エルフと融合メダル

 エルフ。それは戯曲や英雄譚などに登場する、架空の存在だ。男女共に容姿端麗で、長い寿命と莫大な魔力を持ち……そして何故か耳が長い。創作物なのだから人類の欲張りセットみたいな能力を持っているのはわかるが、そこにどうして「耳が長い」という特徴を加えたのか? その答えは永遠の謎。


 ただ一つだけ確かなのは、少なくとも俺の知る世界には「エルフ」は実在しないということである。


「えーっと……カイ?」


「あー、うん。そうだな……順を追って説明するよ」


 俺に名を呼ばれ、カイが困ったように頭を掻きながらその口を開く。


「まず俺達の生まれた村が<深淵の森ビッグ・ウータン>に隣接してるってのは本当だ。ていうか、この国そのものが<深淵の森ビッグ・ウータン>の周囲にあるようなもんだから、大抵の街とか村は<深淵の森ビッグ・ウータン>の近くだけどな。


 で、<深淵の森ビッグ・ウータン>から出てきた誰かが村人と結婚したって話も普通にあるぜ。ただそれがエルフかって言われると……」


「何よカイ! ダンジョンから出てきた凄く強い人なんだから、エルフに決まってるでしょ!」


「あー……」


 抗議するシルヴィに、カイが眉根を寄せて渋い表情を見せる。すると今度はピートの方が口を開いた。


「当たり前と言えば当たり前なんですけど、僕たちのご先祖様は、トラス王国や探索者ギルドができるずっと前から、この土地で<深淵の森ビッグ・ウータン>と共に暮らしていたんです。そしてそのなかには、どうにかして<深淵の森ビッグ・ウータン>の秘密を探ろうとしていた人もきっといたと思うんです。


 なので僕の予想としては、独自で<深淵の森ビッグ・ウータン>を調べていた人が、このダンジョン特有の効果で意図せず遠くから僕らの村の側にやってきてしまい、帰るに帰れずそのまま村人と結婚して村の住人になった……ということが当時あったんじゃないかと考えてるんです」


「ほほぅ。それは確かにありそうなのじゃ」


「でも、それがどうしてエルフになるデス?」


「多分ですけど、その人が凄く強かったからじゃないですかね? 今は探索者ギルドがあるからみんなわかってますけど、そんな情報が共有されていない時代に最上位の探索者くらいの強さの人が来たら、とても同じ人間とは思えないくらいの力の差を感じると思うんですよ。


 なのでその人を人ではなく、人より優れた存在……エルフじゃないかと考えたんじゃないかなって」


「ピートまで! そんなことないわよ! だってその人、耳が長かったんでしょ!?」


 理路整然と語るピートに、シルヴィが再度抗議の声をあげた。するとピートは困ったような顔をしつつも、しっかりと反論を口にする。


「うーん、それなんだけど……正直僕としては、その凄い人を同じ人間だと見られなかった昔の村人が、エルフにこじつけるために『耳が長かった』って言ってるだけだと思うなぁ。明らかに長かったって言うより、ちょっと尖ってるのを無理矢理『耳が長い』と言ったんじゃないかな?」


「うぅぅ……違うのに! 私のご先祖様は絶対エルフなのにー!」


「ふーむ……まあ昔のことなんて確認しようがねーわけだけど、何でシルヴィはそんなにエルフに拘るんだ?」


 悔しげな顔をするシルヴィに、俺は首を傾げつつ問うた。するとシルヴィは大きく胸を張りながら言う。


「そんなの決まってるじゃない! そっちの方が探索者として箔が付くからよ!」


「お、おぅ? ……え、それだけか?」


「それだけよ! ただの村娘より、エルフの末裔って方が凄いでしょ?」


「そりゃまあ……」


 何の飾りもなくまっすぐにそう言われると、俺としてもそうとしか返せない。そりゃあ俺だって、田舎村出身の男って言われるより、伝説の勇者の末裔とか言われた方が格好いいとは思うが……えぇ?


