予想外の苦戦

 ということで、更に翌日。新たな縄張りを制覇しボスメダルをゲットするべく、俺達は予定通りビッグスパイダーの縄張りへとやってきたわけだが……


「うわぁ……」


「何とも堂々としておるのじゃ」


 獣道の真ん中、もの凄くわかりやすい位置にでかい蜘蛛が巣を張っている。よほど雑談に集中でもしなければ見落とすことの方が難しいレベルだ。


「それでマスター、どうするデス?」


「そうだな……最初だし、一番有効そうな攻撃をやってみるか。ローズ」


「わかったのじゃ」


 俺が声をかけると、ローズが目の前に火の膜を出現させた。それに合わせて俺はローズの背後に回ると、ビッグスパイダーと一直線になるように位置取って構える。


「食らえ、バーニング歯車スプラッシュ! うぉぉ!?」


 燃える歯車がビッグスパイダーに命中すると、予想より強い勢いで激しく燃え始めた。ピンキーモンキーやパンキーモンキーもなかなかの燃えっぷりだったが、こっちは更に激しい。


「クルトよ、これは大丈夫なのじゃ!?」


「火事になったら全部の魔物が襲ってくるってキエラが言ってたデスよ!?」


「い、いやいや、平気だろ? そんな簡単には燃えねーって。ははは……」


 不安げな声を上げる二人に、俺は乾いた笑い声で返す。猿達は燃えながらも走り回ったりしていたが、巣は動かない。つまり同じ木や草がずっと炙られ続けているわけだが……あれ、これヤバいか? 何かプスプスいってねーか?


「な、なあゴレミ。一応消火の……」


「あ、消えたデス!」


 こみ上げる不安に負けそうになったその時、ちょうどビッグスパイダーが燃え尽きて霧と変わり、同時に巣もダンジョンの中から消失した。となれば当然火も消えるわけで、辺りには熱気が残っているものの、もう火の気はない。


「ふぅ、ヒヤヒヤしたのじゃ……じゃがこうして見ると、確かに木はこれっぽっちも燃えておらぬのじゃ」


「草は焦げてるデスけど、広がる前に燃え尽きちゃってる感じなのデス。これなら火事にはならないのデス」


「だろぉ? ほーら、俺の言った通りじゃねーか!」


「マスター、さっき何か言いかけてなかったデス?」


「気のせいだ! それよりこれで先に見つけたら楽勝で倒せるってわかったから、次に行こうぜ!」


 首を傾げるゴレミをそのままに、俺はズンズンと道を進む。すると幸運にもすぐに次のビッグスパイダーを見つけることができた。


「よし、それじゃ次は……ゴレミ、悪いけどあの巣に絡まってみてくれるか?」


「え、わざわざ糸に巻かれるデス?」


「そうだ。万が一糸に巻かれても脱出できるかどうかが知りたい。もし自力で抜け出せない感じだったら、今はともかくこの先は大分警戒しねーとだし」


 以前キエラに、俺だと糸に巻かれたら自力では脱出できないと言われたことがある。だが流石にあの巣にちょっと触っただけで脱出不可能なんてレベルだったら、もっとずっと強力な魔物として恐れられているはずだ。


 なので、その閾値が知りたい。とはいえいきなり俺が糸に巻かれるのは普通にヤバいので、まずはキエラに「何の問題もない」と断言されたゴレミで大体の感じを掴んでおきたいのだ。


「むぅ、ゴレミのお肌がネバネバになってしまうのデス……」


「蜘蛛の糸と言えば、スパイダーシルクじゃろ? それに包まれたら、むしろ肌はすべすべになるのではないのじゃ?」


「全てゴレミにお任せなのデス!」


 ローズの言葉に、ゴレミの機嫌が一気に上向く。その元気な現金さに思わず苦笑していると、ゴレミが目の前の蜘蛛の巣に向かって突進していった。


「さあ、行くデスよー! ゴレミのお肌をツルスベのシルク肌にするデス! マスターに一晩中撫でてもらうデスー!」


 バフッと突っ込んだゴレミの重さに耐えられず、ビッグスパイダーの巣が無残に引きちぎれた。だがその異変を察知したビッグスパイダーはすぐさまゴレミの側までいくと、尻から猛烈な勢いで糸を吹き出し、あっという間にゴレミをグルグル巻きにしていく。


