思わぬ再会

今回も三人称です。



――――――――





 そうして得たフラムベルトのお願いと、その先にあるクルトやローズの救出に向け、ゴレミは早速監獄のある地下から脱出した。その途中幾度も緑の騎士とすれ違うものの結局誰も何の反応も示さず、ゴレミはモップを片手に帝城の庭へと辿り着く。


「……何と言うか、拍子抜けするほど簡単だったデス。こんなバッジ一つで完全無効化とか、敵ではあるデスけど、こんなセキュリティで本当にいいデス?」


 若干の呆れ声でそうこぼすゴレミだが、実のところこれは大きな見当違いだ。あのバッジはあくまでも所持しているゴーレムの所属を偽るだけであり、通常のゴーレムに同じものを持たせたとしても同じ働きはできない。


 というか、そもそも「周囲の状況を把握し、適切だと思える行動を取る」というのはとんでもない量の情報を処理し、かつその全てに対応するための命令をあらかじめ与えておかなければならないのだ。


 ならばこそ「単独で人間のように高度な自己判断ができるゴーレム」など想像の埒外であり、そんな例外にクリスエイドの対策が及ばないのは、むしろ当然のことであった……閑話休題。


「とはいえ、イージーモードはここまでなのデス。むしろ本番はこれからなのデス」


 ガチガチと自分の頬を叩いて、ゴレミが気合いを入れ直す。牢獄と違い、フラムベルトの部屋がある帝城には当然普通の人間もいる。そして普通の人間には、ゴレミが腰につけているバッジは何の効果も示さない。姿を見られればあっという間に侵入者として通報され、捕縛されてしまうことだろう。


「まずは秘密の入り口を探すデス。えーっと、多分この辺だと思うデスが……」


 そしてその都合上、正面から入ることはできない。故にフラムベルトに教えられた場所をゴソゴソと探すと、植え込みの中にある地面に、うっすらと亀裂が入っているのを発見した。


「多分これなのデス! お城を正面にして、左上を三回、右下を五回、左上を……」


 その四角い枠の角を、教えられた通りにコンコンとノックしていく。すると最後に指定された場所をノックした瞬間、地面にスッと四角い穴が開いた。


「おおー、流石はオーバードなのデス。無駄に凝ってるのデス」


 感心しつつも、ゴレミは迷うことなく穴の中にその身を躍らせる。そこからは時に地を這い、時に梯子を登ったりして進んでいき、最後に突き当たりとなった場所の壁を力一杯押すと、その先にあったのは豪華な……だが生活感のない部屋のなかであった。


「侵入成功なのデス!」


 そこは既に城を出ている皇族の一人に割り当てられた部屋。主がいないからこそ定期的な掃除以外では人が来ることのない安全地帯。そこでゴレミは体についた埃などをはらうと、扉の外の様子を窺う。


(今のところ人の気配はなさそうデスが……)


 フラムベルトの部屋に直接通じるような抜け道は、間違いなく見張られている。そのためこの部屋に来たわけだが、そのせいでここからフラムベルトの部屋までは普通に廊下を移動しなければ辿り着けない。


 ひとまずすぐ近くに人の気配はなさそうということで、ゴレミはそっと扉を開いて、その隙間から外を覗く。すると通路に人影はなく、ならばとゴレミはささっと外に出て移動を開始した。


(部屋を出てから左に曲がって、まっすぐ行って二つ目の角を……)


 頭の中で道順を確認しながら、ゴレミは静かに急ぐ。すると前方から足音がしたので、ゴレミは即座に足を止め、調度品の影に身を隠す。


ガチャン、ガチャン、ガチャン……


(あ、緑の騎士だったデス。なら隠れなくていいのデス)


 その姿を確認し、ゴレミは物陰から立ち上がって歩き出す。だがすぐに前方から、もう一つ足音が近づいてきていることに気づいた。見れば通路の奥から、ゴレミのものとは違うちゃんとしたメイド服に身を包んだ女性がこちらに向かって歩いて来ている。


(ウギャー!? 騎士の足音が大きすぎて気づかなかったデス!? ここは一旦引き返して……あーっ!?)


 クルリと回って来た道を戻ろうとすると、今度は背後からも別の足音が近づいてきた。そちらも緑の騎士なら問題ないが、有事であるせいか普通の人間の騎士も完全武装しているため、足音だけではその判別ができない。


(や、やっちまったデス!? いやでも、後ろから来られたら物陰に隠れてたって結局秒でばれるデス。段ボール、段ボールが欲しいデス!)


