エルフの血

「「「エルフーっ!?」」」


 さらりと告げられたジルさんの言葉に、俺達は全員揃って驚愕の声をあげる。


「え、マジか? エルフって実在すんのかよ!?」


「確かに耳が尖ってるデス! キレやすい一〇代の若者よりキンキンなのデス!」


「なあピート、情報が多すぎて、俺もうちょっと気持ち悪くなってきたんだけど」


「エルフ……本物!? うわー、耳とか触らせてもらえたりしないかな?」


「あ、あのっ!」


 それぞれが勝手な思いを口にするなか、シルヴィがひときわ大きな声をあげた。皆がそちらに視線を向けると、ローズが皇女様だって告白した時より緊張した面持ちのシルヴィが、意を決したようにその口を開く。


「わた、私……村に、エルフが……だから、その…………っ! わ、私にもエルフの血が、流れ……流れてますかっ!?」


「うん? いや、お前からは同胞の血を感じない。お前にエルフの血が流れていることは万に一つもあり得ないだろう」


「そ、そんなぁぁぁ……」


「まあまあ、そう落ち込むなってシル。そんなの最初からわかってたことじゃん」


「そうだよシルちゃん。今までと何も変わらないよ」


「変わるわよ! 限りなくゼロに近くても『血を引いてるかも知れない?』って可能性があるのと、完全に違うって言われるのは、全然違うのよ! うわーん!」


 ヘナヘナとその場にへたり込み、そのまま泣き出してしまったシルヴィに対し、慰めているカイとピートが困り顔を浮かべる。うーん、あっちはあっちで大変そうだが、こっちはこっちでやることもあるので、まあ何とか頑張ってもらおう。


「おーい、ローズ? 大丈夫か?」


「……はっ!?」


 ということで、俺はゴレミよりも石像っぽく固まっていたローズの肩を揺すって声をかける。すると我に返ったローズが、そのまま空でも飛ぶんじゃないかという勢いで首を横に振り始めた。


「いや、いやいや、いやいやいや!? 妾にエルフの血が流れておるじゃと!? そんなことあり得ぬのじゃ! 曲がりなりにも妾はオーバードの皇族じゃぞ? 当然母となった者の血筋など調べに調べ尽くされておる! そこにエルフが混じっていたとなれば、騒ぎにならぬはずがないのじゃ!」


「オーバードなる国は知らんが、であれば遡ってもわからぬほど遠い祖先にエルフがいたのではないか? 幼子に感じる血の量は、それこそ一滴にも満たないような極小だからな」


「一滴!? まあ、それほど遠い祖先であれば、あるいは……って、違うのじゃ! そんなに遠い祖先の血など、一体どれほどの意味があるのじゃ!? 血の影響があるのなぞ、精々三代か四代目くらいまでじゃろう?」


「それはあくまで人間の話だろう? 我等エルフであれば、世代など関係ない。何せエルフの血は量は減っても、薄まることはないからな」


「何!? それは一体……?」


 平然と謎の発言をするジルさんに、ローズが眉間に皺を寄せて問う。するとジルさんは、今回も丁寧に説明してくれた。


「人間同士であれば、確かに血は混じって薄まるのだろう。二つの血が混じって生まれるのは受け継がれつつも別物の血であり、二つ三つと世代を重ねれば最初の血など何処にあるのかわからないほどに混じりきっているはずだ。


 だがエルフの血は違う。エルフの血は他者と混じらない。父と母からはきっちり半分ずつの血を受け継ぎ、世代を重ねることで四分の一、八分の一と比率こそ下がるものの、受け継いだ血そのものが薄まることはないのだ。


 とはいえエルフ同士の婚姻であれば、相性の良い血同士が融和して一つの血となったり、力ある血がそうでない血を取り込んだりすることで無限に違う種類の血が体を巡るなどということはないのだが……相手が人間であれば話は別だ。何とも混じらぬエルフの血は、未来永劫残っていく。


 無論世代を重ねるごとに、受け継がれる血の量は減っていくだろう。だがたとえ広大な砂漠に飲まれたとて、黄金が砂になることはない。幼子よ、それがどれほどわずかであろうとも、お前の体には間違いなく、遙かな過去から受け継がれたエルフの血が流れているのだ」


