「俺達」の決断

「おいおい、何言い出すんだよクルト。それはもう決めてただろ? それとも何か? 自分のくじ運の悪さにビビって、今更俺達に譲るとか言い出すつもりか?」


 驚きから一転、若干咎めるような口調でそう言ってくるカイに、しかし俺は笑って言葉を返す。


「ははは、そうじゃねーよ。俺達のメダルと一緒に、カイ達のメダルも嵌めてみたらどうかなって思っただけさ」


「? 他人のメダルは使えねーって、クルトだって知ってるだろ?」


「ああ、知ってるさ。俺がカイからメダルを受け取ってこれに嵌めても、何の反応もしねーんだよな?」


「そのはずだぜ。ああ、それとも一応試してみたいってことか? それなら貸してもいいけど……」


 俺の意図を誤解したカイが、そう言って自分のボスメダルを取り出そうとする。だが俺はそれを手で制しつつ、更に言葉を重ねていく。


「違う違う! そうじゃなくて……ほら、この石碑って一回・・しか使えねーけど、一人・・しか使えねーわけじゃねーんだろ?


 ここには俺達とカイ達がいて、俺達は共に自分達の力で手に入れたボスメダルを持ってる。なら俺達二人がそれぞれのメダルを同じ石碑に嵌めたら、それは有効なんじゃねーかって思ったんだよ」


「えぇ……? そ、そんなのありなのか……?」


 漸く俺のしたいことが伝わり、しかしカイは困惑の表情をピートの方に向ける。だが問われたピートもまた眉根をギュッと寄せて困り顔だ。


「そんなの僕にだってわかんないよ! わかんないけど……できる、の?」


「だからやってみようって話さ。てか、今まで誰もやったことねーのか?」


「さあ? 僕の知る限りでは、そんな話は聞いたことないよ。そもそもこの状況自体が普通じゃあり得ないくらい特別だし」


「そうよね。まあ複数のパーティが偶然同じ石碑を発見して鉢合わせになることくらいならあるかも知れないけど、協力しようとはならないわよ。自分達の手持ちで足りるのに、他のパーティと石碑の宝を分配するなんて、揉めるに決まってるもの」


「あー、そっか。そっちの問題もあるのか」


 シルヴィの指摘は、俺の頭の中から完全に抜け落ちていた。確かに二パーティでメダルを出すなら、出てきたお宝の所有権をどうするかって問題が生じるのは当然だ。


「クルトよ、その顔はそこまで考えていなかったやつなのじゃ?」


「悪い悪い、完全に抜けてたわ。ならそうだな……メダルの価値的に、もし出てきたお宝を換金する場合は、俺達が三、カイ達が二で分配ってことでどうだ?


 で、現物が欲しい場合は相手に今の比率で金を払う。どっちも物が欲しいってなったら、所有権はじゃんけんで勝った方ってことで」


 改めての俺の提案に、カイが静かに考えこむ。


「それなら俺達にも損はねーけど……でも、いいのか? 正直クルト達だけで石碑を使った方がわかりやすいぜ?」


「そうだとは俺も思うけど、でも今は少しでも宝の質をあげてーんだよ。結局ここでどれだけこんな話をしてたって、ダンジョンから出られなかったら全部無意味だしな。


 なら出し惜しみはナシだろ。『俺達』の全力でこの状況を打破する! だからこその提案ってやつだ」


「『俺達』か……はは、そう言われたら断れねーよな。ピート、シル、いいか?」


「僕はいいよ。もう一個別の石碑が見つかるとも思えないし」


「私もいいわよ。この際だからどーんとやっちゃいなさい!」


 頭を掻きながら振り返るカイに、ピートとシルヴィがそう告げる。


「割と勝手に話を進めちまったけど、ゴレミとローズもそれでいいか?」


「勿論デス! ゴレミはいつだって全肯定ゴーレムなのデス!」


「妾も構わぬのじゃ。むしろそれでこそクルトなのじゃ!」


 同じように振り返った俺に、ゴレミとローズが笑顔で同意してくれる。


「「なら決まりだ」」


 声を揃えてそう言うと、俺達は顔を見合わせ頷き合って、四つある穴にそれぞれの手で手持ちのメダルを嵌めていく。俺が猿共の融合メダルとフォレストスネークのメダルを、カイがピンキーモンキーとフォレストスネークのメダルをピッタリとはめ込むと、二人揃って石碑に手を当てる。


「いくぜ?」

「おう!」


「「解放!」」


 俺とカイの声が重なった瞬間、ただでさえ赤くてあんまり石っぽくなかった石碑が真っ赤な光を放つ。その閃光が収まると石碑は綺麗さっぱり消えており、代わりに石碑があった場所に、紐が巻き付いた魔物の角みたいなものが落ちていた。


