初めての感覚
今回は三人称です。
――――――――
「……はっ!? おい、今のうちに逃げるぞ!」
「えっ!? でも、それじゃ僕達が残った意味が――」
「いいから逃げるの! ここにいたって足手まといなだけよ!」
我に返ったカイ達が、素早くローズの後方へと走って行く。だがそんななか、ゴレミだけはローズの前に堂々と立つ。
「む、ゴレミは逃げぬのじゃ?」
「当然デス! もし敵が物理攻撃をしてきたら、聖なるバリア・ゴレミフォースが発動するのデス! 敵は全滅するのデス!」
「ふふ、よくわからぬが頼もしいのじゃ。ならこれを頼むのじゃ」
「ガッテン承知なのデス!」
ローズの魔法は、あくまでも魔法的な力しか防げない。それを理解し自分が最後の壁となると宣言するゴレミに、ローズは楽しげに笑ってから件の角笛を渡す。
あの霧の巨人がそのスケールのままに物理的な攻撃を仕掛けてくれば、ゴレミの小さな体で防ぎきれるはずがないことぐらいお互いに理解しているが、彼女達にとってそんなことは取るに足らない問題であった。
キィン! キィン!
「やらせぬと言ったであろう! お主の攻撃は絶対に通さぬのじゃ!」
「うおー、スゲー! ローズの奴、こんなに強かったのか!?」
「やっぱりスカートの中に秘密が……? 土下座したら僕も入れてもらえないかな?」
「何であれが防げるの!? 本当に信じられない……」
そして幸い、霧の巨人はその在り方故に、全身が魔力の塊であった。ゆっくりとした動作で……巨体だからそう見えるだけで、実際にはかなりの速さなのだが……振り下ろされる拳を、ローズは正面に展開した赤金の障壁で防ぎきる。
それは以前にもあった光景。興奮するカイ達の声を背中に受け、頼もしいゴレミの背中を見つめながら、しかしローズは人知れず、苦しげに顔を歪めていた。
(ぐぅ。頭が、頭が痛いのじゃ)
巨人の拳を受ける度にローズの頭に白い閃光が走り、それと同時に激しい痛みがやってくる。しかもそれは拳を受ければ受けるほどに強くなり、今や軽い目眩を覚えるほどだ。
(これが魔力を削られるということなのじゃろうか? これは早々に攻めに転じねばマズいのじゃ)
今までのローズにとって、魔力とは無限に広がる海であった。だが今日初めて、それは海ではなくただ大きいだけの湖だったと自覚させられた。生まれて初めて感じるその焦りに、ローズはすぐに次の手を講じる。
「クルトよ、また借りるのじゃ! 渦巻き廻れ、巡りて集え。この一時、
身振りと共に詠唱を行うと、ローズの纏う燐光が渦巻いて集まり、黄金の歯車が出現する。ローズ達の周囲をギャリギャリと音を立てながら走り回るそれに、ローズは更に詠唱を重ねる。
「『
ボッと音を立てて、燃える歯車が霧の巨人の足に突っ込んでいった。命中した歯車は巨人の足を貫通し……しかしすぐに元に戻ってしまう。
「ぬぅ、あまり効いておらぬ……」
手応えは、確かにあった。今の一撃は間違いなく霧の巨人に痛手を負わせられたことを、ローズは確信している。実際その後に振るわれた拳の一撃は、先ほどまでよりほんの少しだけ弱く感じられた。
だが、足りない。歯車の力が弱いというより、霧の巨人の力が強すぎる。互いに魔力をぶつけ合ったからこそ感じられるようになった、相手の力の総量。それを鑑みると――
(マズいのじゃ。どうやっても妾の魔力の方が先に尽きるのじゃ。じゃが……)
「征け、歯車よ! 『
結末は、既に見えた。角笛は新たな魔物を呼ぶことはなく、潰し合わせて力を削らせるという策は失敗した。クルトの力を借りて大幅にパワーアップ……というか本来の力を十全に使えるようになりはしたものの、それでも霧の巨人には届かなかった。
「くそっ、これじゃ本当に足手まといになってるだけじゃねーか!」
「シルちゃん、どうにか助けられないの!?」
「無茶言わないでよ! あんな規模の相手に私の魔法なんて、何の役にも立たないわよ!」
仲間はいる。だが頼りにはならない。別に彼らが無力というわけではなく、霧の巨人を前にすれば誰だって同じだ。姉のガルベリアや先輩であるジャスリンですら、これを相手にすれば同じく何もできないであろう。
(どうすれば、どうすればよいのじゃ? 妾はどうすれば……)
必死に攻撃を防ぎ、歯車を操って巨人の体を穿ち、その霧を燃やし続ける。だがそれをやればやるほど自分と巨人の力の差が広がっていくことに、ローズの胸はかつてない焦燥に飲まれていく。
(わからぬ! 何も思いつかぬ! 何故妾はこうなのじゃ! クルトならこんな時、きっと何か逆転の一手を思いつくじゃろうに…………?)
