不意の連続

「こいつはまた……こんなこともあるのか」


「ん? どうかしましたか?」


「あ、いや、その、これとよく似た扉を見たことがあるんで」


「ほう? それは一体何処で?」


「<天に至る塔フロウライト>にあった『試練の扉』です」


 訝しげな声で問いかけてくるクリスエイドに、俺は正直にそう告げる。材質こそ違うようだが、両開きの扉の中央に巨大な錠前があり、そこから四方に鎖が伸びているというデザインは、まさにあれとそっくりだ。


 まああっちは扉だけの薄っぺらい作りだったが、こっちは周囲にもちゃんと壁があり、そういう意味ではごく普通の扉だと言えるが。


「なるほど? ダンジョン由来のものと同一の見た目……気にはなりますが、追求は今するべきことじゃありませんね。


 それに確か、お前は『試練の扉』を開けていたはず。ならこの扉も問題なく開けられそうですね。さあ、早く開けなさい」


「わかりました……」


 機嫌よさそうに言うクリスエイドに、俺はとりあえずそう返事をして腰の「歯車の鍵」を手に取って鍵穴に差し込み……しかしそこで動きを止める。


「どうしました?」


「すみません。そんなパパッとは開けられないんで、少し待ってもらってもいいですかね?」


「む……仕方ありませんね」


 俺の言葉に、クリスエイドが一旦引き下がる。それにホッと胸を撫で下ろすものの、状況は何も変わらない。


(くっそ、どうすっかな。こんなので稼げる時間なんてたかが知れてるぞ?)


 今俺は鍵を鍵穴に差し込んだだけで、何もしていない。この扉の奥にクリスエイドの求めるものがあり、それを手に入れることを最終目標としているってことは、ここが時間を稼げる最後の場面だからだ。


 だが流石に、棒立ちで稼げる時間などたかが知れている。実際一分ほどしたところで、クリスエイドが苛立った声をあげる。


「おい、いい加減にしろ。これ以上時間をかけるようなら……そうですね、ローザリアには別の使い道があるので、まずはあのゴーレムでも壊してみましょうか?」


「それはっ!? い、急ぎますので、お許しください!」


「フンッ、わかればいいのです。ほら、さっさとやりなさい」


「はい……」


 ゴレミを壊すと言われれば、これ以上は引き延ばせない。やむなく俺は「歯車の鍵」の柄の部分に歯車を入れ、それを回し始めるが……


(あ、あれ? 何か難しいな?)


 今俺は、遠く離れたゴレミのところに残してきた歯車もずっと回し続けている。それを維持した状態で「歯車の鍵」に嵌めた歯車も回すというのが、予想より難しい。


(そうか、大きさが違うから同じ力だと駄目なのか。強すぎると歯が滑っちまうし、弱すぎると回らねーし……それに回転方向も微妙に違う? え、右回しは右回しだろ? 今更になってそんな細かい調整いる!?)


「…………おい、いい加減に――」


「今集中してるんで! ちょっと黙っててもらえます!?」


「う、うむ、そうか…………まあ、うん」


 背後からクリスエイドが何か言ってきたが、それどころではない。目を閉じて集中し、頭の中に浮かぶ歯車を必死に制御しながら回していくと、しばらくして不意に体から魔力が余分に引き出される感じがした。


 改めて目を開けてみれば、鍵穴から青白い光が漏れており……これは「歯車の鍵」が正常に動作し始めた証拠だ。


「お、来たか!? よしよし、このまま……」


 焦らず慌てず、だが緩めることなく力を注ぎ続ける。すると「試練の扉」の時と同じく、鍵にはめ込んだ方の歯車はそれ以上回らなくなる。


「ふぅ……よし。それじゃ開けます」


「おお、遂に……っ!」


 背後で興奮した声をあげるクリスエイドをそのままに、俺はゆっくりと鍵本体を回していく。するとガチッという手応えがして――っ!?


キィィィィィィィン!


