それは路傍の石の如く

今回と次回は三人称です。ご注意ください。


――――――――




(あれは……袋デス?)


 通気口を塞ぐ格子の隙間から伸びてきたのは、紐付きの茶色い小袋であった。それが数度ブラブラと揺れて自らの存在をアピールすると、次は二度上がったり下がったりを繰り返した後、三度目で落下してくる。


(うおっと!? ゴレミキャーッチ!)


 わかりやすい予兆もあったため、通気口の下にいたゴレミはそれを危なげなく受け取ることに成功した。そのまましばし通気口を見つめていたが、どうやら追加で何かが落ちてきたり出てきたりすることはないようだ。


(ふむん? 状況からして罠ってことはなさそうなのデス。なら中身を確かめてみるデス)


 紐で縛られた小袋の口を開け、ゴレミが中を覗き込む。するとそこには小さく折りたたまれた紙切れが一枚と、親指の爪くらいの大きさの白い球、それに何処か見覚えのあるバッジが入っていた。


(これは……あ、確か前につけてたやつデス! こっちの紙は……ほほぅ?)


 紙切れにはバッジと白い球の使い方、それにとある人物の救出作戦が書かれていた。それによると、このバッジをつけていれば、緑の騎士からは清掃作業中のゴーレムとして扱われるらしい。


(ステルス迷彩なのデス! 一周目なのに二周目特典なのデス! 無限バンダナも欲しいのデス!)


 そんな風に興奮しながら、ゴレミは以前と同じく服の腰辺りにバッジを装着した。ただし当然、ゴレミの姿が透けて見えなくなったりはしない。


(むぅ、実際に効果を確認するまではちょっと不安なのデス。でも試そうと思ったらそもそも敵の前に出ないといけないというのが怖いのデス。


 えーい、女は度胸なのデス! 愛嬌は既に溢れかえっているのデス!)


 どのみち他に、ここから出る手段は思いつかない。ゴレミは部屋の片隅に立てかけられていたモップを手に持つと、あえて普通に保管庫の扉を開いた。するとその向こうの小部屋では案の定椅子に座った騎士がおり、無機質な動きでジッとゴレミを見てくる。


「お掃除完了なのデス! 次の掃除場所に向かうのデス!」


「……………………」


 騎士が注目してくるなか、ゴレミは小部屋から通路に出るための扉を開いて何食わぬ顔で出て行く。そうして特に捕まったりすることもなく通路の角を曲がると、ゴレミは漸くその緊張を解いて壁にもたれかかった。


「プハーッ! 緊張したデス! めっちゃ緊張したデス! マスターとの初夜くらい緊張したデス!」


 呼吸などしていないのに息を吐く動作をとり、心臓の代わりにコアの入っている胸を押さえてゴレミが言う。ちなみに「初夜」とはゴレミとクルトが初めて一緒に寝た日のことだが、それを突っ込む人物は残念ながらここにはいない。


「にしても、本当にスルーされたのデス! 入った記録もないのにお掃除メイドが出てくることを気にしないとか、あの騎士の目は節穴オブジイヤーなのデス! 緑の六号なのデス!


 でも、これなら救出作戦の方も何とかなりそうなのデス」


 紙切れに書かれていた内容に従って、ゴレミは通路を進んでいく。地図ではなく通路の分岐事に曲がる、通り過ぎるを矢印のみで書き連ねられたそれは相当にわかりづらく、一つ間違うだけで最初の小部屋まで戻らねばわからなくなるような代物だったが、ゴーレムであるゴレミは、意図しなければ一度見た内容を忘れない。


 故にゴレミはスイスイと幾つもの角を曲がり、あるいは通り過ぎ、階段を上って緑の騎士とすれ違いながらも進んでいく。そうしてしばらく歩いていくと、ゴレミは遂に目的地である豪華な牢の前に辿り着くことに成功した。


「ゴ、ゴ、ゴゴゴのゴー♪ お掃除ゴーレムゴゴゴのゴー♪」


「っ!?」


 鼻歌を口ずさみながら通路の角から出現したゴレミの姿に、フラムベルトが思わず息を飲む。すぐに牢の側に立っている騎士に視線を向け、騎士が無反応であることにまた驚愕したが、ゴレミはそんなフラムベルトを気にすることなく、床にモップをかけながら牢の方へと近づいていく。


「お掃除ゴーレムが来たデスよー。オーバードの最新技術をてんこ盛りにした試作機がやってきたデスー。いくら可愛くて高性能だからって、お仕事の邪魔をしちゃ駄目デスよー。特に鉄格子を掴んでガンガン揺らしたりしたら、埃が舞い散るので絶対に駄目なのデスー」


「っ!? お、おい! 今すぐこの私をここから出せ!」


 ゴレミの言葉にすぐに反応し、フラムベルトは鉄格子を掴んで力の限り揺らし始める。するとこれには流石に緑の騎士も反応し、フラムベルトの方を向いて腕を掴む。


「ぐっ!? は、離せ! 私を誰だと思っている!?」


「おっと、足下にゴミが落ちてるデス。優秀なお掃除ゴーレムは塵一つ見逃さないのデス」


 鉄格子を挟んで取っ組み合いになるフラムベルトと騎士。騎士の視界が背後をカバーしていないのはクルトとのやりとりでわかっていたので、ゴレミは慌てず騒がずその場にしゃがみ込むと、ポケットからこっそり取り出した白い球を床の上に置き……気合いと共にそれを踏み潰す。


「ではいくデス……ドーマンセーマン、悪霊退散! デス!」


パキッ!


