選択の重要性
「さて、それじゃ次はお待ちかね、ボスメダルの使い道の方を説明するよ!」
「ん? 使い道って、今のじゃねーの?」
続いたキエラの言葉に、俺は軽く首を傾げる。するとキエラはチッチッチッと舌を鳴らしながら、顔の前で意味深に人差し指を振ってみせた。
「違うんだなぁ、お兄さん。今のはあくまでも『メダルを持っているときの効果』で、使い道はまた別にあるんだよ!
縄張りの外、かつ道のないところを歩いていると、こう……こんな感じの石碑があることがあるの!」
そう言って、キエラが両手を下から上に持ち上げるようにして動かす。きっと細長い石の柱というか台座というか、そういうのがあるんだろう、多分。
「そこには丁度そのボスメダルがはまる穴があってね、穴の開いてる数は石碑のある場所によって違うんだけど、穴の数だけボスメダルを嵌めると、石碑が消えて中から宝箱が出てくるんだよ!」
「ほー、そりゃいいな」
今の俺達からするとほぼ記念品としての意味しかないメダルが宝箱に変わると聞いて、俺は少し弾んだ声を出す。いいねいいね、今スゲー金欠だし、そういうのは大歓迎だ。
「ただし使ったメダルは消えちゃうし、メダルが消えてもボスの再設置までの期間が短くなるわけじゃないよ。それにそうやってメダルを消費した場合、縄張りの外でも普通に当該の魔物が出現するようになるから、ダンジョンの難易度が一気にあがるの!
あ、メダルを持たずにダンジョンに入った場合もそうなるよ! だから忘れ物には要注意!」
「む? 縄張りの外が安全ではなくなるというのは、随分と厳しいペナルティなのじゃ」
「でも、それでやっと普通のダンジョンと同じじゃないデスか? むしろどんな魔物が出るかを選べる分、それでも優しいくらいデス」
「それでも休憩できなくなるのは……あ、そうか。そこでもボスを倒した後の縄張りが有効なのか!」
「そう! 流石はお兄さん、いいところに気づいたね!」
あっと声をあげる俺に、キエラがそう言って褒めてくれる。
「確かにメダルを消費しちゃうと、その縄張りにいた魔物は縄張りの外でも襲ってくるようになるけど、別の魔物の縄張りのなかまでは来ないの。だからどの魔物の縄張りを制覇するかってことと同じくらい、どのメダルを使ってどのメダルを残すかが重要なんだよ!」
「そうか……てことは、次に狙う魔物の縄張りは、慎重に選んだ方がよさそうだな。なあキエラ、入り口付近で俺達が倒せそうな魔物って、他にはどんなのがいるんだ?」
「はいはーい。ちょっと待ってね」
改めて問う俺に、キエラがカウンターの上に以前にも見せてくれた地図を広げる。
「ゴレミちゃんが一人で戦うなら大体どの魔物も苦労しないで倒せちゃうだろうけど、あくまでもパーティで戦う場合だよね?」
「ああ、そうだ。早くゴレミと肩を並べられるくらいに強くなりてーしな」
「うむ、精進は怠らぬのじゃ!」
「ふっふっふ、そう簡単には追いつかせないデスよ?」
「お兄さん達は相変わらず仲良しだねー。そうすると……お薦めはこの辺かな?」
そう言って、キエラが地図の一カ所を指で丸くなぞる。
「ここはフォレストスネークって魔物の縄張りだね。フォレストスネークは毒のない緑色の蛇で、体長は大体三から五メートルくらい。木の上や草の影から音もなく近づいてきて、お兄さんの足より太い体でギュッと巻き付いて攻撃してくれる魔物だよ。
背景に紛れるのが上手だから見つけるのが難しいし、巻き付かれちゃうと引き剥がすのが大変だけど、特別な攻撃方法があるわけでもないから冷静に対処できれば割と楽に倒せると思うよ。 階層難易度的には三層から五層ってところかな」
「へー……ん? ピンキーモンキーの時より階層の幅が狭くねーか?」
首を傾げる俺に、キエラが軽く笑いながら頷く。
「うん、そうだよ。魔物によってその辺は違うの。ピンキーモンキーは数が増える他に武器を使えるようになるから幅が広かったけど、フォレストスネークは純粋に数が増えるだけで終わっちゃうから。
というか、むしろそっちが普通だよ。他のダンジョンだってそうでしょ?」
「あー、そっか。そりゃそうだよな」