「スゲー勢いだな。ありゃ確かに脱出できなそうだ」


「キエラ殿の言う通り、自爆覚悟で魔法を使わねば。妾もとても抜けられそうにないのじゃ」


 体に密着するように巻かれていく糸は、当然獲物の生命を保証するものではない。腕や足だけならまだどうにかなりそうだが、口元に巻かれたらそのまま窒息してしまいそうだ。


「おーい、ゴレミ? 大丈夫かー?」


 とは言え、ゴレミはゴーレムなので呼吸なんてしていないし、蜘蛛の牙くらいじゃ刺さらないし、万が一刺さっても毒が通じる体じゃない。なので安心しながら声をかける俺に、しかしゴレミは予想外に焦った声をあげた。


「ま、マスター! これはちょっとヤバい感じデス! 助けて欲しいデス!」


「何!? ローズ!」


「どうするのじゃ?」


 鋭い声を向けた俺に、ローズが判断を問う。安全策をとるなら、ここからさっきみたいにバーニング歯車スプラッシュを投げればいい。だがその場合ゴレミが一緒に燃える。ゴレミ自身は大丈夫だろうが、装備品は駄目になる可能性があるし、何より……


「俺の剣にフレアトラップを貼ってくれ」


「よいのじゃ? それをやってしまったら、帰るしかなくなるのじゃろう?」


 ローズとの合わせ技、バーニングスラッシュは刀身を痛める。なので使ったらできるだけ早く鍛冶屋に剣を持ち込んで、しっかり手入れしないとならない。今ここで使えばたった一体しか魔物を倒してないのに今日のダンジョン探索は終了になってしまうのだが……それをわかっていて、俺はローズに言う。


「いいさ。悪いけど、今日の飯は硬い黒パンで我慢してくれ」


「ふふっ、あれはあれで悪くないのじゃ」


 たとえ大丈夫だとわかっていても、仲間を焼くような戦い方はしたくない。そんな俺の我が儘を笑顔で受け入れ、ローズが俺の剣に魔法を纏わせる。計算のできない臆病者と笑わば笑え、俺はいつだって安全第一なんだよ!


「食らえ、バーニングスラッシュ!」


 灼熱の刀身を背中に突き立てられ、ゴレミを捕らえるのに夢中だったビッグスパイダーが燃え上がる。するとすぐに魔石を残して霧と変わり、巻き付いていた糸が消えたことでゴレミがあっさりと解放された。


「大丈夫かゴレミ!」


「うぅ、申し訳ないデス……」


「いや、それはいいけど、どうしたんだ? お前ならあのくらい余裕だと思ったんだが……そこまで糸が頑丈だったのか?」


 俺の問いかけに、ゴレミがしょんぼりしたまま答える。


「糸を引きちぎること自体は十分可能だったのデス。でも細い糸が関節の中まで入り込んじゃったせいで、体が動かなくなっちゃたのデス」


「あー……」


 その言葉に思い出すのは、未だ脳裏に鮮明に残るジャッカルとの一戦。あの時は石工用の接着剤とやらを使われたせいでゴレミが動けなくなっていたが、今回もそれに近い状況だったのだろう。


「こりゃ盲点だったな……てか、そうか。細い糸が関節に詰まっていくってことは、自力で取り除くのも無理なのか」


「そうなのデス。全部纏めて燃やしてもらうか、糸を吐いた魔物を倒さないとどうしようもないのデス」


「そうか……いや、お前は悪くないから、気にすんな。むしろ今の段階でわかってよかったぜ」


「そうじゃぞゴレミよ。じゃからそんなにしょんぼりしてはいかんのじゃ」


 いつもの元気が見る影もないゴレミに、ローズが優しく声をかける。そんな風にさせてしまった自分の指示に思わず奥歯を噛みしめるも、得られた情報は間違いなく値千金だ。


「この糸がゴレミとそこまで相性が悪いとなると、追加のボス討伐は諦めてグレイウルフの縄張りの浅いところで活動する方がいいか? メダルだって三枚もありゃ、宝箱の交換用には十分だし」


「そうじゃな。欲をかいて無理をして死ぬというのは、あまりにもありがちすぎる失敗談なのじゃ」


「……………………」


 撤退、そして狩り場の変更を視野にいれて話し合う俺とローズの脇で、ゴレミが無言で俯いている。俺はそんなゴレミの頭を撫でようと手を伸ばして――


「た、助けてー!」


 その時、森の奥から聞き覚えのない誰かの声が聞こえた。

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