真・なし男
途中から三人称になります。ご注意ください。
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「じゃ、クルト。早速移動するのか?」
「いや、それはカイ達が逃げるならって話だから、そうじゃないならここの方がいい」
「え、ここ? ここじゃ敵から丸見えになっちゃうよ?」
俺の言葉に、ピートがそう言って首を傾げる。確かにここは広場なので、上から見れば俺達の姿が丸見えになってしまう。だがそんな懸念は当然織り込み済みだ。
「そりゃそうなんだが、逃げるんじゃなく迎え撃つって決めたからな。それなら視界が通った方がいいんだよ。つーか、今更だけどあの感じだと森の木を盾にするのも難しそうだし」
そう言って、俺は近くの木をコンコンと軽く叩く。その感触は普通の木と何ら変わらないのだが、実際には大きく違う。
「ここの木って、木に見えても本質はダンジョンの壁だろ? 幾ら魔物でも壊せねーはずだから、普通ならあんなでかぶつ、木に遮られてまともに歩けねーはずなんだ。
でもあいつは普通に歩いてる。ってことはあいつの体、この木をすり抜けるんじゃねーか?」
「おお、それは確かにありそうなのデス。実際足音は聞こえるのに、木が折れるような音は全然聞こえないデスし、足つぼマッサージを痛がる様子もないデス」
「足つぼって……いや、確かに実体があるならそうなるのか?」
「想像したらちょっと痛そうね」
俺の説明を受けてゴレミが口にした言葉に、カイとシルヴィが若干顔をしかめる。不壊であるダンジョンの木に足つぼを刺激されて痛がる霧の巨人というのはなかなかに愉快な絵面だが、今はそれはおいておくとして。
「俺が一番やられたくないのは、あの人型が崩れてブワッと森全体に霧として広がることだ。そうなったら俺達には何の対抗手段もない。
でも俺達の姿が見えてれば、あの人型のまま相手をしてくれそうじゃねーか? 人型で移動してるなら、人型じゃないと物理的な攻撃はできねーとか、そういう縛りがある可能性もあるし」
「うーん。そう言われれば、そんな気がしなくもないけど……でも、根拠はないわよね?」
「ハッハッハ、さっきからずーっと、根拠なんて何もありゃしねーよ。何となくの予想をこれでもかと積み上げて、都合のいい理想に仕立て上げなきゃそもそも勝負にならねーんだからな」
肩をすくめて言う俺に、その場の全員が苦笑いを浮かべる。常識は既に俺達の全滅を示唆しているので、そこから逆転するには都合のいい奇跡を連発してもらうしかないことなど、皆わかっているのだ。
「それではクルトよ、妾はここでもう一度この角笛を吹けばよいのじゃ?」
「ああ、そうだ。頼…………あ、いや、ちょっと待ってくれ」
頼むと言いかけて、俺は自分で自分の発言を止める。
さっき笛を吹いた時、ローズは別に加減したわけじゃないだろう。ということはもう一度吹いても結果は同じ……霧の巨人がもう一体増えるだけで終わるかも知れない。
なら、少し条件を変えてみた方がいいのか? 例えばさっきの全力を超える全力とか……あっ!?
「あー、俺は馬鹿か!? この状況なら使わねー手なんてねーじゃねーか! おいローズ、今すぐ回すからスカートめくれ!」
「「「えっ!?」」」
俺の発言に、カイ達が驚愕の表情を浮かべる。そしてそれとは別に、ローズもまた顔を赤くして身じろぎする。
「な!? こ、ここでなのじゃ!?」
「ああ、そうだ。秘密にしときてーのはわかるんだが、流石に隠れてやる程の余裕はねーだろ。俺が入って力が出たら、その状態で笛を吹いてくれ」
「む、むぅぅ…………わ、わかったのじゃ」
「ちょっ、ちょっと!? クルトとローズちゃんは何を話してるわけ!? いきなりスカートを捲れとか、俺がは、入って、で、出たらとか、そんな……こんな時に何するつもりなのよ!?」
「シルヴィ、静かにするデス。マスターはローズを回す準備をしているのデス。邪魔してはいけないのデス」
「ま、マワす!? ちょっと、本当に何考えてるの!? あーっ!?」
何だかシルヴィがやたらと騒がしかった気がするが、俺はそれを無視してローズのスカートの中に頭を入れる。いつもより若干ムシムシしている気がするが……流石にそれを言ったら後頭部がベコベコになるまで叩かれるであろうことくらいはわかる。沈黙は金なのだ。
ということで……さて、それじゃ今回も回していきますか!
