魂の譲渡:ベリル
「うっ、これは…………」
ベリルさんの内側に広がっていたのは、赤い荒野。大地は乾いてひび割れており、辺りにはまばらに枯れ木が立っているのみ。微塵も命の気配のない景色は、ただただ寂しさだけを与えてくる。
「ベリルさんらしいって言えばらしいけど、でもなぁ……」
戦闘に明け暮れていたというベリルさんの世界なので、これがガルマさんの時みたいに意外かと言われれば、そうでもない。これはこれで十分に納得出来るものだ。
が、ベリルさんが決してそれだけの人でないことは、この一ヶ月の付き合いで多少なりともわかっている。口調は厳しいが面倒見は割といいし、姉というよりはお母さんみたいな立ち回りをする人なのだ。
なら、きっとベリルさんのなかにあるのはこんな景色だけではないはず。求めるものはそっちにあるだろうと足を踏み出そうとしたら、突如びゅわっと強い風が吹いた。
精神世界なので関係ないのだが、巻き上げられた土埃に俺は反射的に目を閉じてしまう。顔をしかめて風が吹き抜けるのを待ち、再び目を開けると……目の前の景色が一変していた。
「こいつは…………」
地面に突き立つ、無数の武具。錆びて朽ち果てた剣やら槍やら斧やらが前方の荒野に墓標のように立ち並び、地面の上には砕けた石の残骸が大量にばらまかれている。
それを目にした瞬間、俺の脳裏にエフメルさんの言葉が蘇る。
戦争。大量に作られたベリルさんがダンジョンの外に持ち出され、兵士、あるいは兵器として用いられたという話。
ああ、そうか。これはきっと、その時の光景なのだ。大量の自分が大量の命を奪い、大量に破壊されて朽ち果てる。そんなものを元の一人に統合したら、世界がこうなるのは必然。
あっちに行きたい。無意識にそう思ったが、俺の足は動かない。そして俺も、それ以上無理に踏み込んだりしない。
たった一ヶ月過ごした程度の俺があそこに行って、できることなど何もない。だから俺は、泣きそうなくらい寂しい光景に背を向けた。今俺がするべきことは、安っぽい同情なんかじゃないのだから。
「ふぅ…………」
重く引きずられるような気持ちを吐き出してから、俺は風が吹いてきたのと反対方向に歩いていく。だが行けども行けども続くのは荒野…………ん?
「おお?」
ふと見ると、足下に揺れるものがあった。しゃがみ込んで顔を近づけると、それは小さな花。名前なんてわかんねーし、特別に鮮やかだったり立派だったりするわけじゃねーけど……でも花だ。
「…………ははっ」
俺の口から、思わず笑い声が零れる。この世界に花が咲いていることが、とにかく無性に嬉しい。その花を傷つけないように大げさに遠回りをしてから進むと、ポツポツと地面に花が生えているようになった。
赤、青、黄色。俺の人差し指くらいの背丈しかない、素朴な花。荒野を潤す優しい景色を楽しみながら進んでいくと、程なくしてキラキラ光る花を見つけた。
ああ、間違いなくこれが探しているものだろう。俺はその花の前にしゃがみ込み、そっと指を触れる。すると俺の意識が、ここではない何処かへと飛ばされていく…………
「のぅ、ベリルよ」
そこは高い山の上。遙か彼方まで見渡せる場所に、一人の老人が立っている。血のように赤い夕焼けに照らされ、血に汚れたぼろ布のような服を身に纏う老人が、振り返ることなく背後のベリルさんに声をかけている。
「儂は戦いしか知らぬ。血濡れた臓物から這い出し、気づいた時には剣をもっておった。戦うことでしか生きられず、戦う以外の生き方を知らぬ。戦って戦って……気づけばこんなところまで来ておった。
そんな儂だから言おう。人生とは、戦いだけが全てではない、とな」
「ですが私は、戦うことを求められたゴーレムです。戦えない私に、存在価値などありません」
「ふぁっふぁっふぁっ。そんなことはあるまい。というか、そもそも『存在価値』などという大層な物言いがいかんのだ。
いいかベリル。お前がお前であることに、お前として在ることに、他人の与える価値など必要ないのだ。
お前はお前であっていい。戦わぬお前であっていいのだ。それでも価値が必要だというのなら、この儂が認めよう。
自由に生きよ。その先の笑顔に一〇〇万の敵を屠ることより価値があると、この『戦神イノガリ』が認める!」
「イノガリ様…………」
ニヤリと笑う白髪の老人の言葉を、ベリルさんが静かに目を閉じて受け入れる。スゲーいいシーンだけど……いや、これは駄目だろ。これを切り取ってもっていくのは絶対に――
「……とても言いづらいのですが、同じ話をしてくださるのは、これでもう五回目です」
「ありゃ? そうだったか? ガッハッハ、まあいい話というのは、何回聞いてもいいもんじゃろ?」
「まあそうですけれど、でも流石に五回目はありがたみが薄れるというか……」
「細かいことを気にするでない! ほれ、それより酒場に繰り出すぞ! 今夜もフィーバーじゃ!」
「またですか? もういい歳なのですから、もう少しご自愛をした方が……」
「知らん知らん! 剣を振り、酒を飲み、女の尻を揉む! これなくして我が人生もまたなしじゃ! ほれほれ、行くぞ!」
「はぁぁぁぁ…………」
「お、おぅ……」
精神世界に戻ってくると、俺は何とも言えない声を漏らす。そうか、五回目か……まあ、うん。それならいい……のか?
「あー…………も、戻るか」
何となくいたたまれない気持ちになって、俺はその花をプチッと毟って自分の体へと意識を戻す。するとすぐにベリルさんと目が合い……ぐぅ、何だろうこの気まずさは。
「どうでしたか?」
「えっ!? あ、いや、まあ、特に問題もなく終わったと思いますけど」
「そうですか……申し訳ありません」
「な、何がですか?」
「私の魂で使えそうな部分は、あのくらいしかないのです。単純に
「あー、それはまあ、そうっすね」
俺の中で渋くてかっこよかった爺さんのイメージが、顔を真っ赤にして裸踊りをするボケ老人へと切り替わっていく。
「……ただ、まあ。それが悪い思い出だったかと言われれば、違うのですけどね」
「はは、そうですか」
困ったような顔をするベリルさんに、俺も思わず苦笑を返す。
人間誰しも、いつも完璧なはずがない。そういう抜けてるところこそ愛おしかったり思い出深かったりするもんだ。だからこそあの思い出は、あの荒れ果てた荒野で花を咲かせていたんだろうからな。
「では、私はこれで終わりですね。最後は……アルフィア姉様、お願いします」
「了解しました」
ベリルさんが立ち退くと、最後にアルフィアさんが俺の横に立って話しかけてくる。
「まさか自分に向けられていた武器を、自分で使うことになるとは思いませんでした」
「それは俺も同じですよ。あの時の俺に『アルフィアさんの目的に協力する』って言ったって絶対信じないでしょうし」
「そうですね。私もそれを、創造主様や妹達以外と共有することなど考えも…………」
「? どうかしました?」
ふと遠い目をしたアルフィアさんに問いかけると、アルフィアさんが静かに首を横に振る。
「いえ、何でもありません。では最後に、私の魂の欠片を貴方に託しましょう。いきます……<
「受け取りにいきます。<
もはや慣れた手順をこなし、俺はアルフィアさんの心の……魂のなかへと潜っていく。すると……
「よう、よく来たな!」
「へっ!?」
そこでは見覚えのある顔と声が、俺を出迎えてくれた。
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