現状を把握せよ

「それじゃ確認だ。俺達は今、この<深淵の森ビッグ・ウータン>に閉じ込められている。出口に向かおうとしてもループして元の場所に戻され、帰ることができない。ここまではいいか?」


「おう、いいぜ」


 俺の確認に、皆を代表するようにカイが答える。軽く視線を巡らせれば全員が小さく頷いているので、このまま進めて大丈夫そうだ。


「んじゃ、続きだ。道から横に逸れて森に入った場合、少なくとも俺達がダンジョンに異変が起きる前にいた場所……つまりここ、ビッグスパイダーの縄張りに戻ることはできた。


 で、それにカイ達もついてこられたところからすると、おそらくカイ達と一緒ならグレイウルフの縄張りにもいけると思う。ただし、そっちに行くのは絶対になしだ」


「えっ、どうして?」


 その言葉に、ピートが小さく首を傾げて異を唱える。


「クルト達はビッグスパイダーを相手にする方が楽だと思うけど、僕たちのパーティだとグレイウルフの方が倒しやすいんだ。浅いところに限定するなら魔物の強さもそこまで変わらないのに、何で向こうは駄目なの?」


「さっき道で大量の魔物に襲われたからだな。グレイウルフの特徴、ちゃんと知ってるだろ?」


「へ? う、うん。動きが速くて、牙で噛みついてきて、あとは……あっ」


「そうだ。群れると強くなる」


 自ら気づいて小さく声をあげたピートに、俺はそう追従して頷く。


「さっきの猿共は、一二体なんて数で襲ってきただろ? 入り口に戻れないことからしても、『ダンジョンの法則』が変わってる可能性がある。ビッグスパイダーなら出現するのが大量だったとしても、慎重に動けば相手取るのは一体ずつでいいが……」


「一二体のグレイウルフの群れとか、想像もしたくねーぜ」


 うへーと舌を出すカイに、俺は思わず苦笑する。キエラが話していた通り、グレイウルフは数が増えると一気にその強さが増す魔物だ。二、三体くらいまでなら俺達だけでも倒せるし、もう少し増えてもカイ達と一緒なら何とかなりそうな気はするが、一〇体を超える数が一度に現れ、連携して襲ってこられたりしたらどうしようもない。数に押されてジワジワと追い詰められ、最後はゴレミだけ残して全滅の憂き目に遭うことだろう。


「なるほど、それは確かにグレイウルフの方には行けぬのじゃ。ということは、妾達はここで助けが来るのを待つことになるのじゃ?」


「安定をとるなら、そうだな。一応縄張りを出て森の中を入口方面に移動してみるって手はあるけど、今までの魔物分布が当てに出来るかもわかんねーし、動き回るのは得策じゃない」


「でも、助けなんてくるの?」


「そりゃ来るだろ」


 根本的な疑問を口にするシルヴィに、カイが気楽な調子で言う。


「これだけの規模の異変だぜ? ギルドが気づかないなんてありえねーって。多分すぐ救助隊がくるんじゃねーかな?」


「ああ、俺も同意だ。でもやってきた救助隊が、そのまま俺達を助けてくれるかってところにはかなり疑問が残るけど」


「どうしてデス?」


 問うてくるゴレミに、俺は自分が考えた想定を語る。


「俺がパッと思いつく可能性は二つ。まず一つは、ダンジョンの中にいる俺達が外に出られないように、外にいる奴らがダンジョンに入ってこられない、あるいは入れても俺達の場所まで辿り着けないって場合だ。


 その場合は、シンプルに助けそのものが来ない。何せ入ってこられないか、辿り着けないかなんだからな」


「むむむ、ないとは言えぬのが厳しいのじゃ……」


「で、クルト。もう一つは何だよ?」


「そっちも単純さ。入っては来られるが、俺達と同じように出られなくなる場合。大量の探索者がダンジョンに入ったっきり出てこなけりゃ、探索者ギルドは間違いなく異常を察知して調査救援部隊を送ってくれると思う。


