強いて言うなら邪神像

「ウキィィィィィィィ……」


「はー、まあまあの強敵だったぜ」


 俺の歯車バイトで自慢のトサカを毟られ、情けない顔をしたパンキーモンキーキングが情けない声をあげながら消えていく。それなりに強くはあったのだが、正直この戦いに特筆して言うようなことは何もなかった。


 まあ、ぶっちゃけピンキーモンキークイーンの時と大して変わんなかったからな。その後にトサカ毛をしんなりさせたパンキーモンキーがメダル入りの箱を持ってきた流れも同じだったし、キエラにも「ピンキーモンキーが倒せたなら、そりゃパンキーモンキーも倒せるよね」と特に驚かれすらしなかった。


 ということで、更に翌日。俺達は三番目のターゲットとしてフォレストスネークの縄張りを選んだのだが……


「マスター、ゴレミのボディが締め上げられているのデス! このままではRが一八になってしまうのデス!」


「何だよアールって!? そっちは自分で何とかしろ!」


 妙に体をクネクネさせながらフォレストスネークに巻き付かれているゴレミに、俺はチラリと視線を向けただけでそう言い捨てる。


 と言っても、別に俺がゴレミを見捨てているとかそういうわけじゃない。単にフォレストスネークの攻撃が何一つゴレミに通じないことは検証済みだからだ。あれは本当にピンチなのではなく、いつも通りに敵を引きつけつつ遊んでいるだけなので、助けに入る必要などこれっぽっちもない。


 それに加えて……というかこっちが本命だが、今の俺にはその悪ふざけに付き合っている余裕がない。何故なら俺達を狙う蛇野郎は、当然のように一体ではないからだ。


「ぬっ!? クルト、後ろから来ておるのじゃ!」


「うおっ!? てめぇ、いつの間に!?」


 ローズの声に俺が慌てて足をあげると、そのすぐ側をフォレストスネークの頭が通り過ぎる。その様子に俺はすかさず剣を振り下ろすが、フォレストスネークはあり得ない動きで体を後退させ、俺の剣は情けなく地面を打ち付けるだけに終わってしまった。


「くっそ、またかよ!」


「やはり尻尾の方を先に見つけなければ埒が明かないのじゃ」


「うぅぅ……」


 ローズの指摘に、俺は思わず唸り声をあげる。体長が三メートル以上もある蛇なんて正直簡単に見つかると思っていたが、その予想は大いなる思い上がりであった。奴らは俺達の死角を縫うように森の草木の間を巧みに這い回るだけでなく、何と尻尾の先を太い枝などに巻き付け固定することで、左右や後方への移動のみならず、擬似的なジャンプまでしてみせるのである。


 おまけに奴らは蛇だけあって、熱を感知する。つまりローズのフレアトラップがまったく通じないし、通常の歯車スプラッシュは弾力のある鱗で有効打にならず、バーニング歯車スプラッシュを当てても燃えたりしない。そのどうにも噛み合わない感じに、俺達は、予想外の苦戦を強いられていた。


「ふぅぅ……焦るな俺。敵の動きを見極めて、カウンターでぶった切ればそれでこっちの勝ちなんだ。冷静に冷静に……」


「ぬひゃあ!? 妾の股の間を太くてヌルヌルのモノがすり抜けていったのじゃ!?」


「ビジュアル的にそれは駄目なのデス! 運営かみさまに怒られて世界が消滅してしまうのデス!」


「世界の危機が身近すぎんだろ!?」


「シャァァァァ!!!」


 文句を言いつつ、俺はローズの股下から伸びてきたフォレストスネークを前に剣を構え……だがそこで躊躇う。縦に振り下ろすんじゃローズに当たっちまうし、かといって足下を横薙ぎじゃ力が入らずフォレストスネークの体を切断できない。


 ならどうする? どうすれば――


「風を!」


「っ!?」


 たった一言の言葉とそれを口にするローズの目に、俺はその意図を完全に理解して剣を振るう。


 選んだのは下方向への横薙ぎ。刀身はフォレストスネークの体を捕らえたが、弾力のあるその体にはわずかに食い込むだけで終わってしまう。そのままなら無防備な俺の胴体に噛みつかれたり、巻き付かれたりしちまうわけだが……その瞬間、俺の腕をローズが発動させた風が渦巻き、押す。