「むぅ…………」
スカートの中、お腹の辺りに感じる温かくてむず痒い感触に、ローズは思わず小さな唸り声をあげる。ただその声に籠もっているのは、今はむしろ別の感情の方が強い。
(まったく、クルトは何を考えておるのじゃ! こんな人前でこのような……なし男なのじゃ! 以前にシルヴィ殿がピート殿を怒っておったが、クルトこそ真のデリカシーなし男なのじゃ!)
先の間接キスにも戸惑いを覚えたローズだったが、カイ達の前でスカートの中にクルトを招き入れるのは、それに輪をかけて恥ずかしかった。
勿論、探索者などをやっていれば間接キス如きに騒ぐ方がおかしいということくらいわかっているし、今とて霧の巨人がすぐそこに迫っているのだから、自分達だけ森の木陰に身を隠して……などと言っている場合でないことくらい理解している。
だが理解していることと納得できることは別だ。クルトが正しいとわかっているからこそその気持ちにやり場がなく、ローズのなかにモヤモヤとした感情が溜まっていく。
(まったく、クルトにはあとで八つ当たりをするのじゃ! さしあたっては美味しいお菓子を所望する……ん?)
「む? 来たのじゃ?」
「うぉぉ!? 何だ、ローズが急に光り出したぜ!?」
「どういう原理!? クルト君、スカートのなかで何やってるんだろ? 僕にも見せてくれないかなぁ……痛い!?」
「なに変態みたいなこと言ってるのよ、バカピート! ローズちゃん、綺麗……」
と、そんなことを考えている間にも、クルトの回す歯車がローズに変化をもたらした。黄金の髪から赤金の燐光が零れ、その全身を輝かせる様はまるで女神のよう。その光景にカイ達はポカンと口を開けて見とれていたが、生憎とローズの意識は彼らに向いていない。
(これで三度目……相変わらず凄い力なのじゃ。っと、いかんいかん)
己を満たす全能感に酔いそうになり、ローズは慌てて首を横に振った。何でもできそうなこの力が、しかしそこまで万能でないことは、既に前回の経験から学んでいる。
(時間もないことじゃし、さっさとクルトに頼まれたことをせねばならぬのじゃ)
大きく大きく息を吸うと、ローズは再び角笛に唇を寄せる。先ほどの甘い胸の疼きはもうなく、代わりにその胸を満たすのは、ただひたすらに皆の未来を望む願い。
(再びこの笛を吹いたとて、妾達を狙う魔物がもう一体増えるだけかも知れぬ。じゃが皆は……クルトは妾を責めることなく、それどころかもう一度この笛を吹いてくれと頼んだのじゃ。
ならば妾は応えたい。皆と笑顔で迎える未来が欲しい。笛よ、笛よ、どうかその音色にて、妾達の未来を呼び寄せて欲しいのじゃ!)
ローズの中に渦巻く魔力が、その口から吹き出されていく。そうして笛の中に赤みを帯びた黄金の魔力が満ちると、それは音となって角笛の外に響き渡った。
プァァァァァァァーーーー…………
それは先ほどとはまったく違う音。高く重く、まるで管弦楽器のような音色を響かせて、角笛が大気を震わせる。込めた
(発動に失敗したのじゃ? いや、それともまさか、これは一度しか使えぬ類いの魔導具だったのじゃ!?)
途端にローズのなかで、激しい焦りが生まれた。既に霧の巨人は目の前まで迫っており、あと一歩進まれればその指先が広場に辿り着いてしまう。
「く、クル…………っ」
思わずクルトの名を呼びそうになり、ローズは唇を噛みしめてそれを我慢する。
(いつもいつも頼り切りで、今じゃってこれほどまでに頼っていて、そのうえまだ頼るのじゃ!? そんなものはただの甘えなのじゃ!)
ズズーン…………!
「キャァァァァ!?」
「うわぁぁぁ!?」
「二人共、伏せろ!」
最後の一歩が踏み出され、その衝撃でカイ達が地面に倒れ伏す。人の形をした霧の塊たる巨人の拳が、その声に触発されるようにカイ達に振り下ろされるが……
キィン!
「ふんっ! やらせぬのじゃ!」
そんなカイ達と霧の拳を、赤金に輝く障壁が分断する。
「笛を吹いても何も来ぬというのは計算外じゃったが……それなら当初の予定通り、妾達でお主を倒してしまうのじゃ!」
燐光をきらめかせるローズが、スカートのなかの少年のようにニヤリと笑った。
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