ダンジョンの公平
「そう言えば、実際メダルを嵌める石碑ってどのくらいで見つかるもんなんだ?」
目指す方向が定まったことで、俺達はひとまずビッグスパイダーの縄張り、その外周を大きく円を描くように探索していく。その過程で俺が何気なくそう問うと、カイが何とも渋い顔をする。
「さあな。俺達が初めてボスメダルを手に入れたのは三ヶ月くらい前だけど、一度も見たことはねーなぁ」
「うぇ、そんなに確率低いのか!?」
俺が思わずゲッとした顔をすると、ピートが苦笑しながら口を開く。
「ははは、決して高くはないと思うけど……でも僕達は三日ダンジョンに入ったら一日休むってペースで探索してるから、今日までに潜った回数は六〇回くらい? そのくらいならそこまで低いって感じはないかなぁ」
「ふむ、そう言われればそうじゃな」
その説明に、ローズが納得したように頷く。<
「今更だけど、そんなものがちょっと探索しただけで本当に見つかるのかしら?」
「普通なら厳しいだろうけど、今の状況ならいけるんじゃねーかって思うぜ」
故にまっとうな不安を口にするシルヴィに、しかし俺はニヤリと笑って気楽に言う。すると当然胡散臭そうな視線を向けられたので、俺は更に言葉を重ねる。
「いやほら、こいつは俺の持論というか感覚なんだけど、ダンジョンって妙に公平……平等……律儀? 何かそういう感じだろ? 入り口近くには弱い魔物や簡単な罠しかなくて、得られるお宝もショボい。でも奥に行けば行くほど魔物は強くなり、罠も凶悪になって……でも報酬も凄くなる。
で、その仕組みから考えると、『入ったら出られない』って、相当に難易度が上がってると思うんだよ。ならそれに比例して、石碑の出現率があがってるとか、そこから手に入るお宝の質が高くなるってのは当然あって然るべきだと思うわけだ」
「おおー、それは確かに納得なのデス! 満へぇが出ちゃうのデス!」
「そうだな。何だよクルト、お前結構考えてるんだな!」
「へへへ、まあな。流石に完全に何の当てもなしに『石碑を探そう』なんて言わねーよ」
俺は自分の事を、かなり幸運な男だと思っている。様々な厄介事にも巻き込まれたが、それでもゴレミに出会い、ローズに出会い、リエラ師匠やヨーギさん、ディルクさんにハーマンさん、果てはバーナルドさんとジャスリンさんなど、いい人達との縁にも恵まれ、こうして今も楽しく探索を続けられているのだから、間違いなく幸運だろう。
だからこそ俺は『何とかなる』という楽観視を捨てない。必死に知恵を絞って努力を重ね、だがそれでもどうにもならない今みたいな状況でも絶望しない。
ああそうさ、きっと俺は……俺達は石碑を見つけてダンジョンから脱出できる。そう信じて歩き続ける限り、未来は必ず何処かに繋がっているのだ。
「そういうことなら、縄張りの外周を回るよりボスを倒した方がよくないデスか? 討伐ボーナスとか増えてそうデス!」
「……ふむ、それもありだな」
ゴレミの提案に、俺は一瞬考えてから頷く。
「報酬が増えるかは別としても、ここを完全な安全地帯にできるってのはかなり魅力的だ。ただ問題は、それがどのくらい難しいかってところだが……」
「ま、とりあえず奥に進んでみて、ヤバそうだったら引き返すでもいいんじゃね? っと、次がきたか。なあクルト、次は俺達に任せてくれ」
「おう、いいぜ。じゃ、頑張ってな」
「任せろ!」
張り切るカイに、俺達は一歩引いて見守る体勢をとる。するとカイ達が武器を構えて戦闘態勢をとった。
「それじゃ、いつも通りいくわよ……貫け、ライトニングボルト!」
杖を構えたシルヴィが短い詠唱を終えると、その先端から光が迸る。珍しい<雷魔法>のスキルを持つシルヴィの放った電撃は一瞬で巣に張り付いたビッグスパイダーに命中し、その体がビクンと震えた。
「よっしゃ! いくぜー!」
その隙を突いて、カイがビッグスパイダーに斬りかかる。その一撃はビッグスパイダーの背中を大きく切り裂いたが、麻痺から回復したビッグスパイダーが、その口でカイの腕に噛みつく。その牙からは、おそらく麻痺毒が分泌されているはずだ。
「ぐあっ!? いってぇ!」
「待っててカイ君! キュアポイズン! ヒール!」
