いつかの約束
「ふぅ……さて、もうそろそろ話も終わりでいいだろう。私の方も大分きつくなってきたしな」
長い長い語りを終えて、ジルさんが疲れたように息を吐いて言う。するとその言葉に、ローズが驚いてジルさんの顔を見上げた。
「なんと、ジル殿は体調が悪かったのじゃ!? それは引き留めてしまって申し訳なかったのじゃ」
「いや、体調の問題ではない。言っただろう? 私は魔物だと。ダンジョンの思惑に縛られた存在なのだと」
「む? それはどういう……?」
「元々曖昧な召喚条件であったところに、私が無理矢理割り込んだ形だったからな。幼子の吹いた『
「「「なっ!?」」」
その言葉に、俺達のみならずちょっと離れたところにいたカイ達もまた驚きの声を上げる。
「おいおいマジか!? そのエルフの人、魔物に戻っちまうのか!?」
「そんなことになったら大変だよ! ダンジョンに入ってすぐにエルフと会えるなんて、<
「ぐずっ……それどころじゃないでしょ、バカピート!」
目を真っ赤にしたシルヴィが、ピートの頭を杖でゴツゴツと叩く。あまり力は入ってなさそうだが、ある程度はいつもの調子を取り戻したらしい……とまあそれはそれとして、確かにこいつは大事だ。
俺は直接見てはいないんだが、ジルさんがとんでもなく強いというのは話に聞いただけでもわかる。何より「誰も辿り着けないほど奥」にいる魔物が弱いはずがない。
もしそんなのが入り口付近に居座ったりしたら? 入ってすぐにほぼ全ての探索者が皆殺しにされ、あっという間に<
無論、長い年月の果てにいつか誰かが
(それは見たくねーな)
出会ってまだほんの少しだが、ジルさんのローズを見る目はどこか優しかった。こんな人が人間を殺しまくる姿も、人間に殺されて霧に変わる様子も、俺は絶対に見たくない。
「フッ、安心しろ。確かに私を急き立ててくる意思は感じるが、すぐにどうこうという話ではない。少なくとも元いた場所に帰り着くまでくらいは意識を保てるだろうし……何より周囲に人間がいなければ、この衝動そのものが起こらない。
故に私がこのままここを去れば、何も問題はない。私の失敗魔法による影響もじきに消えるだろうから、何もかもが元通りだ」
空を見上げて、ジルさんが言う。俺には何もわからねーが、その確信に満ちた表情からすると、ひょっとしたらジルさんには魔力とか空間とか、そういうのの乱れが見えているのかも知れない。
「…………では、もう会えないのじゃ?」
そんななか、ローズがぽつりと寂しそうに問う。するとジルさんは少しだけ微笑みながら、ローズの頭にポンと手を乗せた。
「会えんだろうな。幼子があの角笛を使いこなせるようになれば別だが、それでも私がダンジョンに縛られた魔物であることに変わりはない……と、そうだ。幼子よ、もしよければその『
「笛を? 何故なのじゃ?」
「さっきも言ったが、それで喚び出されたことで、私は一時的にとはいえ持ち場を離れることも、『
どうだ? 無論礼はするぞ?」
「ははは、礼などいらぬのじゃ。皆を助けてもらい、妾の血の話を聞かせてもらって、既にこっちがもらい過ぎなくらい……っと、違う! この笛の半分はカイ殿達の取り分だったのじゃ!
