創生の器
時はわずかに巻き戻り、クルトがゴレミと別れてすぐの頃。クリスエイドの先導により、一行は地下研究所の入り口近くまでやってきていた――
「つきましたよ。ここが帝城地下の研究所、その入り口です」
「おおー、ここが……」
何処か自慢げにそう言ってくるクリスエイドに、俺は感心したようにそう呟く。石とも金属とも違うような白い壁に、それと同じ材質で作られているであろう扉らしきものは、俺が知っている扉とは大分違う形をしている。
なにせ縦ではなく、横に線が入っているのだ。ということはこれは中央から上下に動いて開くってことだろうか? いやまあできなくはねーだろうけど、普通に横にずれて開く方が絶対楽じゃね? 持ち上げたり押し込んだりって大変だと思うんだが……
「では、開けるので少し待ちなさい。オーバード帝国第三皇子、クリスエイド・スィーラス・オーバードです。開きなさい」
ビーッ!
銀色の表面に時折キラリと光る赤い線の入った謎の板きれ。それを扉の脇にあるくぼみに嵌めてクリスエイドがそう名乗る。すると扉がパカッと……開かず、代わりにけたたましい警告音が響いた。
『登録されている名前と一致しません』
「くっ……クリスエイド・スィーラスです。いいから開きなさい!」
『登録者を確認しました。扉を開きます』
「まったく、このポンコツが……っ! 何ですか?」
「いえ、何も? あ、これ自動で開くんですね。便利でいいなぁ」
もの凄く悔しげな顔をするクリスエイドに、それは素知らぬ顔でそう答える。内心では思わず吹き出してしまいそうなのだが、ここで笑ったら割と冗談でなくそのまま殺されそうなので、何とか気を逸らさねば。うんうん、自動で開くなら上下だろうが何だろうがいいよな。くくくくく……
「チッ……まあいいでしょう。もう一度念を押しておきますが、この中にある物はその全てが我が帝国の重要な機密であり、財産です。絶対に勝手に手を触れないように。場合によっては腕を切り落としてでも止めますからね」
「わかりました、気をつけます」
「宜しい。では行きましょう」
シュインと空気が吸い込まれるような音を立てて開いた扉をくぐり、俺達は研究所の中へと入っていく。するとさっきまではまるで日の光に照らされているような明るさだったのに、突然夕暮れ時のような暗さに襲われる。
「あれ、こっちは暗いんですね? それに誰もいない……?」
「通常業務は全て中止させ、関係者は全員別の場所に隔離していますからね。稼働していないので、照明も最低限にしているのです」
「へー」
言われて見てみれば、確かにその辺のワゴンの上とかに紙束が無造作に放り出されていたり、如何にも「急いで撤収させました」という感じが滲み出ている。
「足下に気をつけなさい。ほら、こっちです」
「あ、はい。ありがとうございます」
俺を心配した……というよりは、俺が転んだりして機材が壊れたりするのを気にしたんだろう。実際こんなところで転んでガシャーンとやってしまったらごめんなさいでは絶対済まないので、俺は暗い通路を慎重に歩き進む。
すると程なくして、また同じ作りの扉に突き当たった。なので今度も当然クリスエイドが開き……流石にオーバードは名乗らなかった……中に入ると、今度もまた周囲の景色が一変する。
「これは……!?」
まるで卵のような丸みを帯びたガラスの容器の中には薄く緑がかった液体が満たされており、その上下は金属製の蓋のようなもので閉じられている。下は台座で固定されているが上の蓋からは無数の管が伸びており、それらはガラス容器の隣にある、まるで生き物の内臓のようにぐねぐねと曲がった管の繋がった魔導具に接続されているようだ。
またその魔導具の一部には、まるで<天啓の窓>のような青い光が宿っており、そこには意味不明な単語や数字が表示されている。
何処か有機的でありながら、その全てが無機質。不気味な存在感と言い知れぬ圧力を感じる魔導具が左右にずらりと立ち並ぶ光景に気圧され、俺は思わず一歩後ずさってしまった。
「ほう、お前のような者でも、この魔導具の凄さはわかるようですね」
「は、はい…………あの、これって一体何なんですか?」
「これは『
「ま、魔導具で人を!? いやでも、ローズはちゃんと母親がいるって……?」
「ああ、勿論完全に無から人を作っているわけじゃありませんよ。父は全て皇帝陛下の因子ですが、母親に関しては優れた能力を持つ女性が何人も選ばれ、その因子が用いられます。
なので親となる人物は普通にいますし、手続きをすれば会うこともできます。まあ情を交わしたわけでもない男との間にできた、自分の胎から出てきたわけでもない『我が子』を受け入れるのは、なかなか複雑な気持ちのようですけどね」
「はあ……?」
「フッ。お前のような無知蒙昧な庶民が理解できるとも思えませんし、理解する必要もありません。ただこれらは今までの部屋にあったものなど比較にならない程重要な魔導具です。近づくことすら許しませんから、そのまま通路の中央をまっすぐに歩きなさい」
「は、はい。わかりました」
ギロリと睨まれながら言われ、俺は唾を飲んで頷く。実際説明はよくわからなかったが、これがとんでもない貴重品だということはわかる。足下は硬い床で、黄色く塗られた通路は幅二メートルと十分な広さがあるのに、その重圧のせいでまるで細い縄の上を歩いているような気分だ。
「ふぅ、ふぅ…………あれ?」
そうして緊張しながら歩いていると、
「何かありましたか?」
「いやその、何か壊れてるのがあるなーって……直したりとかはしないんですか?」
「……この魔導具は全て、初代の皇帝陛下がお作りになったものです。その構造はあまりに高度過ぎて、今の我々では簡単な修理すら難しいのですよ」
「えぇ? それは……大丈夫なんですか?」
厳しい表情を見せるクリスエイドに、俺はそう問い返してしまう。スゲー重要っぽい魔導具なのに、壊れたら直せない? じゃあいずれ全部壊れちまったらどうするんだろうか? そんな俺の疑問に、クリスエイドが小さく鼻を鳴らす。
「フンッ、大丈夫なわけないでしょう。オーバードの繁栄を支える要が、遙か昔にもたらされた、修理すらできぬ魔導具であるなど! だから私は……」
「クリスエイド様?」
「……何でもありません。ほら、急ぎますよ。こんなところには長居したくありませんからね」
「……はい」
そう言って背を向けたクリスエイドに、俺は黙ってついていく。どうやらこいつはこいつで、色々と背負うものがあるようだ。年下のローズですら幾つもの厄介事を抱えていたんだから、当然と言えば当然か。
(ま、だからって同情とかはしねーけど)
こいつの都合で俺達が誘拐され、酷い迷惑を被っているという事実は、たとえクリスエイドがどんな事情を背負っていようが変わらない。それに生まれながらのお偉いさんに上から目線で同情なんてできるほど、俺は大した人間じゃねーしな。
ということで、俺達は黙々と
「ここです。この扉こそが、お前に開けてもらいたい扉です」
「これが…………」
赤い光に照らされた、妙に光沢のある謎の金属扉。どうやら俺は遂に、この帝国の行く末を左右しそうな場所に辿り着いてしまったようだ。
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