三層と四層の違い

「こいよエテ公 武器なんか捨ててかかってくるデス!」


「ウキーッ!」


 シャンシャンと手袋の金具を鳴らすゴレミに、興奮したピンキーモンキーが跳びかかっていく。そこにカウンターの拳でも打ち込めば一撃で倒せるのだが、ゴレミの本気はまだしばらくはお預けということで、あえて両手を組み合わせ、力比べのような形でピンキーモンキーを押さえ込む。するとフリーになったもう一匹のピンキーモンキーが、俺の方に走ってやってきた。


「ウッキキーッ!」


「お、くるか? 受けて立つぜ!」


 剣を構える俺に、ピンキーモンキーが迫り……しかしそいつは予定通りに足下から燃え上がる。


「ウギギィィ!?!?」


「ま、俺の方は一人じゃねーけどな。それに……」


 俺がチラリと視線を向けると、樹上を伝ってこっちにやってこようとしていた三匹目のピンキーモンキーの姿が映る。そいつが奇襲をかけるべく俺達のすぐ側にある木の枝に飛び乗った、まさにその時。


ボワッ


「ウキャーッ!?」


「ふっふっふ、そこに着地するのはお見通しなのじゃ!」


 木の枝に「フレアトラップ」を貼り付けておいたローズが会心の笑みを浮かべる。そうして燃えながら落ちた奴と、燃えながら悶えていた奴の両方を俺の剣が仕留めると、ゴレミもまた押さえ込んでいたピンキーモンキーをあっさりと倒して俺達に合流してきた。


「マスター、ローズ! 終わったデスー?」


「うむ! 今回もバッチリだったのじゃ!」


「いつも悪いな、我慢ばっかりさせて」


「別にいいのデス。今のゴレミはぎんのやりを持ったオジジの騎士と同じなのデス。序盤の強キャラに経験値を吸われると、後半で詰んでしまうのデス。頼るのはよくても、頼り過ぎはよくないやつなのデス」


「むぅ……相変わらずゴレミの言うことはよくわからぬのじゃ。銀などという柔らかい素材でできた武器を渡すなど、死んでこいと命令するのと変わらぬのじゃ。なのに何故そんなむごい仕打ちを古参の老兵に……?」


「そこはもう雰囲気で理解しとけばいいだろ、ゴレミだしな」


「……そうじゃな、ゴレミじゃしな」


「はわっ!? マスターに続いて、ローズまでゴレミの扱いが雑になっていってるデス!?」


「完全に自業自得だろ! ちゃんと扱って欲しいなら、もっとわかる発言をしろってことだ」


 首を傾げるローズを横に、俺はひとまずゴレミの頭をペシッとひっぱたいて突っ込みつつ、改めて現状を確認する。


「ローズの新技もいい感じだし、そろそろこの辺の敵も楽勝になってきたな」


「そうじゃな。まさかこんなに早いペースで進めるとは思っていなかったのじゃ」


 俺達が<深淵の森ビッグ・ウータン>に通い始めて、今日でまだ三日目だ。それで第三層相当の場所で戦えているというのは、以前なら考えられないハイペースである。


 だが、現状はゴレミの力を大幅にセーブし、ローズの新技を使い熟すために先手必勝なバーニング歯車スプラッシュもほぼ使っていない。それでもなお三体のピンキーモンキー相手にこうして快勝できているのは、偏に俺達の実力が高まってきているからだろう。


「なら、このままもう少し奥に行ってみるデス?」


「妾はそれでよいのじゃ。むしろ望むところなのじゃ!」


「そうだな。なら行ってみるか」


 全員のやる気があるなら、ここに留まる理由がない。俺達は大きく円を描くような横移動をやめ、縄張りの中央に向かって進行方向を変える。


「そう言えば、この次ってどういう強化になるんだ? 魔物の種類は変わんねーんだよな?」


 一度に出現するピンキーモンキーの数が一体から三体まで増えたので、さっきまでいたところはおそらく第三層相当。となれば次に行く場所にいるのは第四層相当の魔物ということになるので、普通なら種類が変わった強い魔物が出てくるところなのだが、ここはあくまで「ピンキーモンキーの縄張り」なので、他の魔物は出ない。


