連戦の先にあるものは
その後いくらかの話し合いの結果、俺達は縄張りの中央を目指すこととした。結局それが一番生き延びられる可能性が高いと判断したからだ。
だが、奥を目指すということは、出現する敵が徐々に強くなっていくということでもある。最初は見えるところに巣を張ってジッとしているだけだったビッグスパイダーだが、そんな平穏はすぐに破られることとなる。
「クルト、上!」
「チッ!」
カイの警告に咄嗟に左腕をあげると、牙が肉に食い込む嫌な感触と同時に激痛が走り、しかしすぐにその痛みと共に左腕の感覚が消えていく。樹上から音もなく近づいてきたビッグスパイダーの噛みつきにより、俺の腕に麻痺毒が注入されているからだ。
「クルト君! キュアポイズン!」
が、すかさず飛んできたピートの回復魔法に、失われた感覚がすぐに戻る。それは同時に痛みも戻ってくるということだが、気付けにはこのくらいで丁度いい。
歯を食いしばって痛みに耐えながら、俺は右手に持った剣でビッグスパイダーの背中を思い切り刺した。ただ下から上に斜めに突き上げる形なのであまり力が入らず、深く刺さらなかった剣は致命傷にはほど遠いが……今はこれで十分だ。
「おら、お返しだ! シルヴィ!」
「落ちなさい、ライトニングボルト!」
シルヴィの放った雷魔法が、俺の剣を通じてビッグスパイダーの体の中に広がっていく。するとビクビクと体を震わせながらビッグスパイダーが落ちてきたので、すかさずカイがその頭に自分の剣を振り下ろした。
「うっしゃ! 大丈夫かクルト!?」
「今怪我も治しちゃうね! ヒール!」
「ぐっ……ふぅ。助かったぜ。ああ、俺の方は平気だが、それより向こうは?」
触っても痺れないことを確認してから、俺はビッグスパイダーが霧になったことで地面に転がった剣を拾い上げつつ、仲間の方に視線を向ける。するとゴレミ達もまた激しい戦闘を繰り広げていた。
「ゴレミパーンチ! あとちょっとで動けなくなるデス!」
後衛組を狙うビッグスパイダーを一身に引きつけているゴレミの体は、既にかなりの量の糸に巻かれている。それを好機と見たビッグスパイダーが二匹、ゴレミに向かって突っ込んでいったが……
「準備オッケーなのじゃ!」
「ライトニングボルト! ゴレミちゃん、今のうち!」
「ふぉぉ、ゴレミエスケープなのデス!」
シルヴィの魔法でビッグスパイダーの動きが一瞬止まった瞬間、ゴレミがぴょんと後方に跳ねてその場を離脱する。代わりにビッグスパイダーの前に姿を晒したのは、俺達の中で最も非力なローズ。
だが迫る巨大な蜘蛛の顎を前に、ローズが浮かべるのは恐怖ではなく不敵な笑み。
「さあ、燃え尽きるのじゃ! フレアトルネード!」
ゴワッという音と共に、ローズの体から火炎旋風が巻き起こる。風の魔導具が巻き起こす風に、自分の炎を巻き込んだのだ。顔面を炎の竜巻に焼かれたビッグスパイダーは溜まらずその場に転げてしまい、片方は駆けつけた俺が剣で斬り、もう片方は戻ってきたゴレミが思い切り踏みつけることでとどめを刺した。
そいつらが魔石になることで、木々の間に張り巡らされていた糸やゴレミに巻き付いていた糸も綺麗に消える。その後たっぷり一〇秒ほど周囲を確認してから、俺は漸く長い息を吐いた。
「ふぅぅ…………敵の全滅を確認。戦闘終了だ!」
「あー、終わったぁぁぁ!」
俺の言葉に、カイが地面に座り込む。他の面々も笑顔を浮かべてはいるものの、疲労の色が濃い。
「てっきり巣を作って待ち構えるばかりじゃと思っていたのに、まさかビッグスパイダーがこれほど積極的に襲ってくるとはのぅ。これではおちおち休憩もできぬのじゃ」
「そうだね。僕の魔力はもう三割を切ってるから、ボス戦も考えるとあと二回くらい戦うのが限界かも」
「私の方は四割くらいあるけど……」
近くの木に背中を預けて座るピート。その隣に立つシルヴィが俺とカイに視線を向けるも、カイが渋い顔で首を横に振る。
「俺の剣はもう無理だぜ? クルトは?」