「シルにエルフ要素なんて一個もないもんな。魔力も普通だし耳も尖ってねーし」


「だよね。特に美人ってわけでもないし……痛い!?」


「バカ! バカピート! そこは気を遣うところでしょ!?」


「そんなこと言われても……」


「気にすんなってシル。お前みたいなのが好きな男だってどっかにはいるさ。俺はパン屋のニーナちゃんみたいな子が好きだけど」


「あ、あの子いいよね。凄く家庭的な感じで」


「だよなー。やっぱ結婚するならああいう感じの……イテェ!?」


「バカ! バカ! 死ね! 二人共死んじゃえ!」


「あー……あの、悪いんだが、そういうのは後にしてもらってもいいか?」


 またもじゃれ合い始めた三人に、俺は遠慮がちにそう声をかける。するとパッとシルヴィが姿勢を正し、恥ずかしそうに顔を赤らめた。


「あ、そ、そうよね。ごめんなさい……まったく、バカ共のせいで私まで恥かいちゃったじゃない!」


「えぇ、僕が悪いの?」


「だからシルはモテない……いや、何でもない。そうだクルト。助けてくれた礼ってことで、一ついいこと教えてやるよ!」


「いいこと?」


 強引に話題を変えてきたという感は否めないが、それはそれとしてカイが何かを教えてくれるらしい。俺が聞き返すと、カイはニヤリと笑って言葉を続ける。


「ああ、そうだ。メダルイーターのこと知ってるなら、クルト達もボスは何体か倒してるんだよな?」


「ああ。ピンキーモンキーとパンキーモンキー、それにフォレストスネークのボスメダルは持ってるぜ」


「それならこの情報が役に立つな。クルトも知ってると思うけど、メダルイーターはボスメダルを食うんだ。で、食われてもすぐに倒せばちゃんとメダルを取り戻せるんだけど……実はそこに裏技があって、メダルを食ったメダルイーターにもう一枚メダルを食わせてから倒すと、何と食わせた二枚のボスメダルが融合して、新しい一枚のメダルになるんだ」


「へー、そりゃスゲーな」


「融合は浪漫なのデス! シンクロやエクシーズとはひと味違うのデス!」


一致シンクロはともかく、えくしーずとは何なのじゃ?」


「あー、ゴレミの言うことは気にしねーでくれ。で、メダルを融合ってのは、具体的にはどういうことなんだ?」


 相変わらず訳のわからん事を言うゴレミをそのままに俺が問うと、カイは一瞬首を捻るも説明を続けてくれる。


「お、おぅ。融合メダルにはいくつか特別な効果があってさ。まず融合元になったメダルは消失扱いになるから、その魔物がダンジョン内で襲ってくるようになる。ただし融合メダルは一年消えないうえに、元のボスメダルとは別物ってことになるから、再設置が終われば融合メダルを持ったまま元のボスと再戦できるんだ」


「なるほど。つまり手に入れては融合を繰り返せば、事実上同じボスのメダルを何枚も所持できるってことか?」


「そうそう! あともう一つ、融合メダルは元になったメダルの価値を引き継ぐから、石碑を使う時にそれだけいい宝箱を狙えるようになる。この辺の石碑は大体穴が二つ、多くても三つしかないけど、それ全部融合メダルでまかなうなら、最高で通常六枚分のメダルとして交換できるってわけ」


「それはお得なのじゃ!」


「だろ? ああ、一応言っておくけど、融合メダルを食わせて更に融合、ってのはできないらしいから注意な。融合メダルは食われた時点で消えちゃうらしい」


「ふむ。取り返す機会がなくなるのもデメリットの一つってことか」


「でも、長い目で見たらメリットの方が多いと思うデス」


「だな。こりゃ挑戦しない手はねーぜ」


 上を目指すのは基本だが、だからって誰もがすぐに強くなれるわけじゃない。同じ魔物の価値を上げる手段があるというのなら、これを試さない手はないだろう。


 期せずして手に入れた有力な情報に、俺の胸には新たな野望の炎が燃え盛っていた。

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