予定外の合流
「ご、ゴレっ!?」
(しーっ! マスター、流石に声を出したらヤバいのデス!)
(お、おぅ。すまん)
あまりの驚きに思わず声を上げてしまった俺の口を、ゴレミがその手で塞いでくる。ゴツゴツした石の感触の向こう感じる温もりは、間違いなくゴレミのものだ。
(で、何でゴレミがここにいるんだ?)
(そういう説明は後なのデス! まずはマスターを隠さないと駄目なのデス! ほら、さっさとその隙間に入るのデス!)
(えぇ? いや、隙間ったって……)
ゴレミが指を指したのは、魔導具の下の方にある隙間というかくぼみというか、ちょっとくびれてへこんでいる場所。一応身を隠すことができなくもないが、外からは普通に丸見えである。
(いいから早く入るデス! 騎士が来ちゃうのデス!)
(わ、わかったよ)
ゴレミに押されて、俺は魔導具のくぼみにその体をねじ込んだ。可能な限り縮こまってみたが、やはり正面は丸見えである。が……
(それじゃ、マスターはゴレミのセクシーボディを堪能して欲しいデス)
(お、おい!?)
そんな俺の正面に密着するように、ゴレミが体を横たえる。確かにこれなら俺の姿は見えないだろうが、代わりにゴレミは丸見えだ。
ガチャン、ガチャン……
(来た来た来た来た! 来ちまったぞゴレミ! どうすんだよ!?)
近づく足音に俺が焦りを露わにするなか、しかしゴレミはということ……
「お疲れ様なのデス。ゴレミはお掃除中なのデス。こういうくぼんだところは埃が溜まりやすいのデス」
(はぁぁぁぁぁ!?)
俺の目にはゴレミの背中しか見えねーが、あろうことかゴレミは自分から声をかけたようだ。だというのに騎士達の足音はすぐに遠ざかっていき、それが完全に聞こえなくなるとゴレミがゆっくりと立ち上がる。
「ふぅ、行っちゃったデス。大丈夫デスか、マスター?」
「大丈夫だけど……え、何だよ今の?」
「フッフッフ、今のゴレミはロッテからもらった秘密道具で、石ころゴレミになったのデス!」
「なったって、ゴレミは最初から石だろ? いやそうじゃなくて、ロッテさんにもらった?」
「そうなのデス! これがゴレミにファイナルフュージョンした、勝利の鍵なのデス!」
言って、ゴレミが自分の腰につけたバッジを見せてくる。これは確か……そう、テクタスの町に来た時に、ノエラさんからもらったやつだ。
「これを着けていると、あの緑の騎士からはゴレミがただのお掃除ゴーレムに見えるのデス。勿論激しく暴れたり攻撃したりしたらばれるデスけど、普通にしてる分には大丈夫なのデス」
「おお、そりゃスゲーな。あーそうだ。俺もロッテさんに何かもらって……ありゃ?」
ゴレミの話に、俺もまた(多分)ロッテさんからもらった物を見せようと、ポケットに手を突っ込む。だがそこにあったのは妙に柔らかいというか脆い感触で、慌ててそれを取り出すと、白く濁った謎の球がボロボロと崩れ落ちてしまった。
「うぉぉ、く、崩れた!? え、何で……あ、ひょっとしてさっきのか!?」
そこで俺は、謎の音が聞こえてきたのが俺の腰辺りからだったことを思い出す。
もしあれの出所がこれだったとしたら……
「なるほど、『扉を開けた後に時間を稼ぐ』ねぇ……正しくその通りだったわけだ」
「マスター?」
「あ、うん。実はさっきな……」
首を傾げるゴレミに、俺は今さっきあったことを説明する。するとゴレミはフンフンと頷いてから言葉を続ける。
「なるほど、それでマスターはこんなところに一人でいたデスね。ゴレミはてっきりローズが逃げてきたのかと思ったので、ビックリしたデス」
「ローズ? え、ローズもここにいるのか!?」
「そうなのデス。というかゴレミの目的は、本来ローズを救出することだったのデス。マスターはクリスエイドと一緒にいると思っていたので、現状では助ける手段がなかったのデス」
「そうだったのか。となると……ひょっとしてタイミングが悪かったか?」
もし俺があの場で鍵を開けることなく時間を稼げていたならば、今頃ゴレミは薄暗い施設内で悠々とローズを捜索し、救出できていたんじゃないだろうか? そんな思いに俺が苦い顔をすると、ゴレミは笑いながら首を横に振る。
