予兆
「うぉぉぉぉ!? 何だ今の!?」
「凄い音がしたのじゃ!?」
突然の出来事に、俺とローズは思わず声をあげて辺りを見回す。だがぱっと見でダンジョン内に変わった様子はなく……むしろ一番の違いは最も身近なところにあった。
「ん? おいゴレミ、どうした?」
「……………………」
「ゴレミ? ゴレミ!? おい、どうした!? 返事しろ!」
直立不動で動かなくなったゴレミの肩を掴み、俺はその名を呼びながらその体を揺する。するとすぐにゴレミの顔に表情が戻り、その口がゆっくりと動いた。
「…………あ、マスター?」
「ゴレミ!? 大丈夫か?」
「はい、平気デス。突然ダンジョンコアから莫大な量の情報が送られてきて、処理が止まっちゃってただけデス」
「情報? ダンジョンに何かあったのか?」
俺の問いかけに、しかしゴレミは首を横に振る。
「わからないデス。圧縮された情報のデコードキーが……あー、今のゴレミはダンジョンの正式な職員じゃないので、いきなり山ほど送られてきた暗号を解くために必要な情報が手に入らないので、何もわからないのデス」
「そうなのか……」
申し訳なさそうに言うゴレミに、俺は肩から手を離して言う。すると今度はローズがゴレミに話しかけた。
「じゃが情報が送られてきたということは、とにかくダンジョンに何かがあったということなのじゃ?」
「そうデス。多分とっても大きな何かがあったデス」
「何か、か……あまりにも漠然としておるが、クルトよ、どうするのじゃ?」
「そうだな……よし、一旦ダンジョンを出よう」
ローズの問いかけに、俺はほんの少しだけ考えてから決断する。どんな問題が起きたのかわからねーが、とにかく問題が起きたというのなら、まずは安全を確保するのが最優先だ。
そんな俺の決断に、ローズもゴレミも特に反論することなく同意してくれる。なので俺達はビッグスパイダーの縄張りを出てダンジョンの中央道路にまで行くと、そこには俺達のように異常を察知した何人もの探索者の姿があった。
「おー、いっぱいいるデス!」
「大体みんな、考えることは同じなのじゃ」
「だな。立ち止まってる奴もいるけど、俺達はさっさと――」
「あ、おい! クルト!」
そのまま道沿いに歩き出そうとしたところで、不意に俺に声をかけてくる奴がいた。そっちに顔を向ければ、そこには手を振ってアピールするカイ達の姿がある。
「やっぱクルト達だ! お前達もダンジョンにいたのか」
「そりゃ俺達だって探索者だからな。カイ達もか?」
「そうだぜ。グレイウルフの縄張りの浅いところで稼いでたんだけど、そしたら急にでっかい音がしたから出てきたんだよ。クルト、何か知ってるか?」
「いや。てかカイこそ知らねーのか? カイ達の方が俺達よりずっと<
「そうだけど、こんなのは初めてだよ。ピートもシルも何も知らねーって言ってるし。だよな?」
「うん。<
「えー? こんな浅いところで、そんな強い魔法なんて使う? 魔力の無駄遣いでしょ」
「それはわからないよ。新しく覚えた魔法を安全なところで試し打ちしただけかも知れないし」
「でも……」
「おいお前ら、何馬鹿なこと言ってやがる!」
と、そんな事を話すカイ達に、今度は俺の知らない別の誰かが声をかけてきた。俺達よりやや年上くらいに見える、微妙に目つきの悪い男だ。
「人が使うスキルでダンジョンが揺れるわけねーだろ! こりゃ絶対何かあったんだ!」
「いやだから、その『何か』が何だったのかって話をしてたんだけど……まあいいや。なあクルト、クルト達はこれからどうするんだ?」
「ん? 俺達は外に出るぜ。こういうときは安全確保が一番大事だからな」
「そっか。なら俺達は――」
「かーっ! お前ら本当に馬鹿だな!」
俺とカイの会話に、またもさっきの男が割り込んでくる。何だコイツと思いながらも仕方なくそちらに顔を向けると、男は言葉通りこっちを馬鹿にするような顔で話し始めた。
「こういうときこそ稼ぎ時だろ!? 未知の状況に尻込みして逃げるなんて、お前らそれでも探索者か? あー情けねぇなぁ!」
