身近な欲には忠実に

 明けて翌日。俺達は昨日の話し合いを踏まえ、新たな魔物の縄張りに足を踏み入れていた。下草をガサガサ鳴らしながら姿を現したのは、しかし長大な蛇でも不気味な蜘蛛でもなく……地味な茶色の体毛とは不釣り合いな、やたらとでかくて自己主張するトサカのような毛を頭に生やす、手の長い猿の魔物であった。


「ウキッ!」


「こいつがパンキーモンキーか……あんま強そうじゃねーな?」


「そりゃあこの<深淵の森ビッグ・ウータン>で二番目に弱い魔物デスから、強くないに決まってるデス」


「そもそも同系統のボス魔物を倒したばかりじゃしな。油断は禁物とはいえ、過度に警戒するほどの相手でないのは当然なのじゃ」


 俺のこぼした感想に、ゴレミとローズが追従する。それに加えて、ゴレミが仕入れたばかりの目の前の魔物の情報を復唱した。


「もう一回確認しとくデス。パンキーモンキーは見たまんま、手の長いお猿の魔物デス。ほぼ同種であるピンキーモンキーよりちょっとだけ腕力が強いので、一応こっちの方が強いことになってるデス。


 特徴は見た目通り、頭の上にながーく生えてる毛デス。あれが長くて派手なほどメスに持てるらしいデス」


「へー」


「確かピンキーモンキーの方も、体毛の色が鮮やかなほどオスにモテるとかじゃったな。何故此奴等はそうまでして大自然に喧嘩を売っておるのじゃ?」


「さあ? 一応『目立ったうえで生き延びているのは強い証だからモテる』という説もあるデス」


「魔物猿の恋愛事情とか、心の底からどうでもいいな……来るぞ!」


「ウッキウッキウッキキー!」


 俺達が雑談をしている間にも、パンキーモンキーがこっちに迫ってきていた。ただピンキーモンキークイーンを倒した俺の目からすると、その動きはあまりに遅く直線的過ぎる。


「いくぜ、バーナルドさん直伝……『横薙ぎ』!」


 故に、俺はまだまだ実践で使うには心許ない剣技を試してみる。水平に構えた剣をそのまま横に振り抜くというだけの技ではあるが、十分な力を込めたまま横に薙ぐというのは、これがなかなか難しい。


「ウキッ!?」


「チッ、外したか」


 実際、俺の剣は自分が思っていたより遅くしか動かず、頭を下げたパンキーモンキーにあっさりと回避されてしまった。ただ流石は最初に出会ったもっとも弱い個体と言うべきか、パンキーモンキーは自分のトサカっぽい頭髪を回避の勘定に入れていなかったらしく、俺の振るった剣がブツッとそのトサカを切り飛ばす。


「ウキッ!? ウキキッ!? ウキャァァァァァァァ!?!?!?」


「あー、悪い。それ大事なもんだったのか?」


 頭の上で手をパタパタさせながら叫び声をあげるパンキーモンキーに、俺は一切気持ちの籠もっていない謝罪を口にする。すると怒り狂ったパンキーモンキーがこっちに向かって突っ込んできたが……既に仕込みは終わっている。


「ウキャァァァァァァァ!?」


「おー、こいつもよく燃えるな」


「躊躇なくまっすぐ突っ込んでくるとは、流石に拍子抜けなのじゃ」


 ローズのフレアトラップを踏んで、パンキーモンキーが燃え上がる。ずっと見ていても仕方ないので適当なところで近づいてとどめを刺すと、ピンキーモンキーと変わらぬ小さな魔石を残して、その体がダンジョンの霧に消えた。


「予想通りではあるけど、ピンキーモンキーとほとんど同じだな。力が強いって言われても、ローズが直撃でも食らわなきゃ関係ねーだろうし」


「そうデスね。第二層から六層相当ってことは、多分強くなる過程もピンキーモンキーと同じだと思うデスから、三体になって少しするところまではサクサク進んでも平気だと思うデス」


「そうじゃな。まあそう進めるからこそ、この縄張りを選んだわけじゃが」


「だな」


 ゴレミ達の言葉に、今度は俺が同意する。俺達がフォレストスネークやビッグスパイダーではなくパンキーモンキーを相手に選んだのは、偏にここが一番手早くボスメダルを手に入れられそうだったからだ。


