二度目の閃き

「スゲーなピート! お前天才か!?」


「やるじゃないピート! 貴方はやれば出来る子だって信じてたわ!」


「えへへ、そうかな……」


 自らのひらめきをカイとシルヴィにべた褒めされ、ピートが照れくさそうな笑みを浮かべている。実に微笑ましい光景ではあるが……残念ながら俺はその幻想を打ち砕く必要がある。


「あー……すまん。喜んでるところ悪いんだが、それは無理だ」


「えっ!? な、何でですか!?」


「何でって言われると……まあちょっと、色々混み合った事情があってだな」


 驚くピートに俺がそう告げると、カイが珍しく真剣な表情で俺に話しかけてくる。


「なあクルト。お前達に事情があるのはわかってるし、他人のスキルを詮索するのがマナー違反だってのはわかってるけど、今はこんな状況だろ? そこは何とか協力できねーかな?」


「そうよ! ねえ、私達ってそんなに信用できない?」


「うーん……」


 訴えかけるようなカイとシルヴィの言葉に、俺は一旦ゴレミとローズの方を振り返ってから改めて口を開く。


「カイ達のことは、十分信用できると思ってるぜ。話を聞けば納得してくれるとも思うし、むやみに言いふらしたりしないとも思う」


「なら――」


「でも!」


 カイの言葉を遮って、俺は強めに声をあげる。それから小さく息を吐くと、何とも渋い顔で続きを言葉にした。


「何かこう、カイ達ってさ……悪意とか自覚とかそういうの一切なしで、うっかり話しちゃいそうな気がするんだよな」


「「「あー……」」」


「……そうね。カイは挑発されたりしたら、勢いで喋っちゃいそうよね」


「逆にシルちゃんは、褒められたりして気分がよくなると、ペラペラ喋っちゃうよね、多分」


「ピートなんて、興奮したら聞かれてもいねーのに自分から話し始めそうだもんな」


「「「……………………」」」


 旧知の仲だという三人は、それぞれ思うところがあったのだろう。お互いの顔を見合わせ無言になってしまったカイ達に、俺は苦笑しながら言葉を続ける。


「それでも普段だったら、話してもいいと思うんだよ。誰かに秘密を話すなら、多少は漏れるのも想定するべきだしな。でもほら、今はあの……名前知らねーけど、やたら俺に絡んできた奴とかいたろ? 閉じ込められた状態で万が一にもああいう奴にゴレミの秘密が漏れるのは避けたいんだ。


 だから悪い。ダンジョンから出た後なら、時間かけてゆっくり説明するから……」


「そうか……まあ、そう言われちまうとなぁ」


「あ、でもじゃあ、一つだけ教えて。ゴレミちゃんを通じて外と連絡を取るのは、僕たちがいるからできないだけ? もしそうなら、僕たち今からでもここを離れるけど」


 ピートの新たな問いと提案に、しかし俺ははっきりと首を横に振る。


「いや、そうじゃない。誰がいるとか秘密がどうとかって話じゃなく、純粋にそういうことはできねーんだよ。俺達だって命が掛かった状況だしな。そこでそんな嘘はつかねーよ」


「そっか。うーん、ならいいかな? 秘密を聞いても状況が変わらないなら、確かに今すぐ聞く必要はないよね」


「だな。つか、脱出に繋がらないなら無理に聞くつもりもねーし」


「うぅ、申し訳ないデス……」


「気にしないでゴレミちゃん。でもそういうことなら……ここを出たら、女の子同士で秘密のお喋りでもしましょ? あ、勿論ローズちゃんも一緒にね」


「おおー、それは楽しみなのデス!」


「む、妾も一緒でよいのじゃ?」


「勿論よ! お茶とあまーいお菓子を沢山用意して……ゴレミちゃんには何を用意すればいいのかしら? 油とか?」


「一緒にお話ししてくれるだけで十分なのデス! 女子会は参加することに意義があるのデス!」


「はは、よかったなゴレミ。なら全員無事できっちり脱出しねーとな」


 好転した場の空気に、俺は笑いながらゴレミの頭を撫でる。とはいえ状況がよくなったわけではないので、今度は俺からカイ達に問いかけた。


「てわけでゴレミに何かしてもらうのは無理なんだが……なあカイ。カイはここから出る特殊な方法って何か知らねーのか?」


「えぇ? そんなこと言われても……普通ダンジョンへの出入りなんて、決まった場所からだけだろ?」


「俺もそう思うけど、ほら、この<深淵の森ビッグ・ウータン>って、どっからでも入れるのに正規の入り口以外からはまともに進めないとか、そういう出入りとか移動に関する特別な仕様がかなり沢山あるだろ? なら例えば『道順を間違えると入り口まで戻される』とか、そういう感じの場所とか罠とかってないのか?」


