別離

「なっ、魔物!? 何で魔物が『道』に出るんだよ!?」


「しかも、何だこの数!?」


 誰かの口から漏れ出た驚きの声。だがそれはその場のほぼ全員が共有する感覚だろう。


 突然現れた魔物は、石斧を手にしたパンキーモンキーが六体に、手に石を持っているピンキーモンキーが六体の総勢一二体。こいつらのボス達と戦った時のような背景・・ではなく、実際に襲ってくる魔物としてこれだけの数に襲われるのは、「上限三体」というダンジョンのルールに守られていた・・・・・・俺達にとって初めての体験だ。


「「「ウキキキキー!」」」


「お、襲ってきたぞ!?」


「狼狽えるな! 相手はたかが猿だ! 冷静に対処すれば――」


「こっちにこないで!」


「チッ、こりゃヤベーか? ゴレミ!」


「了解デス! まっすぐ行ってぶっ飛ばすデス!」


 動揺する探索者達の間に猿共が突撃してきて、場は一気に乱戦となる。こうなると俺達のいつもの戦法は軒並み使えなくなっちまうので、俺はゴレミに指示を出しながら素早く近くのパンキーモンキーに襲いかかった。ローズもまた小さな体を盾にして跳んでくる投石を防ぎ、そうして戦闘は進んでいく。


 敵は一二体。大してこちらは総勢一五人。初動が悪かったせいで最初こそ押されていたものの、それでもすぐに戦況は覆り、結果としてほんの五分ほどで魔物の群れを撃退することはできた。できたが……


「はぁ、はぁ……おい、誰だ!? 何処の馬鹿がボスメダルを食われてやがった!?」


 魔物の全滅を確認し、目つきの悪い男が大声でそう怒鳴る。だが周囲に満ちているのはそんな男を非難する空気ではなく、男と同じく厄介者をあぶりだそうとする猜疑の目だ。


「あー、悪い、俺達だ。ピンキーモンキーとパンキーモンキーのメダルを食われてる」


 なので俺は素直に名乗り出た。すると男は俺の胸ぐらを掴んで詰め寄ってくる。


「テメェか! おいテメェ、どういうつもりだ!?」


「待て、落ち着けって。どうって言われても、ダンジョンの仕様なんだからどうしようもねーだろ? 勿論巻き込んじまったのは悪いと思ってるし、それで謝れって言うなら謝るけど……」


 明らかにダンジョンに異常が起きている状況で、一二体もの魔物が襲ってきた。こうなると俺がボスメダルを消失してることが本当に襲撃の原因かどうかも怪しいところだが、一番可能性が高いのは間違いない。


 であれば無関係な他人を巻き込んじまったんだから、頭を下げることには何の抵抗もないが……しかし男はニヤリと意地悪そうな笑みを浮かべて言う。


「あぁ? 謝るだけですんだら、衛兵はいらねーんだよ! 今後ここを襲ってくる魔物がいたら、テメェが責任持って全部引きつけて倒せ。テメェのせいなんだから当然だろ? あとは……そうだ、テメェのゴーレムをよこせ。そいつなかなか強そうだったからな」