 そんなゴレミの悲痛な叫びが誰かに届くことはない。どうしてもとなれば前方のメイドならゴレミのパワーで取り押さえることが可能だろうが、そこまで不審な動きをしてしまえば流石の緑騎士も「お掃除ゴーレム」として見逃してはくれなくなるし、何より無関係な一般人を巻き込むのは宜しくない。


 それはゴレミの精神性や倫理的な問題のみならず、クリスエイドに「皇太子フラムベルトがゴーレムを使って使用人を襲った」と責める口実を与えてしまうからだ。フラムベルトは善人ではあるが、それ以前に権力者であるということを理解しているゴレミからすると、暴走した自分ゴーレムを処分して幕引き……などというのは到底受け入れられないので、それならいっそ捕まってしまった方がまだいいくらいである。


 もっとも、それはあくまで最悪の場合。今はまだどうにか誤魔化す手段があるのではと、ゴレミは必死に頭を働かせる。


(壁際に立ってジッとしてたら、ただの石像ってことで見逃してもらえたりしないデス? もしくは全力疾走してメイドの横を走り抜けるとか……この場は逃れられても、鍵の回収ができなくなるデス。


 いやでも、どっちみち見つかれば回収なんて無理デスし、ならワンチャン逃げてみるのも……)


「入りなさい」


 と、頭から煙が吹き出しそうなほど悩むゴレミのすぐ側で、不意に扉が開いて中から声が聞こえてくる。内部に人の気配がある部屋など隠れ場所としてあり得ないので端から除外していたのだが、内部から呼びかけられれば……ましてやその声にどこか聞き覚えがあるとなれば話は別。


 刻一刻と足音が近づいてくるなか、ゴレミは素早く、だが不自然ではない動きで扉の隙間から部屋に入り込んだ。すると扉を閉めた部屋の主が、目を丸くしてゴレミに声をかけてくる。


「まさかこんなところで、また貴方の姿を見ることになるとはね」


「えっと……あっ! ローズのお姉さんの、ガーベラなのデス!」


 その顔を見てゴレミが名を呼ぶと、ガーベラことガルベリア・スカーレットが嬉しそうに顔を輝かせる。


「そう、私よ! よかった、ちゃんと覚えてるみたいね。まあ私のことを忘れる人なんて、この世界に一人だっていないとは思うけどね!」


「おぉぅ、その自信満々なところが懐かしいのデス! 多分そんなキャラだった気がするのデス!」


「何よ多分って! そっちこそ、その無礼な態度はまったく変わってないわね。ま、いいけど。


 それで貴方、こんなところで何をしているの? 知ってるでしょうけど、今ここは大変なことになってるのよ?」


「実は……」


 問われて、ゴレミはここに至る経緯をガーベラに説明していく。すると最初は静かに聞いていたガーベラが、徐々にその表情を変えて興奮を露わにしていく。


「そんな!? まさか既にフラムベルト殿下が捕まっていたなんて……それにローズまで!? 一体お城はどうなってるのよ!?」


「あんまり細かいことはゴレミにもわからないデス。ただみんなを助けるのに、フラムの部屋にある鍵が必要なのデス」


「そう。そういうことなら……ちょっと待ってなさい」


 そう言って、ガーベラがゴテゴテと宝石を飾り付けられた、ピンク色の小さなタンスを漁る。普段の言動とは裏腹に、実は少女趣味的な可愛いものが好きなガーベラがそうして取り出したのは、銀の素体に赤く光る線の入った、手のひらくらいの大きさの長方形の板。


「これを持って行きなさい。殿下のものほどの権限はないけれど、研究所に入るだけならこれでも大丈夫よ」


「えっ、いいんデスか!?」


「いいわよ。クリスエイド兄様がおかしくなったのは、私が見つけた『禁書庫』の情報のせいってこともあるし……それにそもそも殿下のお部屋は監視が厳重すぎて、とてもじゃないけど近づけないわよ。


 まあそのバッジがあれば平気なのかも知れないけれど、別に無理をする必要はないでしょ?」


「それはまあ、そうデスけど……でも、これを手放したらガーベラは困るんじゃないデス?」


「そりゃ勿論困るわよ! だからちゃんと返しに来なさい! ローズと、あとあの歯車の男の子も特別に一緒でいいわ。全員揃って私のお茶会に招待してあげるから……ちゃんと無事に帰ってくるのよ」


「ガーベラ……わかったのデス! ゴレミは絶対に約束を破らないのデス!」


「ふふっ、期待してるわよ」


 板鍵を受け取って力強く頷くゴレミに、ガーベラが笑う。その後は自ら扉を開いて外の様子を窺うと、誰もいないことを確認してゴレミを手招きした。


「ほら、今よ。さっさと行きなさい」


「ありがとうデス、ガーベラ!」


「いいから! ……妹を宜しくね」


 立ち去っていくゴレミに、ガーベラは小さくそう呟いてから扉を閉める。なお、その後すぐに「あれ? でも今って城内全域に強力な魔力阻害がかかってて、遠隔系のスキルは軒並み使いづらくなってるはずよね? あの子、どうやってゴーレムを操ってるのかしら?」と首を傾げることになるのだが……それはまた別の話である。

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