追加ルール

「えっ、もう三体目のボスを倒したの!? お兄さん達、すごーい!」


 成り行きとは言えボスを倒し、一区切りついたのは事実。故に今日の探索を切り上げギルドへと戻った俺が報告すると、キアラがパチパチと手を叩いて賞賛してくれる。


「フォレストスネークのボスは、強かったでしょ? 太い体を鞭みたいにしならせるから攻撃をかわしづらいし威力も高くて、盾役の子が吹っ飛ばされて戦線が瓦解することが多いんだよ。


 それにウロコに薄い魔力を宿してるから、魔法で冷やして動きを鈍らせる定番の戦法も通じづらくて、地味ではあるけど地力がないと倒せない魔物なの。それを倒せたなら、お兄さん達も一人前だね!」


「ま、まあな! 確かにそれなりに強かったけど、俺達にかかりゃあ何てことねーさ。なあローズ?」


「妾か!? そ、そうじゃな。そこはかとなく強かった気はするが、妾達の相手ではなかったのじゃ!」


 キラキラと瞳を輝かせるキアラからそっと顔を逸らして言う俺に、ローズが焦ったようにそう言葉を続ける。そうか、強い魔物だったのか……いや、きっと強かったはずだ。そうに違いない。


「ちなみにお兄さん達は、どうやって倒したの?」


「どう!? それは……あー……」


 再び視線を向けられたローズがプルプルと首を横に振ったので、そのままゴレミの方に視線を動かす。するとゴレミがちょっとだけ呆れたような声で俺の欲しい答えを口にしてくれた。


「ボス蛇は普通のフォレストスネークよりでっかかったデスから、すぐにその存在に気づいたデス。で、こっちが気づいたのに気づいたボス蛇が跳びかかってきたデスけど、ゴレミが正面からガッシリ受け止めたのデス。


 慌てたボス蛇は逃げようとしたデスけど、体がでかすぎたせいでローズのフレアトラップをよけきれずに触れちゃったデス。その熱さに悶えてボス蛇が大きく口を開けたので、そこにマスターがしこたま歯車を詰め込んだデス。


 あとはぐったりして動かなくなったボス蛇の頭をマスターが剣で斬って終わりなのデス」


「あー……そう! そうだった! そんな感じの激闘だったぜ!」


 そんなゴレミの説明に、俺は漸く戦いの様子を思い出す。別に印象に残っていたりはしねーんだが、流石に戦ったこと自体を忘れるほどボケてもいない。その熱い激闘を思い出していると、何故かキアラが珍しく引きつったような笑みを浮かべる。


「は、歯車をフォレストスネークに食べさせたの? あはははは……お兄さん、本当に特殊な戦い方をしてるんだね。それは流石のアタシでも予想できなかったなぁ」


「発想の柔軟さはクルトの強みの一つじゃからの」


「そうなのデス! 歯車をただ回すことしかできないような凡人では、マスターの凄さに到底及ばないのデス!」


「おいおい、そんなに褒めるなよ。それに俺がこうして自由に考えられるのは、最初に歯車を投げることを教えてくれたリエラさん……リエラ師匠の存在があればこそだからな」


 言って、俺はわずかに上を見る。きっとあの日のリエラ師匠の教えがなければ、俺は未だに歯車をクルクル回すだけの小物だったに違いない。


 リエラ師匠、元気にしてますか? 俺は師匠の教えを忠実に守って、今日も元気に歯車を投げてます。最近は燃やしたり食べさせたりもしてますが、それもまた歯車投擲術のバリエーションってことで。


「ぷっ、くく、師匠……リエラ姉さん、面白いことになりすぎだよ……」


「ん? 何か言ったか?」


「あ、ううん。こっちの話! それよりボスメダルを三枚手に入れたなら、そろそろ追加の説明をしないとだね」


「追加? 何だよ、まだ何かあんのか?」


 他のダンジョンに比べると、<深淵の森ビッグ・ウータン>は随分と決まり事が多い気がする。そんな軽い疑問を込めて言う俺に、キエラがニヤリと笑って答える。


「そうだよ。<深淵の森ビッグ・ウータン>は一番自由なダンジョンだけど、だからこそ決まり事も多いの。ほら、何でもしていいって言われると、逆にどうしていいかわからなくなるでしょ? そうならないように、ダンジョン側が色々用意してくれてるんじゃないかって言われてるのよ」


