<逃げ足>の行方

 その後俺達はカイ達と別れると、俺の剣の問題もあってダンジョンから出た。そうして次の日から、改めてビッグスパイダーの縄張りを攻めていく。


 ただ、今までのように一日でボスを倒すようなペースにはならない。これはゴレミが糸に弱いという問題が発覚したことで今までのような戦い方ができず、新しい戦い方を慎重に検討しているというのもあったが……それに加えてもう一つ、捜し物・・・が増えたというのが大きな要因である。


「ほらほら、メダルイーターちゃーん? ここに美味しいボスメダルがあるぜー?」


 ビッグスパイダーとの戦闘後、周囲の安全を確認したところで、俺はボスメダルを掴んだ手を見せびらかすように上に伸ばして振ってみる……が、幸か不幸か、今回もメダルイーターは姿を現さない。


「はぁ、全然出ねーなぁ」


「元々そう出現する魔物ではないようじゃしの」


 思わず愚痴をこぼしてしまった俺に、ローズが苦笑しながらそう言ってくる。


「それにそもそも、頻繁に出てこられたらそれはそれで困ってしまうのじゃ。せっかく手に入れたメダルがすぐに食べられてしまいそうなのじゃ」


「そりゃそうなんだけどさ」


 続いたその言葉に、今度は俺の方が苦笑を浮かべる。


 確かに今、俺はカイから聞いたボスメダル融合を試してみるべくメダルイーターを探しているわけだが、それが無事成功したならば、以後はメダルイーターには出てきて欲しくない。融合メダルは食われたら取り返す機会がないというのだから尚更だ。


「自分に都合のいい時だけ出てきて欲しいなんて、マスターはとんだプレイボーイなのデス! そのうち背後から刺されそうなのデス! ナイスボートなのデス!」


「ぼ、ボート……? よくわかんねーけど、変な言い方すんなよ! これはあくまでも人間と魔物の戦いなんだからな!」


 意地悪な顔で言うゴレミに、俺は抗議の声をあげる。こっちの都合を一〇〇パーセント押しつけてるのはその通りだが、命を賭けた戦いというのはそういうものだ。そこに若干の欲望が加わっているかも知れねーが、エゴもまた人の生きる糧なのである。


「ったく……はぁ、そろそろ見切りつけて、次にいくか」


 微妙にしょっぱい顔になったのを自覚しつつ、俺は鎧の裏側にある隠しポケットから小さな袋を取り出す。これは俺がボスメダルを入れている袋で、メダルを入れた袋の口を閉じ、逆さにして別の袋に入れてその口を閉じ、更にそれを逆さにして別の袋に入れているものだ。


 取り出すのもしまうのもアホのように手間がかかるが、これならメダルイーターに直接食われることはない。胸の辺りで小さな生き物がこれだけチョロチョロと動き回って気づかないこともないだろうし、まさに守りは万全である。


 唯一弱点があるとすれば、この出し入れの時だけは流石に無防備になるということだけだが――?


「ん?」


 ポトッと、不意に俺の肩に何かが落ちてきた。そちらに顔を向けると、俺の肩に青緑色をした地味なトカゲが乗っている。そいつはスルスルと俺の体の表面を歩き、口を開けた袋のなかに頭を突っ込んで…………っ!?


「ちょっ、こいつがメダルイーターか!?」


 素早く掴もうとしたが、右手には袋そのものを、左手にはピンキーモンキーのボスメダルを持っていた。手放してもいいものかと逡巡した一瞬の隙を突いて、メダルイーターがひょいと俺の体から飛び跳ねる。


「俺が追いかける!」


 手に持っていたメダルとメダル入れの袋をゴレミに向かって放り投げると、俺はすかさずメダルイーターを追いかけて走り出した。だがその小さな体は森の中ではまったく目立たず、一瞬でも目を離せば見失ってしまいそうだ。


――なるほど、これを追いかけてたならそりゃ蜘蛛の巣にだって突っ込むわ


 そんな思考が一瞬だけ頭をよぎり、同じ轍を踏まないように視野を少しだけ広く保つように意識する。ただしその分足は遅くなり、メダルイーターとの距離はジワジワと開いていく。