「おぉぅ、地面に直置きかよ……宝箱とかに入ってるんじゃねーのか?」


「何だコレ? 魔物の角?」


「あ、でもこれ、中が空洞になってるよ? 紐も手で持ちやすいようになってる感じかな?」


「となればこれは、角笛じゃろうか?」


「笛!? ってことはまさか……」


「これが『戻り笛』デス!?」


 それを見た全員が分析を始め、ゴレミの至った結論にハッとする。全員に目で示され、俺がしゃがんで一抱えほどもある角笛を拾うと、見た目の大きさの割には軽い。


「思ったより軽い……って、中が空洞なんだから、そりゃそうなの、か? なあピート、これマジで『戻り笛』なのか?」


「ど、どうだろう? 僕も本物は見たことないから……」


「とりあえず吹いてみたらわかるんじゃないデス?」


「え、そんな気軽に吹いていいもんなのか!? あー、カイ。じゃあこれ使ってみるけど、もし一回使い切りの魔導具で、使ったら壊れちゃったとしても……」


「文句なんて言うわけないだろ! やってくれ!」


「はは、わかった。じゃ、少し移動しよう」


 笑いながらバシンと背中を叩いてくるカイに押されるように、俺は仲間達と一緒に広場を歩いて通常の森との境目の辺りに移動する。そうして森を前にすると、俺は大きく息を吸ってから、謎の角笛に口を当て…………


「っ……………………プハッ!?」


「何やってんだクルト?」


「マスター、その冗談はあんまり面白くないのデス」


「いやいや、吹けねーんだって! 全力で息吹き込んだのに、全然息が入っていかねーんだよ」


 やっと手に入れた帰還のための魔導具なのに、まさか使えないとは思わなかった。更に何度か息を吹き込んでみるも、やっぱり角笛はプーともボーとも鳴りゃしない。


「えぇ、マジか? これどうすればいいんだ?」


「あっ、ひょっとして……」


 と、そこで不意にピートが声をあげ、俺達の視線がピートに集まる。するとピートはモジモジと居心地悪そうにしながらも言葉を続けた。


「あの、ほら、それって魔導具だから、発動に魔力がいるんじゃない? 多分クルト君だと魔力が足りないんだと思う」


「ああ! 言われてみりゃその通りだな。ならこの中で一番魔力が多いのは……ほれ」


「む、妾か!?」


「そりゃ魔力って言えばローズだろ。ほら、頼む」


「う、うむ……」


 俺の差し出した角笛を受け取り、しかし何故かローズが困ったような顔をする。


「? ローズ、どうかしたか?」


「いや、どうもしておらぬのじゃ。ただちょっと、間接……いや、何でもないのじゃ」


 二、三度躊躇ってから、ローズが角笛に口をつける。何故かゴレミが猛烈にニヤニヤした顔をしているのが気になったが――


ブォォォォォォォォ!!!


「うわっ!?」


 俺の時は何の反応もしなかった角笛が、大気を揺らす重低音をダンジョン中にまき散らす。思わず耳を塞いでしゃがみ込んでしまったが、その音はすぐに収まり……しかし目の前の森に変化はない。


「うぉぉ、スゲー音だったけど……え、道とか出来てなくねーか?」


「ぬぅ、妾が何か失敗してしまったのじゃ?」


「ううん、多分それが『戻り笛』じゃなかったんだと思う。だってそんな音聞いたことないもん」


「そうよね、まあまあ使われてる魔導具のはずだし、発動の度にそんな音がするなら知らないはずないもの」


「ってことは、無駄足か……チクショー」


 悔しげに漏らすカイの言葉を最後に、辺りに沈黙が満ちる。散々期待を持たせられただけに、この失敗はでかい。


 だが、ここでみんなで落ち込んでいてもいいことなんて何もない。俺は静かに息を吐くと、気持ちを切り替えて口を開く。


「……ふぅ。ま、気を取り直していこうぜ。少なくともこの縄張りを安全地帯にするって試みは成功したんだ。『戻り笛』が駄目だったんなら、あとは本道の側のギリギリのところで待機して、救助を待とう」


「そうだな。落ち込んでてもしかたねーし、魔物も出なくなったんだから、帰りはゆっくり……っ!?」


ズズーン……ズズーン……


「な、何だ!? 振動!?」


「また揺れるの!? もう嫌ぁ!」


ズズーン……ズズーン……


「何か、揺れが近づいてきてる気がしない?」


「おかしいのじゃ。さっきから妙に寒気がするのじゃ」


ズズーン……ズズーン……


「マスター! あれ!」


「な、んだそりゃ…………っ!?」


 ゴレミの言葉に、俺は上を……森の木々より更に上を見上げる。するとそこにあったのは、白い霧に満ちた空にその姿を霞ませる、山のように巨大な人影であった。

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