「俺の方も厳しいな。あと三回……四回くらいならいけると思うけど」
俺達の剣を魔物の体に刺し、そこにシルヴィの雷魔法を撃つという連携はかなり効果的だった。が、俺達の剣はそうやって使う風には作られていない。魔法を伝わせれば伝わせただけ剣にダメージが蓄積し……何というかこう、ぱっと見ではわからなくても、敵を斬りつけた時とかの手応えが明らかに違うのだ。
この状態で無理を重ねると折れるのか曲がるのか、はたまた砕けるのかは定かじゃないが、俺やカイが剣を失えば戦闘能力は著しく下がる。この状況でそれはあまりに致命的なので、せっかくの戦法も使えてあと数回といったところだろう。
「妾の魔力はまだまだ幾らでもあるのじゃが、魔導具は限界じゃの。あと一回……使えて二回で壊れるのじゃ」
「あー。まあそれはなぁ……」
そしてそれより厳しいのがローズの使っていた技だ。魔導具の発した風に炎を混ぜるのは、店員さんが「危険だからやってはいけない」と警告していた方法であり、普通の魔法士が真似をしたら、よくて大やけどを負うところだろう。
だがローズの場合、莫大な魔力を有しているからか自分の炎の魔法で火傷をしたりすることはない。だからこそのイレギュラーな運用だが、当然そんな使い方は想定されていないので、魔導具にかかる負荷は俺の剣の比じゃないのだろう。
おそらくはもう、壊れる寸前。ならば最後の一回は、万が一を考えて温存しておきたいところだ。
「……状況は厳しいな。俺達だけならとっくに撤退してるとこだけど」
「でも、マスターは行くんデスよね?」
「まあな」
カイ、そしてゴレミの言葉に、俺は剣の状態を確かめながら言う。
「今倒したのは、全部がこっちに奇襲を仕掛けてくるようなビッグスパイダー六匹。二パーティでの最大数と考えるなら、ボスがいる縄張りの中心はもう少しのはずだ。
なら戻るより進んだ方が安全だし……何よりビッグスパイダーが『待ち』だけじゃないってわかった以上、石碑が見つからなかったとしてもボスメダルを手に入れるのはほぼ必須になった」
撤退を選ぶ分水嶺は、もうとっくに過ぎている。今から元いた縄張りの端まで戻るのは途中での戦闘を考えると逆に難しいし、仮に上手く戻れたとしても、そこに待っているのは「いつ蜘蛛が奇襲してくるかわからない状況で、来るかどうかすら定かじゃない救援を延々と待ち続ける」という未来だ。
だがここでボスを倒すことができれば、少なくともこの縄張りのなかではおおいびきをかいて寝ることすらできる。救援を待つにしてもその差はあまりにも大きく、リスクを冒すだけの価値が間違いなくある。
「あはは……もう進むしかないってことだよね」
「そうね。そう決めちゃったら、むしろ気持ちが楽になったわ」
「んじゃ、もうひと頑張りいくか!」
カイとピートが立ち上がり、そこにシルヴィが加わる。そして俺の隣には、当然のようにゴレミとローズが寄り添っている。
「ゴレミはいつでも準備オッケーなのデス!」
「魔導具はともかく、妾の方は元気いっぱいなのじゃ!」
「よし! それじゃ奥に進むぞ。俺達『トライギア』とカイ達『チャイルドフッド』で、新生<
「「「「「オー!」」」」」
空元気も元気のうち。新たに気合いを入れ直し、俺達は更にビッグスパイダーの縄張りを進んでいく。足下や頭上など全周を警戒しての移動はなかなかに大変だが、それでも六人もいれば一人当たりの負担は大分減る。
それが功を奏したのか、あるいはもう既にボスのいる場所に近かったからか、俺達はそこから接敵することなく進み続けることができ……そして遂に、他とは明らかに違う場所に辿り着く。
「これは…………」
「嘘だろ…………?」
目の前の光景に、俺達は絶句する。そこにあったのは深い緑の森を真っ白に染め上げるかの如く広がる、あまりにも巨大な蜘蛛の巣であった。
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