 であれば次はどんな変化があるのか? 俺はそれを知らないし、キエラも教えてはくれなかった。<火吹き山マウントマキア>でもそうであったように、それは「探索者が自ら経験して学ぶべき未知」であるからだろう。


「順当に行けば、また数が増えるのではないのじゃ? 別に魔物の数は絶対に三体までというわけではないのじゃろう?」


「そうデスね。小さいダンジョンだとダンジョンの制限が緩くなるので、もっと沢山の魔物が一度に襲ってきたりすることもあるデス」


「へー。てか大ダンジョンより小ダンジョンの方が縛りが緩いって、何か不思議だな? 普通でかい方が難易度高いんじゃねーの?」


「そこは上限の問題だと思うデス。小さいダンジョンはそれこそ三層とか五層とかで終わりの場所も多いデスから、場所を選べば今のゴレミ達でも踏破できたりするデス。


 でも大ダンジョンはとてつもなく深いデスから、踏破難易度で言うなら大ダンジョンの方が圧倒的に上デス」


「なるほど、層の少なさが逆に一層事の難易度上昇率をあげてしまっているということか。上手いことできておるのじゃ」


「だなー」


 と、そんな雑談をしていると、不意に前方の草むらが揺れる。素早く俺達が身構えると、そこからは特に今までと変わったところのないピンキーモンキーが、一体だけ姿を現した。


「ウキー?」


「一体だけ? 上位種……でもねーよな? ならまだこの辺は次の魔物が出る場所じゃねーのか?」


「マスター、どうするデス?」


「ならさっきと同じだ。多分もう二体がその辺に潜んでるから、気をつけろ」


「了解デス! ではゴレミはあれを押さえ込むデス!」


「妾は今回も、近くの枝とクルトの前に『フレアトラップ』を貼り付けるのじゃ!」


「おう!」


 敵が同じなら、こっちの段取りも変わらない。俺が周囲を警戒するなか、ゴレミが正面からきた一体を抑え、ローズが宣言した場所に「フレアトラップ」の魔法を貼り付ける。それが終わったのを確認すると、俺は近くの草むらに適当に歯車を投げつけてみた。


「おら、隠れてるならでてきやがれ! 歯車スプラッシュ! 歯車スプラッシュ!」


「ウキャッ!?」


 すると一カ所で手応えがあり、森の中ではやたらと目立つピンクの体毛をした手長猿が草むらから姿を現した。俺は目の前の踏んではいけない地面を旋回し、そのピンキーモンキーと向き合うように立つ。


「でやがったな。こっちだ猿野郎!」


「ウキーッ!」


 浅層に出る魔物だけあって、やはりその思考は単純だ。自分を傷つけた俺にまっすぐに向かってきて、簡単に罠にはまる。


「ははは、こうなるとちょっと哀れだな。ローズ、そっちは?」


「むぅ、よけられたのじゃ!」


 声をかけて振り向くと、どうやら樹上を移動してきた三体目は、ローズのフレアトラップを貼り付けた枝の手前で足を止めてしまったらしい。その視線がうっすらと赤い膜に覆われた木の枝を捕らえていたので、間違いなく警戒されたんだろう。


「へー、一応ばれることもあるのか。でもま、あの距離からなら向こうも攻撃できねーだろ。俺はこっちのとどめを刺すから、ローズは警戒――」


「ぐあっ!?」


 燃えて騒いでいる方のピンキーモンキーにとどめを刺すべく、俺がローズから視線を離したまさにその時。聞き覚えのある声が聞き覚えのない悲鳴をあげ、次いで何かがドサリと地面に倒れ込む音が聞こえる。


「っ!? ローズ!?」


 慌てて俺が振り向くと、頭から血を流したローズが地面に倒れている。その光景に俺の心臓がどくんと強く脈打ち、俺の脳裏にかつてゴレミが粉々にころされた時の光景が蘇る。


「ウッキキーィ」


 そんな俺の耳に届いたのは、どこか得意げな、粘り着くような響きの鳴き声。樹上に陣取るピンキーモンキーが、その手で石ころを弄んでいる。


「石……投石? まさか、攻撃手段が増えたのか!?」


 遅すぎるその学びに、俺はガチンと音がするほどに己の奥歯を強く噛みしめた。

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