 だってそうだろ? 見た目と能力がちょっと違うとはいえ、ほぼ同系統の魔物だ。戦い方は確立しているし、何ならボスを倒したばっかりの今が一番効率よく戦えるとすら言える。


 では何故そこに拘るのかと言えば……


「にしても、石碑ガチャ……ゲフン、宝箱を出現させるのにボスメダルが二枚必要だとわかったあとのマスターの決断は早かったデス」


「そうじゃな。あんなに真剣に考えていたのが嘘のようなのじゃ」


「おま、俺ばっかりみたいに言うなよ! お前達だってそうだったろ!」


「それはそうじゃが……」


「確かにメダルもないのに石碑だけ見つけちゃったら、大分ガッカリすると思うデス」


 キエラ曰く、ボスメダルを一枚でも持っていれば石碑自体は出現するが、実際に石碑を使って宝箱を出すには最低でも二枚のメダルがいるらしい。なら一枚の時は出現するなよと思ったのだが、どうやらこのダンジョンでは一枚で複数枚分の価値のあるレアボスメダルなるものも存在するため、そういう仕様であるそうだ。


 そして当たり前の話だが、ピンキーモンキークイーンのメダルはレアでも何でもない。これ一枚だけ持ってる時に石碑を見つけてしまったら猛烈に悔しい思いをすることになりそうなので、とにかくあと一枚だけは早急に手に入れたかったのだ。


 ということで、俺達はそのままどんどんパンキーモンキーの縄張りを奥へと進んでいく。その数が二体に増え、三体に増えたとしても、苦戦とはほど遠い。


「……今更って言えば今更なんだが、やっぱり俺達、ちゃんと強くなってるんだな」


「そうじゃな。このくらいの相手なら、ゴレミ抜きでもやれそうな感じなのじゃ」


「そんな!? マスター、ローズがゴレミをいらない子扱いするデス! このままでは山に捨てられてしまうデス! 姥捨て山にウーバー捨てゴレミデス!」


 ローズの発言に、ゴレミが実にわざとらしく俺の腕に縋り付いてくる。するとローズが焦ったように弁明を口にした。


「なっ!? ち、違うのじゃ! そんなつもりはこれっぽっちもないのじゃ! 謝るのじゃ! ごめんなのじゃ!」


「駄目デスー! 今夜一緒に寝てくれないと許さないデスー!」


「一緒にじゃと!? つまり妾もクルトのベッドで寝ろと!? それは流石に恥ずかしいのじゃ……」


「いや、何でナチュラルに俺の部屋で寝ることになってんだよ。ゴレミがローズの部屋に行けばいいだろ」


「それは駄目デス! マスターの右隣は常にゴレミがキープしているのデス! 左側にはマスターとゴレミの愛の結晶が寝る予定デス!」


「一晩中両腕に石を乗せ続けるとか、何の拷問だよ……」


 朝起きたら腕が腐り落ちていそうなシチュエーションだが、そんな俺の呟きがゴレミに聞き入れられることはない。そしてそんなことを喋っていても大丈夫なくらい、今の俺達には油断とは違う余裕がある。


 それは正しくピンキーモンキーの縄張りを制覇したという実績からくる自信なわけだが……とはいえいつまでもアホな事を話しているわけにもいかない。


「ほら、そろそろしゃんとしろ。三体を抜けて少し経つから、そろそろ攻め手が変わるはずだ」


「今度は何をしてくるんじゃろうな? また石を投げてくるのであれば楽なのじゃが」


「同じ攻撃なら対処も同じでいいデスしね。でも……」


「ああ、どうやらそこまで楽はさせてくれねーみてーだな」


 ガサガサと草を揺らして出現したのは、さっきまでと同じく三体のパンキーモンキー。だがその内一体の手には先端に石のくくりつけられた木の棒が握られている。


「なるほど、正統派の武装をしてくるってか。上等!」


 石投げ猿の次は、石斧猿。俺は気を引き締め直して、目の前の脅威に対応すべく剣を抜いた。

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