「あー、そうかい。じゃあ情けない俺達はとっとと帰るから、あんたは好きに稼いでくれ。ゴレミ、ローズ、行くぞ」
「そうじゃな。ひとまず戻ってギルドで情報収集するのじゃ」
「無事に帰ればまた来られるのデス!」
そんな男を相手にせず、俺達はそのままダンジョンの入り口に向かって歩き出す。するとそんな俺達の後を、カイ達も追いかけてきた。
「あれ? カイ達も帰るのか?」
「まあな。あいつの言うことも間違ってはいねーと思うけど、ちょっと前にクルト達に助けられたばっかりだからなぁ」
「人生堅実が一番だよ、カイ君」
「ちょっとつまんないけど、流石に安全には変えられないわよね」
「ハハッ、そうか」
カイ達の返答に、俺は軽く笑って答える。あるいは歴史に名を残すのは、さっきの男みたいな奴なのかも知れない。だがそれは「大成功か大失敗」の二択を延々と勝ち続けた先にある栄光であって、残念ながら今の俺にはそんなギャンブルに勝ち続けられる自信なんてものはない。
そもそも何十万、何百万人に一人しか成し遂げられないからこそ偉業であり、英雄なのだ。それに憧れる気持ちは子供の頃からずっと持ったままだが、命をチップに猛進できない程度には俺も大人になったってことだろう。
というわけで、俺達は六人揃って雑談をしながら道を歩いて行く。すると向かう先にそれなりの人数の集団が見えてきて…………あん?
「え?」
「お? 何だよお前ら、結局戻ってきたのか?」
俺達を出迎えたのは、さっきのいけ好かない年上探索者。それを見たカイ達が、困惑の表情を浮かべながら口を開いた。
「あれ、俺道間違えたか?」
「ちょっとカイ! あんな一本道で迷うとか、どういうこと!?」
「お、おかしいな……?」
カイ達の会話が、俺の耳を通り抜けていく。代わりに俺はゴレミとローズの手を強引に握ると、そのまままっすぐ歩き始めた。
「ゴレミ、ローズ。もう一回だ」
「はいデス」
「わかったのじゃ」
「おいおいお前、お手々繋いでって、ダンジョン探索は遠足じゃねーんだぞ?」
「クルト、どうしたんだよ?」
からかう男の声も、呼び止めるカイの声も聞き流し、俺達は早足で歩く。本心では走り出したいくらいだが、この先の事を考えると無駄に体力は使いたくない。
ならばこそ急く気持ちを抑えつけ、俺達は無言で歩く。両サイドを森に挟まれた、見失うことなどあり得ない一本道をひたすら歩き……しかし辿り着いたのは、さっきと同じ場所。
「……何だお前ら。ふざけてんのか?」
「何でクルトがそっちから来るんだよ!?」
「……ヤバい。よく聞けカイ。俺達は今、多分ダンジョンに閉じ込められてる」
「「「えっ!?」」」
真剣な表情で伝えた事実に、カイ達のみならず周囲で俺達の事を見ていた他の探索者の間でも声があがる。慌てて何人かがダンジョンの入口方面に走り出したが、しばらくして息を切らせたそいつらが現れたのは、俺の背後だ。
「はぁ、はぁ……嘘だろ、マジで出られねーぞ!?」
「おいこれ、どうなってんだよ!」
「待って、落ち着きましょ! こんなダンジョンの入り口近くなら、すぐ救援がくるわよ!」
周囲がざわめきに包まれるなか、俺達はカイ達と一緒に集まり、円陣を組んで顔を付き合わせる。最初に口を開いたのはカイだ。
「おいクルト、これどうなってんだ? 何でダンジョンから出られねーんだよ?」
「それを俺に聞かれてもな……普通に考えりゃ、さっきの音が原因なんだろうけど」
ダンジョンから出られないなんて事象は、俺も初めて聞いた。ただ<
だがそうなると、これはダンジョンの仕様ってことになる。ならばと俺はチラリとゴレミに視線を向けたが、ゴレミは力なく首を横に振る。どうやら<
さて、どうしたもんか……
「キャーッ!」
「何だ!?」
打開先を考える暇すらなく、今度は悲鳴が辺りに響く。俺達がそちらに意識を向けると……
「ウキキー?」
「ウッキキー!」
そこでは派手な体毛の猿と、頭にトサカのような毛を生やした猿が醜悪な笑みを浮かべていた。
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