そんなカイに、<雷魔法>よりなお珍しい<回復魔法>のスキルを持つピートが、すかさず解毒と回復の魔法を続けて行使する。すると痛そうに顔を歪めていたカイがすぐに元気を取り戻し……
「サンキュー! これでとどめだ!」
勢いよく振るわれた剣が、今度こそビッグスパイダーの息の根を止める。これこそがカイ達の本来の戦い方だ。
「ふぅ、終わったぜ」
「お疲れ。にしても、毎回大変そうだな」
「そうなのじゃ。いくら回復魔法があるとはいえ、いつも怪我をしているのは痛そうなのじゃ」
「お、心配してくれるのか? ありがとー、二人共! ピートもシルもこれに慣れちまって、もう全然心配してくれねーから、スゲー嬉しいぜ!」
俺とローズの言葉に、カイが大げさに喜んでみせる。そんなカイの態度に、当のピート達は困ったような表情を浮かべた。
「いつも負担ばっかりかけちゃってごめんね。でも僕やシルちゃんが襲われたら、多分回復する間もなくやられちゃうから……」
「そうよカイ! 私みたいなか弱い女の子の盾になれるんだから、むしろ光栄に思いなさいよね!」
「シルのどこがか弱いんだよ! ったく……ま、実際俺しか前衛はやれないし、怪我を気にしないで思いっきり暴れられるのは楽でいいけどさ」
「楽って……カイ、お前も大概ずれてると思うぞ」
笑って言うカイに、俺は思わず苦笑しながら告げる。普通の探索者は怪我を前提とした戦い方なんてしないもんなんだが……まあそこはそれぞれのパーティの在り方ってのがあるから、俺が口を出すことでもないんだろう。
「カイはもうちょっと防御とか回避を考えないデス?」
「ん? あー、小盾を持とうかなって思った事はあったけど、俺のスキルは<剣術>だから、あんまり上手く使えなかったんだよ。それに下手にかわしてピートやシルを狙われたらそっちの方がマズいし。
その点敵の攻撃を食らってやると、あいつらちゃんと俺を優先して狙ってくるようになるんだよ。そうすりゃシルの魔法も当たりやすくなるし、俺としても自分が狙われた方が戦いやすいから、これが一番いいんだ」
「ただそのせいで、僕の回復を上回るような攻撃をしてくる相手とか、怪我とは違う攻撃をしてくる敵との戦いはどうしても苦手になっちゃうんだ。だからグレイウルフよりビッグスパイダーの方が戦いづらいんだよ」
「確かに、糸に巻かれるのは回復魔法じゃどうしようもねーもんなぁ」
その言葉に思い出すのは、俺達がカイ達を助けたあの日の光景。自分に回復魔法を使っていたからピートは何とか生き延びられていたが、シルヴィの雷魔法じゃピートを助けることもビッグスパイダーを仕留めることもできず、自分に手一杯でカイの回復をする余裕がピートになかったからこそ、カイはいつもの戦い方ができなくて苦戦していたのだという。
「私の魔法がローズちゃんの魔法みたいに、もっと威力があったらいいんだけどね。生き物相手には大抵有効なんだけど、どうしても決定力がないのよ……ローズちゃんが羨ましいわ」
「妾の場合は威力はあっても、自力では前に飛ばすことすらできぬのじゃ。妾的にはちゃんと一人で戦えるシルヴィ殿の方が羨ましいが……それは互いにないものねだりなんじゃろうなぁ」
「隣の芝は青く見えるのデス。モテる人にはモテるなりの悩みがあるのデス。でも『いやー、モテ過ぎちゃって困るなぁ』とか言いながらチラ見をしてくる奴はぶん殴っても無罪なのデス!」
「いや、普通に暴力事件だろ……ったく、お前は本当に」
「フフフ。マスターはゴレミがモテ過ぎたら困っちゃうデス?」
「まあ、ある意味ではな」
完全な知性、人格を持つゴーレムであるゴレミの存在がばれれば、割となりふり構わないレベルで奪い合いが発生する可能性が高い。そういう意味では既にゴレミはモテモテなわけで、それは確かに俺の悩みの種の一つと言えるだろう。
だがそんな俺の意図など無視して、ゴレミが楽しげに微笑みながら俺の腕に自分に腕を絡めてくる。
「大丈夫デスよ。ゴレミはマスターだけのゴレミなのデス! 独占禁止法なんて知ったこっちゃないのデス!」
「勝手によくわからん法律を作るなよ……ま、これからもよろしくな」
「はいデス!」
小さく笑って言う俺に、ゴレミは幸せそうな顔で元気に返事をした。
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