 通常のダンジョン探索であれば、そんなのはただ面倒なだけの罠に過ぎない。だが入り口に辿り着けない現状では、『入り口に戻される』のはペナルティどころか大当たりの仕掛けである。もしそういう仕掛けが確定で存在するなら、多少のリスクを冒してでもそれを目指す価値は十分にあるだろう。


 ああ、ちなみにローズが持っている「トキワタリ鳥の羽」は、本当に最後の手段だ。ジャスリンさん曰く「魔導具として加工していないただの素材で無理矢理転移なんてしようとしたら、転移先の座標の誤差が平気で一〇メートルくらいは生じる」とのことなのだ。


 広い場所で横方向に一〇メートルならどうとでもなるが、上空一〇メートルに飛ばされたら普通に落ちて死ぬし、ましてや下方向にずれてしまえば、たった二メートルでも地面のなかに生き埋めになって死ぬことになる。


 無事に転移できる可能性は、おおよそ三割。七割以上死ぬ脱出手段は、そうしなければ死ぬくらいまで追い詰められた時の最後の切り札としてしか使えないだろう……閑話休題。


「入り口に戻される罠かぁ……もっとダンジョンの奥に行けばあるのかも知れねーけど、こんな入り口近くにそんな罠は聞いたことねーよ。シルとピートは何か知ってるか?」


「私もちょっと心当たりがないわね。ピートは……ピート?」


「……ある。あるよ! ダンジョンの入り口にいける魔導具がある!」


 しばし黙り込んでいたピートが、今度もまた興奮して声をあげた。そんなピートに対し、カイが首を傾げながら問う。


「魔導具? いや、そりゃ上位の探索者ならそういう魔導具も持ってるのかも知れないけど、俺達はそんなの持ってないぜ?」


「そうだけどそうじゃないよ、カイ君! 石碑の宝箱から手に入る『戻り笛』だよ!」


「戻り笛……ああ、そう言えば!」


「お、おい二人共。その『戻り笛』ってのは何だ?」


 聞いたことのない単語に俺が問うと、ピートが口から唾を飛ばしながら勢い込んで説明してくれる。


「『戻り笛』って言うのはね、ボスメダルを嵌める石碑から出る魔導具だよ。森の中でそれを使うと目の前に細い獣道が出現して、そこを辿るとダンジョンの入り口に戻れるんだ!」


「そうそう、そんな効果だったよな。実物見たことねーし、俺達みたいな日帰り探索者には使い道ねーから、換金アイテムとしか覚えてなかったぜ」


「おおー、そりゃまさに今必要な魔導具じゃねーか! ピートお前、冴え渡ってるな!」


「うむ、ピートは凄いのじゃ!」


「流石はピートなのデス! さすピーデス!」


「うへへへへ、そ、そうかな……?」


 俺達からの賞賛を受けて、ピートが再びデレデレした笑みを浮かべる。さっきと違って今回のひらめきは一〇〇点満点だ。


「で、でも、単に存在を思い出しただけで、実際に『戻り笛』が手に入る可能性は凄く低いよ? まず石碑そのものがなかなか見つからないし、仮に見つかってもはめ込むボスメダルが……」


「ああ、それなら俺達は二枚持ってる。うち一枚は融合メダルだ」


「えっ!? さっき『食われた』って言ってたのは、融合させたからなのか!?」


「うそ、凄いじゃない!」


「見せてもらってもいいですか!?」


「おう、いいぜ」


 融合メダルという発言に食いつく三人に、俺は周囲を警戒しつつメダルを取りだして見せる。


「へー、これが融合メダルか。初めて見たぜ」


「先輩からは話しに聞いただけだったものね」


「うわ、両面が表なんだ……あ、僕たちもピンキーモンキーとフォレストスネークのボスメダルは持ってるから、一回は石碑から宝箱を出せるよ」


「てことは、都合二回挑戦できるわけだ。それだけ条件が揃ってるなら、じっと待ってるよりビッグスパイダーの縄張りを探索して石碑を探す方がいいと思うんだが……どう思う?」


「ゴレミは賛成なのデス!」

「妾も同じくじゃ」

「私もいいわよ」

「僕も」


「当然、俺もだ。やれることがあるって言うなら、まずはやってやろうぜ!」


 全員の同意に加え、カイがそう言って右手の親指を立てながらニヤリと笑う。


「全会一致……なら決まりだな。探索者らしく、お宝探しと行くか!」


「「「「「オー!」」」」」


 俺の台詞に全員が声を揃え、こうして俺達のダンジョン脱出計画の最初の方針が決定した。

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