「とんでもないデス! むしろ逆なのデス! 今言った通り、クリスエイドがマスターを連れ回している間はどうやっても助けられなかったのデス。そのままズルズル助けられずにいると、最終的に人質にされたりして凄くすごーく困った事になるところだったのデス。
なのでマスターが自力で逃げ出してくれたのは最高に都合がいいのデス! ということで、マスターも一緒にローズを助けに行くデス!」
「……ははっ、確かにそうだな」
自分のやったことがいいか悪いかなんてのは、いつだって結果でしか語れない。ならこんなところで「たられば」をグチグチ語るなんて不毛の極みだ。俺はパンと頬を叩く……と音がしてマズいので、胸のうちで気合いを入れ直してから改めてゴレミに話しかける。
「うっし、なら行くか。で、ゴレミ。ローズがいそうな場所の目星はついてるのか?」
「おそらくここ、というのはわかってるのデス。ただ正確な位置や距離まではわからないのデス」
「方向がわかってんなら十分だろ。そういうことなら、慎重に移動しよう」
「了解なのデス!」
俺達は顔を見合わせ頷き合うと、騎士を警戒しながらも移動を始める。幸いにしてゴレミは見つかっても大丈夫なので、ゴレミが周囲を見渡して敵の位置や進行方向を正確に特定し、俺は死角になるように魔導具に身を隠す。
それで駄目な場合は小さな歯車を放り投げて騎士の注意を引いたり、どうしようもなければさっきのようにくぼみにはまり込んで、ゴレミ蓋で誤魔化す。そうしてこっそり移動を繰り返すと、俺達は見覚えのある扉のある場所へと辿り着いた。
「うわ、この形式の扉か……」
それはクリスエイドが板のようなものを差し込んで開いていた扉。つまりあの板きれが鍵であり、当然鉄の棒を突っ込めるような穴はない。
「どうすっかな……てか、ゴレミはどうやってここに来たんだ? あの板きれがねーと入り口の扉が開かなかっただろ?」
「それなら大丈夫デス。ちゃんと鍵を持っているのデス」
俺の問いかけに、ゴレミがスカートの中に手を突っ込んで、例の板きれを取り出す。
「何でそんなとこにしまってんだよ……じゃなくて、お前それどうしたんだ? あー、ひょっとしてフラム様が持ってたとか?」
「フッフッフ、これはガーベラに借りたのデス!」
「ガーベラ……? あ、ひょっとしてローズの姉ちゃんの人か? え、いつの間に会ったんだよ!?」
「ゴレミの武勇伝はまた後でたっぷり語ってあげるデス。でも今は中に入って、ローズを探す方が先なのです」
「くっ、正論を……」
聞きたいことがどんどん増えていく感じだが、暢気に話をしている場合じゃないのは間違いない。俺は好奇心を押さえ込んで、ゴレミが扉を開けるのを待つ。
「それじゃ開けるのデス! オープンゴレミー! 登録者はガルベリア・スカーレットなのデス!」
『登録者を確認しました。扉を開きます』
謎の台詞を口にしながら、ゴレミが板きれをくぼみにはめ込む。それからガーベラのフルネームを言うと、シュインという音を立てて扉が開いた。
「……今気づいたんだが、この鍵って本人じゃなくても開くんだな? なら名前とか別に必要なくねーか?」
「それはちょっと違うのデス。ここがどうなってるかは知らないデスけど、普通は『誰の鍵を使って扉を開いたか』をちゃんと記録してると思うのデス。
つまり、他人に貸す場合はその人がここですることの責任を、自分がとらないといけないのデス。セキュリティーの一端を『鍵の所有者の信頼』で肩代わりする形なのデス」
「へー、そうなのか。頭のいい奴ってのは、本当に色んな事を考えてんだなぁ。
っと、それはまあいいや。それじゃ早速ローズを探そうぜ」
「了解デス!」
ゴレミのおかげであっさりと開いた扉を前に、俺達はそう言って閉ざされた室内へと足を踏み入れていった。
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