「は? ふざけろ、そんな要求飲むわけねーだろうが」


 瞬間、俺は胸ぐらを掴んでいた男の手を勢いよく弾く。すると男は大げさに痛がってみせつつ、周囲に向かって声を発した。


「おーイテェ! おい聞いたか? こいつ俺達を魔物に襲わせた・・・・くせに、責任とりたくねーってよ! おかしいよなぁ? そんなの許せるか?」


「許せねー!」


「そうよ! ちゃんと責任とりなさいよ!」


「だ、そうだ。テメェが責任とるのが俺達の総意だぜ?」


 場の空気を味方につけた男が、もう一度不敵に口元を歪ませる。ああそうか。なるほど確かに、こいつは分が悪そうだ。


「チッ……わかったよ」


「お、そうか? なら早速――」


「俺達はここを出て、森の中に戻る。それなら関係ねーだろ? ゴレミ、ローズ、行くぞ」


「はいデス!」


「わかったのじゃ」


「えっ!? お、おい! ちょっと待て!」


 あっさりとそう言って森の中に戻ろうとする俺達に、男が慌てて声をかけてくる。


「さっきの襲撃はここに一〇人以上の探索者がいたからしのげたんだ。お前達三人だけであんな大群に襲われたら、あっという間に死んじまうぞ!?」


「かもな。でもそれならお前達に迷惑はかからねーだろ?」


「粋がってんじゃねーよ! 無様に全滅したくなかったら、さっさと頭下げて『ここにいさせてください』って言えや!」


「謝罪のために下げる頭ならあるが、ここにいるために下げる頭はねーよ。厄介者が自分から出てくって言ってんだから、お前こそ何でそんなにしつこく引き留めるんだよ?」


「それは……クソッ! おいガキ、テメェはいいのか? こんなアホについていったら、あの猿共にいいように嬲られて死ぬだけだぜ?」


 俺が屈しないとみると、男はローズの方を見てそう問うてくる。だがそんな男に対し、ローズは余裕の笑みを浮かべて答える。


「別に構わぬのじゃ。というか、むしろここにいた方が弄ばれそうなのじゃ。それなら倒せばいい分魔物の方がずっと対処が楽なのじゃ」


「っ…………糞がっ! なら勝手にしやがれ!」


「ああ、そうさせてもらうぜ」


 悔しげにそう言い捨てる男に背を向け、俺達は揃って元いた場所……ビッグスパイダーの縄張りの中へと移動していく。するとその途中で、背後から誰かが駆け寄ってきた。


「おーい、クルト! 待ってくれよ!」


「カイ? 何だよ、お前達も来たのか?」


 俺達が足を止めてそう声をかけると、追いついてきたカイが苦笑しながら言う。


「そりゃ来るだろ。ほら、俺達もメダル食われてるし」


「あー、そういえばそんなこと言ってたな」


 ばつが悪そうに言うカイに、俺はカイ達がビッグスパイダーにやられかけていたのは、メダルイーターを追いかけていたせいだということを思い出す。確かにそれを隠してあそこに残るのは相当にリスクが高そうだ。


「それに、あんな奴らと一緒にいる方が耐えられないわよ!」


「だよね。場所が安全だったとしても、信頼できない他人と一緒にいる方がずっと危険だよ」


「うむ、それは正しく真理じゃな」


「『お前達なんて信用できない。俺は一人で部屋に戻る!』は普通なら死亡フラグデスが、名探偵ゴレミがこっちにいるので安心なのデス! 麻酔チョップで首筋を一発なのデス!」


「名探偵? それに麻酔チョップ……?」


「すまんピート。ゴレミの言うことは気にしないでくれ。こいつは偶に変な魔力波を拾って、訳のわからん事を口にすることがあるから」


「えぇ? それはそれで凄く気になる……こともないかな、うん」


 俺の苦しい言い訳に、ピートがジッとゴレミのことを見つめてくる。だがその眼前にシルヴィの杖が迫ると、ピートがサッとゴレミから視線を逸らした。どうやら先日の学びがしっかりと生きているようだ。


 と、そんな雑談をしながら進んでいくと、目の前にでかでかと巣を張っていたビッグスパイダーを一体見つけた。俺はそれをローズと一緒にバーニング歯車スプラッシュで燃やして仕留めると、ひとまずホッと胸を撫で下ろす。


「ふぅ、どうやら無事にビッグスパイダーの縄張りに辿り着けたみてーだな」


「そのようじゃな。ということは入り口に戻れぬだけで、他の場所には普通に辿り着けるということじゃろうか?」


「そりゃ何とも言えねーな。あの場に残ってりゃそういう検証もしただろうけど……その場合、多分俺達は奥に進まされてたと思う」


 そんな推測を口にする俺に、ローズが小首を傾げて問うてくる。


「奥? 何故奥なのじゃ?」


「そりゃ奥に進んでループしなかった・・・・・場合、ボスメダルとか関係なしに魔物が俺達を襲うなら、より強い魔物が出てくることになるだろ? 加えて戻れないってのが入り口だけじゃないなら、引き返すこともできなくなるわけだ」


「進めば進むほど敵が強くなるのに、引き返すことはできないのデス。ローグライクの宿命なのデス」


「ろーぐ……? よくわからぬが、それは確かに困りものなのじゃ」


「だよな。だからまあ、あいつらから離れたのはそこまで悪い選択じゃねーと思うぜ」


 あの目つきの悪い男は最初から俺達に絡んできてから、もし何も問題が起きなかったとしても、危ないところは俺達にやらせようとしてきた可能性が高い。仲間のためなら危ない橋を渡る覚悟くらいあるが、あんな奴のために命を賭けるのは御免だからな。


「さて、それじゃここはしばらく安全になっただろうし、状況の纏めて今後の相談をしようぜ」


「おう!」

「うむ!」

「はいデス!」

「うん」

「いいわよ」


 地面に転がった魔石を拾いながら言う俺に、皆がそれぞれの言葉で返事をする。さあ、ここからが本当の「相談」だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る