 どうする? どうする? このままじゃ間違いなく逃げ切られる。追いかけるんじゃ駄目だ。どうにかして先回りを……奴の逃げる先を見極めなければ……


 考える。集中する。小さく素早い体で巨大な敵から逃げる時、俺ならどう逃げる? 俺なら、俺なら、俺が逃げる・・・なら…………


「そっちか?」


 不意に、俺の中の勘としか言えないものが、メダルイーターおれが逃げるならこっちだろうというのを告げてきた。斜めに踏み出した一歩は、もし奴が違う方向に逃げれば大きく距離を離されるものだったが……メダルイーターは俺が踏み出した方向に逃げた。


「そっち……次はそっちだ」


 そんな奇妙な偶然が数度続き、俺とメダルイーターの距離がグングン縮まっていく。あと少し、あと一歩で手が届く。そうして奴が追い詰められた瞬間、俺は強く地面を蹴って、背後に跳んだ。


「甘ぇ!」


 意表を突いて俺の脇をすり抜けるはずだったメダルイーターが、俺が同じ方向に跳んだことでゆっくりと俺の胸に飛び込んでくる。そのままその小さな体をガッシリと掴むと、メダルイーターは観念したように俺の手の中でぐったりと動かなくなった。


「ハッハー! どうだ! 捕まえてやったぜ!」


「マスター!」


「クルトよー!」


 勝利の雄叫びをあげる俺のところに、ゴレミとローズが駆け寄ってくる。


「はぁ、はぁ……メダルイーターは捕まえられたのじゃ?」


「おう、バッチリだぜ!」


「あんな小さなトカゲを捕まえるなんて、流石はマスターデス!」


「へっへっへ、まあな!」


 賞賛するゴレミに、俺はちょっとだけ得意げにそう答える。いやー、我ながら素晴らしい勘の冴えだったな。今になって考えると、何で捕まえられたのか自分でもわかんねーくらいだ。


「はぁ、ふぅ……それでどうするのじゃ? 追加のメダルを食わせてみるのじゃ?」


「そうだな。せっかくだしやってみるか。ゴレミ、残ってるメダルは何だ?」


「えっと、ピンキーモンキーとフォレストスネークなのデス」


「そっか。ならピンキーモンキーのボスメダルをくれ」


 どうやらこいつが食ったのは、パンキーモンキーのボスメダルだったらしい。ならたった二日の違いとはいえ、一番古いピンキーモンキーのメダルを食わせてみるのがいいだろう。フォレストスネークと違って、猿共ならダンジョン内で襲ってくるようになっても不意を打たれることはねーしな。


「マスター、どうぞデス」


「おう、ありがと。で……どう食わせりゃいいんだ? こうか?」


 俺は右手に掴んだままのメダルイーターの口元に、左手で受け取ったパンキーモンキーのボスメダルを近づけていく。だがメダルイーターはジタバタと暴れるばかりで、追加のメダルを食おうとはしない。


「全然食わねーな? むしろ嫌がってる感じなんだが……」


「一枚食ったら逃げるということは、通常は一枚しか食わないのではないのじゃ?」


「そうデスね。なのでマスターがいつもやってたように、無理矢理食べさせたらいいと思うデス」


「いつもって……まあやってたけどさ。なら……おら、食え!」


 若干心外な気分になりつつも、俺はメダルイーターの口にピンキーモンキーのボスメダルを無理矢理に押し込んでいく。するとメダルイーターは苦しみながらも追加のメダルを何とか飲み込み……次の瞬間。


パァン!


「うおっ!?」


 突如としてメダルイーターの体が、音を立ててはじけ飛ぶ。驚いて俺が手を開くと、そこには魔石の代わりに赤銅色のメダルが一枚存在していた。表にはピンキーモンキーの、裏には……いや、これは裏じゃねーな。もう片方の表にはパンキーモンキーの意匠が彫られており、なるほどこれは融合メダルだ。


「クルトよ、上手くいったのじゃ?」


「いきなりはじけてビックリしたデス!」


「ハッハッハ。ああ、いけたみたいだぜ。ほら――っ!?」


ドドドドドズーン!!!


 手に入れた融合メダルを二人に見せようとしたその瞬間、突如ダンジョン内に強烈な振動と衝撃音が響き渡った。

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