「なんと…………」


 あまりにもスケールの違うその話に、ローズが呆然とジルさんを見つめている。横で話を聞いているだけの俺ですら「エルフの血、とんでもねーな」とか思ってるくらいなので、ローズ本人がどれほどの衝撃を受けているかは想像に難くない。なら……


「なるほどなぁ。ローズが馬鹿みたいな魔力を持ってるのは、エルフの血を引いてたからなのか。納得だぜ」


「普通の人間が突然あり得ない量の魔力を手に入れたことに比べたら、説得力が段違いなのデス」


 未だ戸惑っているローズに、俺達は気楽な感じでそう声をかける。それで少しでも落ち着きが戻ればと思ったのだが、逆に何かを思いついたように、ローズが再び疑問を口にする。


「そ、そうじゃ、魔力! 妾の魔力がエルフの血の影響であるというのなら、何故妾だけなのじゃ? 母は優秀な魔法士であったと聞くが、それでも常識の範囲内だったのじゃ。何故妾だけがこんな……強く濃すぎるせいで魔法を前に飛ばすことすらできぬような魔力を宿しておるのじゃ!?」


「それは血の量の問題だな。血の力は魂が血と親和することで覚醒するが、流れる量が少なくなればそれだけ親和は難しくなる。五世代目くらいまでなら力業で目覚めさせることもできなくはないが、流石にそこまで少なくなってはよほど魂と血の相性がよくなければ、力に目覚めるのは不可能だろう」


「つまり妾の母や祖父母などは血と魂の相性がよくなかったので力に目覚めず、妾は相性がよかったので目覚めたということなのじゃ?」


「そうだな。正直その量まで減っていたら、五世代一〇世代と遡っても大した違いはない。それに幼子とて、戦いの最中の時の状態であればまだしも、今の状態では目覚めたとはとても言えん。


 何百万、あるいは何千万人に一人というレベルの相性のよさがあってなお、魂の端にほんのわずかに血が触れただけ……それが幼子の今の状態だ」


「妾が……妾が本当に…………? あっ!?」


 ジルさんの言葉を噛みしめるように自分の手を見つめていたローズが、不意に大きな声を出す。


「エルフというのは長寿じゃと聞いたのじゃ! ならば妾も普通の人より長生きするのじゃろうか?」


「うん? エルフが長寿なのは、幼少期に魔法によって身体を活性化し、病に対する耐性を身につけさせているからだ。その過程で成長も老化も遅くなり、結果としてエルフは五〇〇年ほどの寿命を持つこととなった。


 だが幼子よ、一二歳でその見た目ということは、お前はその魔法をかけられてはいないのだな?」


「当然なのじゃ。妾にエルフの血が流れていることすら誰も知らなかったのに、エルフの魔法などかけられているはずがないのじゃ」


「ならば成長も寿命も、普通の人間と変わらぬはずだ。そもそも自然の状態でそこまで寿命が違ったら、互いの間に子供などできるはずもないだろう」


「それは確かにそうじゃな。ああ、よかったのじゃ……」


「あれ? 何だよ、ローズは長生きしたくねーのか?」


 何故かホッとした表情で胸を撫で下ろすローズに、俺はそう問いかける。するとローズは軽く苦笑しながらそれに答えてくれた。


「ははは、人並みに長生きしたいとは思っても、五〇〇年も生きたいとは思っておらぬのじゃ。むしろ妾だけが皆に置いていかれたら、きっと寂しくて泣いてしまうのじゃ」


「そっか。じゃあ結局、ローズはローズってことだな」


「うむ! しかしクルトはそれでよいのじゃ? ほんのちょっととはいえ、妾は人間ではないのじゃぞ?」


 改めて言う俺に、ローズが上目遣いでそう問うてくる。なので俺はその頭をちょっとだけ乱暴に撫でながら笑う。


「ハッハッハ、ゴレミと一緒にいる俺が、今更そんなこと気にすると思うか?」


「そうなのデス! ほんのりエルフのローズと違って、ゴレミは一〇〇パーセント混じりっけなしのロックゴーレムなのデス!」


「何じゃその表現は! じゃが、ふふふ……確かにそうじゃな」


 エルフ混じりのお姫様だろうがダンジョン生まれの石娘だろうが、俺にとって大事な仲間で友人であることに何の変わりもない。


 こうしてジルさんの爆弾発言は、仲間の新しい一面を知ったという、ただそれだけのオチで終わりを告げた。

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