「うおっ!?」


 扉が開いた、まさにその瞬間。俺の腰の辺りから突如として鳴り響いた甲高い音に、俺は思わず顔を歪めて声を漏らす。そしてそんな音が聞こえたのは、俺だけではないらしい。


「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁ!? 何だこの音は!?」


 目を見開き身をかがめ、口から涎すら垂らしながらクリスエイドが苦しんでいる。酷い耳鳴り程度しか感じていない俺とは随分と反応が違うようだ。


 そしてそれすらも凌駕する反応を示す者が、ここにもう一人。


「ガァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!」


 今まで声など出したことのなかった緑の騎士が、獣のような叫び声を上げながらビクビクと体を震わせている。明らかに尋常な反応ではない。


(何だこれ、何が起きた!? ……いや、今なら!)


 驚き戸惑ったのは、ほんの一瞬。俺は掴んでいた鍵を逆側に回すと、強引に引き抜いて走り出す。すぐに背後から「追いかけろ!」というクリスエイドの声が聞こえたが、とにかく全力疾走だ。


(やった! 逃げられた! でもこれからどうする……!?)


 研究所に入ってからここまでの間で、緑の騎士とは一人もすれ違わなかった。ならここには騎士はいないか、いてもかなり数が少ないのだと思われる。


 だが研究所から出てしまえば話は別だ。普通に何人もとすれ違ったし、そもそも入り口のところには騎士が立っていた。突然苦しみだした謎の現象があの場だけではなく城全体で起こっていて、かつ俺が逃げる間中ずっと続いてくれているのでもなければ、とても逃げ切れるものではない。


 そして少なくとも、もう俺の耳にあの音は響いていない。ならあれはあの場限りの現象だったと考えるのが妥当だろう。


「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ…………よし、隠れよう」


 ある程度逃げたところで、俺は来た道から逸れて適当に施設の奥に進むと、その物陰に身を隠した。周囲に余人の気配がないことを確認すると、ぺったりと床に尻をついて荒れた息を整える。


「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ…………」


 そうして呼吸が整ってくれば、思考能力も戻ってくる。


 ああ、そうだ。俺程度が城から逃げられるような状況だったら、そもそもロッテさんやフラム様の手の者達が城を取り返してるはずだ。それにゴレミやローズを残して俺だけ脱出できたとしても、そんなものに意味はない。


 なら俺がすべきことは、ここで時間稼ぎの延長。鍵を逆に回したから扉は閉まったはずだし、そうなればクリスエイドは俺を探さなきゃならない。俺を探すために緑の騎士をこの研究所に集めれば城内が手薄になって、ロッテさんも動きやすくなるはずだ。


(それでいい。これでいい。多分これが最善だ……)


 頭のいい奴ならもっといい手を考えつくのかも知れねーが、俺が思いつくのはこれが限界。あとは息を潜めて小動物のように身を隠すのみ。そう覚悟を決めると、程なくして周囲にガチャガチャという足音が響き始めた。


(来てる……!)


 緑の騎士が、そう遠くない場所まで来ている。それも一人や二人じゃなく、もっと沢山だ。


ガチャン、ガチャン、ガチャン、ガチャン…………


(来るな、来るな。こっちに来るな……っ!?)


 まるで行進でもしているかのように重なる足音に気を取られていると、パッと世界に光が灯る。その眩しさに一瞬目を閉じるも、再び開けた時にはあれだけ薄暗かった室内が、まるで太陽の下であるかのように明るくなっていた。


(ああ、くそっ! 馬鹿だ! 俺は大馬鹿野郎だ!)


 そりゃ人を探すなら、照明くらいつけるだろ! 暗いからこそいけると思っていたが、如何にごちゃごちゃと魔導具が立ち並ぶ場所とはいえ、これだけ明るかったらとても身を隠せるものじゃない。


(どれだけ時間を稼げた? 三〇分か? 一時間か? 俺的にはもう何日もここにいるような気分だけど……ははっ)


 もはやこれまで。次に捕まればきっと俺の待遇は、今までとは一線を画す厳しいものになるだろう。俺の逃走がフラム様やロッテさんの計画にどの程度役に立てたかはわからねーが、やるだけのことはやった。


(なら、最後は……っ!)


 すぐそこまで迫ってきた気配が、俺の方に腕を伸ばしてくる。俺は一秒でも時間を稼ぐべく、その相手に抱きついて行動の阻害を図ったが……


「あふんっ! こんな明るいうちから抱きついてくるなんて、マスターは大胆なのデス!」


「へ?」


 そこにいたのは緑の騎士ではなく、なんちゃってメイド服を着た石娘であった。

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