 で、そいつらが俺達のところまで来てくれたとして、やっぱり帰れなくなったら? ギルド側の対応は『送り出した探索者が一人も戻らない』だから更なる追加部隊の投入は控えるだろうし、俺達が帰れない事実は変わらない。


 それに加えて、俺達がここで生存できるのは精々三日か四日くらいだ。水も食料もそのくらいが限界だろ」


「あっ、そうか! 確かにそれもあったな」


 俺に指摘に、カイがハッとした表情をとる。基本日帰りだったとはいえ、一応探索者のたしなみとして、俺達は三日分の保存食を用意している。ただしそれはあくまでも非常食であり、小さくて栄養満点な代わりにアホほど塩っ辛くて脂のねっちょりした食感が最悪の逸品だ。間違いなく食べられるが、食べたいと思ったことは一度もない。


 そしてより深刻なのは水だ。ある程度の探索者なら水を湧かせる魔導具なんかを持っていたりするが、俺達はそんな気の利いたものは持ってない。腰の水筒に水は入ってるが、元が日帰りを想定しているだけあって、節約して飲んでも二日保たせるのが限界だろう。


「こんなに豊かな森なのに、水も食料も手に入らぬとは……今更ではあるが、ダンジョンとは本当に歪な存在なのじゃ」


「そうだね。せめて魔物が死体を残してくれたら、どっちもどうにかなるんだけど……」


「無い物ねだりしても仕方ないでしょ! それでどうするの? 水と食料を温存するために、ここでじっとして助けを待つ? それとも動ける内に周囲を探索した方がいいのかしら?」


「それなんだよなぁ……」


 シルヴィの言葉に、俺は改めて考えこむ。待つのも動くのも、どちらもメリットとデメリットがあるが、問題なのはどちらを選んでも確実に何かを失うのに、得られるメリットはその全てに「かも知れない」がつくということだ。


「正直、どっちが正解ってことはねーと思う。ここまで情報がねーんじゃ、それこそ勘とか勢いで選んでも同じだろうしな」


「うわー、私そういうの苦手。根拠があるならまだ納得できるけど、勘なんかで選んだら、どっちにしても絶対『別の方を選べばよかった』って後悔しそうだもの」


「シルヴィ殿の気持ちはよくわかるのじゃ。適当に選んでも同じじゃと頭ではわかっていても、『適当に選ぶ』という行為そのものが既に後悔を生む要因になってしまっておるのじゃ」


「いっそ多数決とかどうかな? それなら恨みっこなしにならない?」


「それは難しいデス。多数決は一見すると合理的な決め方に思えるデスけど、選ばれなかった少数側は無意識に多数側に『選ばれた責任』を求めてしまったり、何かよくないことが起きると『こんなことなら自分達を選んでくれればよかったのに』という不満を募らせたりするものなのデス」


「そんなこと……ないとは言えねーか」


「そうだね。ゴレミちゃんの……………………」


 ゴレミの言葉にカイが渋い顔でそう答え、ピートもまた同意しようとしていたようだが……ふとピートの動きが止まり、その目がまっすぐにゴレミを見つめる。


「ピート? どうしたの?」


「ハッ!? ひょっとしてゴレミに一目惚れしちゃったデスか? 申し訳ないデスけど、ゴレミはマスターのものなので――」


「そうだ! ゴレミちゃんだよ!」


「ひゃっ!?」


 不意にピートが声をあげると、ゴレミの肩をガッシリと掴む。するといつもは迫る側のゴレミが、珍しく戸惑ったような声をあげた。


「ど、どうしたデスかピート!? 壁ドンならマスターだけで間に合ってるデスよ?」


「かべどん……? いや、そんなことじゃなくて! ほら、ゴレミちゃんをスキルで動かしてる子はダンジョンの外にいるんでしょ? だったらその子からギルドの人に連絡してもらおうよ!」


「あー…………」


 素晴らしく冴え渡るピートの提案に、しかし俺とローズは頭を抱え、ゴレミは何とも言えない困り顔になった。

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