「ほーん。そんなこともあるのかねぇ」


 半信半疑ではあるが、探索者ギルドの受付嬢として俺達が触れられないような情報まで知っているであろうキエラがそう言うなら、そういうものなんだろう。


 それに実際、何の縛りも目標もなく広大な<深淵の森ビッグ・ウータン>を好きに探索しろと言われたら、確かに迷うと言うか困るしな。指針があるのはむしろありがたいのは間違いない。


「ま、そうは言っても今回は一つだけだよ。ボスメダルを三つ以上持ってるとね、メダルイーターって魔物が襲ってくることがあるの」


「メダルイーター? その名前からして予想がつくんだが、手持ちのメダルが狙われるってことか?」


「そうそう! こう……お兄さんの手のひらと同じくらいの大きさのトカゲでね、するするっと服の隙間とか鞄の蓋から入り込んで、メダルをパクッと食べちゃうの!


 すぐに倒せば取り戻せるけど、そのまま逃げられたりするとメダルは消失扱いになって、該当する魔物が<深淵の森ビッグ・ウータン>の中に無制限で出てくるようになるから気をつけてね」


「ほう、それは確かに面倒だな」


 宝箱を手に入れるために消費するのならリスクとリターンを考えた結果だが、魔物に食われてメダルを失うのは単に大損するだけでしかない。再設置されるまで状況の改善が見込めないのだから、これは気をつけるべきだろう。


「じゃあ、あれか? 今後の方針としては、そのトカゲに気をつけながらボスメダルを集めて、石碑を見つけたら宝箱と交換するって感じなのか?」


「大まかな流れは、そうだね。そうしてお金を貯めて経験を積んで、強くなったら更に森の奥へ……ってのがここの探索者さんの基本的な活動だよ」


「なら、特にこれまでと変わりはないのじゃ」


「そうデスね。泥棒トカゲに気をつけることが増えただけなのデス」


「だな。一応聞いてみるんだが、更に何かが追加されるとかは……あー、いや、いいよ」


 意味深な笑みを浮かべるキエラに、俺は全てを察して言葉を切る。あの顔からして、きっとこの先もっとダンジョンに潜っていけば、また何かが追加されるんだろう。ならそれはその時の楽しみにとっておけばいいさ。


「んじゃ、明日はまた新しい魔物の縄張りに挑むぞ! 今度は……何だっけ、でかい蜘蛛?」


「ビッグスパイダーなのデス」


「そのまんまじゃな。まあ魔物の名前などわかりやすさ最優先が一番じゃが」


「そりゃそうだ。他には丁度いい候補はないんだったか?」


 俺が視線を向けると、キエラが少しだけ考えてから言う。


「そうだね。適当な強さの魔物ってなると、次はグレイウルフかな? ただグレイウルフは本来群れで戦う魔物だから、数が増えると一気に強くなっちゃうの。単独なら第三層くらいだけど、二体に増えると五層、三体だと七層くらいになるわね。


 まあそのくらいまでならお兄さん達なら大丈夫だと思うけど、ボス戦だけは一二層相当になるから、ちょっときついかも」


「うげ、何でそんな……って、そうか」


 猿のボスとの戦いを思い出し、俺はすぐにその理由に思い当たる。群れでの連携が驚異になる魔物が、倒しても倒しても無限に仲間を呼び続けるなら、そりゃ強いわ。ゴレミの手袋があればいけるかも知れねーが、このタイミングでそんな冒険をする必要性はない。


「うむ。先のことはその時に考えることにして、それならまずは無難に蜘蛛だな。明日も頑張るぞ!」


「オー! デス!」

「オー! なのじゃ!」


「記録更新頑張ってね」


 笑顔で手をヒラヒラさせるキエラに見送られ、俺達は探索者ギルドを後にする。気をつけることは一つ増えたが、この程度なら十分許容範囲内。さて、明日も地道に探索を頑張りますかね。

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