「あうっ!?」


「…………!?」


 瞬間、ゴレミの視界に激しいノイズが走る。ごく近距離にのみ発生した強力な魔力波によって、その意識が一瞬だけシャットアウトされたのだ。


 その影響は、人間であるフラムベルトには何もない。しかし同じく人間であるはずの緑の騎士の腕からは力が抜け、その巨体がふらりと倒れ込みそうになる。クリスエイドの改造・・の補助として騎士の兜の裏側には自意識や精神に影響する魔導回路がびっしりと引かれており、それがショートしたことで騎士の脳にも多大な負荷がかかったからだ。


「おっと、危ないデス! こんな格好で倒れたら大騒音が……違うデス、大丈夫デスか? 大丈夫じゃないデス? じゃあここで少し横になるといいのデス。二四時間戦わされるのは勇気ではなくイエローカードのブラック企業なのデス」


 そんな騎士を持ち前の腕力で支えると、ゴレミは音がしないようにそっと床に横たえた。その後は腰の辺りをまさぐり……そこに何もないことに愕然となる。


「あ、あれ? 鍵がないデス!? ゴレミ、何かやっちゃったデス!?」


「ああ、そうじゃない、この扉は物理的な鍵では開かないんだ。その騎士の右手をここの……この部分に触れさせてくれ」


「了解デス! ふんしょー!」


 フラムベルトに言われ、ゴレミが騎士の体を持ち上げつつ、ぐでんと垂れ下がった腕を取って所定の位置に触れさせる。するとカチッという軽快な音が鳴り、同時にフラムベルトを閉じ込めていた牢の扉が開いた。


「おおー、開いたのデス!」


「ありがとうゴレミ君。でも、どうして君がここに? それに何故騎士が君に反応しなかったんだい?」


「それはデスね――」


 フラムベルトに問われ、ゴレミはここまでの経緯を手早く説明する。すると話を聞き終えたフラムベルトはわずかに考えこんでからその口を開いた。


「ふむ……その話からすると、ゴレミ君を手助けしたのはロッテだろうね」


「ロッテ?」


「私の護衛兼メイドだよ。君も会ったことがあるだろう?」


「えっと……あっ! 確かゴレミとキャラが丸被りしてるメイドがいたデス!」


「いや、それは……まあいいや。しかしクルト君が連れて行かれたとなると、私の方も急ぎ動かねばならないな。だが……」


 そこで一旦言葉を切ると、フラムベルトが苦い表情を見せる。


「何か問題デス?」


「ああ。クルト君が向かったのもローザリアが捕らわれているのも、おそらくは全て城の地下にある研究所だ。だがあそこに入るには鍵がいる。私も当然持っているんだが……それは私の部屋に置いてあるんだ。


 だが、流石に私が取りに戻ることはできない。そこで相談なんだが、ゴレミ君、君がその鍵を回収してきてくれないか? クリスエイドの騎士に感知されない君なら、私よりずっと確実に鍵を回収してこられるはずだ」


「わかったデス。ゴレミにお任せなのデス!」


「ははは、頼もしい答えだね。なら鍵が回収できたら戻ってきてくれ。私はここで待っているから」


「え、ここでデス!? 騎士の人を倒しちゃったデスし、すぐに誰か来るんじゃないデス?」


 ゴレミのもっともな疑問に、しかしフラムベルトはニヤリと笑う。


「大丈夫さ。ロッテの仕込みなら、倒されたことが周囲に伝わるような下手は打っていないだろう。であればむしろここは安全だ。クリスエイドの陣営は、どうも人手不足らしいからね」


 万が一皇帝が突然死でもしなければ、今のフラムベルトに大した活用法はない。とはいえクリスエイドからすれば敵側のリーダーであるフラムベルトにたった一人の騎士しか見張りをつけていない時点で、人材が足りていないのは目に見えている。


 加えて今までここには、交代時間になるまで別の騎士がやってくることがなかった。つまり急にクリスエイドの意識が変わるでもない限り、次の交代時間である五の鐘(午後二時)までは、ここは安全が確保されていると言えるのだ。


「そういうことなら、大急ぎで取ってくるデス! ゴレミギアソリッドの開始なのデス!」


歯車ギア……? よくわからないけれど、よろしく頼むよ」


 まだまだゴレミのノリについていけないフラムベルトが微妙な表情を浮かべるなか、ゴレミは全身にやる気を漲らせて拳を握った。

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