焦りが弱気を生み、ローズが視線を下げる。スカートの膨らみの下にあるクルトの顔を思い浮かべ……そこでふと、かつてクルトが話していたことを思い出した。
(……そうじゃ、確かクルトは言っておった。己の命の歯車を早回しして、それを力に変えたことがある、と)
命を力に変える。普通はそんなこと、考えたところでできない。だが今この瞬間、ローズは自分の中にクルトの創った歯車の存在を感じられている。
ならばそれを、意図的に早回しすればいいのでは?
(そうか、そんな簡単なことだったのじゃ)
「ローズ?」
「ゴレミよ、妾は今から凄ーく集中するのじゃ。じゃから油断なく間断なく、決して振り返ることなく妾を守って欲しいのじゃ」
そんなローズの決意を察したのか、ゴレミが声をかけてくる。だがローズはゴレミにそう告げると、周囲にひときわ大きな赤金の障壁を展開してから、戦場でありながら目を閉じる。
(古来より、火とは力なのじゃ。燃えよ、燃えよ、我が魔力よ。その炎を力として、我が内にある
かつてゴレミを救い出すため、ローズは全力を振り絞ったことがある。それは「大切な友を助けたい」という願いであったが故に、強烈であっても優しい力だった。
だが今は違う。敵を倒すために振り絞った力は、まずローズの中にあった魔力をごっそりと削り取った。そしてそれを燃料にほんの一歯だけ命の歯車が回され……瞬間、ローズのなかにとても抑えきれない嫌悪感が生じる。
「ぐはっ!? ぐっ、うぅぅ……」
「ローズ!? どうしたデス!?」
「だ、大丈夫じゃ。ちょっとむせただけなのじゃ」
「むぅぅ……これ以上何かあったら、ローズとマスターを抱えて走って逃げるデスよ!?」
「ははは……」
約束通り振り返らず、だが文句を言うゴレミに、ローズは力なく笑って返す。その足はガクガクと震え、立っているのすらやっとだ。
(何じゃ今のは!? クルトはあれに耐えたのじゃ!? 信じられぬのじゃ。一体どうやったらあれを我慢できるというのじゃ!?)
あらゆる生命が持つ根源たる恐怖。己の意思で「死」に触れたことで、ローズの心はぐちゃぐちゃにかき乱されていた。こみ上げる吐き気を必死に飲み下すも、目から流れる涙はどうしようもない。
(情けないのじゃ。不甲斐ないのじゃ! でもあれは、怖くてたまらないのじゃ……っ)
許されるなら今すぐ目の前の石娘に抱きついて、声を上げて大泣きしたい。だが腹に感じる温もりが、膝を折ることだけは辛うじて防いでくれる。
「ふぅぅ……ふぅぅ…………怖じ気づくな、やらねばどうせ死んでしまうのじゃ。なら妾は……妾にだって…………!?」
「<
その時、宙空より放たれた白い閃光が、霧の巨人の右腕に命中する。すると切り離された右腕は地面に落下して霧散し、巨人は声にならない悲鳴をあげてその身をよじらせる。
「ふむ、どうやらちゃんと戦えるようだな」
巨人の側に浮く、小さな人影。植物の蔓で編んだような弓を手にする銀髪の美丈夫が、そんな言葉を呟いた。
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