「う、おぉぉぉぉ!」


「シャァァァァ!?」


 飛来した石を逸らすくらいの力がある風により助力を得た俺の剣が、フォレストスネークの太い体を両断した。頭の方は勢いのままに俺の胴体にドスンとぶつかり、残ったからだがビチビチと痙攣するも、程なくしてその体はダンジョンの霧と変わっていった。


「ふぅ、勝った! やったなローズ、お手柄だ」


「素晴らしい発想の転換デス! ローズは頭がいいデス!」


「ふへへ、ありがとうなのじゃクルト、ゴレ……のじゃっ!?」


「ん? うおっ!?」


 驚いて声を上げるローズに合わせて視線を向けると、そこには未だにフォレストスネークに巻き付かれている……というか、むしろ強引に巻き付けているゴレミの姿があった。


「お前、何でまだ倒してねーんだよ!?」


「ふふふ、どうデス、マスター? セクシーデス?」


「えぇ……?」


 懲りずに体をクネクネしてみせるゴレミに対し、俺は言葉を失う。石像に巻き付く蛇を見て感じるのは、セクシーではなく大自然の驚異しかない。


「あー……とりあえず場の雰囲気には合ってる気がするな」


「そうじゃな。森の神殿とかにひっそり祀られてそうな感じなのじゃ」


「……それは何か、ちょっと方向性が違うデス。ゴレミは崇め奉られるより、可愛いと賞賛されたい愛され系ゴーレムなのデス!」


「さいですか……てか、流石にそろそろそいつをどうにかしろよ。いつ次が襲ってくるかわかんねーんだし、遊びすぎだ」


「はーいデス。えいっ!」


 軽く注意する俺の前で、ゴレミが体に巻き付いていたフォレストスネークを力任せに引きちぎる。その行動に愛され系ゴーレムの片鱗は存在しない。


「? どうしたデス、マスター?」


「いや、改めてゴレミはスゲーなぁと思ってさ」


「えっ、何デスか突然!? 遂に今夜、マスターの歯車をゴレミのお腹にインしちゃうデス?」


「それは毎晩やってんだろ。そうじゃなくて――」


「えっ!? クルトお主、ゴレミと毎晩そんなことをやっておるのじゃ!?」


「お、おぅ!?」


 素っ頓狂な声に振り向くと、そこでは何故かローズが目を丸く見開き、口元に当てた両手をワナワナと震わせている。


「お、大人なのじゃ! てっきり冗談じゃとばかり思っておったが、二人は本当に大人の関係だったのじゃ!」


「おい待て、何か猛烈な勘違いをされてる気がするんだが、魔力の補給だぞ?」


「そうデス。マスターから溢れ出たあつーい愛のほとばしりが、ゴレミの原動力なのデス!」


「はわわわわ……大人なのじゃ、大人なのじゃ! じゃ、じゃがゴレミはゴーレムなのじゃろう? 一体どうやって……」


「そこは大した問題ではないのデス。ゴレミにだってマスターの愛を受け止めるための穴はあるのデス!」


「ぬひゃぁぁぁ!? 大胆発言なのじゃ!」


「待て待て待て待ておかしいおかしい! てか言い方ぁ! 魔力! 魔力補給だから! 俺が歯車を回して魔力を補給してるって、ローズも知って……るんだっけ? あれ、説明したか?」


 何か以前にも似たようなやりとりをした記憶が、そこはかとなくあるようなないような……くっ、どうでもいい日常過ぎてはっきりとは思い出せん。ならばここは強引にでも話題を変えねば。


「ほら、蛇! 魔物が来るから! ここダンジョンで、魔物の縄張りだから! 雑談は終わり! これで終わりだ!」


「マスターのその誤魔化し方の方が、よっぽど『いつもの』になってる気がするデス」


「そうじゃな。たまには一緒に遊んでくれてもよさそうなものなのじゃ」


「知らん! てかわかっててからかってるのかよ!? たちわりーなオイ!」


「そんなこと知らないのじゃー」

「知らないデス!」


「「ねー」」


「むぐっ…………」


 顔を見合わせ声まで合わせ、そう言って笑う二人に対し、俺は口いっぱいに塩を詰め込んだような顔で言葉を詰まらせる。


 女は三人寄れば姦しいというが、二人でも十分に喧しい。そんな事実を無言で噛みしめながら、俺は次の獲物を求めて縄張りの奥へと進んでいった。

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