のうカイ殿、これなのじゃが……」
「あー、いいよいいよ」
ハッとそれに気づき、やや不安げに振り返ったローズに対し、カイが苦笑しながらヒラヒラと手を振ってみせる。
「こうして命が助かったんだから、俺達だって十分だしな。まあ正直もらえるもんはもらっときたい気はするけど……」
「やめといた方がいいよ、カイ君。『荷物持ちの王様』みたいになっちゃうから」
「だよなー」
ピートに言われて、カイが頷く。「荷物持ちの王様」とは、ドラゴンに挑んだ勇者がドラゴンと相打ちになり、唯一生き残った荷物持ちがドラゴンの財宝を全て手に入れて王様になるという話だ。
だが自分が強いわけでも賢いわけでもない荷物持ちはあっさりと周囲の人間に騙されたり利用されたりしてしまい、最後には妬みから「実はあいつこそが勇者とドラゴンを相打ちさせて宝を独り占めした悪党だったんだ!」と糾弾されて処刑されてしまう。
この話の教訓は、「身の丈に合わない宝を手に入れても不幸になるだけ」というもので、自分の力で手に入れられないものは自分の力で守れないどころか、自分より強い奴にそれを狙われて酷い目に遭うという、世の真理にして理不尽を煮詰めたような話なのだ。
「あ、あのっ! 私、欲しいものがあります!」
が、そこでシルヴィが唐突に声をあげる。皆が注目するなか、シルヴィが意を決したように口を開き……
「わた、わた、私と結婚してください!」
「「「……は?」」」
予想外過ぎるその願いに、俺達は思わず間抜けな声をあげてしまう。その上ですぐに反応したのは、流石は幼馴染みというべきかカイとピートだ。
「お、おいシル、いきなり何言い出してんだよ?」
「そうだよシルちゃん、流石にそれは唐突すぎない?」
「い、いいでしょ! だって、遠い祖先にエルフがいるっていうより、エルフのお嫁さんの方が凄いじゃない! それにこれなら、私の子供には間違いなくエルフの血が流れるのよ!?」
「あー、まあそりゃそうだろうけど……」
「シルちゃんにとって、エルフ要素ってそこまで譲れないものだったの!?」
「そうなのよ! で、どう……ですか?」
そうお伺いを立てるシルヴィに、ジルさんが端正な顔立ちを歪ませる。
「む……すまぬが無理だ。そもそも私の体はダンジョンが生みだしたものだから、仮に私と結婚したとしても、子を作るのは無理だろう」
「うぅぅ…………」
「だが……そうだな。いずれは真なる肉体を取り戻し、外の世界に出たいとは考えている。もしその時に縁があれば、孕ませるくらいはしてもいい」
「ほ、本当ですか!? 絶対! 約束ですからね!」
「う、うむ。わかった」
「やったー! やったわよカイ、ピート! エルフのお嫁さんってなれば、そこらのお貴族様と結婚するよりずっと凄いもの! これで人生勝ち確よ!」
「お、おぅ。そうか……何かスゲーな、シル。そこまでいくと尊敬しちゃうぜ」
「そう? 僕は『女の子って怖いな』としか思えないよ……」
「うぉぉ、元気な子供が産めるように頑張るわよー!」
拳を握って気合いを入れるシルヴィと、それを何とも言えない表情で見守るカイとピート。そんな彼らの様子を俺達もまた微妙な表情で見つめてから、ローズはゴレミから受け取った角笛をジルさんに差し出した。
「では、これはジル殿に差し上げるのじゃ。いつかジル殿の悲願が達成され、再会できる日を楽しみにしておるのじゃ」
「私も幼子との再会を楽しみにしておこう。それまで賢く、壮健に過ごせ。それと……おい、貴様。それにゴーレム」
「ん? 俺ですか?」
「何デス?」
「……我が同胞を、よろしく頼む」
スッと、ジルさんが頭を下げた。その短くも万感の籠もった言葉に、俺は全力で答える。
「任せてください! 俺達は最高の
「おはようからおやすみまで、暮らしを見つめるゴレミなのデス!」
「いや、流石にそこまで見つめられるのはちょっと窮屈な気がするのじゃが……とはいえ、二人共よろしく頼むのじゃ」
「おう!」
「はいデス!」
ローズと俺とゴレミ、三人で手のひらをパチンと打ち付け合う。それを見たジルさんが小さく微笑んでから背を向けたのを確認し、俺達もまた歩き出し……こうして誰一人欠けることなく、俺達は異変の起きた<
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