴレミに頼んで今だけ『
「アルフィアさん、これを」
「? 歯車ですか?」
「ええ。
これは俺が生みだした歯車ではない。その証拠に歯車を受け取ったアルフィアさんが一瞬その身をこわばらせると、胸の前で大事そうにそれを握りしめる。
「……マワルは、何と?」
「そりゃ勿論、決まってるじゃないですか」
「「ああ、楽しかった」」
俺とアルフィアさんの言葉が重なり、アルフィアさんが泣きながら微笑む。
「貴方に、心からの感謝を送ります……ありがとう」
「へへ、俺はただ受け取っただけですよ。感謝ならここまで粘った先輩にしてやってください」
「……そうですね。私の汚れきった魂より、ずっと素晴らしいものが妹に贈れそうです」
視線を向けた先には、矢の先端に宿った七つ目の光。それは他の六つと同じように、強く優しく輝いていた。
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