今までのダンジョンでも、階層事に同じ魔物の同時出現数が増え、三匹になったらその上では違う魔物が……という流れが多かった。縄張りという独自概念じゃなくいつものダンジョンとして考えるなら、確かにそっちの方が自然だ。
「で、次はこっち。こっちはビッグスパイダーっていう、短くてふさふさの体毛に覆われた、一メートルちょっとくらいある蜘蛛の魔物だね。弱い麻痺毒をもってて、巣に掛かった獲物を動けなくしてから糸でグルグル巻きにしちゃう森のハンターだよ。
で、肝心の討伐難易度は、第一層から七層くらいかな」
「今度は随分と幅が広いのじゃ。しかし蜘蛛が武装したりというのは想像できぬのじゃが……?」
「この魔物の場合はそういうのじゃなくて、巣を作る場所の違いかな? 縄張りの最初にいるビッグスパイダーは、それこそ道の真ん中にでーんと巣を構えてるの。遠くから見ても丸見えで、そこに遠距離攻撃を当てたら簡単に倒せちゃうんだよ」
「うわー、それは凄く残念な感じなのデス」
「ははは、だよねー。でも縄張りを進めば進むほど巣を張る場所が巧妙になっていって、気づいたら糸で雁字搦め……みたいなことにもなるの。この魔物との戦いは普通の戦闘っていうよりは、どっちが先に相手を見つけるかの勝負って感じかもね」
「ほほぅ。となると、ビッグスパイダーのメダルは消費したくねーな」
確実に潜んでいるとわかる縄張りの中でならともかく、ダンジョン内に無差別にビッグスパイダーが出現するようになったら、通常より更に強く警戒する必要がありそうに思える。
ピンキーモンキーやフォレストスネークなら普通の魔物枠だが、斥候技能のない俺達が木々の合間に隠されて張り巡らされた蜘蛛の巣にまで意識を向けるのは、些か以上に難しそうだ。
「でもマスター、もし石碑が見つかった時にビッグスパイダーのボスメダルしかなかったら、使っちゃわないデス?」
「うぐっ!? そ、そんなことねーよ?」
そんな、宝箱に目がくらんで魔物が跋扈するようなリスクを許容するなんてこと、「トライギア」のリーダーである俺が、まさかそんな――
「そうじゃな。クルトならやりそうなのじゃ」
「ローズまで!? 何だよ、俺ってそんなに信用ねーのか!?」
「信用してないわけではないのじゃ。じゃが……何と言えばいいのじゃろうな? 何となくクルトは、そういうときにやらかしそうな気がするのじゃ」
「後先考えずに突っ走るのではなく、ちゃんと考えた結果今に全力投球していく感じがするデス」
「おお、まさにそうじゃな! 『蜘蛛は気をつければどうにでもなるが、今を逃せば宝箱は二度と手に入らない!』とか言って、もの凄くいい笑顔でメダルをはめ込みそうなのじゃ!」
「流石はローズ、マスターのことをよくわかってるデス!」
「ぐぬぅ……」
意気投合してパチンと手を打ち合わせるゴレミとローズを前に、俺は声を詰まらせる。まあ、うん。そういう面がないとは言わねーし、実際そうなったらそんなことを言いそうな気が、しなくもない……ような気があったりなかったりする可能性を否定はしない。
「えーっと……一応忠告しておくけど、ビッグスパイダーは本当にやめておいた方がいいと思うよ? ゴレミちゃんは何の問題もないし、お姫ちゃんは自爆覚悟で火魔法のスキルを使えばどうにでもなるだろうけど、お兄さんだけはそのまま餌にされちゃうと思うし」
「まさかの俺だけ!? え、待ってくれ。俺ってそこまで弱いのか!?」
「弱くはないけど、二人みたいに尖ったところはないでしょ?」
「とがっ…………は、歯車は、ほら! 歯のところとか尖ってるぜ!?」
「その台詞が出ちゃう時点で、何も尖ってないと思うよ」
「グルグル巻きになったマスターはゴレミが美味しくお持ち帰りしちゃうので、大丈夫デス!」
「妾が燃やして助け出すから、安心するのじゃ!」
「……………………」
軽く苦笑するキエラと大丈夫でも安心でもない台詞を吐く仲間二人に、俺は心の底からしょっぱい顔をして無言の抗議をするのだった。
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